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日本にダンジョンが現われた! 作者:赤野用介

第一巻 日本にダンジョンが現われた

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02話 初めての魔法

 
 次郎が洞窟内へ深入りしたのは、緑色に光る小石を見つけたからだ。
 結果として巨大コウモリを倒して体内から同様の緑石を得て、それに触れた事でレベルが上がったようである。レベルアップの効果は不明だが、体力などが上がるのは良い事だろう。
 では最初に見つけた緑石はどうなったのかと言えば、今も床に転がっていた。
 緑石に触れても、直接コウモリを倒さなければ効果は無いかもしれない。だが戦わずに上がる可能性があれば、その機会を逃すのはあまりに惜しい。ここは検証のためにも入手すべきだろう。

 問題は、緑石を拾う時に生じた尋常ではない心臓の痛みだ。新手のコウモリに遭遇する危険を考えれば、負傷している今は動けなくなる事態を避けたい。
 次郎は少し考え、左裾が裂けてしまった上着を脱いで石に触れないように包んで持ち上げた。小石の重みが上着越しに伝わってきたものの、緑石と直接触れていないためか、痛みを感じる事は無かった。次郎は足元のナタを拾うと、目的を果たした洞窟から足早に逃げ出した。

 家を出てから洞窟へ辿り着くまでは徒歩一〇分程度。この近距離では、巨大コウモリが自宅まで飛来する恐れがある。
 もっとも次郎は、家族が危険であるとは全く思わなかった。

「うちの家族だと、返り討ちにするだろうけどなぁ」

 次郎と同居している家族は、両親と四歳年上の兄、それに祖父の四人だ。
 祖父は猟銃を所持しており、年に数頭は熊を撃っている。猫サイズの巨大コウモリが出たと言えば、鼻で笑って駆除に行く程にはアグレッシブだ。
 父は剣道三段で、大学では剣道部の主将を務めていた。剣道を止めて久しいが、素人の次郎が勝てる程度のコウモリならば問題にもならないだろう。
 母は空手の銅メダリストだ。半径四メートルが間合いだそうで、オリンピックでは体格に勝る外国の選手を次々と殴り倒した。生半可な熊だと倒しかねず、一人だけ次元が違う。
 兄は、そんな母の強い希望で空手道場に通わされた。母には及ばないが全国レベルの実力者で、木刀を持つ父と素手の兄が戦えば確実に兄が勝つ。
 こんな戦闘民族の巣窟にコウモリが飛来した場合、末路は撲殺と野焼きである。次郎は半笑いし、一番弱い自分が心配する事ではないと思った。

 近隣住民については、身近なケースを当て嵌めて考える。
 例えば山に熊が出たとして、地主が責任を負わされた話は聞いた事が無い。そもそも県内の山に熊が出るのは常識だ。行政だって捕獲した子熊は山奥へ逃がす。
 蜂も同様で、日本中どこにでも巣を作るのも、近付いた人を刺すのも習性である。巣を作られた側に、一体どんな過失があるというのか。
 アリに噛まれても、蚊に刺されても、カラスに買い物袋を奪われても、やはり生息地の地主が悪いと言う話は聞かない。
 それらに鑑みるに、山にコウモリが出て近隣住民を噛んだとして、次郎の家に賠償責任は発生しそうにない。
 よって次郎は、巨大コウモリ発生を誰にも通報せず、個人的なレベル上げを行う事にした。
 大人に話せば、危険を説かれて行く事を禁じられるだろう。報告しても褒められる程度のメリットしか無いのだ。賠償問題が発生しない以上、レベルという可能性を禁止されるデメリットが大きすぎて、報告は割に合わない。

 それに次郎は、西日本大震災後に全国の数十カ所で見つかった「特異な地割れ」地点が全て封鎖され、一向に地主の元へ返還されない点も気になった。
 封鎖の名目は「南海トラフを震源とする西日本大震災後に発生した地割れと地質の調査」だが、具体的に何を調べているのか国民には一切伝わってこない。
 最初の発見例は、ちょうど二年前の二〇四〇年五月四日。
 西日本大震災の発災自体は半年前の二〇三九年一一月四日だったが、発見された場所が全て山奥などの「へき地」であったため、発見が遅れたのだとするテレビの説明には一定の説得力があった。
 ただし、今の次郎はそれを非常に疑わしく思っている。
 次郎が見つけた「へき地」の「特異な地割れ」は、実態が巨大コウモリ出現と摩訶不思議なステータス表示だった。常識的に考えて、地質学とレベル表示に接点なんてあるわけが無い。
 この洞窟が過去に発見された「特異な地割れ」と同質のものであった場合、他と同様に封鎖される事は誰の目にも明らかだ。なお行政は「西日本大震災で発生した地割れなどの被害は、市町村へ届け出るように」と珍しく積極的な指示を出している。

「ここは西日本じゃないし、うちには被害も無かったから無関係だな!」

 次郎は「お上のお達し」を表面通りに捉える事で、届け出の対象から逃れた。
 堂下家を含むお上のお達しに従った家は、土地を杉山に変えさせられた挙げ句、需要と供給が逆転して発生した負債を全て背負わされている。
 また日本中に造林された杉山が放置されるに至り、スギ花粉による花粉症患者が爆発的に増大したが、行政は因果関係を認めていない。
 これで今回も馬鹿正直に行政へ届け出れば、堂下家に残るのは『立ち入りすら出来なくなった杉山』と『杉山にかかる税金』だけである。

 次郎は政治家が口にする『自己責任論』を思い浮かべたところで、当初の目的であった親戚依頼の小木を思い出し、適当に一本を伐採して帰る事にした。家を出る際には小木を伐りに行くと言っており、手ぶらで帰れば一体何をしに行ったのだと不審に思われる。
 片手間に見繕った小木は、拘っていたほど良質な木ではなかった。
 しかし、伐採してから暫く置けば、小木は乾燥して枝葉が毟り易くなる。最初に枝が多目のものを選んでおけば、後から調整できるのだ。
 次郎は選択した小木に左手を添え、根元付近に向けてナタを振るった。
 折れるまでに、僅か二回。
 最初は狙いを付けるために軽く表皮に当てたため、実質は一回で呆気なく折れた。体感的には三~四回必要と予測していたが、その想像した以上に脆い木だったらしい。祭りで折れては困るため、次郎はさらに別の小木を選んで伐り直すも、二本目も同様に二回で折れた。

「もしかしてレベルが上がったから、力も上がったのか?」

 次郎がポイントを割り振ったのは「光」で、力に該当しそうな項目を触った覚えはない。だが体感と現実には、明らかなズレが生じたように感じられた。
 長々と検証するわけにも行かず、次郎は再々度の伐採を断念して一本目の幹を掴み、引き摺りながら自宅の蔵に向かって歩き出した。
 滅多に人が入らない山道を広げて一〇分余り。
 ようやく山道を下り終えると、先ずは蔵の中に小木を放り込み、据え付けの棚にナタと軍手を置く。
 本来ならこれで家に入れば良いのだが、爪を突き立てられた左腕は抉れており、脱ぎ捨てた上着も血塗れだ。家族に見つかれば、事情聴取が始まるだろう。
 転んで擦り剥いたと言えば誤魔化せるかも知れないが、親は子供の行動に対しては妙に鋭い。余計なリスクは避けるべきだと、次郎の第六感は告げていた。
 幸いにして気温は高くなっており、血塗れの上着は暑いから脱いだと説明が付く。その上着の血があまり付いていない部分で、左腕の傷を覆い隠しながら部屋まで戻れば、遠目には誤魔化せるはずである。
 決断を下した次郎は、蔵を出て家の壁沿いに玄関へと向かった。そして引き戸の玄関をガラガラと空け、来客では無いから応対は不要である旨を高らかに宣言する。

「ただいまーっ」
「お帰り。手を洗ってきなさい」
「うい」

 さっそく進路変更を余儀なくされた次郎は、致し方がなく廊下を小走りで駆け抜け、台所を通り過ぎて洗面所へと向かう。

「おい次郎、木は伐ってきたのか?」
「伐ってきた。蔵に置いてあるよ!」

 居間から父の声が聞こえてきたので、大声で言い返す。
 そしてさらに何かを言われる前に、洗面台の蛇口を上げて水を流し始めた。
 左腕を水道水で洗うと、洗面台に鮮血が流れ出て傷口が染みる。

「痛っ」

 次郎はしかめっ面になりながら、右手に石鹸水を付けて、なるべく痛まないように左上腕の傷口付近を軽くなぞっていった。
 その後は上着で傷口を抑え、洗面台には水を掛けて血を洗い流す。
 母は台所、父は居間から移動する素振りが無い。次郎は廊下を怒られない程度の小走りで、廊下を駆け抜けた。

「次郎、今夜はシチューよ」
「ういうい!」

 最早振り返りもせず、次郎は階段を駆け上がった。
 そして部屋にあと数歩という所で、隣の部屋から出てきた兄の一郎と遭遇した。しかも左手に巻き抱えた上着を、しっかりと見られてしまう。
 そして第一声。

「おい次郎、危ないから走るな」
「了解、兄貴」

 一郎の視線は上着を追っていたが、特に何かしら指摘する事は無かった。
 次郎は速度を歩行に落としながらも移動は止めず、すれ違って自分の部屋へと逃げ込んだ。そして部屋のドアを閉めて、大きな溜息を吐く。

「はぁ、危なかった」

 兄とすれ違った際、上着に付いた血液を見られた。
 あまり汚れていない部分で覆っていた事から追求を逃れられたが、相手が兄以外の家族であれば追及は免れなかっただろう。
 だが自室に入った以上、家族の追求は殆ど逃れきった。
 あとは上着を自宅以外に捨てれば、証拠は左腕の傷だけとなる。
 光の魔法が予想している回復ではなかった場合でも、傷自体は暫く長袖を着て隠せば、いずれ消えて誤魔化せるようになる。

「やれやれ」

 次郎は上着をコンビニのビニール袋に入れて口を縛ると、学習机の隅に投げ捨てた。
 次いで背中からベッドに倒れ込み、仰向けに寝転がる。
 そして左腕を頭上に伸ばし、巨大コウモリから受けた傷を改めて確認した。

 コウモリに傷つけられた傷からの出血は、既に止まっている。
 だが左上腕には鉤爪に傷跡が傷は痛々しく走っていた。攻撃を受けたのは上着越しであったが、決して浅くない傷が出来ている。

「さてと。問題は魔法が使えるかだけど、とりあえず……ステータス」

 次郎は、期待と力を込めて呟いた。
 しかしいくら待っても、洞窟で見たような白い背景と黒い文字は再表示されなかった。

「ステータス、ステータス……ステータス」

 未練がましく、何度か呟いてみる。
 その音量は次第に小さくなり、やがて六回目には途切れて消えた。

「それなら、回復!」

 気を取り直した次郎は次に右掌を左上腕に向かって伸ばし、新たな文言を唱えてみら。
 しかし暫く待っても、傷口には何一つ変化が起らない。
 流石に次郎は困惑したが、前提としてステータス表示に魔力という項目があった以上、魔法自体はあるはずだと信じ込む。

「火・風・水・土」の四種類は、様々な文明が提唱してきた四元素と同一だ。
 現代でも「個体・液体・気体・プラズマ」として、物質の状態を表わしている。
 表示された四属性を魔法として常識的に解するならば、土は魔法で固体を生み出すか、既存の固体に形状変化を起こすものであるはずだ。すると水は液体、風は気体、火はプラズマとなる。
 そして四属性と異なる光と闇は、物理法則への直接作用系ではなく、補助的な役割になるのでは無いだろうか。

 次郎は自らの仮説が、洞窟内で表示された日本語表記が正しいと仮定すれば、かなり高い確率で合っていると考えた。
 そして光の魔法を発動させるには、不足する何らかの手順があると考えた。
 呪文か、あるいは念じるコツなどが必要なのか。
 まずは呪文に当たりを付けた次郎は、次々と知っている言葉を試み始める。

「ヒーリング、リカバリー、フォーマット、ザムデイーン!」

 傷口には、何ら変化が生じなかった。
 残念ながら次郎の付けた当たりは、大外れだったらしい。そしてふと、コンビニに売っている創傷被覆材を貼り付けた方が早そうだという考えが脳裏を過ぎる。
 それでも諦めきれない次郎は、未練がましくベッドに身体を預けて力を抜くと、天井に向かって伸ばしていた左手を降ろし、右手を心臓の上に置いた。
 そして魔力のようなものを探して、全身に意識を向ける。
 暫く時間を掛けて、ゆっくりと身体の力を感じ取ってみた。
 すると心臓の左上辺りを基点に、血液ではない何かが身体を巡っているような、不思議な違和感に気付く。
 一先ず呼吸を整える。
 そして身体を巡っている何かの流れを引っ張るように意識してみると、流れが任意の方向に動いたように感じられた。

「おお」

 思わず感嘆の声が漏れる。
 そして意識を集中し、何かを右肩から右腕、右手へと徐々に押し出していく。
 すると身体から右手へと集まった何かは、最後に右手の指先まで達したようだった。
 次郎は右手の指先に集約された違和感をその場に留めながら、ゆっくりと左手を掲げて、左上腕の傷跡を右手の指先でなぞる。
 イメージしたのは、回復だった。
 治癒、再生、復元、巻き戻し、陽光、輝き。
 その様な言葉を思い浮かべ、イメージを加えながら力を流し込んでいく。
 思い浮かべたのは、肉が盛り上がり、かさぶたが出来て、やがて剥がれると元通りになるという光景だ。
 右手に留めた流れを左上腕の傷跡へ流し込み、放つ力がイメージに変換されるように念じ続けた。

 すると不意に脱力感が生じ、右手から力が抜け落ちた。
 それと同時に、左上腕から熱さを感じた。
 そして掲げた左上腕の傷跡には、かさぶたが出来ているのが見て取れた。

「…………呪文は要らなかったのか」

 どうやら光魔法の一には、コンビニで数百円する創傷被覆材スプレーを上回る力があったらしい。お小遣いが月五千円の次郎にとっては、有難い結果である。
 だが初めて魔法を行使した次郎は、世界に対する認識を大いに改めざるを得なかった。

 もはや次郎は、人類が共有してきた常識からは、一歩外れている。
 だが世界の定説が間違っていた事例は、歴史でいくつも習ってきた。
 例えば、天動説と地動説。
 学問の世界に民主主義は通用しない。一〇〇人中九九人がAと言い張っても、事実はBだったという例は存在する。
 それを学校で習った次郎は、目の前の出来事が世界の常識と乖離していると分かっていても、頭から否定する気にはなれなかった。
 そんな次郎は、巨大コウモリに遭遇する前に見つけて持ち帰った緑色の小石に目を向けた。
 持ち帰った小石は、倒して触れたコウモリの石と異なり、無反応だった。

「……接触が短すぎたとか?」

 そう思い直した次郎は、痛みを警戒しながら五本の指先で素早く触れてみる。
 だが次郎の身体には変化が起らず、緑石も灰色に変わる事は無かった。
 一体、どのような差があるのか。
 二つの緑石を比べると、最初に鮮度の問題が思い浮かぶ。
 どんな食べ物でも鮮度が良ければその分美味しいし、消費期限を過ぎればやがて食べ物では無くなる。
 すると次郎が拾った緑石は、もう消費期限を過ぎていたのかもしれない。

 但し同時に、他の可能性も思い浮かぶ。
 そもそも常識や定説が通用する石では無いのだ。
 もしかするとゲームのように、次郎が直接コウモリを倒さないと、経験値のようなものを得られないかもしれない。
 そんな仮説が正しい場合、倒す行為はどのように定義されるのか。
 例えば猟銃でコウモリを撃った場合、引き金を引いた人間に経験値が入ると仮定する。
 すると洞窟にミサイルを撃ち込んだ場合は、発射ボタンを押した人間に経験値が入るのか。あるいはもっと極端に、自動的に撃つ迎撃システムを洞窟に配備した場合には、設置者に経験値が入るのか。
 つまり投石や罠を用いてコウモリを倒した場合、それで効果が出るのかという疑問だ。

 もっとも次郎は、コウモリに対する罠を仕掛けられるほどの知識を持っていない。
 より直接的かつ原始的な手段に訴えるべく、次郎は翌日からコウモリを探し回った。
 五月五日は、こどもの日で祝日だ。
 だから出現数をサービスしてくれたのだとは思えないが、コウモリは次々と見つかり、都合六匹も倒せた。
 戦い自体に苦戦はしなかった。
 巨大コウモリを一匹も倒す前は、レベル〇だったのだろう。レベル一の次郎は危なげなく戦えたし、洞窟までの移動時間も一〇分から七~八分に短縮していた。
 目に見える成果が上がれば、モチベーションも高くなる。
 ゴールデンウィーク最終日となる五月六日は、四匹を倒したところでレベルが二に上がった。
 そこでボーナスポイントを攻撃に振り、攻撃力を上げてさらにコウモリを叩き落として回った。結果として一〇匹を倒すも、持参したナタが壊れかけた為に引き返した。
 こうして中学二年のゴールデンウィークは過ぎ去っていった。
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