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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第四巻 選択

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68話 プロローグ

(……また消えた)


 数多の泡白い光が、彼方にて深淵へと吸い込まれていた。

 それらは、動けない少女の背後から現れては彼女を追い越し、やがて小さくなって消えていく。そんな幻想的な光景は、ブラックホールに吸い込まれる星々すらも連想させた。


 だが幾千、幾万もの光を見送った彼女は、次第にそれらを掃除機に吸い込まれるゴミのように感じ始めた。

 光の大きさが自身と同等であった事や、身動きの取れない苛立ちなどが、そのように思わせたのだろう。

 やがて、光が人の魂であると気付いた頃、彼女の心は既に擦り切れていた。

 人の主観で有害な星もあるだろう。ゴミの中にも役立つものはあるかも知れない。

 そんな取り留めの無い妄想をするくらい長時間、彼女は宇宙の大掃除を傍観させられた。


 彼女が知覚した光の数は、およそ数万から十数万。

 輝いていた全ての光が飲み込まれ、最後の光が暗闇に灯る。


「ようやくあたしの番?」


 辟易していた彼女は、ようやく終われる事に安堵した。

 一方的に深淵へと吸い込まれるのは理不尽で、せめて事前説明と同意は取って欲しい。だからといって、このまま放置されても困る。

 何しろ彼女は、既に死んでいるのだ。


 いつか必ず来ると警告され続けてきた、南海トラフ巨大地震。

 その「いつか」は、二〇三九年一一月四日に訪れた。

 もっとも時期が数年単位で異なっていたとしても、自らの居住地を定められない中学三年生の彼女が至った結末は変わらなかっただろう。

 彼女は諦観と共に、小さな一欠片の輝きとなった自らの身体を眺めながら、引き寄せる流れに身を委ねた。

 しかし虚空に引き込まれる直前、彼女は強制的に停滞させられた。

 ふと見上げれば前方に黒衣の青年が浮いており、それが潮流の流れを塞き止める障害物になっていた。


 虚空に現れた青年は若過ぎず、年寄り過ぎず、一見すると二十代くらいに見えた。

 肌は日本人と白人のハーフか、あるいはクォーターくらいの白さだ。髪は濃いグレーで、瞳は紫がかっており、少なくとも純血の人種ではない。

 服装は黒衣の神父服で、背中にはマントのようなものが付いている。差し当たって彼女は一四年間の人生で、そのような神父服を纏う宗教を見た事は無い。

 よって彼女の視点では、彼は夜道で出会った不審者並の怪しい人物に値する。

 もしも平時であれば、道の端に大きく寄って早歩きで立ち去るか、回れ右して反対方向に走り出すだろう。もちろん防犯ブザーは、いつでも鳴らせる状態にしておく。

 しかし残念ながら、現在は魂のような状態で防犯ブザーを所持できていない。

 加えてブラックホールのような深淵に引き摺られている最中であり、地球から助けが入る可能性は皆無だろう。


「あなた、誰?」


 避けがたいと理解した彼女は、自ら声を掛ける事で機制を制した。

 だが青年は微塵も怯まず、それどころか全く予想し得ない回答を返した。


「魂を収集中の観測者。とでも名乗るべきか」

「………………はぁ?」


 彼女は一瞬思考停止に陥り、再起動して反射的に話の続きを促した。


「遙か未来、個々の存在が個別の宇宙を創り出すに至った先進文明に属する観測者。この宇宙を創り出した別宇宙人。あるいは大災害で失われた魂を収集している死神。好きに捉えれば良い」

「宇宙を創った神様ですか?」


 彼女の普段の常識からすれば、青年の放言は全く有り得ない馬鹿げた戯言だ。

 しかし彼女の持つ常識では、彼女が宇宙空間に居る時点で全てが有り得ない。

 このように知識と目の前の事実が異なる時、彼女は自身の知識不足が原因で理解できないのだと考える。

 そのため彼女は、常識に基づく否定を取り下げ、彼の主張を再検討しようとした。

 だが男は、その思考を遮った。


「見た方が早いだろう」


 男が口を閉じた瞬間、彼女の視界に半透明の立体映像のようなものが流れ始めた。


 それは当初、目に見えないほど小さな細胞のような存在だった。

 それらは大気と水を持つ惑星上に満ちるエネルギーと物質を取り込んで分裂し、分裂した個体がまた周囲のものを取り込んで分裂を繰り返すという生態を永遠と続ける。

 永い年月を繰り返した細胞は、やがて形状を変化させ、巨大化し、分化していった。

 分化した生命体は、栄枯盛衰の歴史を繰り返す。

 惑星上ゆえに避けがたい他の天体との衝突や、大気成分の変化と言った幾度かの壊滅的な環境破壊を生き延びた複数の生命体は、長い生存競争を経て、やがて一つの生命体を勝者とした。

 それは甲殻と触手を持ち、強固な群れを作る、黒い昆虫のような生命体だった。

 甲殻昆虫たちは惑星上で大繁栄の時を迎え、知的生命体を名乗れるまで知性を高め、やがて空間や資源を求めて惑星外へと進出した。


「…………これが貴方たちの祖先ですか?」

「如何にも」


 そこから更に永い時が過ぎていく。

 恒星系、銀河系、超銀河団、超空洞。

 先住生命体を侵略し尽くして一部を取り込んだ甲殻昆虫達は、生態を環境に適応させながら宇宙の端々まで触手を広げ続けた。

 そして長大な年月の間に技術躍進が起り、彼らの宇宙の下に下位宇宙が生み出される。


 寿命という概念を無くして久しい甲殻昆虫たちは、標準宇宙の下に下位宇宙を生み出し、そのさらに下へ下へと下位宇宙群を広げた。

 彼らの目的は、甲殻昆虫の群れの維持と、標準宇宙のエネルギー確保。そのために下位宇宙群を生成して、生成地からの搾取を行う生態を取り始めた。

 下位宇宙群は上位宇宙に内包される為、上位宇宙が滅びれば下位宇宙群も滅びる。

 だが下位宇宙は、理論的には無限に生み出せる存在であり、より下位であるほど創り易く、影響が小さいために無理が効いた。

 彼らは生成した下位宇宙を分裂させ、分裂させた二つの宇宙をそれぞれ膨張させる手法で下位次元に多元的宇宙空間を生み出し始めた。


 宇宙は、甲殻昆虫が発生した標準宇宙群が起点〇とされた。

 そして一つ下位の宇宙を位階一と呼称し、その下に連なる宇宙を位階二、位階三、位階四と定めていった。位階が高いほどに標準宇宙や下位宇宙への影響が大きくなる事から、格に応じた管理権限者が定められた。

 位階一から三は、最上位宇宙群。

 位階四から六は、上位宇宙群。

 位階七から九は、中位宇宙群。

 位階一〇から一二は、下位宇宙群。

 位階一三から一五は、最下級宇宙群。


 そこで映像は途端に減速し、一つの甲殻昆虫へと焦点を当てた。

 彼は甲殻昆虫たちを統治する群れの一つに、長一族として誕生した。

 順調に成長した彼は、やがて子供へおもちゃを与えるにも等しい気軽さで、位階一五の最下位宇宙を一つ与えられた。

 彼は期待通りに位階一五の最下位宇宙を管理して、当該宇宙を分裂させる。

 そこで集めたエネルギーと引き換えに、次は位階一四の宇宙を管理する権限を与えられた。

 以降も収集、分裂、生成の各種工程を繰り返し、やがて下位宇宙群、中位宇宙群の位階管理者へと権限を引き上げていく。

 そして、位階六の上位宇宙を基礎とする樹形宇宙群の管理者となった。


 彼女が見ていた映像は、そこで途切れた。

 おそらく、現在進行形なのだろう。

 彼女は青年を地球が存在する宇宙を生成した創世神だと仮定した上で、相手が偉すぎて敬称や敬語は諦めつつも、質問を投げかけた。


「それで宇宙創世の神様は、どうして魂なんて集めているんですか」

「複製して調整し、管理している別の観測点へ送り込むためだ」

「別の観測点ですか」

「そうだ。お前達と同系統種の内、特に魔素を効率的に扱う者たちを観測している。それが滅びそうなため、補充に用いる」

「どうしてそんな事をするんですか」

「種族繁栄の為だ」


 青年の話によれば、甲殻昆虫を主とした生命体群は、エネルギーの生成と消費のバランスが保たれる範囲内で群れを維持している。そのため群れを繁栄させるためには、エネルギー生成を増やすか、消費を抑制する必要がある。

 彼は、エネルギーを生成する役目を担いながら、消費を抑制する方法についても考えてきた。

 そして自らが管理する宇宙群にエネルギー循環効率が高い生命体を見出して、観測体の特性を自種族に取り入れられないかと考えた。

 だが観測体は、高濃度の瘴気に起因する強大な魔物によって滅びつつある。

 上位階からの干渉で問題を解決した場合、起点〇の自種族では再現できないため、リスクが残って観測体の特性を取り入れる事が出来ない。

 そのため彼は、下位階からの干渉で問題の解決を図れないかと試みた。


 具体的には、下位階から観測近似体の魂を集めて調整を施し、観測点に送り込む事だ。

 観測近似体には複数の候補が有り、何回目かの作業として地球人の魂に強化と調整を施して送り込む事にした。

 また今回は、さらに二つの追加対策も行う。

 一つ目は、繋いだ彼方の観測点から、此方の地球側へ瘴気のみを逆流させて、彼方の瘴気を減らす事だ。これによって環境改善を図る。

 二つ目は、瘴気を流された此方の観測近似体も観測して、観測近似体が瘴気に上手く対処すれば、彼方の観測体にもフィードバックする。


 青年にとっては、地球人の魂を用いて観測体を補強し、地球に瘴気を逆流させて観測点の瘴気を減らし、観測近似体である地球人の実験も行うという一石三鳥の計画となる。


「つまりあたしたちは、彼方に対して毎年接種させているインフルエンザのワクチンみたいなものですか?」


 彼女は理解の及ばない範囲の大半を切り捨て、自分への扱いと行く末を問うた。


「他の魂は然り。然れど、此処に例外が生まれた」

「例外?」

「未だ死に至らぬ魂を収集した」

「それって、あたしは死んでいなかった。っていう事ですか?」

「然り」


 それまで宇宙や神だと聞かされて全てが他人事に思えていた彼女から、急速に怒りという感情が湧き出してきた。

 青年にとっては他人事でも、彼女にとっては自分の生死そのものなのだ。


「ちょっと酷くないですか?」

「一度は死した。そして収集の間際に蘇生し、生きたまま過剰に調整された」


 一度は死んだと聞かされた彼女は、流石に鼻白んだ。

 それでも自然に蘇生したのならば、自称死神が生き返った魂を刈り取るのは理不尽だと思い直し、若干語気を弱めつつも文句を言い募る。


「それって結局、生きているあたしを予定外に改造したって事ですよね?」

「然り。異常体の汝を彼方へと送り込めば、彼方の観測価値が損なわれる。だが此方に戻しても、同様に此方の観測価値が損なわれる。因って汝は、何れに送るも能わず。故に汝には、異なる道を能う」

「異なる道って何ですか」

「一つ、存在を抹消する。一つ、地球に流す瘴気の調整者と為る。選択せよ」

「はぁっ!?」


 彼本意の提案は、彼女にとっては理不尽極まりなかった。

 第一案に関しては、全く話にならない。

 第二案に関しては、何が何だか分からない。

 だが彼女の住む宇宙そのものを創り出した青年は、自らが生み出した宇宙をエネルギー生産と観測対象としてしか見ていない。

 そのため善意や好意には、全く期待できそうになかった。

 彼女は選択の前に、第二案について説明を求めた。


「調整者について教えて下さい」

「彼方の瘴気を減らす為、此方へ瘴気を流す。汝は流入する瘴気を調整し、此方に負荷を掛け、観測価値を高めさせよ。然らば汝には記憶の保持と共に、此方の調整者として適度な調整力を与える」


 彼の一方的な提案は、彼女にとっては選択の余地が無いものだった。


「調整者になります」


 かくして彼女は、神の代理人として此方の調整者となった。

 そんな彼女の決意と宣誓に、青年は頷きすら返さずに通達する。


「然らば汝は、我管理下の位階一一・下位宇宙群の一つである此方における調整者と為る。以降の全ては、此の補助者に問え」


 言葉を切った彼の足元に一匹の白猫が現われた。

 猫は興味深げに彼女を眺めると、宇宙空間を軽い足取りで歩み、彼女の元にやってくる。白猫が一歩進むごとに周囲の闇が深くなり、視界に映っていた全てが見えなくなっていった。

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