雨降りて
この度、北海道で亡くなられた隊員のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
久々の帰宅。可愛い奥さんとゆっくりと過ごせると楽しみにしていたが。
どうも機嫌が悪い?いや、どちらかというと元気がない……。
結婚後、子供ができるまでは、と言って続けている仕事で何かあったのだろうか?
今は、俺にその身をもたせかけ、ぼんやりとテレビを見ている。いや、見ているというより眺めている、か。
――疲れているなら寝かさないとな――
少し?残念に思いながら、しかし今回は時間もあることだし、何より無理はさせられない。
そう思い、寝ようか、と声を掛けようとした時、コマーシャルが終わり、全国ニュースに切り替わった。
俄かに彼女の意識が戻った気配を感じ、様子を見る。
「次のニュースです。本日午前中から行方不明となっている自衛隊機の捜索について、防衛省の統合幕僚長より、24時間体制で捜索をすると発表がありましたが、現在もその行方は……」
概要と、コメンテーターなる者の私見が語られ始めると、彼女は徐に立ち上がり、そのまま何も言わずに台所へ消えた。
――ああ、これか――
陸に上がった直後、たまたま流れてきたニュースで知った、行方が分からない自衛隊機の捜索に関わる内容が伝えられている。
とある自治体から、容態の悪化した患者の移送要請を受け、荒天の中、人命救助で出動した直後。突然その信号が消えたらしい。
自衛隊同士であっても、他部隊の状況を全て把握出来るものではなく、これが陸海空を跨ぎ、平時から関わりの薄い部隊ともなれば、最新情報はニュースで見る方が早かったりする。
流れるニュースを眺めながら、台所の気配を伺う。何か作業をしている様だが、すぐに戻る様子はない。
この手の話が発生する度、テレビやネットでは識者とかコメンテーターとかが見当違いの話をするのを目にするが。
現場を知る術のない人間では仕方のない面は当然あり、大抵は何時ものことと聞き流している。それは、いちいち反応していては身が持たないと言う意味もあるのだが。恐らく、殆どの隊員が同じであろう。
何も出来ない自分としては、安否不明の隊員の生存を願いつつ、台所へと向かう。
「遥?何か手伝いは?」
「ん、じゃあこれ運んでくれる?」
渡された皿と、ついでに新しい缶ビールも持ち、遥を促して居間へ戻る。
さっきと同じように、ぺったりくっ付く形で座ろうとする遥の腰に手を掛け、膝の上に座らせるが、何時ものように恥ずかしがる様子もなく、大人しく腕の中に収まった。
テレビでは、まだ先ほどのニュースの続きが流れている。
「何とか生きていてくれると良いな」
「……うん」
顔も知らぬ相手だが、自分たちと同じように厳しい訓練や様々な環境を乗り越えた、稀有な存在である事は間違いがなく。
経験上、確率が低いことは分かっていても、やはり無事を祈らずにはいられない。そしてそれは、長年後援会に所属していた遥も同じなのだろう。
その遥の話によれば、ネットでも隊員の無事を願う声や、何でもかんでも自衛隊へ頼り過ぎだという声に混じり、身内だから24時間捜索するのかとか、税金の無駄遣いだとか、墜落するなんて弛んでいるんじゃないかとか、など、色々な意味で注目を浴びているらしい。
「分かっていても、何だかやり切れなかった」
遥は、雨が降り続ける現場で必死に捜索を続ける隊員の耳に、こんな批判じみた言葉が届く事が居た堪れないという。
大規模捜索の理由が、先ず人命救助である事は間違いないが、何よりも、万が一不時着や墜落となってしまった場合、一般人を巻き込んでいないか、その面からも迅速な捜索が必要となる。また、忘れられがちだが、軍用機である以上、何ひとつ持ち去られないように早急に回収する必要もある。
しかしそれこそ、そんな事を理解できる一般人が多数居るとは考えられない。
逆に言えば、その必要が無い、そんな環境で過ごせるこの国はある意味幸せなのだろう。
この幸せな環境が、仇とならない事を願うばかりだ。
画面を眺めつつ、ビールを開けようと手を伸ばし掛け、思い直す。
「遥、お茶淹れて」
「え、ビールは?もう良いの?」
「うーん、今夜は良いかな」
「緑茶?紅茶?」
「紅茶が良い」
「ちょっと待ってね」
再度台所へ消えた遥が、紅茶の入ったカップを二つ盆に乗せて戻ってきた。
「あれ、遥、ココアじゃないんだ」
当然のように膝の上に戻ってきた遥は、
「私も、願掛け」
そう当然のように呟き、そっとカップに口を付ける。
願わくば、この祈りが奇跡を起こしてくれたら。
そんな、きっと叶わないであろう細やかで我がままな想いを胸に、膝の上の大切な存在を、ただそっと包み込んだ。
* ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ * ・・・ *
多くの防人に、感謝を込めて。