大地
「……まずはこの状況を説明してもらっていい?」
「俺がお前さんを連れ去ってる、とだけ認識しててくれ」
という訳で俺は今、男性の小脇に抱えられて連れ去られている。
もう理解していると思うが、一応この状態になるまでの経緯を話そう。
とは言っても、「目が覚めたらこの男性に拉致されていた」としか説明できないのだが……。
ルシアが言うにはギルドにいる人間全員に睡眠魔法を掛けて侵入、俺を連れ去ったのだそう。
【万物吸収】で無意識に魔法を吸収してしまう俺には睡眠魔法が効かないので、抱えられた時にすぐ目を覚ましたのだという。
ちなみに、睡眠魔法は一度掛かると半日は起きないらしい。
今は夜中の1時くらいだろうか、外は真っ暗だ。
「……抵抗しないんだな」
「眠くてそんな気にならない」
普段はこんな時間に起きてねぇし。っていうか熟睡中にこんな形で起こされたら、誰だって眠いだろ。
「というか、俺に抵抗されて困るのはそっちなんじゃないの?」
「さぁな」
男性の言葉と行動に矛盾があり、ん? と首を傾げてしまった俺。直後、昨日の朝にシャロンから聞いた話を思い出して合点がいった。
「俺が勧誘を断ったから、王様(笑)が命令かなんかで俺を連れ去るように言ったんでしょ?」
「……」
一瞬驚いた表情になった男性だったが、すぐに前を向いて無表情になった。
別に驚かれても、嫌々やってるのは態度で分かるし、流石に俺だってそれくらいは察するわ。
「で、俺は何をすればいいの?」
「何だって?」
「いやだから、王様(笑)に会って俺は何をすればいいのかって事」
ぶっちゃけ異世界転移者とかいるような場所に入りたくはないけど、こんな状況じゃあどうしようもないし、今はこの人の言う通りに動いておけば良いだろう。
「……王に対して不埒な真似さえしなければ、なにもしなくていい」
「ん、了解……ふぁぁ」
寝たい。
「近衛隊長ジャック=ヘロイスティオだ。開けろ」
門番にそう命令する男性……ジャックっていう名前なんだな。
近衛隊長という事は相当偉い人なのだろう。しかし、そんな人物がわざわざ俺を誘拐するのだろうか?
「はっ、お勤めご苦労様です。そちらの子供は……?」
「察しろ」
「……はっ」
門番は、それ以上は何も聞かずに門を開けた。気の毒そうな顔で俺を見てるので、多分この人も何らかの事情を知っているのだろう。
「王は今寝てるから、朝まで監視させてもらうぞ」
「……なら夜に拉致する必要無くない?」
「そうもいかねぇだろうよ」
やはり侵入するなら夜が最適なのだろう。
まぁ、今のこの状態で王(笑)に謁見とか、ほぼ死刑確定だったから助かるけど。
「到着だ」
かなり立派な造りの部屋に入ったジャック……さん? はそう言うなり俺をベッドに放り投げた。
「わぷっ……おぉ柔らかい」
着地地点のベッドが想像以上に柔らかく、完全に動く気力が無くなってしまった。
最近寝てばっかで駄目だな、俺。
「この部屋で一晩明かしてもらう」
「助かる……」
その一言を最後に眠りに落ちたファル。
「時間になったら俺が起こす……もう寝てるのか」
枕に顔を埋めて安らかな寝息を立てているファルを見て、ジャックの顔がフッと和らぐ。
そしてすぐに辛辣な表情になり、椅子に腰掛けてファルを撫でた。
「……本当に、すまねぇな」
自身の子供といっても違和感が無いだろうファルの寝顔が、内に秘めるどす黒い感情をほんの少し軽くしたと同時に、新たな感情がジャックの中に生まれた。
(……守ってやりてぇな。あの糞な王から)
丁度同じタイミングでルシアが動き出した。
『御主人様、この仕打ちをお許し下さい……』
【麻痺周波】を起きたばかりのファルに掛け、眠気を増大させていたルシアは、確実に訪れるであろう『異世界転移者』を一目確認する為に【神察眼】を使用して部屋を見渡した。
ルシアは自身の主の手を煩わせないため、自身が主の役に立つために彼……彼女を寝かせたのだ。
『……発見』
唯一熱源探知に反応した人形は、L字形の塊を指で回しながら主人を見下ろしている。
熱源では正確な表情が読み取れないが、感情を大まかに『視る』事ができる【神察眼】は、肉眼で見えない人形の感情を確かに読み取った。
『喜び……いえ、『狂喜』。様々な歪みで混沌としている……最早狂人ですね』
あのL字の物体が、前に御主人様が言っていた『銃』というものだろう。
人形は、数分ほどファルの寝顔を品定めする様に覗いた後、転移魔法を使ってその場から消えた。
『あれが転移者ですか。……『新嶋 大地』、御主人様の敵となるなら、覚悟して頂きます』
次の日
ベッドから起き上がると、横でジャックさんが座って寝ていた。
ん、あれ? 俺ってどうしたんだっけ?
昨日は色々あってそのまま寝てしまったので、断片的にしか記憶が残っていない。
確かジャックさんに連れ去られて……此処で力尽きたんだっけ。昨日は異常に疲れてたから、全然何も考えずに拉致されてたんだったな。
『おはようございます御主人様』
「ん」
早速ですが【共有】を使用して戴いて宜しいですか? と本当に早速なルシアに【主と従】から【共有】を発動させた。
ルシアが【共有】を使ってくれと頼む時は、基本的に俺が前世で学習したことを『記憶』として共有し、色々と学んでいるのだ。
俺も詳しくは知らないが、どうやら『俺が覚えている事』ではなく『俺が実際に経験、見聞きした事全て』を見ることが可能なんだとか。
つまりは俺が赤子の頃の記憶も見えるのだ。……見られたくないが。
「で、今回は何を見てるの?」
何でわざわざそんな事を聞くのかって? 【共有】は、この前も説明したが自分と相手の全てを同時に見たり聞いたりできるのだ。
……この人、この間俺の前世のトラウマとか男だった頃のあれやこれを見てやがったんだよ。
分かるっしょ? 見られたくないものに限って、一番見られたくない人に見付かる……それに似てるよ。
『銃とやらについて、少し知りたいと思いまして』
「あー、そういうことね」
【兵器創造】とかいう得体の知れない技能を持ってる相手を知るために、まずは自分が兵器について知ろう、という事だろう。
それならば、と了承してからジャックさんを起こした。
まぁ何時謁見なのかとか分からないし、寝坊されるよりマシだろう。
「おーい起きろー」
「……ん? あぁ、いつの間にか寝ちまった」
軽く揺するとジャックさんはすぐに起きた。
「……早いな」
「この時間帯には基本起きるからね。王様(笑)に会う時間が分からなかったから、念のために起こしといた」
「謁見は午後だったから問題なかったんだが」
体を捻ってゴキゴキと小気味の良い音を鳴らしながらジャックさんが言った。なんでも、王様(笑)は昼食時に起きるらしい。
「朝食は……、何か食べたいのとかあるか?」
「別に何でもいいよ。最悪作るし」
「そうか。なんか欲しいものがあったら言ってくれ。できるだけの物なら用意させる」
なんだろう。さっきからジャックさんが俺を気にかけているような気がする。
「大丈夫だよ」
「なら良い」
突如シィン……と訪れる静寂。とても気まずい。
「……悪いな」
「ん?」
「王のためとはいえ、怪我人であるお前さんをこんな目に合わせちまってよ」
こんな目って程酷い目には合ってないし、別に謝らなくても良いんだけどな。
『御主人様、この国の王の性格は重々承知の筈、それに加えて異世界転移者です。御主人様自身の身の危険は二十分にありますので、この男性の態度が普通なのでは?』
ん? なんか暗に「お前は普通の人間より危機感が足りないんじゃないのか?」って言われた気がするぞ。
『気のせいです』
そうですか、はい。
「怪我はどうしようもないけど、拉致されてた時なんかその気になれば逃げれたし、半分は俺の判断なんだから気に病む事も無いさ。ほら、朝食が来たみたいだし、食お?」
丁度食事が運ばれたので、無理矢理話題を変えてその場を終わらせた。
それにしても部屋に食事が運ばれるとか、やっぱり城なんだなぁとつくづくそう感じた俺だった。
数時間後、暇だったので背中に響かない程度に体を動かし、時間を潰した俺は昼食を済ませて王(笑)のいる部屋へと移動していた。
俺は一応、拉致されている状態なので前にジャックさん、後ろに兵士が二人という厳重な監視のもと歩いていた。……一つだけ言わせてもらいたい、シュールだ。
だって子供相手に三人がかりで監視とか、誰がどう見ても不自然でしょ。
「此処が王との謁見場だ。くれぐれも無礼の無いように」
重厚な造りの扉の前でそう告げたジャックさん。やはりこういう場所では態度も変えなければいけないのだろう。
「近衛隊長ジャック=ヘロイスティオ、只今戻りました」
「入れ」
扉の前でジャックさんがそう言うと、部屋の先からそんな声が聞こえてきた。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
「王、『子供冒険者』を連れて参りました」
「なんだ、遅かったではないか」
(豚だった……!)
玉座に偉そうに(実際偉いのだろうが)座っている男、彼が王様(笑)なのだろう。
デラックスなあの人より一回りデカく、派手な身なりで薄ら禿の頭には王冠を被り、……顔がテカっている。
……俺の中の嫌悪感が、今すぐこの場から出るよう警告を発している。
「ふむ、貴様が子供冒険者とやらか」
取り敢えずさっきジャックさんから教わった作法で片膝をついて頭を下げた。
「……ファルと申します」
「余が彼の王、ナフール=デイペッシュだ。会ってやった事を光栄に思うが良い」
え? なにこの人、自分から人を拉致しておいて光栄に思えだ?
『御主人様』
「(あっと、そうだったゴメン)はっ、この度は謁見の時間を下さり、光栄に存じます」
「うむ」
込み上げてきた怒りに近い不快感を無理矢理押し留め、王(笑)の機嫌をとった。
ルシアの静止が無ければ、不快感が顔に出ていただろう。
『この豚を消す火属性魔法の準備が完了しまし(ストップ! 駄目だからね?)了解しました』
全然止めてくれた訳じゃなかったんだな。
「余が貴様と会ってやったのは他でもない」
と言った直後、さも当然とばかりにこんなことを言い放った。
「余の僕と成るがよい」
「謹んでお断りします」
大体予想が付いていたので、速攻で断らせてもらった。
だって嫌でしょ? 気に入らない事があれば死刑な豚の下で働くとか。
「ほう」
「ファル……!」
ジャックさんも小声で叫んでいるので、マズかったのだろう。
自分に歯向かう奴は死刑とかいう人物だし、まぁ当然といえば当然か。
「余の申し出、いや……命令を断るか。子供とはいえ、この余に背いたのだ。覚悟はできているな?」
額に青筋を浮かべながら王(笑)が言う。
何の覚悟だよ。ていうか沸点低いな。
俺は既に、この人に対して不快な感情しか持っていない。やることだけやって帰るつもりなのである。
「貴様は処刑だ。殺れ」
「……ッらぁ!」
王(笑)の一言と同時に背後からパンッ! と火薬の破ぜる音が聞こえた。
そしてそれと殆ど同時、【五感高速化】と【電光石火】を発動させて飛んでくる物体をルシアで弾いた。
「なっ!?」
「やっぱり室内だから拳銃だったか」
『御主人様の言った通りでしたね』
武器兵器を使うのが分かってるのなら、作戦を考える事も出来る。まぁゴリ押しだったけど。
少しでも機嫌を損ねたら絶対に殺しに掛かるな、と判断した俺は敢えて王(笑)の機嫌を悪くさせ、異世界転移者を誘き寄せたのだ。
案の定ルシアの【神察眼】に引っ掛かり場所の特定に成功したので、いつでも【五感高速化】と【電光石火】を発動可能な状態にしておき、王(笑)が合図したと同時に二つを発動させたのだ。
あとはルシアを傷つけないようにするために刀身を傾かせて斜め後ろに弾いた、という訳だ。
驚きの表情と共にパッと姿を表した男。
コイツが異世界転移者か。
オマケ
彼……彼女を寝かせたのだ。
ナレーターも、間違える時はあるんです。
今日からまた投稿ペースが戻ります。