リアとベルク
ソウガの住む集落を出発して一週間程が経過した。二人の詳しい目的地は聞かされてないが、まずはこの草原地帯を抜けないと元も子も無いと言っていた。
ちなみにこの草原、ルシアの計算によると長い所で半径約3400キロメートル近くもある。ぶっちゃけ徒歩じゃ辿り着く事が不可能なので、体力作りも兼ねてダッシュで移動をしている。フラフラになるまで走るものだから嫌でも体力が付いたと思う。
それと、集落を出た後からオーガやルーガに体術の手解きを受けるようになった。
学生時代は柔道部に入っていた俺だったが、そんなものと比較にならないレベルにハードで、どんな動き方をしても簡単に対処されてしまうし、逆に二人が行う攻撃が全く見えずにボコボコにされる……。
俺、一応子供だぜ? 知らない人が見たら虐待としか思われないぞ。
とまぁそんなこんなで毎日フラフラな状態なのだが、更にプラスで真夜中にルシアを振ったり、分体のルシアと模擬戦闘を行ったりしている。
昼間のオーガ達の手解きを観察したルシアが、分体になって俺を攻撃、それを本体のルシアを持った俺が対処する。これを夜な夜な一時間行うのだ。
そして朝は早く起きて朝飯を作る。ソウガと別れた後、ご飯ご飯五月蝿かったルーガに、その時あった材料で適当に料理(肉野菜炒め)を作って黙らせようとしたのだが、思いの外二人に好評で、その時から料理係となっていた。材料と道具はオーガがスキル【多次元収納(ルシアが取得済み)】で持っていたので、特に問題は無かった。
この2つは前世から日課となっていた事をしているので、そこまで苦にはならなかった。
しかし、自分で言っててなんだけど結構ハードな生活を送ってたりする。
『このペースで行けば今日明日で平原地帯を抜けます』
ルシアが現在の移動距離と共にそう報告する。最近は出来る事が増え、出来ない事が減り始めたルシア。独り言で円周率を呟いてるのを見ると、日に日にスペックが上がっているのが分かる。
「この調子だと夜には草原を出そうだな」
「その前に俺の体力が持てばな! ってあれ?なんか向こうに見える」
息が上がり始めている俺だったが、遠くで何かが物体に群がっているのを見付けた。【神察眼】を使用して遥か前方にある光景を見る。
馬車が複数の魔獣に襲われていた。今は槍を持った男性が馬車を守っているが、いずれやられてしまうだろう。
「馬車だ、魔獣に襲われてる」
「よし、急ぐぞ――」
言い終わる間も無くギュンッ! っと音がする程のスピードで馬車の元へと走っていったオーガ。【電光石火】の使えないルーガは【影潜瞬移】という、影を経由して移動する闇属性の技を使用して既に馬車の元へと辿り着いていた。
『現在の御主人様の体力でしたら、【電光石火】を無反動で発動可能です。先日取得した【五感高速化】と併用して発動する事を推奨します』
走っても間に合わないと判断したのだろうルシアが、俺に技アーツを使う様に催促する。
自身の体に電気を流して身体能力を強化する【電光石火】だが、どういう訳か俺が使うととんでもないスピードが出て制御出来なくなるのだ。更には初使用時、体が動かなくなってしまった経験で、俺の中では少しトラウマと化している。
だけどそうも言ってられないだろう、と言われた通りに【電光石火】を【五感高速化】と共に発動した。
すると、驚くべき事に【電光石火】を使用しているにも関わらずいつも通りのスピードで動ける様になったのだ。
何を言っているのかサッパリな人もいると思うので説明しよう。
俺の【電光石火】は、先程も言った通り俺が使うと制御が不可能になる。これは体の動きを自身の動体視力で対応することが不可能だから起こったと俺は推測する。そう、いくら素早くなったとしても目で追えなければ意味がないのだ。
それで前回は振り回された訳だが、集落にいた時にオーガとルーガがそれぞれ再起不能にした王国の暗部、彼等のスキルをあの後ルシアが全て取得したのだが、その時に彼等が持っていた幾つかのスキルがルシアの【高速思考】と統合して【五感高速化】という、ルシアの持っていた【高速思考】の上位版のコモンスキルへと進化したのだが、その【五感高速化】を併用して使ってみた所、自身の五感と思考を肉体と同じレベルまで加速させて、通常と何ら変わらない感覚で行動する事が可能になったのだ。
つまりはリアルなクロッ◯アップ状態である。
自分以外がゆっくり動いているのを見て、少し興奮した。
そんなわけでスキルを使いこなす事に成功した俺は、ダッシュで馬車の元へ向かったのだが、いつの間にかオーガを追い抜いて馬車まで辿り着いていた。
先に魔獣達と戦っていたルーガですら驚いている。
「おぉ、誰だか知りませんが、助かりますぞ……って子供!? 危険ですので急いで馬車の中へ!」
安堵の表情を浮かべて俺を見た直後、慌てて馬車に避難するように言ってきた。普通に良い人なんだろうな。
問題ないけど…と言いかけた所で誰かに腕を掴まれ、そのまま馬車へと連れ込まれた。中に避難している人物が引っ張り込んだのだろう。
「外は危険、君もここの方が安全だよ」
俺の手を引いてそう言った人物は、十歳ちょっとの少女だった。
「子供……」
「……君に言われたくない」
ジト目で俺を見てくる少女。この場所にいるという事は、外で戦っている男性の娘か何かだろう。
「私はリア。君は? こんな所で何をしていたの?」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はファル……じゃなくて行かなきゃ」
「駄目、危ない。……心配しなくても大丈夫、私の父さんは強い」
静かに、それでいて自信満々に言ったリアという少女。腕を掴んだまま離さない、どうやら出してくれないみたいだ。
仕方無いので馬車の中からオーガ達の戦いを見ることにするか、なんて考えていたのだが、リアの背後の幌が破けて魔獣が入ってきた。
まぁ素早くルシアで切ったから事なきを得たけど。
「ふぅ、危ない。やっぱり俺もいた方が良いかな」
「……ありがと。君は剣を使えるんだ」
俺の後ろにしがみつくリアという少女。……言っておくが、俺の中にそっちの気なんて微塵も存在しないからな?
『現在この馬車を囲んでいる魔獣は……、魔酸素濃度が低い土地を比較的好む『獣蜥蜴』です。一応魔獣に属しますが、個々の戦闘力はさほど高くありません』
(説明して貰ってる所悪いんだけど……終わったみたい)
『…………』
十匹程はいただろう獣蜥蜴は、遅れて辿り着いていたオーガによって見るも無惨な肉塊になっていた。
……何が起こったか理解出来なかったよ。
「……凄い。あの人達は君の父さんと母さん?」
「オーガはまだしもルーガは無理があるな、年齢的に」
馬車の中でそんな会話をしていた俺達、外と中とでの空気の差が凄い。
……と、物凄いスピードで槍を持った男性が走ってきた。
「リアァァァ! 無事だったか!? 怪我は無いかっ!?」
「うん、ファル……君に守って貰った。父さんこそどこか変な所あったりする?」
自分より娘の心配をする男性。俺の存在を忘れられている気がするが、まぁ良いだろう。
少し遅れてオーガとルーガも入ってきた。外は血の海の筈だが、二人には返り血一つ付いていない。
「あ、ファルちゃんこんな所にいた! まったくもぅ、いきなり猛スピードで突っ込んできたと思ったら、いつの間にかいなくなるんですもん。心配しましたよ?」
「こっちにも色々あったんだよ」
「いやはや、先程は助かりました。お陰で娘も荷物も無事でした。そこの坊やも、娘を守ってくれてありがとう」
「坊や……まぁ良いけど、俺は何もしてないぞ?主にそこの二人がやった事だし」
俺なんか馬車の中でリアと話してただけだぜ?後は入り込んだ獣蜥蜴を斬っただけ。
「おお、自己紹介がまだでしたな。私はベルクといいまして、しがない商人をしております。こっちは私の娘のリア。商品の荷物を運んでいたのですが、王都へ行く途中で魔獣に襲われて今に至るのです。本当に助かりました」
改めて頭を下げるベルクを見習ってリアも無言で頭を下げる。雰囲気は違うのに何処か似ている……やはり親子なのだ。
「此処で出会ったのも何かの縁です。今日はもう暗くなり始めましたし、目的地までお連れしますよ?丁度行く場所は同じな様ですし」
「よく俺達が王国に行くと分かったな」
「皆さんがやって来た方角が丁度王都と逆でしたからね。これでも商人ですから、観察眼なら自身があると豪語できます」
「それじゃあお言葉に甘えて、ファルちゃんオーガさん行きましょう!」
元気良く馬車へと突撃するルーガ。ベルクも目を丸くしている。
……旺盛過ぎる好奇心ってのも、なんというかあれだな。
「へぇ、リアって父親の仕事の手伝いでこんな所まで来てるんだ。凄いな」
「……そんな事ない。むしろ私と同じくらいの歳で冒険してる君の方がもっと凄い」
馬車の中でそんな会話をする俺達。オーガに「子供達はもう寝る時間だ」なんて言われて馬車に押し込まれたのだ。ルーガも俺達と共に馬車に入ったのだが、瞬寝したので仕方無くリアと二人で話していたのだ。
俺、一応は大人経験者なんだが、というかオーガはその事を知ってる筈だけど……。
表情をあまり表に出さないし口数も多くはないという、結構オーガに似た部分があるリアだが、話してみると結構面白かったりする。
彼女は産まれた時に母親を無くしていて、父親の仕事を手伝いながら二人で生活をしているらしく、主に客寄せとして働いているようだ。
看板娘として商人の間では人気らしい。
……なんて事を本人の口から聞くものだから、つい笑ってしまった。
「む……」
頬を膨らませながら俺を見るリア。歳相応の幼さが残っていて、見ていて飽きない。
誤魔化すようにリアがそういえば、と話題を変えた。
「ファル……君は剣を使っていたけど、オーガさん達に教えてもらったりしたの?」
「いや、剣自体は我流。体術をオーガ達に教わってるんだ」
「やっぱり凄い……」
「俺なんかよりオーガ達の方が凄いさ。もはや化け物って言っても……やっべ、来たから寝るぞ」
「うん」
素早くシーツに潜り込む俺とリア。ちょくちょくオーガ達が入ってくるのだが、その度に早く寝ろと注意されていたので、形だけでも寝たフリをしているのだ。
学生時代の夜のキャンプを思い出す。部屋で友達と駄弁っていると、見回りの教師がやってきて「早く寝ろ」と注意をしてくるあれだ。
子供の頃に戻った――実際子供だが――みたいで楽しい。
「……行ったみたいだ」
「スピー……」
(寝るの早っ!?)
シーツにくるまった瞬間、疲れもあって力尽きてしまったのだろう。スゥスゥと小さな寝息を立てている。
まぁ、その年齢で魔獣に襲われたのだから緊張が解けたのだろう。
「……俺も寝るかな」
えっ……とルシアが、俺が早く寝るのに対してか意外そうな声を出した。
『獣蜥蜴を解析して取得した【超嗅覚】と【身体自切】を試してみたかたったのですが……』
(嫌だよ! 【超嗅覚】はともかく【身体自切】とか、嫌な予感しかしない!)
残念そうな雰囲気で了解、と答えるルシア。この状況じゃあ試すのも無理だし、ぶっちゃけた話【身体自切】とかいうスキルを試したくないだけだ。
自切ってあれでしょ? 蜥蜴とかが外敵から逃げる時に自分の尻尾を切って囮にするやつ。【身体自切】って事は体の何処か一部を自由に切断可能って事で……うげ。
想像した事を少し後悔した俺。『絶対に使用しないスキル(たった今命名)』の一覧に【身体自切】を入れた後、目を閉じて体を休める。
ルシアが少し動いた気がするが、気のせいだろう、と再び脱力し、すぐに意識が夢の中へ落ちていった。
「……さて、ようやく寝たみたいだが、まさかこのタイミングで現れるとはな。自由過ぎるだろお前」
ファル達が寝た事を確認したオーガは、火の調節をしていたベルクに対してそう言った。
「うっせ、こっちも色々あんだよ」
明らかに先程までのベルクとは全く違う口調で話す男。二人の周りには、音に関するあらゆる情報を遮断する魔法【音絶空間】が張られている。
この空間を創ったのはベルクの姿をした謎の人物だ。つまりそれだけ重要な話なのだ。
「はぁ、この体になってからというもの、色々不便になったぜ」
「お前……勝手に他人の体乗っ取っておいて何言ってんだ」
ベルクの体を乗っ取っているらしい人物がしみじみと洩らした呟きにオーガが突っ込む。
と、男が突然真面目な表情となって話を切り出した。
「そういや無駄話してる時間は無いんだった。俺が出てきた理由は判ると思うが、どう?ファル……メディアだっけ?あいつの様子は」
「ファル『ディメア』だ。全く……えげつなさ過ぎるだろ、お前」
「し、仕方ねぇだろ! ミスって……ッゴホン!偶然別の通り道に入っちゃったんだから!」
「おい、ミスって何だミスって。どうミスしたら神龍の、更には女に転生するんだ?」
心底呆れた様子で突っ込むオーガ、男はぐぅの音も出ない様子で唸っている。
二人はファルの出生を知っているかの様な会話をしている。
「まぁ結局、無事転生させることに成功したんだから、結果オーライってやつだ、うん。それで話を戻すが、どう? 上手くやってたりする?」
「……無理矢理誤魔化された気がするが、良いか。ファルは既にパートナーが出来ているみたいだぞ? 鍛練を怠らずにやってるからか日に日に強くなっている。昔のお前を見ているみたいで面白い」
気を取り直して、男の問いに答えるオーガ。普段の無表情が嘘だったかの様な笑みを浮かべている。
「おい、『丁度良い玩具を見つけた』みたいな表情すんな。……バトルジャンキーなのは相変わらずなんだな」
む、そうか? とオーガ、本人は無自覚なのだ。
「おっと、そろそろ時間っぽいな。一旦俺は消えるが、ある程度までは頼んだぞ」
あぁそういえば、といった感じでオーガにそう言う男。そんな要領を得ない頼みに無言で頷くオーガを見て、もう一つ思い出した様にオーガへ告げた。
「ああそれと…………、最近こっちに召喚される人間が増えている。近々荒れるぞ」
突然真面目な雰囲気を纏ってそう警告する男。オーガは、その一言で何が起こるかを察した様だ。
「……分かった」
「じゃあまた今度な、オーガ……いや『神殺しの王牙』さん?」
「……昔の名を出すな」
茶化すようにそれだけ言ったベルク姿をした人物は、フッと体から力が抜けた様に倒れた。ベルクの体を操っていた人物が消えたからだろう。
この光景を見ていたのはオーガと……。
『…………』