主と従
「……はいっ?」
ちょっと待って、状況が一欠片も理解出来てないぞ。
えっとつまり? 俺が抜いた(勝手に抜けた)剣が、いま立ってる女の人で? 剣を抜いた俺はこの剣、つまり―――凄い誤解が生まれそうだけど――この女性の持ち主?
……どういうこっちゃ。
いや、言ってる事は分かるよ。端的に言えば主従関係になるって事だろ?既に今までじゃあ考えられない事態だけど、ファンタジー世界に転生って時点でおかしいから無理矢理納得したよ。
だけど、だけどさ? 突然訳も分からず抜いた剣に、『今から貴方は私の持ち主です』って言われてみ? 対処に困るわ。
そんな、突然の事に混乱してる俺だったが。
『あ、突然出会った方に仰る言葉ではありませんでしたね。では、少し詳しく説明致します』
という、エクセルシアという人の言葉に安堵した俺。
さっきから言ってるけど、現状が殆ど理解出来てないんだもん。この際だからこの世界の事とかも聞いちゃおうかな。
「じゃあ、この遺跡の事とエクセルシア……さん?の事から」
『私の事は呼び捨てで構いませんよ。ここは【神の遺跡】と言われる、私を封印していたダンジョンです。そして私は、先刻申しました通りエクセルシアという名を持つ剣で、この遺跡に封印された存在です』
淡々とそう述べるエクセルシア、つまり彼女はこの神の遺跡とかいう場所に封印されていて、俺がその封印を解いたから持ち主に……か。
ん?ちょっと待てよ?
「ダンジョン? 封印?」
言っちゃ悪いがこの遺跡、ダンジョンって言える様な罠とか一切無かったし、エクセルシアに関しては触っただけで抜けたぞ?
と、気になった事を呟いた俺を、エクセルシアは不思議そうな顔で見ている。
『ええ、御主人様がこの遺跡に入った瞬間から、既に20ほどの魔法罠をくぐり抜け、更には私自身に掛けられた呪魔法を封印と共に打ち破ったではないですか』
「……えっ」
『え?』
二人の間に生まれた短い沈黙。後で聞いた話だと、この遺跡の殆どが罠で出来ていて、俺はその罠を全て無自覚で抜けてきたらしい。
……気付かなかったよ。何か罠はあるんじゃないかな~?とは思ってたさ。あ、もしかしたら俺に角と尻尾が生えた事と何か関係があるのか?
『スキルの効果で罠を抜けたのでしょうか……。御主人様、もし良ければ所持スキルをお教え頂けますでしょうか?』
「し、しょじすきる? 何だそれ、というかそれを持ってるとか、どういう風に知るんだ?」
『所持スキルは、自身の能力値から見る事が出来ます。方法は――』
さっきから出てくるよく分からない単語だったが、ファンタジーの世界なんだから仕方ない、と割り切った。
意味なら俺にも分かるんだよ。
エクセルシアに教えて貰った方法で、自身の能力を見てみた。そして俺の脳内に浮かんできたのがこれだ。
名前:ファルディメア
種族:龍人
技能
コモン:無し
ユニーク:【万物吸収】【状態変化】
unknown:【ⅩⅩⅩⅩⅩ】
称号:【遺跡の踏破者】
あれ? 俺の名前がファルディメアとかいうのになってる。この体に俺が転生する前から付いてた名前なのかな?
どうやら前世の俺の名前が引き継がれる、とかはしないみたいだ。っていうか角と尻尾が生えた俺、龍人っていうんだな。
そしてスキルの欄にコモンとユニーク。これはわかるが……unknownってどういう事だ?
内容も、なんか変な文字(?)でぼかされてるし、今は使えないって事かな?
取り敢えず、今の俺が持ってるスキルをエクセルシアに報告した。
『……成る程、どうやら御主人様のユニークスキル【万物吸収】で属性魔法の罠を全て吸収、無効化していたみたいですね。ちなみに【万物吸収】は魔法、属性攻撃、物理攻撃のエネルギーのほぼ全てを吸収するスキルです。【状態変化】は、指定された物質やエネルギーを別の物に変化させるスキルです。恐らく、この二つのスキルを使用して吸収したエネルギーを純粋な魔力に変換させていたのでしょう』
「……俺って、結構チートなんだな。というか魔法って使えるんだ。さすが異世界、初めて知った」
そう言った所で、エクセルシアは『えっ?』みたいな表情をしながら俺を見た。
『魔法はこの世界に存在するごく一般的なものですよ?』
「いや、俺にも色々……というか殆ど分からない事ずくめなんだ」
そう言った後、俺が死んでこの世界に転生してから今に至るまでを簡単に説明した。封印されてたのに色々詳しい彼女なら……なんて一抹の希望を胸にエクセルシアの答えを待った。
答えは案外早く返ってきた。
『転生というのは、しっかりとした手順を踏めば不可能ではありませんよ。しかし、御主人様の場合私の知らない世界から、何らかの影響でこの世界へと転生を遂げたのでしょう。砂漠で一粒の塩を見つける以上に稀……といいますか、これまでに例のない現象でしょう。御主人様の前世の名前と今の名前が一致しないのは、今の御主人様の肉体が、実は他の人物が転生する為に用意した肉体ではないか……と、推測されます』
「よく分からないが、簡単にいうと死んだ俺は他の人が転生しようとしてた肉体に割り込んで転生したって事?」
そこまで言った時、パズルのピースが一つ嵌まった気がした。
俺を前世で殺したフードの人物、あれが絶対俺を転生させた張本人だ! そんでもって俺が転生してから何度か聞こえた声、あれは『本当はこの体に転生する筈だった人物』の声。聞こえるのに何処にも見当たらなかったのは、俺の次にこの体に、不完全に転生しちゃったから、俺にしか聞こえない声だったんだな。
『―――! ――――! ――』
ちなみに今も聞こえる。
『成る程、それならば魔法というのを知らないのも府に落ちます。では、その辺りも軽く説明致しますね』
「宜しく頼みます」
魔法とスキル、あと称号についてエクセルシアの説明を纏めるとこうだ。
まず魔法。
これは自身の持つ生命エネルギー――つまり魔力だ――と、空気中に存在する魔酸素を消費する事で使用できる、言ってしまえば『イメージを具現化したもの』だ。
人によって得意不得意があって、主に火、水、雷、土、風、闇(呪)、光(聖)の7属性に分けられる。それらは人によって全然違って、火の属性が得意な人がいれば、水の属性が得意な人もいる。また、一つの属性しか使えない人もいる。
ちなみに魔酸素というのは、空気中に酸素や二酸化炭素と共に存在するごく一般的な気体で、魔力に反応して様々な現象を起こす事が出来るらしい。
例えば魔法で火をを起こすとしよう。術者が火をイメージして魔力を放出する、その時に放出された魔力に乗せられたイメージが、魔酸素を変化させて発火させる。
つまりイメージによって水や岩、雷等も生成する事ができ、一定時間が経つと魔酸素と魔力に分解して消える・・・これが魔法の仕組みだ。
次にスキル。
これは少し複雑で、入手出来る条件や効果は多種多様で、スキルによって様々な効果が自分や周りの相手に影響する。
これはコモン、ユニークとランクが上がっていくが、それより上のスキルのランク名は、エクセルシアにも分からないらしい。俺のスキル欄にあるunknownは、エクセルシアも知らないランクなのかもしれない。
コモンスキルは、その名の複数の人物が入手出来るスキルで、【◯◯属性魔法強化】や【◯◯攻撃耐性】等の身体能力の強化や、【料理人】や【鍛冶職人】の様な、聞くからに技術の上達しそうなスキル等、素質があれば誰でも入手可能なスキルの事を一般的にコモンスキルという。
ユニークスキルは、人々に『天才』と言われる程の人物や、特殊な環境下で生まれた魔物が生まれつき持ってる場合が多く、入手方法もあるにはあるらしいが、方法はかなりシビアらしい。更にユニークスキルは、その名の通り1人が特定のユニークスキルを持っている場合、他の人物は絶対にそのスキルを入手する事は出来ない。つまり唯一なのだ。
効果の方もコモンスキルを越える性能と効果で、俺の持っている【万物吸収】と【状態変化】もユニークスキルだ。
ユニークスキルの効果にもよるが、場合によっては相手を無条件に殺めるスキルすらあるらしい。
最後に称号だ。
これは、ある一定の条件を達成する事で入手できる。この称号、入手する事で自身に様々な効果が得られ、それは全てコモンスキルからくる、所謂『条件を満たして入手する、コモンスキルの集合体』だ。
俺が入手した【遺跡の踏破者】は【罠察知】と【罠解除】という二つのスキルが発動する。
……とまぁこんな感じだ。
「って事は、俺は偶然この遺跡に入って、スキルと遺跡の相性の問題で楽に突破出来ちゃった訳だけどさ、エクセルシアはそんなやつに所持されても良いの?」
自分で言うのもどうかと思うけど、俺なんかよりもっと相応しい人物は沢山いると思うし、そもそも現代社会を生きた俺なんて剣なんて物、触った事すらない。
もしもエクセルシアが俺が主人になることを否定したら、俺は喜んでエクセルシアを諦めるつもりだ。
『先程から申します通り、貴方様は私の封印を解いて下さった方です。そして私は、今こそ人の姿をしていますがただの意思を持つ剣であり、道具です。所有権は貴方様にあります。このまま持っていくのも、此処に置いていくのも貴方様の自由です』
しかし……と、エクセルシアは続ける。
『しかし私は嬉しかった。私の封印されている部屋まで行くには、欲を持つ者には開く事のない扉が存在しました。それは、貴方様のスキルではどうすることも出来ません。その扉を抜けたのは、紛れもない貴方様自身です。そして、私が封印されてから今に至るまでに、1000年以上経ちます。此処からはただの喋る剣の意見ですが……偶然でも良いと思います。私自身を扱えなくても良いと思います。上手く説明は出来ませんが、私は私自身を案じて頂いた貴方様の道具と、剣となりたいです』
と、微笑みながら俺に言うエクセルシア。
ヤバい、そこまで言われるとなんか凄い嬉しい
「良いんだな?」
コクリ、と頷くエクセルシア。彼女の中では既に答えは決まっていたみたいだ。
なら俺も覚悟を決めなきゃな。
「よし、じゃあエクセルシア、これから宜しくな」
『……はい。…………あ、【主従の儀式】を行ってませんでした』
最後まで締まらないな、俺……。
その後、エクセルシアから【主従の儀式】の方法を教えて貰い、儀式を開始した。
『我、エクセルシアは、汝の従する【物】となることを誓う』
「……我、ファルディメアは汝、エクセルシアの主として、汝を従する【者】と認める」
【称号:『主と従』を入手しました。神器エクセルシアがユニークスキル:『森羅万象』及び『神察眼』を入手しました】
宣言した瞬間、どこからともなく聞こえた声が称号の入手とエクセルシアのユニークスキルの入手を告げた。
「改めて・・・宜しくな、エクセルシア。」
『此方こそ宜しく御願い致します、御主人様。』




