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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第四巻 選択

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71話 最後の攻略

 三〇メートル級の巨大ケルベロスが、大気を振るわせる巨大な雄叫びと共に三つ首を振り上げ、次郎に向かって勢い良く振り下ろした。

 まるで一〇階建てのマンションが、正面から倒れ込んで来るような圧迫感。

 だが相対した次郎は一向に怖れず、自ら懐に飛び込む形で牙の攻撃を回避した。それに留まらず、首の真下から巨大石斧を勢い良く振り上げて、中央の首を深く抉り返す。

 肉を抉って、首の骨に激しい衝撃を与え、直後に骨の折れる音が響く。

 石斧に押されるがまま不自然に曲がっていく中央の首が、攻撃の実行者に大打撃の確信を与えた。


 しかも首を振り下ろした巨大ケルベロスの頭部と胴体の間に、次郎は上手く潜り込んだ形になっている。

 懐に飛び込まれて次郎を見失ったケルベロスが対処するためには、そのまま床面に倒れ込んで巨体で次郎を押し潰すか、一度距離を取るしか無い。

 だがゾンビの如き知能しか有しない瘴気消費体に、そのような判断は不可能だ。

 そしてこれまで幾百万の魔物を倒してきた生粋の狩人が、そんな絶好の機会を見逃すはずも無かった。

 彼は一本目の首を破壊した直後に食い込んでいる石斧を手放し、今度は右側の無防備な首筋に向かって躍り掛かった。


「ぬおりゃあぁっ」


 手放した石斧が地面に落ちるまでの僅かな間に、二本目となる新たな巨大石斧が生成される。誕生直後の石斧は真横から振りかぶられ、産声の代わりとばかりに右首に激しく叩き付けられた。


「ギャウウウンッ」


 二度の致命傷を受けたケルベロスの残った左犬頭から、猛々しい偉容とは裏腹の情けない悲鳴が響いた。

 交戦中の敵と言うより一方的な災厄を与える存在から逃れよと、左頭は咄嗟に仰け反って後退を図った。

 しかし、骨を砕かれた二本の首が動きを阻害した為、次郎に対しては身体を少し浮かせて、左首までの進路を都合良く開けただけ格好になった。


「ナイスアシスト」


 次郎は二本目の石斧を手放しながら左首目掛けて飛び込み、三本目の石斧を掬い上げる様に力一杯振るって、無防備な第三の首筋へと叩き付けた。

 強い衝撃が手元に伝わるが、骨を断った感触は得られなかった。

 左首は仰け反って浮き上がっていたため、カウンターや真横からの振り下ろしに比べて威力が劣ったようである。


「ウラアッ! ドラァッ! ドアラッ!」


 次郎は罵声にも似た掛け声と共に、左首に向かって木こりの如く石斧を幾度も振るった。

 巨大ケルベロスは攻撃される度に嫌がって逆方向へ逃れようと足掻くが、次郎はそれを追い回して攻撃の手を緩めない。

 次郎が巨大ケルベルスの懐に飛び込んだまま離れないため、周囲のケルベロスたちは次郎を捉えられず、横槍は入って来なかった。

 あたかも鬼の体内に飛び込んだ一寸法師のような一方的な攻撃が暫く続いた後、巨大ケルベロスは三本の首骨を全て叩き折られてついに倒れた。


 直後、次郎は巨大ケルベロスの真下に巨石を生み出して、倒れ込む胴体を支えた。

 そして心臓付近に長い石槍を次々と突き入れて心臓と付近の胸部を徹底的に破壊し、魔石に触れて力を吸収する。

 これはレベルや評価が目的では無く、巨大ケルベロスが周囲の膨大らしき瘴気を吸収して復活することを怖れたためだ。

 目下、次郎たちの最大の脅威は、レベル九五と推定した二体の巨大ケルベロスだ。

 そのうち一体を確実に無力化しておけば、戦況は一気に次郎たちの側へと傾く。

 基本的に一対一であれば、レベル差が順当な結果を出すのだ。


「慎重な戦い振りで結構な事だニャ」

「そいつはどうも」

「もうちょっと行けるんじゃ無いかニャ」

「それって登山だと引き返す基準だから」


 ケルンの恐ろしい提案に対し、石壁作成で魔力を減らしている次郎は拒否権を発動した。

 この場合の救いは、ケルンの創造者が次郎たちの全滅ではなく、地球に流入する瘴気の軽減努力を検討材料に加えたいと望んでいる事だろう。

 そんな創造者に送り込まれた補助者であるケルンは、創造者の意向に添い、その範囲内であれば調整者である橋場成美の希望にも沿っている。

 そのため現段階で瘴気軽減のキーパーソンとなっている次郎を必要性の乏しい死に追いやるような真似は、基本的に出来ないはずである。


 次郎はトドメを刺した一体目の巨大ケルベロスの真下から飛び出すと、二体目の巨大ケルベロス目掛けて生み出した石槍を投槍した。

 石槍は二体目の胴体に突き刺さるも、巨大な相手には然したるダメージを与えた様子は無く、次郎に向かって襲い掛かってくる。

 だが二体目の行動は、ケルベロスを自分に引き付けたい次郎の思惑通りだった。

 次郎は足踏みの爆音を鳴らしながら迫り来る一〇階建てのマンションに対抗する様に、真っ正面からケルベロスの巨体に向かって駆け出した。


「ギャオオオォォーーーンッ」


 二体目の巨大ケルベロスは、一体目と全く同じように襲い掛かってきた。

 自在に動かせる頭部で押し潰す、あるいは噛み砕くという動作を、そのまま単純に繰り返してきたのである。


「お前ら、馬鹿だろう!」


 それに対して次郎は、相手以上の高速で攻撃を避けて、懐に飛び込んで首を叩き折るという全く同じ戦法で迎え撃った。

 三つの首にようる攻撃を掻い潜って、無防備な内側に潜り込む。同時に、自身の全長以上の刃を持つ巨大な石斧を生み出して、大きく振りかぶって力一杯に打ち込んだ。

 骨まで通った衝撃が、硬いであろうケルベロスの左首の骨を叩き折る。

 例え体格やリーチの差ではケルベロス側に分があろうとも、次郎はレベル一〇〇で近接戦闘特化型である。

 同じ創造神由来の力を得ている者同士、レベルが高い次郎の攻撃が、レベルの低いケルベロスに通じない道理は無い。


 瞬く間に左首を無力化して中央の首に向かった次郎は、橋場成美が最上級ダンジョンのボス設定を間違えているのではないかと考えた。

 レベル一〇〇にならなければ入れない最上級ダンジョンの最奥に、レベル九五のボスを二体並べた所で、侵入者が二人以上いれば勝てるわけがない。

 もちろん周囲にはレベル七五ほどの通常ケルベロスが数十体加わっているし、壁側にはおまけで二三万体もの人体ゾンビがいる。

 そしてすべての瘴気消費体は瘴気で自動回復するため、戦い方を間違えれば苦戦は免れない。

 しかし瘴気消費体は何れも盲目的に迫ってくる愚かな存在ばかりで、倒し方をパターン化して嵌め込んでしまえば、相手には対応する事が出来ないのだ。

 中央の首も内側に入り込まれた次郎には対応できず、石斧で一方的に殴られ続けて直ぐにおかしな方向に曲がった。

 上級ダンジョンの魔物であれば、こう容易くは行かなかっただろう。もしかすると最上級ダンジョンへの敷居を下げるために、敢えて楽な設定にしているのかもしれないが。


「ギャウウウンッ」


 二本目の首が無力化された巨大ケルベロスは、情けない悲鳴を上げながら後ろに跳び下がった。

 だがそれは反射的な反応で、根本的に逃亡する発想や、周囲のケルベロスと連携を図る発想などは持たないのだろう。

 いかにも中途半端で隙だらけのケルベロスに対し、次郎は追い縋って右首に石斧を叩き付け、それを足場に新たな石斧が振るい続けて首を叩き折った。


「ぬおおおおっ!」


 腹からの野太い雄叫びと共に、次郎の両手から巨大な岩の杭が飛び出して巨大ケルベロスの真下に入り込んだ。

 次郎は呼吸するくらい自然に長い石槍を生み出すと、胴体が浮いた状態のケルベロスの胸部に次々と突き入れる。

 心臓付近を穴だらけのボロボロになるまで徹底的に破壊し、魔石のある場所を勢いよく貫き通す。魔石を穿たれて魔素を吸われたケルベロスは、体内の瘴気を循環させる力を失い、急速に力を失って倒れ伏した。

 これで残るは、数十体のレベル七五の通常ケルベロスだけである。

 レベル二五もの力の差があり、相手には知性も皆無な以上、もはや正面からの力押しでも負ける事は有り得ない。

 次郎は大立ち回りを演じてケルベロス達の注意を引き付けながら、圧倒的強さで、雑魚の群れを一掃し始めた。



 かつて狩猟を行っていた人間は、その進化の過程で、一昼夜も獲物を追いかけ続けられる体力を獲得した。

 そんな先祖の能力が現代人へ十全に引き継がれているとは言い難いが、体力を失った分だけ人々は知能を獲得している。

 二三万体ものゾンビに対抗する術として、美也と綾香は火葬を選択した。

 餌に群がって密度を高めたゾンビに対して、千体単位を焼却する業火を放つ。

 自身が放つ炎への耐性力、高台という安全圏の確保、次郎による後顧の憂いの解決が揃えばこそ成立する固定式の火炎放射器あるいは天災発生装置であった。

 広範囲攻撃の効果は絶大で、二三万を数えたゾンビの群れは着実に数を減らしていった。


 戦闘中の美也は、放火の手を緩めないままゾンビ全体の動きを俯瞰し、時折次郎の戦闘状況を確認した。

 次郎はボス二体を撃破した後の掃討戦に移行しており、端から見てモグラ叩きのようにケルベロスを蹴散らしては、転がって隙を見せる個体を順番に狙い定めてトドメを刺していた。

 現状に至って美也は、勝敗の帰趨が自分たちの勝利で終わる事を確信した。

 必要に応じて次郎への支援を行うつもりだったが、最早その必要すらないと判断する。

 彼女はゾンビを焼き続けるまま、巨大化して壁に半ば埋まっているケルンに目を向けた。


「最後の攻略特典は、三首犬を全部倒した時点で選んで良いニャ。三人がこの部屋から出て行った後に、アフリカから瘴気消費体を広げていくニャ。ニャッニャッニャ」


 非常にご機嫌な笑い声を上げるケルンに向かって、次郎が反論を試みる。

 わざわざ中継してくれているのか、二人の会話は美也たちの元にも届いていた。


「そんな事をされたら、共和党が誤解されて綾香が困る。そもそも労働党の封鎖政策が悪化の原因なのに、大場前総理の周辺は我が物顔で、ゾンビが湧き出たのはダンジョンに深入りした共和党のせいだとか言って責任を押し付けてくるぞ」

「撮影している映像を公開すれば良いニャ。創造主が知りたいのは、観測近似体が行う瘴気への対処方法ニャから、公開して知恵を絞るのは構わないニャ」

「だったら、ゾンビを出す前に知恵を絞って貰ったらもっと良いんじゃないかな」


 一方的に言い募る次郎と、全く取り合おうとしないケルンとの問答に、美也が割って入った。


「どういう意味ニャ?」

「文明が崩壊してから対処しようとしても、組織的な事は無理でしょう。ゾンビを撒き散らす事は何時でも出来るから、それは後回しにして、先に組織的な対応を見た方が、創造主の意向にも橋場成美さんの希望にも添うんじゃないかな」

「タイムリミットがあるニャ」

「わたしたち全員が攻略特典を選ぶまでは、待てるんだよね」


 美也は先程来ケルンが保証していた発言を、敢えて聞き返した。


「それくらいは容易いニャ」

「それなら、太郎くんと綾香が攻略特典を選んで外に出て、井口総理と広瀬大臣をここまで転移で連れて来て。それで日本の対応を検討して貰うの。理想は、文明を崩壊させないで瘴気を継続的に処理する方法。それは主の意向に添うよね」

「引き延ばしのために攻略特典を選ばないつもりかニャ?」


 金色の瞳が、やや不満げに釣り上がった。

 しかし美也は怯む様子を見せず、妥協点を模索する。


「少しの間だけね。その間、瘴気が増える分だけ追加のゾンビを倒せば良いでしょ」

「ウジャウジャ出るニャよ」

「最初に身体の色の割合を見たけど、本当は、まだもう少し保つんだよね。ゾンビが多くて無理そうなら特典を選ぶから、どうかな」

「ウーーーニャーーン。条件付きで認めるニャ」


 やや間を置いて、ケルンは美也の提案を条件付きで承認する意思を示した。


「分かったよ。条件は何かな」

「先に攻略特典を宣言しておくニャ。継続できないと判断した時点で、特典を与えてここから追い出すニャ」

「それなら能力加算」


 これ以上は妥協させられないと判断した美也は、直ぐに事前に決めていた特典を宣言した。

 それを聞いたケルンは細めていた金色の瞳を元に戻して、条件の成立を告げる。


「二人に一度ずつだけ、同行者の入場制限を外すニャ」

「それじゃあ二人とも、お願いね。それと足場は増やしておいて」

「マジかよ」

「致し方がありません」


 綾香は風魔法の威力を急激に上げ、魔力を使い切っても構わないとばかりにゾンビを蹴散らしに掛かった。

 次郎はケルベロスとの攻防を続けたまま、これからの行動を脳内で必至に検討する。

 まずはケルベロスと眷属を全て倒して最上級ダンジョンを攻略し、次郎と綾香だけで攻略特典を獲得する。

 その次は地上に戻って、ケルンが不満を持つ前に井口総理と広瀬大臣を連れてくる。

 ケルンは僻地のダンジョンを利用者最多の駅前に変え、ダンジョン内から魔物を放出し、放出する魔物の強さを毎回上げ、ついにはゾンビを出す判断を下した調整補助者だ。

 しかも、日本政府を『民衆が選んだ代表』として、政権を担っている党派を無関係に同一視した上で、既に見限っている。

 この段階に至っての引き延ばしは、明らかに悪手だ。

 美也の負担が劇的に重くなるし、最悪の場合は交渉が成立せずゾンビが出現し始める。

 次郎は総理と大臣を最速で連れてくる事を決めた。


「綾香、総理と大臣を分担して連れてくるぞ。二人は今日、どこに居るんだ」

「今日は最上級ダンジョンを攻略するかも知れないと事前に伝えてありますので、祖父は総理官邸です。広瀬大臣は、ジャポンテレビで二時間の日曜徹底討論に生出演する予定です。祖父の方は、総理官邸に直接転移できる私が担当致します」

「マジか」

「広瀬大臣の方は、父が秘書として同行していますので、連絡しておきます」

「…………分かった。頼むな」


 一気に戦意を喪失した次郎の手は、無情にも最後のケルベロスの胸を貫いた。

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