ライム
「ジャック隊長。フェルト、エド組が戻りました」
ライアンの声に「ああ」と軽く返す。丁度同じタイミングで他の組も戻ってきた。
「残るはファル達か」
そう呟くジャックの元に兵士の一人が走ってきた。
「隊長、一体何があったのです?」
「今からそれを説明する。が、その前に今集まってる全員に聞きたい事がある」
ファルとカトラ以外の全員が集まったのを確認したジャックさんが、真剣な口調で全員に一つ、質問をした。
兵士達も事態を理解していないなりに耳を傾けている。
「お前達、遺跡を探索して気付いた事はないか?」
およそ以外な質問だったのだろう。兵士の一人が一瞬遅れて応えた。
「気付いた事……魔物が一匹も見当たらなかった事ですか?」
「やはりか……。他の組もか?」
全員がコクリと傾いたのを見て俯き気味に熟考を始めたジャックさん。
「現在、この遺跡で原因不明の事態が起こってる。概要は定かでは無いが、どのようなものかは理解していると思う。何が起こっているのか誰も予想していない事態だ。俺は全員の帰還を確認した後に遺跡の調査をする。こんな状態だから、例外として今日の訓練は中止だ。解散」
「私もファル達を待ちます」
「分かった」
息一つ切らさずにやって来たカトラ。少し遅れ気味にファルも続く。
何かを抱えているが、遠目では何なのかよく分からない。
「一体どうしたんだい? 突然集合なんてかけて」
「それを答える前に一つ確認しておきたい。お前達の通路には魔物ないし魔獣はいたか?」
「魔物? ……あぁそういう事か」
この短い単語で理解したカトラさん。
「アタシ達の所だけじゃ無かったみたいだね。やっぱりあのスライムが関係してるのかねぇ」
「スライム?」
それって、あの魔物の事か? と聞く前にカトラさんが答える。
「ほら、ファルが持ってる」
そう言われて俺を見たジャックさんとライアンが固まった。視線は俺が腕に持っている生物に注がれている。
「……ファル? その、お前さんが抱えてるものは何だ?」
「スライム」
「そうじゃなくてだな……」
「ライムっていうんだ」
「俺が聞きたいのはそうじゃ無いんだ……」
可愛いよ、ってそういう事でもないのか。
「この前も魔物が皆無だった事があったんだけど、その時にもこのスライムがいたんだよ。ファルもいたんだけどね」
「という事は、隊長の懸念の元凶はこのスライムだと?」
ライムと俺を交互に見比べていたライアンが、我に返ったのか軽く咳払いをして質問をした。
「その懸念ってのが魔物の発見率だったのなら、そうだね」
再びライアンの目線がスライムに集中しているのを面白そうに眺めるカトラ。
「というかファル、触っても平気なのか?」
「全然平気」
ジャックさんが気にするような事は一切ないし、寧ろ触り心地最高。
「このスライムは遺跡管理者だよ。それも最下層のね」
「遺跡管理者というのは……遺跡の階層を守っているというあの?」
「そう。なんでこんな上の階層にいるのかは分からないんだけどね」
理由は兎も角、カトラさんはその事に関しては確信しているみたいだ。
凄いなライム、という意味を込めて撫でた。ツルツルスベスベな上にプニプニ柔らかいってのは反則だと思う。
と、ライアンがライムを触ろうとして攻撃された。
触るな、程度の威嚇だったみたいなのでダメージは皆無だろう。ライアン表情から読み取るに心にはダメージを受けているみたいだが。
「どういう訳かファルにだけ懐いて、アタシ達には見向きもしないんだよねぇ。むしろ嫌われてる感じで」
うーん、俺が龍人ってのが理由だったりするのかな?
『御主人様から無意識に放たれている魔力に惹かれているのでは?』
俺の魔力……ねぇ。魔力なんて誰でも一緒なんじゃないの?
『生物に『個性』というものがあるのと同じで、魔力や精神力、技能や技までもがそれぞれが似たようで違う性質を持っています』
それで、ライムには俺の魔力が気に入ったのか……いや、決して魔力だけが理由で懐いてるのかなぁ? と残念に思ってる訳ではない……と、思いたい。
「……しかし仮に遺跡管理者がここに現れたとしても、ここまで魔物が見当たらないなんて事あるのか?」
「アタシは魔物には詳しくないけど、今ファルが抱いてるのを見て分かるように、どうやらこのスライムは体の性質を変えたりできるみたいなんだ。新種か希少種で、なにか魔物を追っ払う術を持ってるって考えても不思議じゃないと思うよ」
確かに。
前も聞いたがスライムの体は基本的に強い酸で覆われてるらしく、下手なサイズのスライムは数分で人を溶かす程の酸を生成できるみたいなのだ。俺がこうやって普通に触れるのも、さっきのライアンに対する攻撃にも害というか危険性はほぼ皆無である。
酸を放出しないスライムもいるにはいるみたいだが、それらも水銀や経皮毒といった人体には有害な物質を生成するらしいのだ。
「どちらにせよ、このスライムが希少な種で遺跡管理者という事は分かった。それと(仮)だがこの遺跡内の異変の原因でもある事もな。そこで問題がある」
「え?」
「そのスライムをどうするか、だね」
ジャックさんがそう言って俺の持つライムに視線を落とす。その顔は真剣そのものだ。
「あぁ。この遺跡は今、ギルドの管轄下だが、元を辿れば王国の所有物だ。このスライムがこんな浅い階層に縄張りなんて作ったら、以降も魔物が出現せずに国の資金源が一枠潰れる事になる」
スライムが縄張りなんて作るのか疑問だが、確かにそれが原因で国の財政が傾いたりでもしたら一大事だ。特に今、ルーガが女王になったばかりの今では尚更である。
「遺跡内だから討伐しても復活するだろうが、またこの階層に来る可能性があるからな。その時は――」
「えちょっ、それって……」
一瞬、嫌な想像が頭をよぎった。
「遺跡の外で、討伐するって事?」
「そうなるな」
思わずライムを抱える腕に力が入ってしまう。
遺跡管理者は、遺跡の中では殆ど不死身だが、外では普通の魔物と遜色無くなってしまう。つまりは殺されれば死んでしまうのだ。
「唯でさえ得体の知れない魔物だぞ? あくまで最終的な手段だが、それをせざるをえない事があるかもしれない」
「でもそれは最後の手段でしょ? というかそもそも、遺跡管理者って一匹でも消滅したら駄目なんじゃないの?」
遺跡管理者は遺跡の土台、言ってしまえば逆ピラミッドなのだ。
そんな事をしてしまったら、この遺跡はただの廃墟と化してしまうのではないのか?
しかしそんな俺の言葉は、他でもないカトラさんに両断されてしまう。
「いや、予め他の魔物を遺跡管理者のいる部屋に置いていれば、その魔物に遺跡管理者が引き継がせる事ができるのさ」
「……なんとかならないの?」
「このスライムに元の場所に帰ってもらえれば、なんとかはなるな」
それならば、と考えて直後に諦めた。一度姿を現し、今再び現れたという事はつまり、またこの階層に出てくる可能性は高いのだ。
「ファルに懐いてんだし、ファルが飼えば良いんじゃない?」
と、ペットにしちゃえば? という感覚でそう提案したカトラさん。
「いや、無理だろ」
「冗談に決まってるじゃないか」
「え」
「……えっ?」
一瞬本気でライムを預かろうかと考えてしまった。
なんとかならないのか? と精一杯表情に出してカトラさんを見たが、一瞬「うっ……」と呻いただけで効果は無かった。
「……無理だからね? 魔物使いじゃああるまいし、魔物を国に入れる事がそもそも不可能だから」
見事に正論を言われたので何も言えない。
ならいっそ魔物使いとかいうのになってやろうか、と思ったその時。
「あっ、ライム」
俺の腕からライムが飛び出した。
逃げるのか、もしくはこの階層から出ていってくれるのか? と思って見守っていると、とんでもない事が起こった。
突如ライムの体がボコボコと沸騰したように波立ち始めたのだ。
「えっ……ライム大丈夫!?『心配ございません。あれは技能の一つ、【変体】を発動した過程です』……【変体】?」
『魔力を媒体に体の造りを別のものに変化させる技能です』
「念のために下がってろ」
初めて見る変化に警戒しての発言だろう。俺達にライムから距離を取らせるよう命令した。
それから十秒と少し経った後、徐々にライムの体が安定していき――、
……少女の姿へと変貌した。
「えっ……?」
「……は?」
驚きのあまり硬直した俺達。
いや、寧ろ驚かない方がおかしい状況だからね? これ。
「ええっと……スライムってこんな事ができるのですか?」
「ちょっとすまん、理解が追い付いてないから話かけないでくれ」
魔物についての知識が比較的乏しいライアンが、少々場違いな質問を投げ掛け、ジャックさんにスルーされた。
……ライアン、俺の方を見ないで。俺だって一ミリも理解してないんだから。
「ファル!」
「うわっと!」
満面の笑みで俺に抱き付いてきたライム。
可愛……じゃなくてヤバい、どうやって対処しよう。
先程通りに抱きしめてやれば良いのは分かっているが、如何せん今のライムはどういう訳か人の姿、更に言えば服を着ていない。
そんなライムに抱き付かれている今の状況、色々な意味で非常にマズイのである。
取り敢えず深呼吸を一つ、頭を撫でてやりながらライムを引き剥がす事に成功した。
「ライム、だよね?」
「……んっ!」
俺の言葉を理解したらしいライムが、元気一杯に頷いた。
ひとまず何か着せてやらなければ、と【多次元収納】から予備の服を取り出し、ライムに着せてやる。
念のために準備しておいて正解だったな。
ふとジャックさん達の方を向くと、隅っこの方で固まって何やら話し合っていた。
「……あれは一体どういう事だ?」
「……アタシが分かる訳無いだろうよ。姿が変わる魔物なんて道化蛸くらいしか知らないし、そもそも此処は陸地で遺跡、海に棲んでる魔物がこんな所にいる訳がないじゃないか」
「……進化、なのでは?」
「……スライムが人間にか? 流石に無理があるだろ」
どうやらライムについての様々な憶測を飛ばしているみたいだ。
「ジャックさん」
「なんだファ……いつの間に服を」
ライムが既に服を着ているのを見て軽い安堵の呟きを洩らすジャックさん。
まぁ、この中では唯一の男だし、仕方無いだろう。その……子供で狼狽えるのもどうかと思うけどね。
「偶然持ってたからね、さっきのままは流石にマズイし」
「とても助かる」
「それでライムの事なんだけど……」
俺はルシアの言っていた【変体】という技能をライムが使った、という事を説明した。
「【変体】? それでこのスライムが人間になったって事か?」
『肌や髪の質感、感覚器官は人間のそれに程近いものですが、肉体を構成する細胞はスライムです』
「正確には見た目だけ人間になってるだけで、体そのものはスライムだけどね」
ルシア百科事典の説明を少し言い換えてジャックさん達に説明する。
やっぱりルシアは万能で助かる。
「でもやっぱり変だね。その技能こそ道化蛸だけが持ってる固有技能の筈なのに」
固有技能というのは、ルシアが言うにはその種族しか獲得できない技能らしく、【変体】というのはその道化蛸とかいうタコの固有技能なんだという。(ルシア百科事典にて)
「というか、何で分かったんだ?」
「か、【解析鑑定】を使ったからね」
「……俺達が試したら『測定不能』と出たんだがな」
「前にアタシがファルに使った時もそうなったから、もしかしたら感知されたのかもね」
俺が前に(無自覚だが)カトラさんの【解析鑑定】を無効化した件について、『感知されたら無効化されるんじゃないの?』と適当だが言っておいたのが幸を奏したみたいだ。ジャックさんも納得している。
「そのスライムが持ってる技能って、どういうものか分かるか? できれば全部知りたいんだが」
「俺は構わないけど、ライムは良い?」
「んっ!」
というライムの了承を貰い【解析鑑定】を使用した。
それで出た結果がこれなのだが……。
名前:ライム
種族:終焉粘性魔物
技能
コモン:【全属性攻撃&魔法&耐性強化】【自己修復】【酸性攻撃無効】【毒無効】【変体】【溶解】【体晶化】【統率者】【王魔覇圧】【五精体現】……etc.
ユニーク:【万物消化】【技能複製】【終焉者】【誕生者】……etc.
unknown:【XXXXX】【XXXXX】【XXXXX】
称号:【遺跡管理者】【マ王ヲ飲ミ込ミシ者】【セイレイ王ヲ飲ミ込ミシ者】【封印者】
……何これ。
何故か名前が俺の勝手につけたそれになってるし、とてつもない量の技能の中に凄くラスボス感漂う技能とかがちらほらと見えるんだけど……。
というか種族からして明らかヤバいぞ。何だよオメガスライムって……。
「……ライムって、強いんだね」
「ん?」
俺に体重を預けているライムは、俺の呟きに首を傾げて応えるだけだった。
あのステータスは絶対に俺達を容易に全滅させる事ができるだろう。そう考えただけで軽くゾクッとしたものが背中を走った。
「どうだったんだ?」
「全部を言うのには……ちょっと数が多いかな。後で紙に書いて見せるよ」
「書かなきゃいけない程多いのか……」
まぁ、明らかヤバそうな技能を省くためでもあるんだけどね。
「少し前にまで話を戻すけど、このスライム……? はどうするんだい? ファル?」
「今の姿だったら城に連れていっても大丈夫だよね?」
危険性はこの際置いておいて、心配だからライムを連れていきたいというのある。
だってこんな子供だぜ? ……スライムだけども。それをこんな遺跡に放置なんて、流石に俺にはできないぞ。
「正直得体の知れないこのスライムを城に入れるのは危険な気がするんだが……」
「ファルには悪いけど、コイツの言う事に一票」
【変体】を含む様々な技能を使用できる事を知ったからだろうか、カトラさんもライムに対して反対意見だ。
「私は……、ファルが常に監視するのなら良いのでは、と考えております」
ライアン! 君だけが俺の味方だ! と叫びたくなるのを必死で抑えた。
しかしライアンの提案を聞いたカトラさんが少し目を泳がしたのを俺は見逃さない。
「……駄目?」
マジで頼みます! この通り! という思いを込めた眼差しを二人に送った。
ちゃんと餌をあげるから! とは違うが、勿論ライムについての責任は俺がしっかりと取るつもりだ。
「……ファ、ファルがしっかりと監視するのなら考えても良い……かな?」
目線を俺から離してそう告げるカトラさん。
「ジャックさん……?」
「……このスライムの生態調査のためだ。ファル、お前さんに預ける。ライアンの提案が条件だ。分かったな?」
こちらもカトラさんと似たような反応をしたが、了承してくれた。
「ありがとう……良かったな、ライム」
「んー? ッ♪」
首を傾げるライムだったが、俺が頭を撫でた事で嬉しそうに目を細めた。
しかし、どうして二人は俺を見た途端態度が変わったのだろうか? 顔に何か付いてるのかな?
(……末恐ろしい子供だな)
「……つまり今の報告を纏めますと、この子供がスライムで遺跡管理者で、ファル君に懐いて人の姿で今ここにいる……と?」
「嘘みたいだろ? だけどアタシも確認したから間違いないんだ。嘘みたいだけど」
「小僧は毎回、何かやる度にデカい事をやらかすから見聞きしてて飽きないな! 酒が進むんで困っちまう」
ギルドでそんな会話をする俺達。
遺跡で起こった事の報告を事細かに説明している最中なのである。
「この子が……」
椅子に座る俺の膝に座って足をぶらぶらさせているライムを見て、何ともいえない表情になるハンナさん。
そう簡単には信じてくれないだろうな。
「世間にはファルの妹っていう事にしておけば、まぁなんとかなるんじゃない? ファルにしか懐かない訳だし」
カトラさんがそんな提案を出してくれた。この世界には国籍というのが存在しないから助かる。
「……分かりました。ギルドの方はなんとかしましょう。ザキ教官、手伝ってください」
「酒飲んでるんだけどな」
なんだかんだ言って書類に目を通し始めたザキさん。見た目に合わず事務仕事もテキパキとこなす万能マンなのだ。
こうしてライムは、名目上では『ファルの兄妹』という事になり、俺がライムを預かる事が確定した。
城に帰ってルーガにその事を報告すると、大歓迎という言葉と共に「妹が二人もできました!」と言ったそうな。
……ルーガの兄妹になった覚えは無いんだが。
オマケ
再びライアンの目線がスライムに(ry
もふもふやぷにゅぷにゅ、ぷにぷには正義だと私は思います。
水銀や経皮毒といった(ry
経験値が大量に貰えそうなはぐれてるアイツや、はぐれてるけどバブルなアイツを連想してもらえれば良いです。
なんとかならないのか? と精一杯表情に出して(ry
マジで頼みます! この通り! という思いを込めた眼差し
本人は自覚してませんが、これは俗にいう『上目遣い』というやつです。
もう一度言いますが、本人は上目遣いだと一切自覚しておりません。
城にて。
「ライムちゃん、ですね! よろしくお願いします!」
▽飛び掛かり
「ん?」
▽回避
「……とうっ!」
▽飛び掛かり
「ぅんっ!」
▽上空へ回避
少一時間……
「やあっと捕まえましたぁ!」
「う~……」
(ライムが抵抗してない……!?)




