捕縛
「おお、やっと捕まえたか」
馬車から降り、そのままの姿でとある建物の中に入れられた俺は、幾らか歩いた先にあるらしい部屋で、そんな男の声を耳にした。
「口のロープを外してやれ」
「魔法を詠唱される可能性がありますが、良いので?」
貴族と思わしき男の命令にそう確認を取った兵士(?)。
個人的には息がし難かったり唾が垂れそうになったりと物凄く嫌なので、出来る事なら外してもらいたい。というか外せ。
「この部屋は抗魔の結界が設置されているから問題ない。まぁその時はその時、お前達の出番だろう?」
封魔の結界……アシュトルス城の地下牢に掛けられてたあれか。
わりと簡単に張れるものなんだな、と呑気に考えていると、背後からゴソゴソと何かをほどいている感覚があり、直後に俺の口を縛っていたものが外れた。
「……顎が痛い」
顎というかその辺全体が痛い。
鉄製らしきそれを外された俺は口内に溜まった唾液を飲み込み、尚も閉ざされている視界の先にいるであろう男を見据える。
「俺に何の用?」
「……くくっ」
俺が貴族男に目的を問いた直後、一体何がツボだったのか見当も付かないが、突然笑いだした。
え、何? 普通にキショイんだが……。
「この場所にその格好で、そんな状態なのに「何の用?」か! 中々面白いな!」
こんな状態にさせたのは何処のどいつだよ、と軽く苛立ちを覚えた俺だったが、ここは我慢とぐっと飲み込んだ。
まぁ俺がわざと捕まったってのも理由ではあるが、大部分はテスの兄貴の事が大きいな。
マルダの言葉が本当ならば、彼はこの貴族男に捕らえられてから三日、4日経っているというのだ。ただ捕らえられているだけならばそのまま助け出せば問題ないが、グレイの場合は口封じに殺される可能性が高い。
そうだとすれば……心配である。
「……じゃあ質問を変えるよ。俺をどうするつもり?」
「それがこの場では妥当な質問であるな」
貴族男はそう言って近付いてきた。
拉致やら何やらで初めから好印象は存在しなかったが、それでもどうにも陽気そうなこの態度が好きになれない。
「私はお前を支配下に置きたいと考えている」
「俺がアシュトルスの人間だって事を知っててそう言ってる?」
もし仮にそうだったらこの人物はただの馬鹿者貴族だし、仮にそれを知らなかったら世間知らずの馬鹿者貴族である。
結局どっちも馬鹿者っていうね。
「当たり前だ。私もベクトリールではそこそこ地位の高い方であるからな」
成る程、つまりはただの馬鹿者貴族か。
「……俺が敗戦国の下に下るとでも?」
マグナさん達に内心で土下座しながら、俺はそう言って貴族男の要望を拒否した。
「勿論、力ずくでお前を懐柔できるとは思っていない」
そう言って俺の頬に触れてくる貴族男。
うわぁキモい! 触んな噛みつくぞ!
「ゆっくりと時間を掛けて、お前が自ら願い出るまで待つだけよ」
「洗脳……」
「この場合、調教と言った方が近いな」
同じだよ……えっ、というかそっちの方が色々とヤバいよ! 本当に何する気だコイツ!?
下手したら薄い本が作れてしまいそうな展開を予想してしまい、物凄く焦っている俺。
「安心しろ、何も今すぐ実行する訳では無いし、暫くはここの暮らしに慣れてもらう必要もあるだろう。連れていけ」
「ひぃやっ!?」
そう言って離れる瞬間、貴族男に首筋をサラリと撫でられ、小さく悲鳴をあげてしまった。
マジでぶっ飛ばしてやろうか? この野郎。
しかしそんな暴言が俺の口から出る間もなく、再び口を塞がれて連れていかれる。
(ちょっと待て! グレイは無事なんだろうな!)
むぐむぐ、と言葉にならない声でそう叫ぶも貴族男には届かず、男に担ぎ上げられて強制的に退室をした。
「んグッ!」
「お前の部屋だ」
先程とは打って変わって、肌寒くかなりじめじめとした部屋に乱暴に放り込まれた俺。
恐らく俺は牢に入れられたのだろう。
「ここにも結界が張られているから、目と口くらいは自由にしてやる」
「んぁ……牢屋か」
ようやく視界も回復し、差し込む光の眩しさから顔をしかめた俺は、それでも薄暗い部屋を見回し、先程の予想が正解だったことを確信した。
それもそのはず、部屋は壁も床も石畳で覆われており、差し込む光もかなり上の方に開いている小さな穴から漏れ出たものらしく、なんといってもアシュトルスのものより密度の濃い……縦横にクロスされた鉄格子が、この部屋の存在意義を主張していた。
「俺をいつまでここに入れとく気?」
「主が言っていたが?」
……さいですか。
「グレイはどこに?」
「後ろで寝てるのがそうだが」
「えっ……」
パッと振り向くと、ぼろぼろの状態で床に倒れ伏している男性がいることに今更ながら気付いた。出会った当初と変わらない服装から、グレイ本人だと分かる。
「……良かった、生きてる」
慌てて胸に耳を近付けると、ドクンドクンッ……と心臓が脈動しているのが確認できた。
傷だらけだが、一応無事みたいだ。
「一度面識があるんだったな」
「……誰かさんの依頼が原因でね」
当然ながら貴族男の事である。
「食事は二度出す。無理だと思うが、出ようとは思うなよ。乱暴はあまりしたくないんでな」
そう言い残して牢屋を出た男。
「……はぁ、とんだ厄介事に巻き込まれちゃったな」
深く溜息を吐いて、俺はそう呟いた。
俺ってやっぱ、行くとこ来るとこで問題しか起こさないよな……もう本当にジャックさんにあげたいよ、この体質。
「まぁ取り敢えず、起きてるんでしょ?」
ファルはそう言い、倒れているグレイの方を向いた。
すると、ファルの声に呼応するかのように少し呻き声を上げながらグレイが起き上が……、らずにそのまま仰向けに倒れた。それほど体のダメージが大きいのだろう。
「……よく分かっ、たな」
「そういうのを見分けるのは昔から得意だったからね」
俺は前世の、少し荒れていた頃を思い出しながらそう答えた。
よくいたんだよな、向こうから喧嘩売っておいていざ負けそうになると気絶したフリをして反撃の隙を伺う奴。
「……テスは、無事か?」
「大丈夫、ライムがちゃんと見てるから」
ついでに、危険だろうからルシアを取りに行ったら先に宿に帰っているようにとも伝えておいたりもする。
これは今朝、城から転移魔法陣の再設置が完了した。という知らせを聞いたからである。
少し前までは魔法陣の設定の関係で監視の対象となっていたが、それらを初期化させた今、それが必要無くなったのだ。
「そう、か。迷惑掛けたな、それは……」
「無茶しないで」
青痣だらけの体をググ……と起こそうとしたグレイの下になる形で、俺は彼を支え起こした。
ついでに弱めの回数魔法を掛けて、痣が消えない程度にグレイの体のダメージを治癒させた。貴族男達に彼が回復したという事を悟られないようにするための措置である。
「これで多少は楽でしょ」
「お前、ここには魔法が……常識が通じないんだったな」
(俺って世間一般でどんな評価されてるんだ……!?)
グレイの呆れたような呟きに、俺はそんな事を思ってしまった。
「それより……良いのか?」
「何が?」
治したといってもまだダメージは残っているらしく、時々痛みに声を洩らすグレイが、唐突にそう聞いてきた。
「一度お前を捕獲しようとしてた人間だぞ?」
数日前のあの事を言っているのだろう。
「別に、あんなんで「アイツは敵だ。ピンチになっても助けてやらね」とかならないから」
というか、一度そんな事があったとしても、彼はテスの兄貴的存在。少なくとも根っからの悪人という訳では無いだろう。
「あの貴族……トイドルだっけ? あれに一泡吹かせたいってのもあるしね」
「知ってたのか」
「ギルドに一枚噛んでもらったからね」
尻のポケットから、先程酒場の主人から貰った羊皮紙を取り出して見せた。
内容は『トイドル=レーゼン』の一言だけ。
……依頼通りといえばそうだけども……もうちょっと情報があっても良かったんじゃない?
「ギルド……盗賊のか?」
「マルダって人伝いにコネを作ってみた」
「……そうなのか……、マルダ?」
呆れた様子で何やら思考していたグレイは、次の瞬間「えっ?」と驚いたような表情で俺を見てきた。
「あいつが、自分のシマを白状したのか?」
「……あー、ライムがちょっとやらかしちゃってね」
後で聞いた話だと、ライムに【絶対服従】を掛けられたあの男は、態度や行動は軽かったり軽犯罪くらいなら普通に犯すような人物らしいのだか、ギルドの仕事は絶対の自信と誇りを持っていたのだとか。
ちなみに、グレイは彼に因縁を付けられたりしていたらしい。
「テスにも危険が及ぶような仕事は弾いてたからな」
という事らしい。
「あいつが兄貴兄貴って慕ってたのも頷けるな」
「……わざわざそんな方法でここに来た目的は別にあるんだろう?」
グレイが唐突に話題を変えてきた。背中合わせの状態で話しているので表情は見えないが、多分照れてるんだろう。
「おっとそうだった……。ねぇ、あの貴族について、何か知ってる事は無い? できるだけ全部教えてほしいんだけど」
取り敢えずルシア達が来るまでは情報収集だ。
「そうだな……」
グレイが少し考え、すぐ後ろにいる俺の耳に向かって小さな声で情報を提供してくれた。
この部屋は俺が回復魔法を使った辺りで【音絶空間】を発動させていたので他人には聞こえていないのだが、少し面白そうなので言わないでおく事にした。
「……あの男は――――だ」
グレイが、自身の知り得るだろう情報の一部を俺にくれた……が。
「……ごめん、肝心な所が聞こえなかった」
よくありそうな黒スーツ男達の密談みたいな状態になっていたのだが、重要な部分を更に小さな声で喋るものなので、それらが全て台無しになってしまった。
「……」
「ふははっ、まさかこんなにも手際よく物事が進んでいくとはな」
窓が全てカーテンで覆われて薄暗くなっている部屋の中、貴族男ことトイドル=レーゼンは、黒いボロボロのローブを纏った人物と杯を交わしていた。
「私は知識しか用いていない。貴方という力を持っている人物に出逢えて良かった」
男とも女とも似つかない声でそう言う人物は、手に持つ杯の中身をこくり、と一口飲んだ。
「……『封じられし神龍、人と竜の血交ざる時、その魂解き放たれん』本にはそう書かれている」
【多次元収納】から、自身の胴程もあるような本を取り出し、その頁に書かれた内容を読む。
「私が見ても白紙にしか見えないのだが、魔法の一種という認識で良いのか?」
「魔法ではない」
トイドルの質問に即答で否定し、本をさらりと撫でた。
「これはある血族にしか読み解く事ができないもの。その中でも私のように選ばれた者にしか内容は知り得ない」
「その本を見れば、それは嫌と言うほど理解できるな」
トイドルはそう言って杯の中身を一気に呷った。
「これは神具、この世全てのの事象を知り得る事ができるもの。そして……」
「……『悪魔と天使』、二つの血を持つものにしか扱えぬもの、か?」
「そう」
トイドルの言葉に静かに傾いた人物は、神具と呼ばれた本を閉じ、【多次元収納】に再び仕舞った。
「神龍を手の内に収める……その為の前座はできあがった」
「私はその手の事には興味は無いのでな。その辺はお前に任せる……が」
「分かってる。用が済めば、龍人の子は好きにしてくれて構わない」
薄暗い部屋でそんな会話をしていた二名は、利害の一致という関係の下、静かに杯を当て合った。
オマケ
気絶したフリをして反撃の隙を伺う奴。
「お前さ」
「うん?」
「さっきのケンカ見てたけど、何で気絶てる奴に肘落とししてたんだ?」
「気絶したふりだったからに決まってんだろ。流石に気絶てる奴に追撃とかはしないからな?」
「いや、どうやって見分けたんだし」
「あんなん呼吸で丸わかりだろ」
「……あの時のお前の位置で呼吸音が聞こえたとか、聞こえない俺の耳は異常でもあるのかな?」
「ギリ聞こえるって」
私は聞こえません。
(俺って世間一般でどんな評価されてるんだ……!?)
百人のベクトリールの人々に聞いてみた。
Q「ファルという人物を知っていますか?」
アシュトルスの?・・・47
子供冒険者だろ?・・・35
戦争でベクトリールが負けた原因・・・12
その他・・・6
Q「彼の事をどう思いますか?」
少し前の地震、あの子が原因だっていうじゃん・・・50
人の皮を被ったナニかだよね・・・41
角と尻尾可愛い・・・6
その他・・3




