追跡
ガタンッ!
「ンンッ!(いてっ!)」
石畳の段差で馬車が大きくバウンドし、その衝撃で跳ねた俺は、尻を強く打ってしまい声が出てしまった。
いってて、運転荒すぎだろ……さっきから揺れすぎだぞ。
「声を出しても意味は無い」
街路をかなりの速度で走っている馬車とそれを操っている人物にそう文句をたれていた俺の背後から、頭をぐわしと掴んで持ち上げた男。俺自身がかなり軽いので、ぶらぶらと持ち上げられている状況である。
動きを封じられた上に視界と口まで塞がれたこの状態で、どこから何が来るか分からない今のこの状況は軽く恐怖ものだ。
「いいか子供冒険者。貴様はこの先、我々の主の下でその身体を費やしていくのだ」
高圧的な態度で俺にそう言い放った男。
視覚を遮断されているので男の表情は伺い知れないが、その声音から無機質な、感情の無い何かを感じ取れた。
……って、え? 俺が拉致された理由って、もしかして俺を支配下に置きたいとかいう感じなの? は?
子供っぽいというか程度が低そうというか、たったそれだけの理由で拉致された事に、ファルの口から呆れの溜息の代わりの「ふむぅ……」という可愛らしい声が洩れた。見た目と状況があれなのでその様な事は言っていられないが。
(というか、俺って一応他国の人間なんだけど……)
今回のベクトリール訪問の目的が現王との会談というのもあるが、そんな人間を拉致して、いち貴族がお咎め無しというのはあり得るのだろうか?
答えは否だろう。
他国の(自分で言うのも何だが)要人を拉致して支配下に置くなど、そもそもの話国が許さない筈である。
「流石に少女をこのような姿でいさせるのは少し気が引けるがな」
どうやら俺を拐うよう命令した貴族は、その辺もしっかりと把握しているみたいだ……えっ?
ここで俺は、たった今さっき男言っていた「主の下でその身体を費やして……」という言葉をフラッシュバックさせてしまった。
……おいちょっと待て、流石にそれはシャレにならないぞ?
俺を拉致した理由がまさかそんなことだったのか? という事実と、それに伴う物凄く嫌な想像をしてしまい、思わず身震いしてしまった。
(……そうなったら何がなんでも脱出してやる)
ブンブンと頭を振って脳内の想像を振り払った俺。同時に馬車がストップし、まともにバランスの取れない今の俺はゴンッ! と顔面から激突してしまった。
ほぼ同時。
『御主人様! お迎えにあがり……、御主人様?』
エグルフの剣で転移した、一匹と一人を抱えた一振りは、数日振りの主を前に笑顔で……とはいかず、ファルを乗せた馬車は路地の奥側に走り去ってしまった。
【共有】での最初の作戦ではファルが目的地へ到着したと同時にルシア達が転移、救出する手筈であったが、事を急ごうとしたルシアはそれを忘れてしまったのである。
『あれにファルが』
走り行く馬車を指差してライムが言う。
そう、貴族の兵士に拉致されたファルは、現在馬車の中で男に脅迫されている最中なのである。
丁度今、ファルが「ふむぅ……」と声を洩らしたところだろうか。
『追跡するにも、到着していないのでは意味が「――ッ! ―――!!」おっと……』
前後逆に抱えていたらしく、顔を押し付けられている形でもがいているテスに気付いたルシアは、窒息する前にとテスを降ろした。
「ぷはっ……死ぬかと、思った……」
「っきまった、らいジャしなナイ(翻訳:息止まった位じゃ死なない)」
ゼィゼィと呼吸を乱しているテスに、ライムが呆れた様子でそう言った。
しかしそれは、本来呼吸を必要としない粘性魔物種であるライムだからこそ言える事であって、実際の場合はあと数十秒遅かったら窒息で気絶してしまう程、テスは危なかったのである。
「な、なんだよ一体! ここはどこだよ! というかお前は誰だよ!」
「サっきってタ(さっき言ってた)」
『先程申し上げた通り、私はファル様の剣です』
ライムとルシアが、ほぼ同時にそう答えてテスの手を取り、「『ん?』」と互いに見合った。
ファルと【主と従】を結んだ『モノ』同士、種族や性格が違っても通じる何かがあるのだろう。
「ファルち……アイツの剣って、さっきのあれの事か! えっ? 何で剣になれるんだ!?」
『剣になるのではなく、私自身が剣なのです』
そう言って剣の姿に戻り、ライムが抱えていた分身体と融合、元に戻ってみせた。
「……も、もうアイツの仲間って、よく分からない」
ルシアの常識はずれさに、嫌でもファルの仲間であるという事に納得してしまったテスは、声を張る気力が無くなってしまったらしい。
『詳しい説明は歩きながらしましょう』
「んっ、キテ」
「あちょっ、置いてくなよ!」
ファルの現在地を辿りながらずんずんと歩いていく二名を、若干遅れる形で追い掛けるテス。
「……ってことは、アイツはわざと捕まってルシア……さん? 達に助けてもらおうとしてたの?」
『相手の素性を知るなら最も手っ取り早いという御主人様のご判断故の行動です』
【共有】越しに、テスに詳しい説明をしてやるよう言われていたルシアは、ファルの現在とそれに至る経緯をテスに話した。
ここで簡単に説明をすると、ルシア伝いにエグルフの解析が終わったという事を知ったファルが盗賊ギルド、もとい例の貴族の罠に敢えて嵌まり、自らを餌に貴族から情報を得ようとしているのである。
「なんでそんな危ない事をしたんだろう……」
話を全て聞き終えたテスが、何とも言えぬ表情でそう呟いた。続けて「女の子なのにそんな危ない事を……」と呟いていることから、テス自身の純粋な優しさが窺える。
『理由の程は分かりませんが、貴方の『兄貴殿』を助け出す為、というのも理由にあると思われます』
「えっ?」
思わず聞き返したテス。
『エグルフ殿の下で解析を受けていた数日、御主人様との会話で貴方に関するぼやきを何度も聞きました』
「俺の?」
『……「テスが寝言で兄貴兄貴って言ってるんだよな」、「グレイって人は大丈夫なんだろうか?」……他諸々』
ルシアは、その時聞いたファルの言葉を復唱し、テスに伝えた。
『御主人様は人好しが人一倍強い方ですから』
「……一回しか会ってないのに?」
『御主人様ですから』
「んっ」
ファルがこの世にやって来た当初から彼女と行動を共にしてきたルシア、出会ってからまだ間もないが彼女の人なりを十分に理解しているライム。
二名から言わせればそれこそがファル自身であり、自己犠牲をあまり厭わない優しさと、それに伴う危険性を秘めている事を知っているのだ。
「……俺も助けに行かせてくれ」
ルシアとライムの言葉を聞いて決心が付いたのだろう、二名の振り返る先でテスがそう言った。
「俺も何か役に立つ筈……役に立つから」
『……万が一の場合、私達は貴方の命を保証できませんが』
「自分の身は自分で守る」
テスがルシアの警告を振り切り、言う。
「……それが兄貴との約束だから」
その瞳は真っ直ぐにルシアを見ていた。
その決意はファル、ライム、ルシアに感化されたものなのか、あるいは……。
『……分かりました』
「いコッ!(行こう!)」
テスの思いを受け取った二名は互いに頷き、共にファル……いや、グレイを救出する事を誓った。
オマケ
顔を押し付けられている形でもがいているテス(ry
どこに、は言いません。




