怒りの矛先
気付くと俺は、大地を殴って数メートル先まで吹っ飛ばしていた。
「ルーガ!」
真っ先にルーガの元まで駆け寄り、血溜まりの中から抱き上げた。
体の至るところから血が流れていて、肌は驚く程に蒼白だった。
「しっかりしてくれ!」
回復魔法を掛け続けているが一向に塞がらない事に焦りと憤りを感じながらも必死に呼び掛ける。
「ファル……、ちゃん……?」
「ちょっと待ってて! いま回復魔法を使ってるから。くそっ、くそっ! なんで塞がらないんだよ!」
『御主人様……? 彼女の体は既に……。それに我々の持つ魔法のレベルでは「やってみなきゃ……!」しかし……』
現状を認められずに、ただ闇雲に魔力を消費し続ける俺の手をルーガが握った。
「私は……ちょっと無理みたいですね……うぅっ」
「諦めちゃ駄目だろ! 「……自分の事は自分が……一番知って、ます」ルーガっ……!」
少しずつか細くなっていくルーガの呼吸を前にして……目の前で一つの命が消える恐怖と、無力な自身への悔しさで目尻に涙が浮かぶ。
「悔いが無い……わけではありませんが、最期……に、看取ってくれる人がぃ……、……」
ゆっくりと目を閉じて、それっきり反応を示さくなったルーガを見て、死んだのだと認知するのにそう時間は掛からなかった。
「……ルーガ」
そっとルーガの骸を地面に寝かせて立ち上がった。
……初めてだな、人を本気で殺したいって思ったのは。
ガラガラ……
「ってて……またあのガキかよ」
魔法だけでなくあらゆる物理的接触によるダメージを軽減させるチョッキを着ていたお陰で軽い打撲だけで済んだ大地は、目の前で殺したばかりの女を抱いて叫んでいるファルを見てそう呟いた。
「アイツを殺すのは面倒だな……。やっちまうか」
片手を天に掲げる大地。すると、何もない筈の空間から兵器が生成され始める。
【兵器創造】はありとあらゆる兵器を作ることができる。たとえそれが光学迷彩のようなオーバーテクノロジーや、核爆弾のような大量殺人兵器だとしても。
「コイツを作るのはちと手間が掛かるが、まとめて殺すのには楽だな」
それから十数秒後、辺り一面を一瞬で荒野に変える悪魔の兵器を創造した大地は、
「さぁて、掃除再開だ」
子供のような好奇心を丸出しの表情で爆弾を起爆させた。
――刹那。
「ん? 起爆しない……ッ!?」
おかしいな、と爆発の閃光から守るべく閉じていた目を開け、顔を上げた大地は、視認できない速度で襲ってきた拳によって飛ばされた。
「懺悔する時間はやる。まぁ、せいぜい抗って死んでくれや」
大地が立っていた場所には、赤黒く変色した魔力を纏い、それに比例して髪の毛の色も赤黒になった……10歳ほど歳を重ねた姿のファルがいた。
見上げると、見慣れない円形の物体が浮かんでた。あれが核爆弾ってやつか。
認識するや否や【万物吸収】で水爆のエネルギーを全て吸収した。
こんな所で爆発なんてされたら、コイツを殺す事ができなくなっちまうからな。
エネルギーを吸収しきった瞬間、俺の中にこれまで感じた事のない力が溢れ出た。
【『万物吸収』の影響により内包魔力の上限が解放されました。龍人 ファルディメアがユニークスキル:『諸刃の剣』及び『不動明王』を入手しました】
頭の奥の方からそんな声が響き、俺が新たな技能を手に入れた事を伝える。
仏様と……名前からしてハイリスクハイリターンっぽい技能だな。けど、使ってやるよ。
二つの技能瞬間、全身の疲労が消し飛び、体から赤黒い魔力が溢れだした。
すると焦った様子のルシアが止めに入った。
『ッ!? 御主人様危険です! その技能は「今はコイツを殺せれば問題ない」……5分です』
制限時間かなんかだろう。それまでにカタをつけてやる。
試しに大地を軽く殴った。すると面白いように吹っ飛び、2、3度跳ねて人家に激突した。
本当にパワーアップしてるんだな。
「懺悔する時間はやる。まぁ、せいぜい抗って死んでくれや」
ルーガだけではない、コイツのお遊びで殺された人達の分も俺が殺してやる。
「いってぇな! 何してくれやがる! 死ね!」
殴られた部分を押さえながらも懐から取り出したリボルバー拳銃を俺に向けて発砲した。
……【五感高速化】を使ってないのに銃弾が見えるっては凄いな。
迫り来る銃弾を全てその場で避け、何事もなかったように歩みを再開した。
「くっそが! これならどうだ、死にやがれ!」
拳銃では俺に敵わないと判断したのか、次は虚空からミニガンを発現させて俺を撃った。
次は避けずに受ける。
俺の体から出ている焔に似た魔力が、全ての銃弾を溶解させて防いだのだ。毎分6000発と言われているガトリングガンの連射を。
「き、効いてねぇ」
あと3分ちょっとか。
俺の歩みに対してジリジリと後ずさりを始めた大地へ一気に距離を詰め、脚を思いっきり蹴り上げた。
気のせいかな、大地が小さく見える。
ベキッと鈍い音が響いて大地の右足が変な方向へ曲がった。
「ぅぐぁぁぁっ!」
バランスを崩して倒れた大地に馬乗りとなって両手に拳を振り下ろした。
「ぎぃあぅぐぅぅぅ!?」
面白いくらい簡単にへし折れる大地の腕に、気が付くと十数回は拳をめり込ませていた。
半分以上がぐちゃぐちゃのミンチ状態となっている。
城で戦った時が嘘みたいに一方的な戦いに、内心驚きを隠せない俺だったが、表には出さずに大地への攻撃を続ける。
腹、胸とルーガの銃跡の場所を狙って淡々と拳を叩き込んだ。殴った箇所は俺の体から出てくる赤黒い魔力によって一瞬で焼かれ、飛び散った分以外の血は出なかった。
ちょくちょく回復魔法を掛けているので、気絶する事だけでなく死ぬ事すら叶わない、半永久的に続く地獄を大地は味わっているのだ。
俺って結構残酷なんだな。
「も、もうやめ……」
先程までの戦意はどうしたのか? と思う位に弱った声で命乞いをする大地。
「お前は、今まで殺してきた奴の命乞いに耳を貸した事はあるか?」
顔が色々な液体でグチョグチョに濡れて凄い事になっている。
「無い頭で考えな、これまでにてめぇがやってきた事を。んで、その事を悔いながら死にな」
俺の中にある全ての力を、怒りと共に出し切る勢いで拳に込め、
「終わりだ!」
大地の心臓を貫いた。
ズドォォォン!
「ぎぃあぁぁぁ!」
衝撃で地面が陥没した音と、大地の断末魔の叫びが重なって不協和音を奏でた。
パラパラと土煙が晴れ、ファルの姿が明らかとなる。
右腕は血で染まり、返り血が涙のように頬を伝っていた。
「ルーガ……」
既にこの世にいない人物の名を呟くファル。大地を始末して得たものは、人殺しという事実だけだ。
ふっ、と体から力が抜ける。力だけではない、意識すらも遠のいてきた。
……成る程、諸刃の剣って訳か。
ファルの意識は、そこで完全に途切れた。
「貴方は敵と味方どっちですか?」
ファルを追い掛けようとしていたジャックは、ソウガに引き止められてそんな質問をされた。
「どういう事だ?」
「そのままの意味です。アシュトルスの紋章を持つ貴方は何故この集落まで? その答えはあの男なのでしょう?」
「……あぁ」
「私は、今この場所では皆を守る責任のある立場です」
集落の長も……死にましたのでね。と表情に陰りを見せたソウガにジャックも納得する。
俺も、あの腐った国の兵士だ。あのグズの差し金かもって思うのは当然だろうな。
「……今はデイペッシュとかいう名前になっているんだが、あの男を操ってる人間が王をやって「おい! あれって……」」
ジャックがソウガに説明を始めた直後に、集落のある方角からファルより小さな子供が走ってきた。
逃げ遅れた子供だろうか。
「はぁ、はぁ……そ、ソウガねえさん! ルーガねぇを助けて!」
息を切らしながらも必死に叫ぶ子供に、ソウガの顔から焦りが現れた。
「ルーガねぇがまっくらな所からたすけてくれて……大きい音がして倒れて……うえぇぇぇん!」
生きて帰れた自分への安心と、恐らくは生きて帰れないだろうルーガを思ってか、感情の枷が外れたミラという子供は泣き出した。
「まさか、ルーガさんともあろう人が……? 分かりました、ありがとうございますねミラちゃん。貴方も来て下さい」
子供の叫びにただ事では無いことを察したソウガは、ジャックも付いてくるように言った。
「良いのか?」
「ここに居られても困りますし、監視も兼ねて、です」
「……感謝する」
集落の中心、10分前にルーガと別れたあの場所に二人はいた。
ルーガは仰向けに、血溜まりの中で倒れており、ファルは少し離れた場所で大地の成れの果ての隣に倒れていた。
「ファル! お前さん……だよな?」
明らかに身長が伸びているファルを見て一瞬疑問に思ったジャック。服装から本人だと認知して抱き上げた。
顔つきが若干大人びており、より中性的な雰囲気を出しているファルは、うぅっ、とうなされてはいるが無事な様子だった。
「ルーガさん……!」
背後から聞こえたソウガの悲痛な声に顔を上げたジャックは、ファルを背負ってソウガの元まで行った。
体からまるで生気を感じられない少女を抱いて俯いているソウガを見て、少女が生きていないのを確信するのは簡単だった。
(彼女が、ファルの言ってたルーガって娘か)
ルーガの顔だけでも見ようと立ち位置を少しずらして顔を覗き……、
「なん……」
ジャックは驚愕の表情で固まった。
「なんで……なんでイリス様が……?」
ルーガの顔は、十数年前に殺されたセイル=アシュトルスの妻で黒猫の獣人『イリス=アシュトルス』その人と瓜二つだったのだ。
物語はまだ終わらない。
オマケ
【兵器創造】
自身が想像した武器装備を『創造』する技能。その気になれば電磁砲弾や戦車も創造可能で、自身と自身の認識した生物には攻撃が当たらずに透過する。
【諸刃の剣】
使用者の魔力を常時消費し続ける事で身体能力が数十倍にまで跳ね上がる技能。発動中は魔力消費の概念が存在しなくなる。制限時間は使用者の魔力量に比例する。
【不動明王】
自身の怒りが真骨頂に達すると自動的に発動する技能。一時的な身体の成長と髪色の変化が特徴で、魔力を数万度の焔に変化させて放出する。
相手の今まで犯してきた罪に比例して戦闘力が上昇する。
……不動明王、良いですよね。なうまくさまんだ~って。