王国奪還作戦:前編
早朝、まだ眠たそうに目を擦っているルーガを抜かして、それぞれが請け負った役割を果たす為の準備をしていた。
「とはいっても、ただ身仕度を整えてるだけだけどね」
「なんか言ったか?」
「独り言だから気にしないで」
「ふぁ……眠いです」
今回の主役ともいえる人がこんなんだから、今の俺達には緊張の欠片も無い。
まぁ変に緊張するよりかはマシだろう。
「全員は流石に無理でしたが、協力してくれるそうです」
キィ……と音を立てて開けた扉から現れたソウガ。
「この人数を国まで転移ですか……疲れそうです」
「……疲れるで済む魔力量が羨ましいよ。頼める?」
「ここまでやっておいて今更嫌だとは言えませんから。それと、見返りの方は分かってますよね?」
再確認とばかりに聞いてきたシャロン。
分かってるけど……。
「取材、だよね? そんなので本当に良いの?」
「むしろそれで良いんです」
俺的には、そんな事で了承してくれるのでお安いご用なのだが、それでは少し悪い気もするのだ。
それに、俺なんかの話の何が必要なの?
『お言葉ですが……御主人様は自身の種族をお忘れではありませんか?』
『今こそ龍人だけど、私は神龍だったのよ? そこの小娘がそれに気付いたのかは知らないけれど、それでも対価としては十分じゃない?』
そういえばディメアが七星龍だったな。忘れてた。
あと小娘って……軽く二千歳は越えてるぞ、シャロンって。
『億から歳を数えるのを止めた程度には長生きしてる私からすれば、まだまだ子供よ』
……ここにもっと凄い人いたよ。
ちなみに、簡潔に作戦を伝えるとすれば、俺とシャロン、ジャックさんが城で現王の暗殺証拠書類を回収、そのまま城内にいるジャックさんの仲間と共に王を叩き落とす。
それと同時にこの集落からの協力者が城下町で噂を流す。内容は「前王の娘が生きていたらしい。もしかしたら今の王を正当な継承者とすげ替えられるかもしれない」である。
これを真に受ける人は少ないと思うが、国中でそんな良くない噂が広まれば、直後のクーデターが少しでも楽になるかもしれない。
最後にルーガだが、城下町の中央広場――俺がオーガやベルク、リアと別れた場所だ――で自身が正当な王位継承者だ、と演説的な事をしてもらう。ルーガの役割が一番重要なので、ソウガも同行するが正直、これがクーデターの最も大切な鍵となるだろう。
これでルーガがしくじったら、現王を引きずり落とす事はできてもルーガの支持は現王と同じか少し高い程度で留まってしまうからね。やるなら充分以上、これが大切なのだ。
「ルーガ、頑張ってね」
「くぁ……ふぅ、任せてください。私が決めた事ですから」
欠伸をひとつして気持ちを整えたルーガ。
「それじゃあ出発だ。頑張れよ女王様」
「責任重大ですが、やってやりますよ!」
ドン! と年齢に合わず薄い胸を叩くルーガ。そしてそれを見送ってから転移した俺とジャックさん。シャロンは集落の人々を国に転移させてから集合する予定だ。
「……っと」
「な、なんだ貴様!」
「ぅえっ!? 誰っ!?」
「こっちが聞いている!」
ジャックさんの部屋に無事転移した俺。
背後から聞こえた驚き混じりの怒声に……最早約束となり始めているのだろうか? 飛び上がってしまった。
腰に挿している剣を抜き、鈍く輝く剣先を俺に向ける兵士。
「もう一度聞く。貴様は何者だ!」
「多分そっちじゃ子供冒険者で通ってると思うけど」
「子供冒険者? ジャック隊長の報告ではこの国にいな……そういう事か」
何かにピンときたのだろう、スッと表情を切り替えて向けた剣を振り上げた。
俺の別名に反応したって事は、王側の人間かな? と首に下げたルシアを握った瞬間、
「よし、さっさと証拠の回収だけ……何してるんだ?」
「ジャック隊長!?」
僅かに遅れたジャックさんに、俺と遭遇した時以上の驚きをくれた兵士。
直後に何ともいえない表情で、俺に向けていた剣をジャックさんに向けて構えた。
「……こりゃどういう事だ?」
「ジャック隊長……国王に対する反逆罪で処罰します!」
わざとらしく剣を振り上げた兵士を、訳の判らぬまま掴んで投げたジャック。そして慣れた手つきで関節を固めて無力化した。
兵士は抵抗する意思は無いらしく、何故か安堵の息を吐いている。
「……やはり隊長には敵いませんね」
「なんとなく予想はできてるが、説明してもらうぞ」
兵士の剣を没収して拘束を解いたジャック。兵士は少し荒くなった息を整えて、その場に直立した。
「ジャック隊長、今貴方は反逆罪として指名手配されています」
「やはりか」
「一体何をなされた……いえ、あの王ですから理由などありませんね」
話を聞くに、彼は近衛兵でジャックさんの部下らしい。
「……で、王の命令で俺を殺す為に部屋で待ち構えてたって訳か」
「申し訳ございません……」
「本気で殺しに掛かるなら、あんなふざけた剣の振り方をしない筈だ」
薄く頬を緩めていたジャックさんは、キッと表情を引き締めた。
「あの王を失脚させられるかもしれん」
「なっ、それは本当なのでありますか!?」
「俺が反逆罪ってのは、あながち間違ってはいなかった訳だ」
「私は、何をすれば良いのでしょうか!」
「まず俺達はクーデターを起こす準備をしている最中だから……」
「……こんな感じだ。頼めるか?」
「近衛兵ライアン、命に代えましても遂行します!」
そう言って部屋を飛び出す兵士。俺が完全に蚊帳の外だったが、まぁいいだろう。
「別にあんな大仰に返事しなくても良いんだがな」
「それだけ偉いって事でしょ?」
「そんな大したもんじゃない」
棚から羊皮紙の束を取り出したジャックさん。この中にあるのだろう。
「手伝うよ」
「助かる」
うわ、すげぇ汚い……。ちゃんと整理しなきゃ駄目だろ、これ
決して生理的嫌悪感を引き出す汚さでは無いのだが、書類の乱雑具合に驚いた。
「……お、あったあった、これだ」
それから数分、なんとかシャロンが来る前に羊皮紙の束を引っ張り出した。
「どれ……ケホッ、ケホッ! 凄い埃。どんだけ奥にあったの?」
「十年以上も前だからな」
むわっと宙を舞う埃を手で払いながら薄汚れた羊皮紙を覗いた。
……カタコトでしか読めないが、あの王が大臣だった頃から行っていたという横領や、王に成り変わった後の行いその他諸々が書き記されていた。
「……ふぅ、やあっと終わりましたよ。そっちはどうですか?」
「見付けた。これだ」
「どれどれ見せてください……ふむふむ」
書かれていた内容を手帳に書き写し始めた。
「これでも記者ですから、特ダネのネタは出来る限り収集しなくては」
「抜かりねぇな……」
まぁ助かるが、と言って羊皮紙をシャロンに預けた。
遠回しに言っている「この事実を広めて王の逃げ場を無くしますね」という言葉を察したのだろう。
「ある程度写せたら追い付いてくれ。外には話を付けておく」
「了解で……え?」
思わず聞き返したシャロンに目もくれず部屋を出たジャックさん。
「じ、じゃあ俺も行くね。ガンバ」
シャロンが何か言っていた気がするが、聞かなかった事にしてジャックさんの後に続いた。
「ジャックさんの仲間って何人いるの?」
「数えるとキリが無いな……大臣とごく一部の人間以外は仲間だと思ってくれたら構わない」
つまりは城の数百人……。
「その人達全員に……」
「……今、絶対面倒臭がっただろ」
心を読んだ(まぁ当然か)ジャックさんは半眼で「俺も面倒なんだから我慢しろ」と言って睨んだ。
「だが、協力者が多いって事は俺達と同じ考えがそれだけの人数いるって事だ」
まぁ、確かに俺達だけって訳じゃないもんね。とんでもなく面倒だけど、まぁ頑張るか。
「ジャック隊長! 「……ッ!」」
後ろからの声に、やはりどうしてか驚いてしまう。
……この癖、治んないのかな。
「驚かせてしまったようだな。そういえば隊長、この子は一体? 子供冒険者とは聞いていますが……」
「俺達の協力者……というか重要人だ」
重要人、という程ではないと思うが、と考えていた俺に、兵士がえ? みたいな表情で聞いてきた。
「そう、なんですか?」
「そうなの?」
「お前さんは俺に聞くな……」
呆れられた。
「それはそうと、城にいる同期にはおおよそ伝え終えました。じきに城全体に伝わるでしょう」
「悪いな」
「とんでもない! 我々の国の未来にも関わる事、隊長自ら手を煩わせる必要なんてございません!」
この兵士はジャックさんを尊敬しているのだろう。先程から言うことが大きい気がする。
「それじゃあ、あとはもう直接乗り込むだけかな」
「そうだな。お前もくるか?」
「……いえ、私はまだやるべき事が残っています。念のため城の使用人を避難させる必要もありますしね」
なので、我々の分もあの王の面を拝んでやってください。と言って走り去った兵士。
少し悔しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「アイツはな、仕官だった親をあの王に処刑にされたんだ」
「え?」
「本当は自分も行きたかっただろうな」
行くぞ。その一言で駆け出したジャックの表情は分からない。しかし怒りや哀しみという感情を、ファルは確かに感じていた。他でもない王に対して、だ。
先の兵士、目の前のジャック、自分の知らない人達……気に入らないという理由だけで人間を殺させる王に、ファルは強い怒りと深い哀しみを抱いていた。
(……物語の中だけだと思ってたよ。権力を持った人間がここまで腐るなんて)
『御主人様……』
『人間だから、よ』
少し不機嫌そうな声音でディメアが喋り出した。
『人間はどんな事にも効率を求めようとする、余裕を作ろうとする。そしてできた余裕を次は浪費する……人間はさながら砂糖ね。珈琲という欲に溺れて熔けて消える。私は何度も見たわ』
私という神龍を討って『名声』という珈琲に浸かろうとしていた人間を。と。
『人間はチーズみたいに発酵なんてしない。腐って蝿がたかるだけよ。貴方は、そんな人間にイチイチ同情するわけ? 腐った食べ物を食べるわけ?』
……。
『この際だから言っておくけど、貴方は他人に甘過ぎるのよ。貴方達でいう『大量殺人鬼』を、技能だけ奪って解放して……武器担いでまた襲ってくるなんて考えなかったのかしら?』
それは……。
『完全に、なんて私は言わないわ。だけど見捨てる事も救いの一つなのよ』
それ以上は何も言わなかったディメア。
「どうした? 突然黙って」
「……いや、何でもない」
「そうか」
ジャックさんが気を使ってくれたのだろう。それ以降の会話は無かった。
「来たな裏切り者よ」
二度目の対面、相変わらず豚の王を前に表情を引き締める。
オマケ
『人間はチーズみたいに(ry』
ファルは、ジャックに拉致されてから飲まず食わずで5日程過ごしています。
しかしファルは【万物吸収】と【状態変化】で常にエネルギーを摂取できるので、ぶっちゃけ食事を必要としません。
つまりなにが言いたいのかというと、
『……(一体、いつになったら食べ物を口に入れるのよ)』イライラ
ファルの記憶で『料理』というものを知ったディメアは、味のある何かを食べたいから不機嫌だったのである。
『だけど見捨てる事も救いの一つなのよ』
上記の理由で早くファルを介して何かを食べたいディメアは、『くよくよしてる暇があるのならとっとと終わらせて帰りなさい』と言いたいのを堪えてあんな風に諭したんですね。