俺の問題
「……いくら女王様の御判断としても、この軍事力の差で挑むのは流石に愚策では……?」
会議室では、ベクトリールから届いた宣戦布告を議題に2つの意見がぶつかり合っていた。
片方はルーガを筆頭とした『直接対立派』、もう片方は被害を最小限に押さえようという考えの『無抵抗派』、この場に出席している人物の多くが後者の考えであるらしく、ルーガの意見を否定、考えを変えるよう説得する者が大多数であるのが今の状況だ。
「そうですぞ、相手国はおよそ五万の兵士を携えております。かたやこちらの兵士なぞ、平民をかき集めた所で三万がやっとでしょう」
「女王様! これは宣戦布告などではありません! 「国を落とされたくなければ、大人しく全てを引き渡せ」というただの脅迫なのですぞ! 今この国がすべき最も賢明な判断は、武器を手に取る事ではなく交渉する事なのではありませんか!」
大臣の一人がそうルーガに言うと、周囲の視線が全てルーガに向けられる。ルーガが立ち上がったからだ。
ルーガの突然の行動に一瞬身を引いた大臣は「な、何が考えがおありで?」と強気の行動に出た。
前の王による恐怖政治のせいか、身は強張り大臣の額からは冷や汗が伝う。
「仮に交渉を持ち掛けたとしましょう。相手国がけい……掲示する条件はおそらく『この国をベクトリールの属国とする』、それと『ナフール=デイペッシュへの王位譲渡』でしょう。ここにいる皆さ……全員は、この国が再びあの独裁政治で全てを無駄にしても良いと、そう思っているんですか?」
「そういう訳では……」
あぁそうだ、もう前の王ではなくなったのだったな。と安堵するのと同時に、確かな意見で自身達を揺らがせるルーガの発言力に生唾を飲んだ。
「間違いなくこの戦争には前の王が関わっているでしょう。これは前王を国外追放という形で片付けた私の責任でもあります。ならば私は、この国と共に戦わなければいけない義務があり、責任があるんです」
ルーガの瞳には確かな決意がありありと映し出されており、大臣や貴族達の考えを揺れ動かした。
「しかし、この戦力ではただ遊びに兵を殺すだけですぞ」
「分かっています」
しかしそれでも、とルーガの考えに反対する者も、まだ半数以上は存在する。
それを見たルーガは行動に出る。
「では、交渉を持ち掛「ではこうしましょう」……?」
大臣の言葉を遮り、ある提案を出したルーガ。その内容は良くも悪くも彼等を驚かせるには十分であった。
「この中で戦争に反対する者は、暫くの間待ちますのでこの議席を退出してください。その者には、この戦争に関する一切を問いません。そして私と共に戦う者は……」
大臣や貴族、武官といった高位の人々が固唾を呑んで見守る中。
「……どうか私に、知恵と力を貸して下さい」
ルーガは全員に頭を下げた。一国を束ねる女王が、である。
「る、ルーガ様! 頭を上げてくさい!」
「そうですぞ! 女王様ともあろう方が我々にそんな勿体無い事!」
そう言われて顔を上げたルーガ。なにがなんだか、という表情をしている。
「分かりました、私は女王様と命を共にする!」
「わ、私もやるぞ」
ルーガの覚悟に感化された者達が次々と立ち上がる。その中で席を外す者は……ほんのごく少数であった。
「皆さん……ありがとうございます!」
こうして満場一致とまではいかなかったが、貴族や大臣の大半を味方に付ける事に成功したルーガであった。
会議が終了し、一足先に退室したルーガは、真っ先にファルの部屋へと移動していた。
扉を開けると、ファルが二人分の飲み物を準備して待っていた。
「お疲れ様」
「あぁー、疲れましたぁ……」
はあぁ……と長い溜め息を吐いて椅子に腰掛けるルーガ。姿勢からして行儀がなってないが、今は見逃す事にする。
「結構良かったよ。けど、途中で噛んだり素が出たりしたのはちょっとあれだったかな?」
「ったかナ?」
部屋の外で見張りと、ルーガに頼まれて退室した人物の顔と名前を覚える事をしていた俺には部屋の会話は丸聞こえで、ルーガが手筈通り殆ど完璧に事を進めていたのは分かっていた。
しかしどのような場合だろうが、ただ褒めるだけでは成長が停滞してしまう、という事で少しダメ出しをさせてもらった。
「結構頑張ったんですけどねぇ」
それは良く分かってるさ。
「それと、本当に部屋を出ていった数人、どうするの?」
ルーガに退室した人物を書き出した書類を渡してふと呟いた。
「さっきも言った通り、何もしませんし『させません』よ」
「……あぁ、そういう事だったんだ。容赦の欠片も無いな……」
清々しい笑顔でそう言ったルーガの意図に気付き、少し引いた。
つまりはあれだ、『戦わないヤツは責任を取る必要は一切無い。だけど、褒賞は一切出ないからな』という事だ。要するに『戦力外の排除と面倒事の削減』である。
「でも、これは当然だと思いますよ? 働かざる者食うべからず! ですから」
「確かにそうだけど……」
後々が怖くなるな、これは。
「反省会はその辺にしておいて、次の段階に入るぞ」
「はい!」
「次の段階って?」
次の瞬間、二人の視線が俺の方に向いた。
「う、うん? どうしたの? 二人とも……」
「ファル、お前さんにしかできない事を頼みたい」
「これに全てが懸かっているといっても過言ではありません!」
後に引けない状況に陥った俺。二人の表情を見る限りでは美味しい役割では無いことは確かだろう。
「あまり良い予想がつかないんだけど……取り敢えず言ってみて」
「はい! 実はファルちゃんには……」
「……確かに俺が適任なのかもしれないけどさ、納得できねぇ……」
二人が出ていった後の部屋で大きな溜め息と共に一言文句を吐き出した俺。
「ファル? ったノ?(翻訳:どうしたの?)」
「ちょっとね、二人がくれた仕事に気が滅入ってるだけだよ」
自分の部屋でうぅむむ……と呻くファル。無理もないだろう。
「……俺に使者としてベクトリールに行けだなんて、それも今日の夜から」
そう、ファルは先程『ベクトリールに対して宣戦布告を受け入れる』といった主旨の手紙を渡され、「これを今夜出発でベクトリールまで届けてくださ……届けてなさい!」と、命令のような何かをされたのである。
「確かに向こうの戦力を把握したりっていうのは大切だし、俺が行くのには賛成だけど、突然はなぁ……」
「ファルむり、すル?」
ニュッと机の下から顔を出したライムが、そんな事を聞いてきた。恐らく断るかどうか? という、事だろう。
「いや、ちゃんとやる事はやるよ。今はその準備中だし、ライムも行くでしょ?」
「んッ!」
ライムの元気の良い返事を聞き、荷物入れに二人分の正装着と必要最低限の荷物を入れた。
普段から余計なものは持たない性分なのである。
「さて、準備はこんなものかな。俺はジャックさんの所に行くけど、ライムはどうする?」
「ついっク!(ついてく!)」
「よし、じゃあ行くか」
「~♪」
上機嫌のライムを連れて部屋から出た。
すると、待ち構えていたかのように近衛兵の一人が俺の部屋の前に立っていた。
「っと……何か用?」
「お前とまともに話したのは初めてだな」
男(フェルトという名前)がそう口を開いた。
確かにそうだな、今まで無視されるか睨まれるかだったもん。
「用件だけ伝えるぞ。使者の任を俺達に譲れ」
「は? ……いやごめん間違えた、え?」
「二度も言わせるな」
俺と話すのをさも面倒そうに、それを露骨に表情に出して再び俺に言った。
役割の横取りかな?
「無理だよ。女王様直々の命令だし」
「分かってないな」
俺の言いたい事が、と伝わってくる程の苛立ちを俺に向けて放ちながら続ける。
「何が?」
「お前が辞退すれば良いんじゃないか。具合が悪いとか理由をつけて」
それができるならあの場で出発時間を少し遅らせてもらってるわ。分かってないのはどっちだよ……。
「この通り俺は元気だし、それくらいで「行けません」って言うほど精神的にも弱く育った覚えはないよ」
チッと舌打ちをしたフェルト。
なんだよ、そんなに俺と話すのが嫌か? ……嫌か。
「……気に入らないんだよ。突然入り込んだと思ったら一気に上までのしあがって隊長やライアン先輩の注目を集めて……更にはなんだ、女王様からの贔屓か?」
好かれてないのは分かってたけど、後半はなんだ……。
「嫉妬……か」
「あ?」
おっと、つい口に出てしまった。
「いや、何でもないから気にしな「馬鹿にするなよ」……」
俺の襟首を掴んで強引に持ち上げた。大人の、更にいうと鍛えている男性からすれば俺(子供)の体重なんて少し重たい程度なのだろう。
「……俺、行かなきゃいけないんだけど?」
「子供が、あんまり舐めんじゃねぇ!」
「ファルッ!」
ゴッと鈍い音と共にフェルトの拳が俺に振るわれた。頬の内側が切れたようで、鉄の味が広がった。
……いってーな、普通グーで殴るか? というか今の本気だっただろ……。
「……ファルに、いたいするなァ!」
ちょっ……ストップライム!
掌から少し洒落にならない量の魔力が溢れ出ているのに気付き、慌ててライムに目線を合わせる。
一瞬だけ目が合い、ライムも慌てて魔力を抑えた。
……ふぅ、危なかった。今の魔力で攻撃とか爆発四散じゃ済まないし、そもそも俺にもダメージが来るだろう威力だったから、未遂で済んで良かった。
「そうだライム、落ち着け~……」
「ッ、無視するんじゃ、ねぇ!」
俺の意識がライムに向いていたのが癪に障ったのだろう、再び振りかぶった拳だったが、次は俺に受け止められる。
来る場所が分かれば、これくらいのパンチなんて超余裕で防げる。
「……喧嘩、したこと無いんだね」
「んだと、ッ!?」
襟首を掴む腕を動脈のある裏側を狙って膝蹴りを叩き込んだ。この場所は動脈だけでなく、神経や細い骨も多いので、強い衝撃に弱いのだ。
痛みに悶絶しているフェルトを一瞥し、ライムを連れて歩き出す。
「ちゃんとしたダメージを与えるのなら頬じゃなくて顎だよ。それに、二回も同じ場所を狙ってくるなんて……今までやってた対人訓練は何だったの?」
「ぐっ……」
右腕の痛みと、俺にそれを言われた悔しさでギリリと歯軋りをしているフェルトは、尚も俺を睨み付ける。
「今回は何も言わないでおくから、こんな下らない事は今後やらないようにね」
何かを言いかけたフェルトだったが、知らん振りをして立ち去った。
「お~ぉ、口の中が痛い。唇切れてないかな……」
さっきはそれっぽく言ったけど、ぶっちゃけ結構痛かった。
殴られたのとか久し振りだな。学生時代に喧嘩売ってきた別校の馬鹿が振り回した鉄パイプ以来かな?
「ファル……」
「ん? ……どうしたのライム?」
少し沈んだ声音だなとライムを振り返ると、怒った表情で目に涙を浮かべたライムが俺を睨み付けていた。
初めて見るな、ライムのこんな表情。スライムも涙は出るんだな。
「っんデ、こらナイの!(何で、怒らないの!)」
ライムが吐き出す様にそう叫ぶ。ライムにとっては殴られたのに殴り返さず、あの程度で終わらせた俺に思う事があったのだろう。
「ファル、いたいサレた、っにいたいっなイ!(痛いされた、のに、痛いしない!)」
「痛い事はしたぞ? 多分俺がやられたのよりも痛かったかもね」
軽く内出血はしてるだろうし、一時間は痺れてまともに動かせないだろう。それをライムに伝えると、ライムが更に泣きそうな表情になってしまった。
「でモファル……しくっいノ? いたいっレたっニ!(悔しくないの? 痛い事されたのに!)」
「悔しくなんかはないさ。向こうが言いたい事は分かってたし、理解もできる。だからわざと痛い事されたんだ」
元を辿れば俺が近衛隊に入ったから……いや待てよ、そもそもの原因は俺を近衛隊に入れたルーガにあるんじゃないの?
……それはいいとして、嫉妬の原因は俺にあるんだから、あれくらいで済むのなら安いものだ。面倒事はあまり好きではないのである。
「だケドッ「いいかライム?」……ん」
俺は今にもしゃくりあげそうなライムの肩に手を置いて語りかけた。
「やられたからって理由でやり返すだけの人間っていうのはな? 他の人の事を考える事ができない人なんだ。今のライムの考えは、そんな自分の事しか考えられない人のそれだぞ? そんな人になりたいか?」
ライムはスライムだが、今は人の姿だ。ならば人としてのモラルを教えてやる必要もあるだろう。
「……ヤダ」
「素直で良し」
わしわしと頭を撫でてやる。
「今はまだ分からなくても仕方ないけど、どうしてあの人は自分に痛い事をしたのか? っていうのを考えると、また違ったやり方が見つかるんだ。少しずつでいいから、その辺も学んでいこうな」
「……ん。わっタ(分かった)」
「さっきは俺の為に怒ってくれたんだよな。ありがとうね……って、どうした?」
急に嗚咽を漏らしはじめたライム。大粒の涙が頬を伝い、一筋の線を作った。
「ッく、んッ……!」
「俺、なんか変な事言っ「ファル!」っと、よしよし……」
勢いよく抱き付いてきたライムを受け止め、しゃくり上げて震えている小さなその背中を擦ってやる。
最初はフェルトに対する俺の対処に対する悔し涙だったのだろう。安心によるものか、堰が外れたように泣き出してしまった。
「……っめんな、さイ……」
「思わず攻撃しそうになった事か? 気にしてないよ。次から気を付ければいいんだからさ。ほら、泣かないで」
「ぁう、んッ……ヒグッ……ッ!」
必死に抑えようとして、逆効果となって更に涙が止まらなくなっているライム。
こうなった子供はそっとしておくのが一番である。
「落ち着いた?」
「グスッ、……ん」
鼻をすすりながらライムが答えて俺から離れる。
……俺の服が結構な惨事になってるが、後で着替えればいいか。
「それじゃあジャックさんの所まで行くか」
「ぅん!」
「ジャックさん、入るよ」
「ああ。……どうしたその顔、と服」
俺を見るなりある程度予想をしていた質問をしたジャックさん。
「ちょっとそこで転んじゃってね」
「何をどうやって転べば、そんなピンポイントにその部分だけ怪我するんだ?」
「あ~……、今は虫歯って事にしておいて」
ジャックさんなら大体の予想はできてると思うので、それを踏まえて今は見逃すように頼んだ。
俺個人の問題というのもあるので、あまり表に出したくはないのだ。
「……この件が済んだら教えてもらうからな」
敢えて何も聞かないジャックさんに内心で感謝し、大方の準備が終わった事を伝える。
「分かった」
「取り敢えず今はその報告だけ「一ついいか?」うん?」
「道中なんだが、何かの気配があっても攻撃してこない限りは無関心を貫いてくれ」
それはまるで、俺を狙う『誰か』に心当たりがあるような物言いだった。
「……了解。そういえば心当たりもあったし、無視すればいいんだよね?」
「そういう事だ」
夜。
「それじゃあ、くれぐれもお願いしますね」
「任せて」
「危険な行動はするなよ」
「分かってるって」
「手紙は持ちました?」
「ここにあるよ」
「俺がさっき言った事を忘れないように」
「……二人揃って泊まり会に行く子供を見送る親じゃないんだからさ、もうちょっとこう、普通にさ」
「にサ!」
「これでも心配してるんですよ?」
ちょっと心配し過ぎなんだよね、嬉しいけど。
「そろそろ出るよ。帰ってくる前には、ある程度の作戦は練っておいてね」
「その辺は任せろ」
「頑張ります!」
ビシッと敬礼のポーズを取ったルーガとそれを見て苦笑しているジャックさん。
「じゃっ、先に温泉でも満喫してるよ」
「じャッ!」
一言告げて馬車に乗り込んだ俺とライム。
向かうは北、武力国家ベクトリール。
「……行ったな」
「本当に大丈夫ですよね?」
ファルの乗った馬車が見えなくなるまで見送ったルーガは、ふとそんな事を呟いた。
「ファルなら死なないだろうさ」
ジャックのそんな言葉を聞いても、不安な表情は優れそうにない。
と、ライアンがジャックを目指して小走りで近付いてきた。
「ジャック隊長」
「ライアン、そっちはどうだ?」
「全て手筈通りです」
何かが書かれた書類を渡したライアンは「では」と一言告げて足早に立ち去った。
「そうか……分かった」
遅れてジャックの口から出てきたそんな言葉は、ライアンには届かなかっただろう。
「……それでは、ファルちゃんが頑張ってる間に私達も頑張りましょう」
「そうだな」
一瞬振り返り、表情の優れない様子よ二人に首を傾げ「あぁファルが数日不在になるから、寂しいんだな」と納得したライアンは、今度こそ自信の命じられた持ち場に戻った。
そんなライアンの予想は、半分合っていて半分間違っていた事を知るのは、もう少し先の話。
オマケ
学生時代に喧嘩売ってきた別校の馬鹿が振り回した鉄パイプ以来かな?
――前世。
「そういえば元、アイツ覚えてるか?」
「アイツってどいつだし」
「ほら、夜中に俺がコンビニで買い物してた間にお前を鉄パイプで殴ってきた中央高のやつ」
「中央高? ああ、いたなそんなヤツ。けどなんで今更そんな話するん?」
「いやぁ、急にお前の二つ名を思い出しちまって……ほら、『龍帝の元』とかいう」
「なんだよその厨二病じみた名前は……え? そんな名前で俺って呼ばれてたの?」
「え? 知らなかったのか?」
「全く」
「あんなに有名人だったのに?」
「俺のどこが有名だ馬鹿。言っとくけど、俺そんなに喧嘩強くないし、人に注目されるような事なんて一回もやった事ないからな?」
「……これが鉄パイプを曲げて中央高の頭の大腿骨を素手でへし折って敵討ちにきた舎弟の不良共を軽くて全治2ヶ月の怪我をさせた男の自己評価か……」
「……あ、思い出した。一時期龍なんちゃらとか呼ばれてたな」
「……本当に、お前ってやつぁ最強だよな」
「そうか? あ、このシュークリーム上手くできたっぽい。砂糖も食う?」
「……戴く」




