ファルの料理教室:その弐
あれから三日、そろそろアシュトルスの使者がベクトリールに到着した頃だろうか。猶予はベクトリールからの返事が届き、期日が過ぎるまでの六日……七日程だろう。
ジャックさんは四日後といっていたが、それは向こうからの返事が届いてからの四日という事だったらしく、意外にも猶予は残されていた。
「……どうしようか」
「どうしたんですか? ご飯中に悩み事なんて、ファルにしては珍しいですね」
朝食の場で顎に手をやり悩み耽る俺。残り数日というギリギリの状況の今、俺はとある問題にぶち当たっているのである。
「この悩みの種を持ってきたのはどこの誰だっけねぇ……」
「え? 私ですか? うーん……あ、思い出しました。『ひょうらう』の事ですね」
「兵糧ね」
昨日の夜の事である。俺はルーガから「戦争中、手軽に準備できて美味しい、お肉の入った料理……『ひょうれう』って言うんですよね! それってできますか?」という、無駄に注文の多いものを頼まれたのだ。
確かに士気を下げない為に旨いもの、栄養価の高いものを準備するのは大切だなと二つ返事で引き受けたのだが、いざ考えるとどんなものが良いのか悩んでしまう。
「栄養価が高くて戦争中でも手軽に作れて、保存も効く……あ、保存は大丈夫なんだっけ」
「風属性魔法の使える人がいれば、食べ物の劣化を抑える魔法が使える人もいるので、それは平気だと思いますよ」
流石は異世界と言わざるを得ない。
だって、夏場の弁当に梅干しを入れなくても良くなるんだぜ? 別に梅干しが嫌いというわけでは無いけど、少なくとも弁当にカビが生えるなんて事が無くなるなんて素晴らしい事じゃん?
「となると、それに肉の入ったものか……。干し肉を別に用意するとかじゃあ駄目?」
「それがですね……」
ルーガの話だと、過去の戦争を全て大地に任せていた前王野郎がその辺の準備を怠っていたらしく、非常食というものがとてもじゃないが足りないのだという。
……俺の中で、前王の評価がマイナスをカンストしそうである。
「良くて数千人程しか準備できないみたいなんですよ。干したお肉以外にも、非常食は全部」
「……分かった。とにかく、今日中になんとかするよ」
食糧の準備とかも必要だろうしね。
「なんかすいません。最悪、お肉は外しても構いませんよ?」
「いや、肉は何としても入れるよ」
と、現実よりプライドが勝ってしまい、そんな事を口走ってしまった。
「……っていう事があったんだよね」
「それはまた……というかファル隊長、料理なんてできたんすかい?」
その日の昼、ジャックさんが選別してくれた二百人の兵士の作戦説明と軽い訓練を終え、副隊長(俺が隊長らしい)のラーフと「適当に昼食でも取ろうか」という話になり、ラーフの案内の下移動中なのだが、ふと現役兵士である彼に意見を聞いてみたのだ。
「趣味の範囲でちょっとね。というか、隊長なんて呼ばなくて良いよ」
「そうはいかねぇっすよ。俺達からしちゃあ上下関係はすげぇ大切なんですもんよ」
頬を掻きながら苦笑するラーフ。彼の中では結構重要な事なのだろう。
「出会い頭から「こんなガキの指示に従ってちゃあ、死なねぇ戦いでも死ぬってもんだ」とか言ってた人からは想像もできない台詞だね」
「……あの時はお偉いさん貴族が息子に何かやらせてるとばかり思ってたもんだから……掘り起こさんで下さいよ」
数日前、案の定俺に反抗する兵士が出たのだが、彼もその中の一人で、俺に早々に負かされたのだ。
ラーフの反応を見て少々楽しんでから話題を戻した。
「まぁ気にしてないから良いけど、ラーフはなんか「こういうものを食べたい!」っていうのはあったりする?」
「何で俺に聞くんで?」
「他の人の意見も聞きたいなぁ……と」
現役で尚且つ三十近いベテランの彼なら、結構良い意見が聞けると思うのだ。
「そうっすねぇ……野外遠征の訓練だとその場で焼いた肉とスープだったんで、俺は特に選り好みとかもしないんすが、強いて言うなら濃い味の物が食いたいっすね」
無精髭の生えた顎に手をやって「そういえば」と自身の希望を述べた。
「濃い味ね」
「いやぁ、野外で食べる飯ってのが、基本的に野菜を水と一緒に煮込むだけの簡単なものなんで、薄味っつうか味気ないんすよ」
ラーフが言うに、塩は細かいので持っていくのには適さないらしく、【多次元収納】に入れた日には塩が中で散乱して大惨事になるんだとか。
「成る程、味も濃い目の方が良いのか……」
確かに疲れた体にはしょっぱい物が欲しくなるしね、となると汁物が良いかな……あっ。
「あくまで俺の意見なだけなんで、そこまで「いや、ラーフのおかげで良いアイデアが浮かんだよ」そうなんすか?」
肉を使った簡単で栄養価も高くて旨い料理、あったわ。
「明日用意するから、他のメンバー全員にも試食してもらおうかな」
「お、訓練後に食わせてくれんすか?」
「うーん、それは訓練の取り組み次第かな?」
「ひでぇ」
その後、彼行きつけの酒場で昼食を食べた俺達はその場で解散し、俺は城まで急いで帰った。
「材料は用意したし、早速調味料から作るかな。ルシア、また菌を変化させるんだけど、頼める?」
『イメージさえ提示して戴けたら、お安いご用です』
「ディメアにも、これとこれを前みたいにお願いするね」
『任せて』
この前と同じように厨房を貸し切らせてもらい、早速作業に入った。
パテラの中身を取り出して鍋の中に投入し、水を入れて放置した。
待ち時間には後々の料理でつかう野菜や肉を切っていく。片手しか使えないが、特に不自由も無く次々と食材を切る。
『土豚のバラ肉ですね』
「土豚って……」
『……いえ、御主人様のご想像なさっているものではありませんよ』
前世にも似たような名前の動物がいるもんだから、それと間違えてしまいそうになった俺。
あれって、どうみても豚には見えないんだよね。
「この料理に豚肉は必須だからね」
あらかた全ての食材を切り終えた俺。
パテラの鍋に目を移すと、丁度良さそうな具合にパテラが水を吸っていた。
鍋から取り出してほんの少量を取り分けておき、残りを全て潰して器に入れた。
「じゃあ、ルシアはこっちに変化させた菌をお願い」
『もう一つの方は良いのですか?』
潰したパテラの事だろう、潰しただけでなにもしないそれに対してそう聞いてきた。
「うん。まずは『麹』を作らなきゃだからね」
『麹?』
「色々な調味料の元になるもので、また別の時に使うと思うからさ、別に作って取っておこうかなって」
醤油やお酢、漬物をつくるのに使えるので、麹は昔からよく作っていたのだ。尤も、前世で作っていたのは米麹や大豆麹が殆どだったが……。
「ディメアお願い」
『さっきと同じ位で良いのね?』
「うん」
「……よし、これくらいて止めて」
『分かったわ』
抹茶豆のようになったパテラを粉々に砕き、小さな容器に入れた。
今度、小さめの壺みたいなのを用意してもらおうかな。
「これで麹が完成」
『これが貴方の言ってた調味料なの?』
「ううん、これはその調味料を作る為に使うもので、この麹から色々な調味料ができるんだ。今回は一つしか作らないけどね」
いずれ醤油とか作ってみたいものである。
『こんな粉粒から、どんなものができるか楽しみね』
『……』
俺とディメアの会話を聞いていたルシアが、少し不機嫌そうにしている。
仕事が無いんで暇しているのだろうか?
「じゃあルシアには、さっき切った野菜をそっちの鍋に入れて煮込んでもらおうかn『お任せください』……水はもう入ってるから、弱火で温める程度でいいよ。それと肉はまだ入れないでね」
『でしたらこちらの姿の方が動きやすいですね』
人の姿になったルシア。
頼んだ作業ができてるか少し見ていたのだが、俺の指示通りに行動していたので、大丈夫だろうとこちらの作業に取り掛かった。
……前世の俺の妹よりかはマシだが、ルシアはとてつもなく料理下手なのである。
……二度と前の惨劇を繰り返さない為に、簡単な仕事を細心の注意を払いながら行動する必要がある。
『次はこれを早めれば良いのね?』
(うん、でもこれは、そうだな……さっきの三倍くらい早めて)
『分かったわ』
麹と多めの塩を混ぜたパテラ鍋、ディメアに時間の早送りを頼んだ。
できれば空気とかに触れちゃあいけないんだけど、できてるか確認しなきゃいけないし、今回は仕方ないかな。
ディメアが技能を発動させたのだろう、段々とパテラが見知ったあの色に変化していく。
「……うんオッケー。ディメア止めて」
『この茶色いものが、その調味料なの?』
「今度こそ当たり」
変化を遂げたパテラを指で掬って舐めてみた。
……ちょっとだけしょっぱいかな? まぁこんなもんで良いか。
「できたよ。『味噌』の完成だ」
『あら、少し濃い味なのね』
俺が舐めた味噌の味を直接味わったのだろう、率直な感想だ。
「それじゃあ完成したこいつを……ルシアはどう?」
『これで宜しいでしょうか?』
恐る恐る、といった様子で鍋の中身を確認する。
「……丁度良いね……良かった」
『……?』
はて、と首を傾げるルシア。
某紫色のシチューを作る少年もそうだが、料理下手というのは、大抵が無自覚なのだろうか……?
「んじゃ、早速本命を作るとするかな」
僅かに沸騰した鍋の中に作りたての味噌と豚肉を入れ、全部にしっかりと火が通るまで煮込む。
肉は後半に入れないと固くなってしまうのである。
『良い匂いね』
「ぶっちゃけ出汁とか取りたかったんだけど、鰹もワカメも無かったし、今回はこれで我慢かな」
それは五分足らずで完成した。豚肉を使った汁物……日本人ならば誰でも分かるだろう。
そう、『豚汁』である。
「ルーガにでも試食し「美味しそうな匂い! あ、ファルちゃん、完成したんですね!」……呼ばなくても出てるくるんだな、本当」
勢いよく開け放たれた扉からルーガが飛び込んできた。
ルシアはいち早く察知して首飾りモードになった直後だったので、見つかってはいない。
「ふっふっふ、『美味しいものある所に私あり』です! ちなみに、これがその……」
「うん、兵糧候補だよ」
「豪勢ですねぇ」
鍋の中身を覗き込んで生唾を飲むルーガ。
昼飯はとっくに終わってる筈なんだけどなぁ。
「栄養価とかも考えると、どうしてもね。でも【多次元収納】を持ってる兵士がいれば大体が持っていける量だし、何よりこの味噌と水さえあればどこでも作れるから、兵糧には持ってこい(異世界限定)だと思うよ」
「早速戴いても良いですか!」
……あ、この人豚汁の事で頭いっぱいだ。全然話聞いてない。
「量も量だし、他の人も味見として呼んでからね」
「了解です!」
「……これが、兵糧?」
「とてもそうは見えんが……」
数分後、ジャックさんとライアンが部屋に入ってきた。
そしてその第一声がこれである。
「まぁ飲んでみてよ」
一応ルーガから太鼓判を押された豚汁を、そもそもこれは兵糧なのかと疑っている二人に勧めた。
今更なんだけど、味噌汁と豚汁の違いって豚肉が入ってるからどうか以外になんかあるのだろうか?
豚汁を一口啜ったジャックさんは、深く溜め息を吐いて口を開いた。
「……なぁファル」
「どうしたの?」
無心で豚汁を食べているライアンを横目に見つつ、ジャックさんは続ける。
「これは兵糧とは言えないぞ……」
「え、なんかマズかったかな……やっぱり豚肉は持っていけない?」
もしくは具材が多すぎたりするのかな……。あまり大量に持っていっても重荷になってしまうだけという可能性もあるし、いくつか野菜を減らしてみるかな?
と、考え始めた俺だったが、問題点はそこでは無いらしい。
「いや、肉も含めてこのスープの具材は全然問題ないだろう」
「じゃあどこが駄目だったの?」
思い当たる節が見当たらないので、つい聞いてしまった。
「……こんな旨いものを兵糧とは言えない」
「ああそういう事か」
そういえば前世でも携帯食糧は凄い不味かったって言うし、そういう観点で見ると不味いが売りの携帯食糧とは訳が違うのだろう。
「こんなに味の効いたスープ、どうやって作ったんだ? というか、これは戦争中でも誰でも作れるものなのか?」
「この味噌ってのを使えば、分量さえ間違えなければ大丈夫だよ」
小さな鍋に入った味噌をジャックさんに見せた。
「ミソ? その茶色の塊がこんなに旨いスープに?」
「うん。作るのは……普通じゃ絶対間に合わないから俺が何とかする予定だけど」
樽に大量に作れば、半日足らずで完成するだろう。勿論他の人の手助けも必要だが。
「ちなみにそのミソはどんな原材料を使ったんだ?」
珍しく興味津々といった様子のジャックさんがそんな事を聞いてきた。
お気に入りになったのかな?
「塩と麹とパテラだよ」
「パテラ? パテラでこんなものが作れるのか?」
「半分賭けだったけどね」
普通は大豆でやるものを落花生のような食材、パテラで作ったのだ。もしかしたらと思っていたのだが、案外上手くいった。
「……これは間違いなく使えるだろうな」
「他の兵士から「野外での食事は濃い目の食べ物がいい」っていう意見を取り入れてね。でも、腹に溜まるものはパンで我慢してもらう事になるよ」
今更ながら豚汁とパンって合うのか? と心配になってきた俺。汁物は米と一緒に食べるから画になるのだ、と思ってる俺だけの心配なら別に良いのだが……。
「だが、それを差し置いてもこんな豪勢な兵糧、他の国を当たってもそうそう無いぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。ライアンはど……」
「……ふぅ。ぇ? あ、すまないもう一度言ってくれ」
空の器を残念そうに見つめ、それでいて満足そうな表情のライアン。
食うの早いな。
「今ライアンが食べきった豚汁、兵糧として見るならどう? って言おうとしたんだけど、その様子だと喜んで貰えた……のかな?」
「こ、これはその……旨かったから無意識に……」
ライアンの満足そうな表情から勝手に感情を読み取った俺。当の本人は顔を真っ赤に染めてうつ向いている。
「おかわり、まだあるけど?」
「是非!」
「私もその、できれば……」
元気よく器を俺に渡すルーガと、控えめながらしっかりと器を渡してくるライアン。
戦争前だというのにかなりやんわりとした雰囲気のアシュトルスであった。
オマケ
……前世の俺の妹よりかはマシだが、ルシアはとてつもなく料理下手なのである。
まずは包丁の腕からくらべてみましょう。
ルシアの場合。
『御主人様、みじん切りというのはこれで宜しいのでしょうか?』
「……ちょっと微塵過ぎるね。これじゃあペーストだよ」
妹(本名:佐倉 凌)の場合。
「お、兄貴~。忙しそうだったから野菜切っておいたよ」
「……え? あ、ありがと……これなに?」
「みじん切りだけど、今日の晩飯ってハンバーグじゃないの?」
「ハンバーグなのは合ってるけど……みじん切り? 俺には皮の剥いてない玉葱を4等分にしただけにしか見えないんだけど……?」
「え、皮って剥くの?」
「えっ?」
……次に味付け。
ルシアの場合。
『御主人様、こちらの味見をお願いしたいのですが……』
「どれ……」
『いかがでしょうか?』
「……る、ルシア。ハンバーグなのに……ぅ、甘くて辛くて、所々に苦いところがあるのはなんで……? というか……気付かなかったの……?」
『剣に味覚は存在しませんので。……調味料の配分を間違えたのでしょうか』
「……ルシアはそれ以前の問題……料理禁止ね」
『え、しかし……はい』
妹の場合。
「お、おい凌」
「ふっ……どうよ兄貴。結構旨くできたと豪語できる料理になったんだけど」
「……これは何だ?」
「何だって……ハンバーグだよ。焼き方がおかしかったのかな? ちょっと色が変わってるけど」
「いいや違う。これはハンバーグとはいえない。というか、何で青くて周辺に蝿がたかってるんだ!?」
「万物に好かれる料理って事なんじゃないの?」
「そんな訳無いだろ!」
「ちょっ、そんなに怒鳴ることも「ちょっとそこ座れ」……はい」
「お前には食べ物を粗末にした事と、料理とはどんなものかをみっちり教えてやる。分かったな?」
「……これ、旨いんだけど「分かったな?」……分かりました」
凌の作った物体Xは後に生ゴミとして畑の肥やしにしたが、その年は野菜が一つも収穫できなかったのは此処だけの話。
日常回となってしまいましたが、次回から新章突入です。
今後とも宜しくお願いします。




