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シャロン

 ――安心しな、ちょっと無理をして寝てるだけだ――


  ……誰の声だったっけな? 凄い懐かしい感じの声だったけど、思い出せないな。

  俺の意識が無くなる寸前に聞いたあの声を思い出しながら、俺はゆっくりと瞼を開けた。


「うぅ……ん?」


『おはようございます……なんて時刻ではありませんが』


  ルシアがいつも通りの雰囲気で対応する。本当に大丈夫だったんだな。


『まさか剣である私に精神力というものが存在していたとは思わず……御迷惑をお掛けしました』


  どうやらルシアも、俺と同じで技能(スキル)の使いすぎによる精神力(エネルギー)切れで力尽きたみたいだ。

  まぁともかく、無事みたいなので良かった。


「起きたか」


  重い体を起こしながら辺りを見渡す。部屋の隅にルシアが立て掛けてあり、隣でホウガさんが座っている。

  ホウガさんの家だと確信するのに、そう時間は掛からなかった。


「先の戦い、戦力になれずすまなかったな」


  申し訳なさそうにホウガさんがそう俺に謝罪する。


「いや、あの場所に居るだけでも辛かったみたいだし、俺が飛ばされた時に守ってくれたんでしょ? 十分だよ」


「そう言ってくれると我としても嬉しいが……それより、あの時お前は片腕を食い千切られていた筈なのだが……」


「……あー、うん。俺も良くわからない」


  この世界に来てから聞こえる謎の声さん(仮名)の仕業という事は分かるのだが、ルシアでも理解し得ない技能(スキル)? 魔法? を使っているみたいで、説明のしようが無いのだ。


「でも、転移に必要な魔力は手に入ったし、目的は達成したからっ! ……ってぇ~!」


『脱出の際闇呪龍に噛まれた箇所ですね。……深い場所だと直径三センチにもおよんでます。幸い、内臓や脊髄に損傷は見当たりません』


「治癒魔法は掛けたのだが殆ど効果が無かったのでな、包帯で軽く巻いておいた」


  ああそれと、とホウガさんが話を続ける。


「マントは無事だったが、お前の服が最早服とは言えない位ボロボロだったから変えておいたぞ」


  俺が着ていたと思われる服を取り出してそう言ったホウガさん。

  えーっと……何年も使い続けてグズグズの穴だらけになった雑巾みたいになってるんですけど……これ、服?


『至近距離から生物に害為す障気を浴び続けましたから、炭化しなかっただけマシですよ』


  いや、炭化とかされたらガチでヤバいから。俺(一応)女だし……ん? ちょっと待って。今ホウガさん、服変えといたって言ったよね?


「…………」


「いや、確かに驚いたが……、流石に(よこしま)な考えは無かったからな?」


  俺の内情を察してか、ホウガさんが呆れた様子で弁明する。

  まぁ助けてもらったから別に良いけど、意識が無い状態で男性――当然女性もだが――に服を着替えさせられたっていうのは何かこう……複雑な気持ちだ。


「……ところで、何で子供用の服が?」


「昔我が着ていた物だ。【異次元収納】の中にお前が着ていた物と殆ど同じやつがあったのだが、今の我が持っていても仕方無かったのでな」


「じゃあ有り難く着させてもらうよ。もう着てるけどね」


「ははっ、違いない」


  そんな会話をしていると、子狐とその上に乗ったライムが現れた。


「おー、無事だったん……ぐえぇ!」


  凄い勢いで突っ込んできた二匹の頭突きが腹にクリティカルでヒットした。背中に衝撃が伝わって、相当なダメージを受けた俺は、後ろに倒れ込んで更に背中へのダメージを増大させた。


「……今のは痛そうだったな」


  痛そうじゃなくて痛いんです、ホウガさん……。






  デイペッシュ、冒険者ギルド内。


  時刻が夕方に変わり、ハンナが交代の時間になって30分程が経過した。

  ハンナ、カトラ、そして仕事中だがリーリャは、受付酒場にあるテーブルの一角に腰掛けてザキの帰りを待っていた。


  扉が開いてザキが入ってきた。しかしその表情は優れていない。


「教官! ……どうでした?」


「知り合いの魔法使い(ウィッチ)に聞いてきたんだが……難しいみたいだ」


  ファルが転移罠(ワープトラップ)によって強制転移された次の日、調査を依頼したザキの『知り合い』から結果が返ってきたのだが、それはあまり芳しくないものだった。


「あの転移罠、魔力持ちに反応して発動するらしい。発動にはシャレにならねぇ量の魔力が必要で、転移する位置は全くの不明(ランダム)なんだと。ったく、八方塞がりじゃねえか」


「アタシが油断さえしなければ、ああ! 腹立つ!」


  あの時何もできなかった自分に対して憤りを感じているカトラは、ドンッ! と机を叩いて立ち上がった。

  何度目か分からない、遺跡(ダンジョン)探索という名のファル捜索に出る為だろう。


「ちょっと行ってくる」


「馬鹿、何処に飛ぶか分からねぇ罠だって今言ったばかりだろうが「けど!」行方知らずの冒険者なんてごまんといるんだよ。それに遺跡(ダンジョン)内での転移に比べたら、ただの長距離転移の方が安全だよ。取り敢えず冷静になれ」


  遺跡(ダンジョン)の転移罠は、基本的に同じ遺跡(ダンジョン)の中にある、魔物が大量に徘徊する部屋へと転移するのだ。

  脱出路の無い部屋の中で何度でも復活する魔物を前に力尽きるという、遺跡(ダンジョン)では一二を争う程危険な罠なのだが、ザキの言う通り長距離転移系の罠というのは、事例こそ少ないが遺跡(ダンジョン)外に転移されるので、冒険者なら帰還できる確率が高いのである。


「くっ、分かったよ。だけどただ待つなんて事、アタシにはできないね」


「んな事わぁってる。転移先さえ判ればな「その話、私も交ぜて頂きたいですね」んぁ、誰だ?」


  尚も引き下がろうとしないカトラにザキが困り果てていると、背後から見知らぬ女性の声が聞こえてきた。

  女性は、インナーにホットパンツという軽装の上に士官が着る様な服を羽織っていて、かなり場違いな格好をしている。


「ただのしがない記者ですよ。それより、今の会話はこの辺りで最近話題になっている『子供冒険者』に関しての話ですよね? それ。是非ともお話をお聞かせしたいなぁ~、と」


「断る。っつーか、魔族がこんな国にいてもいいのか?」


  ファルの事を指しているのだろう『子供冒険者』という単語に眉をひそめながらも女性の要望を否定し、自身の疑問をぶつける。

  人間主義国家であるデイペッシュは、人間族以外の入国が禁止されていて、たとえ亜人種だとしても国に入る事は叶わないのだ。

  そしてザキの指摘した通り、彼女は『魔族』という魔物と人間族の間で生まれた亜人種で、耳と目にそれぞれ特徴が存在している。


  女性はそんなザキの指摘を、


「それはお宅にも言える事ではないのでしょうか?」


  薄笑いと共にそっくりそのまま返した。

  ピクッ、とザキが反応する。


「……俺の事を知ってる様な口振りじゃねぇか」


「知ってますとも。これでも私、結構顔広いんですよ。この国に関する情報の収集は既に済ませておりますし、貴殿『方』の過去や素性も、多少は把握してますよ?」


  カトラを指しておるのだろう発言に、女性の言葉が事実だという確証を得たザキは、溜め息をついて再び女性に問う。


「……まぁいい。それで、俺達が話してた事を知って何になる?」


「言ったじゃないですか~、私は記者です。記者(メディア)は情報を何よりも欲する生き物です。この国に来たのも当然、面白そうな記事のネタを嗅ぎ付けてですよ。だって子供冒険者……興味深いじゃありませんか?」


  できる事ならお力になりますよ、と続けた魔族の女性。

  大分慣れ親しんだ相手と会話するかの様な態度と口振りで話す女性だったが、その顔から嘘は見当たらない……『実際に出来る』といった自信のある表情をしていた。


「俺達にすら無理なんだ。お前には無理だろうよ」


「案外そうではないかもしれませんよ?」


「はぁ、話だけしてやる」


  何を言っても無駄だと判断したのであろうザキは、二度目の溜め息と共に女性に詳しい事情を説明した。





「ふむふむ、強制転移罠ですか。これまた厄介な……」


  顎に手をやって考え込む女性だったが、


「お前が目当ての子供冒険者はそれに巻き込まれて、今は行方知らずなんだよ「分かりました。では探してみますね」オイ待て、今探すって言ったか?」


「……? そうですが」


  少し考える素振りをした直後、早速出発しようとする女性に、流石のザキも呆けた表情で聞き直した。


「俺の話を聞いて分からなかったか?」


「分かった上で言ったのです。それでは――」


  パッ、と消える様に転移した女性。この流れる様なやり取りを、彼らは見ている事しか出来なかった。





  遺跡(ダンジョン)内部


「っと、これが例の転移罠ですね……っておぉ! これはこれは……作った人物から是非ともお話をお聞きしたいですね」


  ザキとの交渉(?)の末ファルを連れ帰る事となった女性。特徴を聞き忘れたと少し後悔していたが、それもまぁいいか、と一人頷いて例の転移罠の場所に辿り着く。

  転移罠の複雑さに驚きながらも宝箱の裏に描かれた魔方陣に手をかざし、


「……これはご丁寧に、誰かが逆探知を使ってくれてますね。というかリーシエって……どれだけ強い転移魔方陣なんですか!」


  やれやれ、と肩を竦めながらその場から転移した。







「痛ってて……」


「やはり傷が深いか」


『どういう訳か御主人様(マスター)には回復魔法が効きにくい傾向にあります。恐らく、無意識に発動している【万物吸収】によって魔法の大部分を吸収してしまっているのでしょう』


  俺の【万物吸収】は、自信の肉体を癒すものだとしても吸収してしまうらしく、回復魔法があまり意味を成さないのだという。

  もしもの時には便利なんだが……こういう時は不憫なんだよな。


「完全……とは言わんが、幾らか傷が癒えるまでこの土地にいるといい」


  背中を押さえて蹲る俺を見かねたのか、ホウガさんがそんな提案をする。


「それは俺的にも有難い話だけど、いいの?」


  少し動くだけでもかなりの痛みが背中からきているので、ぶっちゃけるとかなり嬉しい提案だったりする。

  快く承諾してくれたホウガさんだったが、一つ問題があったりする。


「……でも、転移罠で突然来ちゃったしなぁ」


「確かにそれは問題だな。向こうで待ってる人間もいるだろうし」


  多分、暫くはまともに動けそうにないし。

  子狐のもふもふを堪能しながら考えていると、突然俺の前の空間が歪んだ。


「言ってる間に迎えが来たみたいだな」


「迎え?『転移魔法です』……え」




「ふ~ぅ、かなりの距離でしたね。この場所を特定するの、結構苦労しましたよ」


「……誰?」


  空間の歪みから現れたのは、ルーガより少し見た目が年上の女性だった。


「む? 貴方が『子供冒険者』ですね? 初めまして」


  俺の事を既に知ってそうな雰囲気を漂わせている女性は、耳が長く目の瞳孔が縦に長く伸びている。


『魔族ですね。この土地まで転移でやって来た様子です……っ?』


(どうした?)


『たった今【解析鑑定】を使用したのですが、無効化されました』


「ほうほう、私の【鑑定眼】を無効化してからの【解析鑑定】ですか。その年齢で技能(スキル)を使用するとは、間違いなく『子供冒険者』ですね?」


  俺の事を子供冒険者と言っているので、確実に俺の事情も知っているのだろう。


「俺に何か?」


「あぁ私としたことが……私はシャロンと言いまして、しがない記者をしております。少し前に『子供冒険者』たる貴方の噂を小耳に挟みまして人族国家へ来た所、貴方が転移罠(ワープトラップ)でうんぬうかんぬん……。という訳で取材をすべく迎えに来ました!」


「一ミリも分かんねぇ……」


  途中、説明が面倒になったのか適当に終わらせたシャロンという女性は、「じゃあ行きましょう!」と勢いよく俺の手を引いた。

  ちょっ、俺怪我人……。


「なぁに人の客を連れ去ろうとしているのだ、この娘っ子風情が!」


  突然ホウガさんがシャロンの頭を殴った。ゴンッ! と鈍い音がした直後、頭を抱えて蹲ったので結構痛かったのだろう。


「いでっ!? 何するんですか! 折角無視してさしあげたというのに!」


「無視をするな無視を! 全く……どうしてこの世には生意気な小娘しかいないのだ!」


  トークみたいな勢いで口喧嘩を始める二人。


「知り合い?」


  俺がそう尋ねると、シャロンが頬を赤らめもじもじしながら、


「……これの主人と、その……少し関係が」


  ……聞いた俺が馬鹿だったけど、子供(見た目だけ)に言う事か? それ。


「変な言い方をするでない! お前が我が主に『取材』とやらをしただけであろう!」


「おやおやぁ? いい歳してまだ主離れできてないんですかぁ? 子供ですねぇ」


「五月蝿いぞ!」


  ……ただの冗談だったんだ。

  なんてちょっとホッとした俺の耳に、とんでもなく衝撃的な言葉が飛び込んだ。


「子供ですねぇ、貴方よりソウガ(・・・)さんの方がずっと大人ですよ」


「え、ソウガ!?「っと、長話が過ぎましたね。それではドロン!」」


「おい、待てっ! そいつは怪我人――……」







「っとはい、到着です。……どうしました? 背中なんて押さえて」


(……初対面の人物だけど、殴りてぇ)


「ファル!」


  かなり強引に転移されたので、その衝撃で再びぶり返した背中の痛みに悶絶していると、カトラさんが駆け寄ってきた。


「……本当に連れてくるとはな。しっかし、転移罠で飛ばされたって聞いた時にゃ焦ったぞ」


  呆れ半分安心半分といった声音でそう言ったザキさん。ちょっと立てない状態なので、表情は分からない。


「あれ? 冒険者ギルド……わふっ」


  背中の痛みに耐えながら顔を上げると、目の前に巨大な影が現れて押し潰された。

  抱擁(ベアハッグ)されたのだと一瞬で理解してしまった自分が、何故だか許せない。


「良かったぁ! 転移したって聞いた時にはお姉さん、心臓止まるかと思ったわよ!」


「リーリャ、ストップ! ファル君の心臓が止まっちゃうから!」


「なんだか……賑やかですねぇ」


  完全に蚊帳の外に取り残されたシャロンは、「日を改めますね」と言って転移していった。







「あの小娘が……。もう少し早く来ていれば、ファルがあそこまで怪我せずに済んだものを「まぁそう言うなって」誰だ!」


  誰もいなくなった部屋で子狐を撫でながらそう呟いていたホウガ。背後で声がしたかと振り向くと、若い男性が腕を組ながら座っていた。

  自信の目標でもあり恩人でもある男性を連れて。


「相変わらずだな、ホウガ」


「なっ……オーガ様!?」


  驚愕しているホウガを見て、昔を懐かしむ様に声を掛けるオーガ。


「シャロンと喧嘩は相変わらずか。変わり無い様で何よりだ」


「細かい事は省略するけど、話だけは聞いてもらうからな」


「お前は……」


  一度に起こった多くの驚きがホウガを混乱させ、それを見て楽しんでいる男性が、


「面倒だからその辺は後で言うから、取り敢えずは今から話す事を頭に入れてくれ」





「……という訳だから、宜しくな~」


  一方的にある事(・・・)をホウガに言った男性は、話は終わりとばかりにクルリと後ろへ歩いていく。

  一歩歩くごとに男性とオーガの姿が薄くなり、完全に消える……という直前にホウガが呼び止める。


「ま、待てっ! お前は何者だ? オーガ様は何故此処に?」




「俺は……うん、あれだ。『神サマ』ってやつ。オーガの件は敢えて伏せておくよ」


「……おまえのその性格、何とかした方が良いぞ。……とても同じとは思えないな」


  少し考えた末に男性が出した答えは、どこか茶化していて、それでいて真実味を帯びていた。


「オーガ様! 待って下さい!」


「俺達の用はこれだけだ。今は忙しいんでな、折り入った話は今度、ソウガも交ぜてな」


「んじゃ」


  闇に溶ける様に消えた二人を、ただ呆然と見ている事しか出来なかったホウガは、それが夢や幻の類いでは無かった事を後程知る事となる。


(ファルもオーガ様に……いやそれよりも、転移者? 近い内に七星龍が? あり得ん……まさか)


  一人物思いに耽るホウガ。彼も、近い未来確実に起こる出来事の全容を知る一人となった。

オマケ



「リーリャ、ストップ! ファル君の心臓が止まっちゃうから!」




「大丈夫よ。私だって力は抜いてる……あら」


「どこが大丈夫よ! 気絶してるじゃない!」



怪我人は大切に扱いましょう。







今回のラスト、敢えて自分でも分からない様に書いていますので、その辺りはご了承下さい。

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