王国奪還作戦:中編
部屋には王と、ジャックさんにも勝りそうな屈強そうな肉体の兵士が三人待ち構えていた。
俺達が部屋に入ったのに気付いた王は、くくく、と勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「来たな、裏切り者に子供冒険者よ」
「裏切り者……確かにそうですな。しかしアンタ程じゃない」
いつもと変わらぬ口調で喋るジャックさんに、僅かに眉を上げて反応した王。
まだ出会って二度目だが、王の沸点の低さは知ってるつもりだ。絶対キレるだろう。と思ったが、
「して、何故のこのこと戻ってきた?」
以外にも怒りを見せずに平然としている。
「ようやく『その時』になったから、と言っておくか」
独り言のように呟いた後、堂々とした出で立ちで宣言した。
「王……ナフール=デイペッシュよ。アンタは王の座から退いてもらう」
「……やはりあの女は本物だったか」
女、というのはルーガの事だろう。何故既に知っているのだろうか? という疑問が頭に浮かんだが、ルシアが説明してくれた。
『【主と従《隷》】の共有から情報を得たのでしょう』
「どのみち、あの女さえ殺してしまえば良いだけの話。貴様も、そこの得体の知れない子供と共に此処で死ぬのだ!」
ラスボスが言いそうな(ボスどころか雑魚だが)台詞を言い終わると同時に三人の兵士が前に出て、王が奥の部屋へと避難した。
「あの人達は?」
「暗部、王に忠誠を誓ってる数少ない人間だ。一人であの数は……正直俺でも勝てるか分からん」
油断無く構える暗部の男達。流石に子供だからって油断してはくれないか。
ならば遠慮なく無力化して良いかな。
と、ルシアを元の剣に戻して構えたと殆ど同時にルシアが、
『御主人様。あの者共は、少し前に集落で戦った人物です』
『あぁいたわね。確か貴方が【電光石火】で動けなくなった……』
思い出したように相槌を打つディメア。そして、そこで俺もピンときた。
俺がまだオーガ達の旅に同行してた時、あの集落で変な三人組と戦ったんだっけ。……後半はオーガの蹂躙だったけど。
そういえば王国の暗部とか言ってたな、と記憶を掘り起こした。
『右からザック、ジーン、ズーレンです』
【解析鑑定】で名前とステータスを調べたルシアがそう報告した。
……ゼとゾもいるのかな?
「というか、生きてたんだね」
もしかしたら簡単に戦闘が終わりそうだなと判断した俺は、思い出していない様子の彼等と少し会話をする事にした。
上手くいけば戦闘そのものも回避できるかもしれないしね。
「あ?」
「何を言って……」
「1ヶ月ちょっと前、あの集落でオーガにボコボコにされたっしょ?」
ポカン、とした表情だった三人だが、やがて歯をカチカチと鳴らし始めた。あの時のトラウマを思い出したのだろう。
「ま、まさかお前……あの時の龍人!?」
「は? 龍人?」
龍人の単語に不思議そうな表情で反応したジャックさん。
「ジャックさんには見せてなかったっけ」
【変化】を解いて元の姿に戻った。角と尻尾の感覚が懐かしい、っと危ない危ない……ズボンがずれた。
尻尾が出てくるときにずれてしまったズボンを履き直した。
「うおっ!? 本当に龍人なのか……」
「隠してたって訳じゃないけど、この国は亜人に厳しいって話だしね」
やっぱこの姿の方が楽だな。尻尾邪魔だけど。
「で、でも待て。あのガキは確か、最初の一撃加えたら動けなくなった。あの化け物がいない今ならいけるんじゃねぇか?」
「……万が一動けなくならなかったら?」
「……」
何やら話し合っているが、このまま先に進ませてくれると正直助かる。
「……王を守る為だ、命に代えても此処は通さん!」
無理みたいだ。
バッ! と三方向に飛び掛かってきた暗部。
「ジャックさんは右をお願い」
「分かった」
短く返事をして横に跳ぶジャックさんを確認して俺も前に向き直った。
「多少の怪我は勘弁してね」
【電光石火】で加速したらしい三人のうち一人の短剣による突きを、上体だけ反らして回避し、突き出された腕を掴んで強引に引き寄せた。
そして丁度良い位置にあった頭に向かって思い切り頭突きをかまし、後ろに仰け反った所を蹴り――、
「させるかよ!」
「っと。二人いるの忘れてた」
蹴りを入れる寸前、もう一人が横から長剣を薙いできた。咄嗟にルシアで剣を弾き、一旦距離を取る。
人数的に【電光石火】を使いたいが、狭い空間だとマッハを越える俺の【電光石火】は、衝撃波やら何やらで周囲の人を巻き込むので、出来れば使いたくない。
容赦なく首や心臓を狙って剣を振り、時々魔法や目潰しであろう変な粉(赤い)を掛けてくるので、ぶっちゃけ一人では手に余る。ジャックさんがもう一人を足止めしてくれているのが幸いか。
更に暗部は【電光石火】でスピードを上げているので、反撃ができずに防戦一方となってしまっている。
この状況でまだ一撃も受けていない俺は凄いと思う。
しかし攻めきれないのも事実、もう一人いると助かるのだが……。
『えん『手伝うかしら?』……』
(できれば助かる。けどどうやって?)
『こうやって』
バチッと俺の体から出てきた雷撃の直撃を受けた短剣の方。
予想外の攻撃だった為か、雷魔法の直撃で短剣の方の体が硬直している。
『やっぱり魔法や技能は使えるのね』
なるほど、これなら一対多でも何とかなるな。
「無詠唱で魔法だと!?」
長剣の方は、驚きながら後ずさった。魔法を警戒しての行動だろう。
しかしそこを見逃す筈もなく、帯電している短剣の暗部にルシアの腹を叩き込み、長剣の方までふっ飛ばした。
別に狙った訳では無いのだが、運の良い事に俺が飛ばした短剣の方が、丁度長剣の男に直撃して動きが一瞬止まった。
「っりゃあ!」
バットよろしくのフォームでルシアを構えて、短剣の男の横腹を砕いた。
「がはっ!?」
ベキベキッと骨が砕けた音が聞こえたが、脛椎砕かれて無事な人だから平気だろう。
すぐさま体制を整えた長剣の男の首に飛び付き、頸動脈を締めた。
少し前にザキさんにやったのと同じ技である。
「あがが、ぎっ……!?」
「ちょっと寝ててくれや」
流石にザキさん程耐久力があるわけでは無かったらしく、十秒ちょっとで落ちた。
「……ふぅ」
ジャックさんは大丈夫かな? と様子を見ると、丁度関節を固定させて無力化させた所だった。
「一対二で無傷……俺、必要ないんじゃないか?」
「ぐっ……くそっ!」
『束縛』で手足を拘束された三人目。取り敢えず気を失っている二人を横に置いておき、王を追う。
「じゃっ、起きた二人に解いてもらって」
「この奥は王の寝室だ。俺の記憶が正しければ隠し通路は無かった筈」
「まぁ、入ってみない事には何も始まんないし、仮に逃げたとしても逆に好都合だから問題ないっしょ」
ここで王が何らかの方法で逃げたのなら、その事実を少し弄って国中に広めれば、ルーガを女王にさせるのがぐんと楽になるだろう。
「じゃあ入るよ」
ギギィ、と扉を開ける。
部屋の奥には、かなり高価そうな杖を持った王が待ち構えていた。
魔法でも使うのかな? と疑問に思いながらも一歩部屋へ踏み込んだ。
「ファル! 止まれ!」
「へ?」
「馬鹿め、掛かったな!」
突如足元が光り、円形の魔方陣が現れた。そして結界らしき壁が現れて俺の周りを取り囲んだ。
「ガイアを失ったのは惜しかったが、同じ転移者である貴様を余の支配下に置けば良いだけの話。低俗な亜人を奴隷にするのは癪だが、これから貴様は余の家畜として一生を過ごすが良い!」
うわぁ、言ってる事がゲスいな……。
『【解析鑑定】の結果、この魔方陣は『付加』……陣の中に立っている対象に、強制的に【主と従《隷》】の称号を付加させる呪魔法系の魔方陣です』
これで大地にも【主と従《隷》】を付けてたんだな。
「さあ! 余の人形として命令する! そこの裏切り者を殺せ! あの亜人の女と同じように!」
勝ち誇った様子で命令する王。ジャックさんが「しまった……」みたいな表情をしているが、
「やだ」
「どうだ! 余の命令には逆らえんだろう……何だと?」
「だから断るって」
日本語が通じないのだろうか? ……日本語じゃないけど。
「何を言っている? 貴様に拒否権など無いのだぞ?」
「だったら強権でも発動すりゃ良いじゃん」
できるんでしょ? と軽く煽った。すると顔を赤くさせて王が怒鳴った。
あ、やっぱ沸点低いわ。
「王である余に対してなんて事を! 『そこの男を殺せ』! 何をしている! 早く動かんか!」
……なんか見てて面白いな。この豚。
「な、何故だ! 何故魔法が掛かっていない!?」
「残念だけど、俺には効かないんだ」
【万物吸収】が魔法自体を吸収しちゃうからね。
俺は安全だろうと判断したジャックさんがほっ、と胸を撫で下ろしながら近付いてきた。
「……肝が冷えたぜ」
「驚かせるつもりは無かったんだけどな」
そんな軽いやり取りを終えて一度深く息を吐き、王に向き合って再び宣言した。
「先程も言ったが、アンタにはこの国の王から退いてもらう。王座を、セイルの娘に返してもらう」
「な、何を言って……」
さっきまで知っていた様子だったのに、シラを切るつもりだろうか?
もしくはまだ手があったりするのだろうか。
「前王セイルの娘は生きていた。そして俺はこの時を待っていた」
ここまで話した所で、急に王が不敵な笑みを浮かべた。
「やってみるがいい」
「……何だって?」
「そもそも、余が前王を殺したという『証拠』がどこにある?」
まだ負けていない、と言わんばかりに喋り続ける王。悪あがきにも見えるが、ジャックさんの表情が少し曇った。
「貴様はせっせと情報収集をしていたようだが、その事を証明させる人物は死んだ。余を王位から外すなら、あの程度の証拠では足りないのは分かっているのだろう?」
「ちっ……」
反論できないという事は、まさか本当なのだろうか? その場合、口実として王を落とす事が難しくなる。
「所詮は知恵の回らん力だけの男。余を出し抜くなど……ましてや余から王位を奪うなど不可の「可能ですよ?」ッ、貴様は誰だ!」
背後からではなく、転移で直接部屋へやってきたシャロン。自身の胴程もある本を開き、書かれている内容を朗読する。
「まず貴方は王になる以前、この国の大臣だったという記録がありますが、横領や奴隷の売買、人と亜人の差別化をその当時からしていたみたいですね? そのような人間が、果たして王に選ばれるのでしょうか?」
成る程、それなら前王を殺した事ではなく、その前からやっていた事に重点を置いて、『王としての器』に疑問を持たせる事が可能だ。
舌打ちをしてシャロンを睨み付けた王。
そんな視線をものともせず、懐から光る玉を取り出した。映像を保存する事ができる『録映玉』だろう。
「この中に、先程貴方が喋っていた事全てが入っています」
次に『視映玉』で映像を再生した。
『そこの裏切り者を殺せ! あの亜人の女と同じように!』
王の顔が苦いものへと変わっていく。今ので明確な証拠を俺達が入手したからである。
「口は災いの元と言いますが、これはそのままの意味ですね。それと……」
外をご覧下さい、と言わんばかりに窓を指差したシャロン。
太りに太った肉体を揺らして窓まで走り、下を見ると……。
「事実を事実と決めるのは貴方という少数派ではなく、国民という圧倒的多数派なんですよ?」
眼下に見えるのは城門前にいる人々、全員が口々に何か叫んでいる。
一番前にはルーガとソウガがいた。
ルーガの演説が成功した事を確信するのには十分だった。
これ見よがしに『録映玉』を見せつけるシャロン。今も尚輝いているという事は、『使用中』なのだろう。
つまりはそういうことだ。
ズルズル……とズレた冠を直そうともせずに呆然とする王。
「き、貴様は一体何者なのだ! 亜人風情が王の余にこの様な無礼をして……」
「おっと、紹介がまだでしたね」
コホン、と一つ咳払いをして口を開いた。
「私はシャロン。『魔族情報組合』の書士官及び組合長を務めております。以後お見知りおきを」
最後の良いところをシャロンに総取りされてしまったが、かくして王国奪還作戦は成功を納めた。
オマケ
っと危ない危ない……ズボンがずれた。
実はファル、普段は尻尾を出す為に超腰パンだったんです。
【変化】を使って角や尻尾を隠してる時も癖でズボンは腰で履いていたんですが、元に戻った時にずれてしまったんですね。
『えん『手伝うかしら?』……』
この時ルシアは『援護します』と言おうとしてました。
暫くの間氷のように冷たかった(そのままの意味)ルシアだったとさ。