王国奪還作戦:後編
「改めてここまで来ると、やっぱり緊張しちゃいますね……」
「国を丸ごと変えるような事をしていますものね、それが普通の反応だと思いますよ」
城下町の中心……の近くの路地裏に転移した二人。色々な意味で図太いルーガだが、今この時ばかりは緊張するのも無理はない。
「何を言うかは纏まりましたか?」
「当然!」
まだ纏まってませんよ……と続けたルーガに溜め息を洩らさずにはいられないソウガ。
それは考えるのが苦手なルーガを何よりも知っているからこそ、という訳では無いのだろう。
「う~、なんて言えばいいんですかぁ!」
「そのままですよ」
ん? と振り返り、ソウガの言葉を待つ。
「ルーガさんがこれからすべき事、それはもう決まっているんですから、それをそのまま言えばいいんですよ」
年長者らしいアドバイスをしたソウガ。事実これは正論なのだろうが……、
「そのまま……成る程っ! 分かりました!」
ルーガはその言葉を真に受けてしまうのではないのか? と、今更ながら後悔した。
「皆さん!」
「えちょっ……ルーガさん……?」
ソウガの言葉に何かを掴んだらしいルーガが、バッと路地裏から飛び出し、叫んだ。
なんだなんだ? と人々の視線を集めたルーガは、ソウガの静止を聞く間も無く……、
「私は今の王様に殺された前の王様の娘です!」
(やってしまった……)
思わず頭を抱えるソウガ。
周囲の人々も「なんだコイツ?」という視線を送り、酔っ払いの類いだろうと判断したのか再び普段の騒がしさを取り戻した。
「……あれ? 皆さんどうしました?」
「……ルーガさん」
ルーガの中では、これで人々に呼び掛けた事になっていたのだろう。どうして他の人々の反応がこんなに素っ気ないものなのか?
というのを理解していない様子だ。
「ファルさんシャロンさん手伝って下さった集落の皆さん、ごめんなさい……」
と、早くも作戦の失敗を確信して、今此処にはいない仲間達に謝罪した。
……謝罪したところでどうにかなる訳では無いが……、
「どうしたんですか? ……もしかして失敗しちゃったとかですか?」
「あはは……」
いつまでたっても人々から反応を感じられない、と心配になって聞いてきたルーガに、ソウガはただ乾いた笑いで反応するしかなかった。
その頃、冒険者ギルドにて、
「いたか?」
「いや……」
ザキとカトラ、そして出勤したばかりのハンナは、いつの間にか消えたファルを捜索していた。
いつも通りファルの包帯を換えようとハンナがファルの寝ている部屋に入り、姿が無いことを認めた事が始まりだ。
「なんだってファルがいなくなっちまうんだい!」
決してファルに対してでは無いがイライラした様子のカトラを「まぁ落ち着け」と嗜めたザキは顎に手をやって思考した。
「昨日までは医務室で寝てた筈だぞ? となると自主的にギルドを出たか……」
「あの大怪我でかい?」
「だが一昨日は普通に歩いてただろ? それともう一つある」
普段の豪胆さが嘘の様に落ち着いた様子で推測を立てたザキ。
「連れ去られたか、だ」
「あ……」
「今ハンナが確認しに行ってる」
そんな会話をしていると、丁度良いタイミングで奥の扉からハンナがやってきた。
右手には羊皮紙の束が握られている。
「ザキ教官の言った通りでした」
「やはりな」
パラリと羊皮紙を捲って文章を指で伝った。
ザキはハンナにファルの使っていた部屋の使用者履歴を探して貰っていたのである。
「ファル君があの部屋に来る数日前、隣のベッドを王国の人間が使っていたという記録が出てきました。ファル君がいなくなる前の日に退室したので、間違いなくこの人物かと」
「名前は?」
「えっと、待ってくださいね……『ジャック=ヘロイスティオ』という名前みたいです」
「あいつか……!」
納得半分困惑半分の表情でそう呟いた。
「何だ、知ってるのかい?」
「近衛隊長。多分、今一番王の近くにいる人間だ」
「だとマズイね……」
この国は愚王が治めている、これはデイペッシュに住む人間ではなくても知っている事である。
同時に、気の食わない人物は即処刑にするという事実も。
流石にファルを子供とは思えなくなってきている彼等だが、王に会わせるのは危険だ。これはファルにも言える事なのである。
ましてや拉致、ファルも抵抗したであろう。それを良く思わずに処刑する事だって有り得る、いや、確実殺めるだろう。
「しかし解せないな」
「何がだい?」
どこが解せないというのか? と頭に疑問符を浮かべて頭を捻るカトラ。
ザキは先程と同様自身の考えを推測としてカトラに説明する。
「七割とはいえ、俺を軽く圧倒したんだぞ? ファルは。そんなやつが、あいつに負けるなんて考えづらいんだ」
「ちなみにソイツはどの程度強いのさ?」
「お前にギリギリ勝るくらいだな」
ファルなら余裕だね……と納得したと同時に、なら何故ファルは大人しく捕まってるのか? という疑問が浮かぶ。
「もう一つあります」
今度はギルドの夜番である受付を連れてきた。
「彼女の話だと、夜中遅くに寝てしまい、日が昇る直前に目覚めたらしいんです。それもギルドにいた人間全員」
「申し訳ありません……気が付いたら寝てしまっていたみたいで、冒険者の方に起こしてもらうまでは……」
「……成る程、あいつの考えそうな事だ」
当時、小なりとも貴族だったジャックと歳の少し離れた友として、あんな愚王の手先に成り下がる人間では無かったと記憶しているザキは、様々な推測を立てては崩していた。
「あいつは今の王を憎んでた筈……ファルの力を見込んでの行動か?」
「……? なんでそうなるんだい?」
三回目の推測で行き着いたこの考えに、確かな確信を持つザキは、自信の混じった声で、
「つまりは十年と少し前、今の王がやった事をやるんだよ。あいつは」
「クーデターか……!」
「多分な」
突然バンッ! と勢いよく開かれた扉から、およそ冒険者とは思えない軽装備の男性が飛び込んできた。
「前王の娘っこが見つかったぁ!」
飛び込みざまにそう言うので、ギルドの中にいた人間は唖然。
「……アンタの勘が当たったみたいさね」
「俺も今驚いてる」
目の前の男が言っていることとファルとを結び付ける為の確証を得るべく、「ここは良し」といった満足げな雰囲気の男性を呼び止め、話を聞いた。
「もう少し詳しく教えてくれ」
「ほいさ」
ちなみに彼、言わずもがなソウガの協力を受け入れた集落民の一人である。
「……成る程な」
男性の話から、大体の情報を得たザキ。
「アタシは前の王ってのをよく知らないんだけど、今の話だとその行方が判んなかった娘がこの国でクーデターを起こそうって事かい?」
「んだ。ひと月前からうちの集落んで暮らしてたんがな」
訛りのある口調でそう答える中年の集落民。
「もう一つ聞きたいんだが、そのクーデターとやらに大柄のオッサンとこれくらいの子供がいたりするか?」
「あ~……男の方ばよく知らんが、子供はいたべな。緑の布羽織った」
「そうか……ありがとな」
「ええってよ。んだらそろそろ行くけん」
見た目に似合わず軽快な走りでギルドを出た男性。暫くすると再び「前の王の娘が生きてたぞー!」という声が聞こえてきた。
「これで分かったな」
「大体はね」
「ジャックはシロだ。それとファルは城にいる」
軽く身支度を整えておけ。といって奥へ入っていくザキ。いつもの教官装備ではなく、動きやすい私服に着替えるのだろう。
「アタシ等は準備オーケーだけど、ハンナはどうする?」
「私も行きま……いえ、仕事が「私達は平気よ」リーリャ……」
カトラの問いに一瞬踏みとどまったハンナだったが、それをリーリャが逆に行くように促した。
「今は仕事よりもファルちゃんを探す方が大切じゃない。それに」
一拍溜めて茶化すように。
「予行練習はまだ終わってないんでしょ?」
「何のよ……ありがとうね。私も行きます」
「よしきた、それじゃあデイペッシュ城に突撃だ!」
「しかし、どうしてジャックという男性はファル君を拉致したんでしょうか?」
元とはいえ冒険者故か、息一つ荒げずにカトラと平行するハンナ。
ザキは義足の関係上あまり走れないので、後から追い掛けるという事で別れている。
「それはやっぱ強いからだろうさね。ハンナは知らないと思うけど、ファルって最近かなり有名になっててね、ザキとタイマン張って勝った~、って無駄に噂がデカくなって広まっちまったのさ」
お陰でザキの野郎は涙目だ。という冗談を軽くスルーしてハンナが考える。
「だから接触を図った……と」
「まぁファルの事だから、ザキの言った通り大人しく拘束されてる訳無いだろうし、そのジャックってのに付いていってるんじゃないのかい?」
「確かにそうですね」
丁度中央広場に差し掛かった所でカトラがそう言った。
「取り敢えず、今あの城で何が起こってるのか? 詳しい状況を知るだけでも結構デカイと思うのさ」
「ファル君……無事だと良いんですが」
「無事さ」
あのゴリラを負かしたんだからね。と、何度めになるのか分からないハンナの呟きに、笑みを浮かべてそう言うカトラ。
しかし近くでキョロキョロと辺りを見回すルーガと、眉間に手を置いて項垂れているソウガの隣を横切った事を、彼女達は知らない。
「……どうします?」
「う~ん……場所を変えてみますか? お城の近くだったら、もう少し人が集まるかもですし」
人を集めるのならば、どちらかというと言う事を変えなければならないのでは? という言葉が喉まで出かかり、ぐっと飲み込んだ。
もう、自分で考えた台詞をルーガに言ってもらうしか方法が無いな、と半分以上諦めを滲ませていたソウガは「そうですね」と答え、歩きながらルーガに台詞を覚えてもらう事にした。
「……と、こんな感じでお願いしますね」
「任せて下さい! というか、人が多いですね」
城の前まで来たのは良いが、ワイワイガヤガヤと集まっている人々を前に二人は歩みを止めた。
「この方達は……もしかして」
「集落の皆さんが集めてくれた方々ですね!」
ルーガの大声で人々が、先の呼び掛けと同じ様に一斉に振り向いた。
興味深げにルーガを見る人々の間をすり抜け、二人にとっては見知った男性が現れた。集落民の一人で、ルーガ達がタイムスリップする以前の時間軸で娘を大地に殺されたあの男性だ。
「お、きたか。皆! この子がその女王様だ!」
ざわっ、と周囲にどよめきが生じ、ルーガに対して更に注目が集まる。
「この子が? まだ若いじゃないか」
「馬鹿、セイル様の子が産まれたという報せはそれこそ十数年前だっただろ」
「となると本当に……」
全員が口々にそう言うものだから、一度に全てを聞き取ろうとしたルーガは早くも混乱し始める。
助け船……もといルーガの逃げ場を無くしたのは、以外にも騒ぎを聞きつけてやってきた老兵士であった。
「おぉ! イリス様、イリス様ではありませんか! 生きておられたのですか!?」
とても高いテンションの老兵士に戸惑いながらも、この男性が口にした単語に気になるものを見つけたルーガ。
「イリス?」
「ルーガさんの母親……だと思います」
「わしをお覚えで御座いましょうか? イリス様がまだ平民だった頃、わしがセイル様のご命令で城内を案内したのですぞ!」
放っておけば何時間も喋っていそうな老兵士の誤解を、解き、協力を仰ごうとするルーガ。
「わ、私はその人の娘です!」
なんとか会話を区切ろうとルーガが頑張るが、過去を懐かしむ老兵士は聞く耳持たず。
「はいはい覚えていますとも。イリス様とセイル様の娘、セリス様も可愛かっ……セリス様!?」
数十年前の話の筈なのに当時と見た目が変わっていないという事にようやく違和感を感じたのだろう。その見た目と装備からは想像できない程の飛び上がりを披露した。
「で、ででですがイリス様はセイル様と共にあの男の仕業で殺され、セリス様も消息不明だったではありませんか!?」
「だ~か~ら~、私はその行方不明の娘なんです!」
「なんですってぇ!?」
驚きに再び飛び上がった老兵士。老いているとはいえ王国の兵士がこの様な反応をするものだから、疑心暗鬼だった人々も段々とルーガは元本家の娘だ、という声が周囲から広がり始めた。
「やっぱりセイル様の娘?」
「違いない」
「なら、この国の本当の継承者って事だろ?」
「今のクソ王を辞めさせられるかも……?」
「お、俺はやるぞ。今の政治を変えられるのなら、この国が昔みたいに戻るのならやってやる!」
「俺もだ!」
「俺も!」
「私だって!」
今にも革命を起こしそうな雰囲気になり始めた。
「セリス様、貴女がリーダーです。共にこの国から搾取するだけの愚王を討ち滅ぼしましょうぞ!」
老兵士の言葉に鼓舞されたのか、うぉぉぉ! と大歓声が鳴り響く。
そして今にも城門を打ち壊さんとする勢いでドンドンと進んでいく人々。
あっ、とソウガが人々の歩みを止めさせようと動き出したその時、
「待ってくださぁいっ!」
ビリビリッと大気が振るえる程の大声でルーガが叫んだ。そしてその声で人々がピタッと止まった。
「ど、どうなされました?」
「みな……皆さんは、今の王様をどうするつもりなんですか? 城の兵士の人をどうするつもりなんですか!」
「決まってます! 今までこの国を弄んだ事を悔やませて公開処刑でしょう!」
「それはつまり、今の王様が過去にやった事をそのままするって事ですよね?」
はっ、と気付いた表情となった老兵士。彼も敬愛の王を殺され、仲間や友を殺された一人である。故にルーガの言いたい事を察したのだ。
「私は争いを好んでやったりはしません。皆さんは、罪があったとしても人を殺すんですか? あの王様がやっていた事を真似するんですか?」
「それは……」
ルーガの言葉に対して誰かがそう呟いたとほぼ同時。突如城門に映像が映し出された。
そこには王とジャックが映っている。
『ガイアを失ったのは惜しかったが、同じ転移者である貴様を余の支配下に置けば良いだけの話。低俗な亜人を奴隷にするのは癪だが、これから貴様は余の家畜として一生を過ごすが良い!』
『さあ! 余の人形として命令する! そこの裏切り者を殺せ! あの亜人の女と同じように!』
『やってみるがいい』
『そもそも、余が前王を殺したという『証拠』がどこにある?』
そこに映し出されている映像は、シャロンが録映魂を使って録画したものであり、現王が前王を殺したという決定的な証拠が映ったものである。
「ファルちゃん達……やってくれたんですね! 皆さん! これが何よりの証拠です! そして皆さんがこの革命の生きた証人になります!」
そこで区切り、ソウガの方へ振り向く。
その顔は、緊張しながらも確かに笑っていた。そんなルーガにソウガは静かに傾きながら「言っちゃって下さい」と促した。
ルーガは一度深呼吸し、再び息を大きく吸い……、
「私はセイル=アシュトルスの実娘として、この国を治めてみせます! 皆さん宜しくお願いします!」
その後の事は、もう言うまでも無いだろう。
途中、結果オーライという形ではあったが、王国奪還作戦は大成功で幕を閉じた。