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日本にダンジョンが現れた!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二巻 ダンジョン問題が日本を動かした

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32話 綾香

 北海道ダンジョン前に集っていた数千人が、崩された入口から一斉に内部へ流れ込んでいく。

 ダンジョンの入り口を塞いでいたコンクリート防壁が崩壊し、立ち塞がっていた警察官が一人残らず飲み込まれた。さらに群集には人命救助と言う大義名分が添えられ、後ろから押された不作為だというお膳立てまで整えられた。

 そのためダンジョンで得られる力に関心があって集まっていた人の多くが、この流れに乗り遅れまいと周囲に歩調を合わせたのだ。

 彼らは大平原を疾走するヌーの群れが如く、破竹の勢いで崩された入口から内部へと流れ込んでいった。


「おい、早く行け。警察が出てくると引き戻されるぞ」

「それより自衛隊だろう。いいから急げ!」


 彼らが急いだ理由は、至近距離に北海道県警本部や北海道札幌方面中央警察署、果ては自衛隊の施設までもがあったからだ。

 もちろん魔物に襲われる巨大構造物内で、数千人単位を引き戻すためには、相当数の人員を投入しなければならない。

 直ぐに集められる規模の警察は、全開放された入り口を警察官の人壁で塞ぎ、SNS等で拡散されて続々と集まってくるであろう新たな民衆の流入を制止するのが関の山だ。

 おそらく巨大構造物内の一斉捜索が出来るのは、巨大構造物周辺に駐留している自衛隊の連隊だけであろう。

 であれば捜索隊が本格的に動き出すためには、最低でも連隊長が隷下部隊を捜索用に再編制しつつ、師団長に許可を得るくらいの時間は必要となる。

 そのためレベルを上げたい彼らは、連れ戻され難くなる巨大構造物内の最初の広場から先へと走った。


 政府が国民のレベルを上げさせたくない事に、多くの国民は首を傾げる。

 魔法治療には新たな可能性が示唆されており、身体能力の向上も労働力の増大を考えれば非常に好ましく思われる。民衆がそれらを獲得すれば、日本にとってもプラスになるのではないかと。

 だが支配者側が被支配者側に力を与えたくない理由は、支配し続けたいという目的を考えれば、決しておかしな事では無い。

 豊臣秀吉の刀狩りや、明治時代の廃刀令、現代の銃刀法違反など、民衆の力を削ぐ政策が行われてきた事は、誰もが知っている。

 それでも首を傾げる国民が多いのは、差別対象だった穢多えた、他国の貧困や犯罪などを比較に示されて、自分たちはマシなのだという被支配者としての教育を受けているからだ。

 勿論それ一辺倒ではなく、江戸時代から儒教の『子供が自身の親に忠実に従うことを示す道徳概念』などを取り入れて上に従う教育を組み合わせた結果、支配者側にとっての概ね理想型となったのが現在の形だ。

 そのように複合的な構造のため、被支配者には容易に理解し難く出来ている。


 しかしダンジョンから魔物が湧き出して以降、権力者側は国民のレベル上げを規制することが困難になった。

 魔物が襲ってくるため、魔物退治は禁止できないのだ。

 このような場合、政府の取り得る政策としては、巨大構造物を多階層円柱に変えて魔物が流出する場所を減らし、自衛隊で作る防衛線を強化して流出する総量も減らし、国民がレベルを上げる機会を失わせる。

 やがて状況が落ち着いてきたところで、警察発表でレベルを用いた凄惨な事件などを煽り、メディアを介して露骨に批判させてから法整備して規制する手法が考えられる。

 だが現時点においては、レベルを上げて発生する国民の被害より、レベルを上げた国民の自衛力で魔物被害を軽減できる方が遙かに利が大きいため、未だレベル上げを規制する時期に至っていない。


 そのため法的には禁じられていないが、滅多に訪れないレベル上げの機会に乗ろうとする群集は、相当数に上っていた。


 警察や自衛隊が来る前に巨大構造物内へと潜り込んだ人々は、そのまま入り口の坂を下りきると、広場のような空間から繋がるいくつもの通路へと流れ込んでいった。

 次郎はその流れに乗り、通路の奥まで進んだ所で、ようやく困惑と共に立ち止まった。

 既に人は閑散としているにも拘わらず、次郎の左腕には未だに人間がしがみついていたからだ。

 相手は、中学二~三年生くらいの少女である。

 ここまでの流れを思い出した次郎は、ボソリと呟いた。


「溺れる者は藁をも掴む?」


 どうやら押し合う人の波に飲まれて溺れかけていたのが少女で、咄嗟に掴まれたのが次郎であるらしい。

 余程恐い目に遭ったのか、未だに涙目で必死にしがみついたままでいる。

 しかも周囲に人の姿は見当たらず、一緒に流れてきた人達は揃ってコウモリ退治のために方々へと散ってしまっていた。


 次郎が一連の事態に全く無関係であれば、あるいは腕にしがみつかれていなければ、駆けていった連中と同様にダンジョンの奥深くへと向かっただろう。

 しかし次郎は、この事態を引き起こした張本人である。

 かつて発砲してきた機動隊が相手であれば、組織単位の行為だったと見なして敵として攻撃できるし、男子中学生以上か成人女性であればダンジョン前に来たのは自己責任だと無視も出来る。

 だが流石に、人の波に巻き込まれて流されてしまい、必死にしがみついた年下の少女を、力尽くで振り払う事は良心に咎めた。

 そもそも北海道ダンジョン内を予備として転移登録するという当初の目的は果たされており、実際のところ振り払って走り出す理由も無かった。


「よしよし、よく頑張ったな」


 次郎は掴まれていない右手で少女の頭を撫でてみた。

 すると少女は顔を上げて、掴んでいた次郎の手を離した。


「掴まってしまいまして、すみませんでした」


 口調や仕草はお淑やかで、立ち姿も凜としており、表情も取り繕われている。だが瞳の奥では、かなり困惑している様子だった。

 年齢は、次郎から見て自身より一から二歳年下に思われた。

 体格は細身だが、小柄な絵理よりは幾分か身長がある。

 髪は上の方で編まれて、左右に振り分けられて軽く巻き毛になっていた。

 テレビでも目にしない難しい髪型で、二週間に一度くらいは美容院で手入れをしなければ維持出来なそうな絶妙のバランスだった。

 服装は、上質な白襟セーラーのブラックワンピース。リボンブローチ、パネルラインの立体的なスカート、三つ折りソックス、Tストラップシューズ。そしてセットと思われるバッグも持っている。

 これなら余程格式の高い場に赴いても、自然に溶け込めるだろう。


 結論として次郎は、少女を超が二つほど付くお嬢様だと判断した。

 次郎も小学生の頃には絵画の習い事をしており、親が画家から個展の案内状を送られくるようなお坊ちゃまではあるが、だからこそ相手が自分や周囲よりも格上のお嬢様である事を理解できた。

 親戚や知り合いにいる社長の娘たちの中でも、目の前の少女ほど洗練された振る舞いを身に付けている者は居ない。

 それは少女の周囲の大人が、高頻度で洗練された場に出席している事を意味する。

 こういう上流階級に育ったお嬢様に、中川や北村を相手にするようなノリで対応すれば、本気で引かれてしまう。

 差し当って、実は育ちの良いお坊ちゃまの次郎は、真摯な声で少女に問い掛けた。


「怪我は無かったか?」

「はい、大丈夫だと思います」


 少女は蛍光スライムが僅かに光を灯す洞窟内で、自身の体を僅かに見下ろしてから答えた。

 散々左右からぶつかられた次郎と一緒だった事から、打撲程度の被害は受けただろうが、少なくとも見た目に怪我は無い。

 次郎もざっと目で確認したが、特に出血などは見られず、おかしな立ち方もしていなかった。


「違和感があるなら言ってくれ。一応レベルがあるから、回復魔法は使える」

「ありがとうございます。回復魔法が使えるのですか?」

「ああ、レベル三だからな」


 次郎は右手の人差し指から薬指までを三本立てると、軽く振って見せた。

 直後、指の先端に紅白の光が灯り、クルクルと浮き上がって周囲を徐々に明るく照らし始める。


「凄いですね。コウモリ退治ですか」

「バッタも倒したよ」


 二種類の均一な輝きは、部屋を照らす蛍光灯と同じくらいの明るさになった所で光力を留め、次郎の頭上に滞留した。

 少女は興味深そうにそれを眺めると、静々と口を開いた。


「お聞きしても宜しいでしょうか」

「ああ、何だ?」

「敢えて二種類出したのには、何か意味があるのですか?」

「光魔法は、コウモリの撃墜に使えない。火魔法だけだと、撃墜で使えば灯りが無くなる。槍や石で叩き落とせば問題ないけど、大量に部屋湧きしたら手間だから、念のために浮かせておいた感じかな」

「随分と慣れていらっしゃるのですね。失礼ですが、道外の方ですか?」

「まぁな。どこの都道府県かは内緒だ」

「山中県の高校生の方ですね」


 少女の指摘に、次郎は咄嗟に紡ぐ言葉を失った。

 次郎は自分の仕草や言動に都道府県を断定させるような情報があっただろうかと振り返り、そんなものは無かったはずだと思い直す。

 であれば次郎が巨大構造物内に慣れている事や、容易に獲得できない力を見て、政府が唯一コントロールできないまま多階層円柱に変わった山中県を連想したのだろうか。

 北村や絵理のように、日本にはドーム内部に潜った者や、幾つもレベルを上げた者は居る。従って、巨大構造物内での活動経験やレベルでは、攻略者の断定は出来ない。

 しかし口籠もった空白の時間と、色つき眼鏡越しとは言え逡巡した表情まで合わせれば、もはや相手に確定情報を与えたにも等しかった。


「山中県は、八月に多階層円柱が現われてから魔物が出ていません。ですから山中県には、バッタは出ていないはずです」


 既に確信めいている少女に、次郎は心底困った顔で愚痴を溢した。


「俺はお喋りが過ぎたな」

「申し訳ございません」


 少女は追求する口調だった事を謝罪した。


 次郎は相手の立場や能力から、起こり得る最悪の状況を想定した。

 政府と異なり、何処にでも一瞬で来られる転移能力を知らない少女が真っ当に調べる場合、まずは札幌市と周辺のホテルの宿泊者リストを洗い出す。

 少女の背後が、ホテル関係者に無理を言える立場であれば、今夜宿泊予定の山中県民を調べられるだろう。そうすると土曜日で旅行者が多いとは言え、明らかに目立ってくるのが、次郎たち七村高校二年の修学旅行生だ。

 二八〇名の修学旅行生のうち、男子生徒は一四〇名。

 仮に市立高校の集合写真を入手できれば、色眼鏡越しとは言えこれだけしっかりと見続けている次郎を特定する事も、本気でやれば不可能では無い。

 最初は子兎のように震えていた少女が、初めて出会ったマスクと色眼鏡越しの次郎の身元にまで辿り着けるような相手だとは、まさか思いも寄らなかった。


 この少女をどうすべきか、次郎は咄嗟に考えた。

 明確な殺意を以て発砲してきた機動隊と異なり、少女には一切の過失がない。むしろ事態の被害者で、現時点で次郎には加害を加えていない。

 それでは彼女の立場は、一体どのようなものであるのか。

 デモの群衆内に居たという事は、政府の姿勢に反対する立場だ。少なくとも親などが、巨大構造物を封鎖する政府や自衛隊、警察という事は有り得ない。

 であれば政府や自衛隊、警察と組んで次郎に害を為す立場では無いだろう。

 そこまで思考を進めた次郎は、少女に穏当な解決手段の提示を試みた。


「それで、俺の事を詮索しない引き替えに何かして欲しい事があれば聞くが」

「詮索しない引き替えですか?」

「ああ。わざわざダンジョン前に来ていたと言う事は、ダンジョンに関心があるんだろ。君のレベルを一か二くらい上げるのを手伝っても良い」

「分かりました。それでは宜しくお願いします」


 はたして少女は、次郎が提示した条件に乗った。

 同意を得られた事に安堵した次郎は、ポケットを弄る振りをしながら収納でナイフを取り出して手渡した。


「これは?」

「武器。俺がコウモリを取り押さえて心臓にあたる魔石を露出させるから、君が魔石を破壊してレベルを上げる。レベル一に上がるには、コウモリを一匹倒せば良い。レベル二に上がるなら、追加で四匹だ」


 少女は繁々とナイフを見つめると、右手で握り締める。

 女性がナイフを握り締める姿にヤンデレを連想した次郎は、慌てて妄想を振り払うと、少女に先んじて歩み始めた。

 その背後から、ナイフを握った少女の足音が続く。

 暫く歩いた次郎は、やがてズボンのポケットに手を突っ込むと、土魔法で生み出した十数個の小石を掌に握り締めながら手を引き出し、前方に向けて軽く投げ放った。

 すると遠くからコウモリ達の悲鳴が聞こえてくる。


「今、何をされたのですか」

「闇魔法で感知した天井付近のコウモリの群れを叩き落とした。外の連中が封鎖しているから、随分と溜まっているらしいな。意外に早く済みそうだ」


 次郎は笑みを浮かべると、コウモリの悲鳴が聞こえた方向へ歩み寄っていった。

 すると四匹のコウモリが床に落ちており、三匹はまだ生きていた。


「警察の拳銃でも落とせないのに」


 少女は驚きに目を見開いたが、次郎にとっては何の不思議も無い事だった。


「警察の拳銃は鎮圧用で、殺傷能力が低いらしいからな」


 コウモリが逃げないように強い語調と共に翼を踏み付け、床に擦り付けながら擂り潰す。

 そのうち一匹の翼を踏んで押さえ付けながら、収納から取り出した二本目のナイフを首筋に突き立て、それを引く事で心臓付近の魔石を露出させる。


「ほら、この緑石がレベルを上げる素だ。生きている魔物に攻撃をして、魔的な何かをこの石に届ければ、死後に魔石の力を吸収してレベルを上げる力が取り込める。とりあえず露出している心臓をナイフで突いてみてくれ」

「ちょっと待ってください。貴方の行動が早すぎて、心の準備が出来ていませんでした」

「追っ手や横槍が来ると困るから、悠長には待てないぞ」

「…………大丈夫です。やります」


 次郎の言葉に覚悟を決めた少女は、取り押さえられている瀕死のコウモリにナイフを突き立て、心臓を破ってトドメを刺した。

 そうやって得た魔石を持たせると、少女のレベルは呆気なく上がる。レベルアップ後のステータス割り振りでは当然悩んでいたが、次郎が火魔法でトドメを刺してはどうかとアドバイスを行うと、アッサリと火魔法を覚えるに至った。

 もしかすると、突き立てる感触が嫌だったのだろうか。ナイフはすぐに返され、二匹目からのトドメは火魔法による内臓加熱で行われた。

 そうして二個の魔石の力を回収した後に再び奥へと歩みを進める。その後、暫くは無言が続いたが、やがて少女の方から話しかけてきた。


「お聞きしたいのですが」

「なんだ?」

「貴方は、巨大構造物をどのように捉えていますか」

「漠然とした問いだな。何を聞きたい」

「随分とストレートな聞き方をされるのですね」

「舌戦じゃ絶対に勝てないと分かったからな。答えるかどうかはさておき、言ってみたらどうだ」


 上流階級の言い回しや読み合いに不慣れな次郎が相手に合わせようとした結果、先程は惨事が起きた。

 そこで次郎は相手に合わせるのを止め、自分のペースで話そうとした次第である。


「分かりました。改めてお伺いします」


 はたして次郎の土俵に乗った少女は、居住まいを正すと、次郎の正面を向いて問い掛けた。


「日本は巨大構造物の情報開示を要求されて、それを拒否しています。従来でしたら原油の価格を上げると脅されれば直ぐ折れるのに、今回は引きません。そして総務大臣の家族が回復魔法で不治の病から回復するなど、随分おかしな事になっています」

「ふむふむ、それで?」

「魔法で新技術を生み出すのは悪い事ではありませんが、労働党は非公開にして自分たちで独占しているために、国家の財産を私的に利用していると批判されています。あなたは現与党の行動をどう捉えますか」

「うーん」


 何とも政治的な話であったが、次郎の認識では、現与党は次郎にとっては敵である。

 元々、売れない杉山を抱えさせられた堂下家の末代として、国家への盲信はなかった。

 だが現代においてもダンジョンの存在を隠して土地を立ち入り禁止し、ダンジョン内では次郎と美也への発砲を認めた労働党政権は、現在進行形で次郎の敵だ。

 但し少女の思想的な立ち位置が分からない。

 次郎は新たなコウモリに向けて石を投げ付ける間に時間を稼ぎ、迷うように言葉を選びながら回答した。


「巨大構造物や魔法が国家財産なのかはさておき、国税で運用する機動隊や自衛隊の成果を自分たちの家族だけに還元している点は不当だな。俺の知り合いも、もっと早く魔法治療が公表されていたら、違う治療が試みられたかもしれない」

「巨大構造物が現われたのは一年前ですから、公開されていたとしても、違う治療法を試みるのは流石に難しかったかもしれませんけど」


 少女は新たなコウモリの死骸に火魔法を送り込み、魔石を回収する間に疑問を口にした。

 確かに一年前に魔法治療が分かったとしても、人間への臨床試験の前段階である動物実験に留まるだろう。

 アメリカで確立されて実用化された治療でも、日本で認可が下りるのは二年くらい後だ。日本の厚生労働省は、良い意味でも悪い意味でもお役所仕事である。

 だが少女の指摘は、そもそも前提の知識が間違っている。


「それは違うけどな。この巨大構造物の前段階であるチュートリアルダンジョンが日本に発生したのは二〇四〇年の五月四日だ。政府がこれを把握してから、かれこれ五年以上は経っているぞ」

「…………どういう事でしょう」

「西日本大震災の後に、各都道府県で一~三ヵ所ずつ不自然な地割れが見つかっていただろう。あれは全部、巨大構造物と呼ばれる初級ダンジョンの前段階で、チュートリアルダンジョンという物だった。政府が封鎖していなければ、隠していた年数分だけ研究が進んでいたはずだ」


 少女は大きく目を見開いて、驚きを露わにした。


「それは何かしらの根拠があってのご指摘ですか」

「ああ。レベル二に上がったようだから撤収する。最後に証拠を見せてやるから、詮索をしないという約束は守ってくれよ」

「証拠というのは、チュートリアルダンジョンが存在したというものですか」

「そうだ。簡単に証明できるから、手を出してくれ」

「…………はい」


 差し出された少女の手が、しっかりと握られた。

 元々次郎は、転移を使って追っ手の警察や自衛隊に遭遇せず帰る予定だった。

 そこに警察や自衛隊に捕まって次郎の事を話されると非常に困る事になる、目の前の少女をミスリードも含めて同行させようと考えたのだ。

 警察などに捕まって自供させられれば、次郎の捜索が行われるかも知れない。少女が探そうとするよりも、国家権力が少女も使って探そうとする方が遙かに厄介だ。

 一方で次郎が少女を逃がしてしまえば、知能の高い少女は自らデモ隊の一員として捕まるような馬鹿な事はしないだろう。

 次郎は転移で飛ぼうとして、ふと思い直して先に注意点を付け加える。


「先に言っておく。今から行うのは、ダンジョン攻略特典の一つである転移能力だ」

「…………転移能力ですか?」

「そうだ。実際に体験しないと信じられないと思うが、一瞬で世界中の何処にでも跳べる。他にも、俺がナイフを出し入れした収納能力というものもある。そして俺が複数の特典を持っている事こそが、巨大構造物が以前から存在したという証明だ。なにしろ駅前に出た巨大構造物は、山中県の一ヵ所を除くと、全て政府が攻略しているからな」

「あなたは実際にチュートリアルダンジョンを攻略した。という事なのですね」

「そういう事だ。それで今から、北海道ダンジョンの出入り口を避けて、札幌市内にある時計塔のトイレの個室内に跳ぶわけだが、そちらにいるのは事情を知らない人間ばかりだ。だから転移を体験して驚くとは思うが、現地では騒ぐな。分かったな?」


 少女は頷きつつも、手を引き寄せる事で次郎の行動に制止を掛けてきた。


「…………何だ?」

「貴方の連絡先を下さい」

「却下」

「では私の連絡先をお渡ししますので、そちらへ連絡を下さい」


 少女は次郎の手を離し、メモ帳を取り出し始めた。

 その様子を見た次郎は首を横に振り、溜息を吐いてから気が乗らなそうに返事をした。


「一〇世紀くらい経って気が向いたらで良いなら受け取る」


 少女は暫く考え込み、やがてメモ帳に何らかの文字を書くと破り、携帯端末そのものと一緒に差し出してきた。


「どういう事だ」

「携帯端末は後日お返しください。それが無いと、凄く困ります」

「それなら渡すなよ」

「貴方は連絡先を教えて下さらなそうですし、私も貴方の家や学校を詮索しないとお約束しましたので。ですから連絡手段として、私の携帯端末を一時的にお預けします。今夜以降、祖父か伯父、父という名前が表示された時だけお取り下さい。メールも同様にお願いします」

「これを受け取っても、俺に良い事なんて無いだろ」

「あります」

「なんだよ?」

「それは次回お会いした時に、必ずお示しします」


 必ずという言葉を強調した彼女は、次郎のズボンのポケットに携帯端末とパスワードが書かれた紙を押し込むと、返されるのを拒むように次郎の手を取った。

 その少女の目に宿った強い意志を見て、次郎は説得を断念した。


「俺の個人情報を詮索しないって約束を律儀に守ろうとした点は評価する。だから、一回だけな」

「一回機会を頂けましたら、充分です」

「分かった」


 受け取った上で捨てると、厄介な事になりそうである。

 だが何ら根拠は無かったが、次郎は自分が約束を守る限り、相対する少女も約束を守るだろうという確信があった。


 一呼吸した次郎は少女の手を取ると、ゆっくりと瞬きをした。

 そして次に目を開くと、そこは薄暗い洞窟では無く、照明に照らされた時計塔の中だった。

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[一言] こう言う寄生虫は大嫌いです。ほかは楽しい面白いです。
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