闇呪の悪夢
……あれ? 俺どうしたんだっけ?
確か魔力を補充する為にホウガさんの案内で七星龍の所まで行って……、闇呪龍の抜け殻と戦ったんだったっけ。
そこから先が……痛っ……
「ってぇ……!」
『御主人様! 無事ですか!』
「一体何が……ッぐぁっ!」
先程まで薄れていた意識が徐々に回復し、それと同時に全身の感覚が戻っていく。
すると左腕に今まで感じた事の無いレベルの痛みが襲い、俺はのたうち回った。
「っぁぁああっ!」
『くっ、『麻痺周波』! 腕周りの神経を麻痺させます!』
ルシアが何やら叫んだ後、暫くして腕の痛みが悶絶する程度の痛みにまで和らいだ。
「はぁ、はぁ……ッ!?」
ようやく痛みも落ち着き、先程の腕の激痛の原因を知るために左腕を見て、血の気が引いた。
腕が……無い?
左腕が、肩口から綺麗に無くなっていた。血が溢れて止まらない。
『御主人様……【五感高速化】を発動させて下さい』
様々な事に関するショックで、思考の追い付かない頭の片隅でルシアの声を聞き取った俺は、言われるがまま【五感高速化】を使用した。
ゆっくりと流れる時間の中、俺は辺りを見渡しながらルシアの話を聞く。
『御主人様、この状況に至るまでの事を覚えていますか?』
(……ヤマタノオロチから魔力を、って話になってこの場所に来てから……、今に至るまでの記憶がない……。何があった?)
『やはり意識がありませんでしたか。闇呪龍の仕業というのは間違いありませんが、現状に至るまでの大まかな経緯を説明します』
絶対に動かないで下さい。と言って回復魔法を俺に掛けるルシア。出血は治まったが、先程の流血が酷かったせいか頭がクラクラする。
……ルシア曰く『一瞬の出来事』だったらしい。
『御主人様が祠、半径約25メートル範囲内に踏み込んだ瞬間、闇呪龍が御主人様に飛び掛かり左腕を肩甲骨と関節窩の間から噛み砕き、尾を使って御主人様を4、3メートル……今我々が立っている位置まで飛ばしました」
無くなった……左腕のあった場所をまさぐりながら、悪い夢では無かったことを確認する。
「獣人はその際、御主人様が地面に激突する寸前に受け止め、結界を張りました……が、闇呪龍の障気によって破壊、我々より更に数メートル飛ばされて気絶しました。命に別状はありません』
竹藪の奥を見ると、ホウガさんがうつ伏せで倒れていた。目立った外傷は無かったので、ひとまずは大丈夫だろう。
……というか言ってる俺の方が酷いのか。
ははっ……【五感高速化】を解いたってのに、まだ体が思う様に動かねぇ。
『私が今施したのは単なる応急処置です。一旦引いて下さい。幸い、あの龍は祠に向かわなければ襲ってはきません』
「……いや、今ここで魔力を補充する」
『御主人様!』
「ここで逃げたら、恐怖で二度と戦えなくなると思う……」
今だって怖い。足が震えてるし、すぐにでもここから逃げ出したいさ。
「ルシア、あの龍に直接触れてどうだった? 魔力は吸収できそうか?」
『……5分、5分間あの龍を中心とした半径二メートル範囲内に位置して頂ければ、至近距離から障気を吸収しますので必要量の魔力を補充出来ます……。しかし手負いの御主人様には危険「でもやるんだよ」……【電光石火】の使用を推奨します』
「おう」
『…………死――――わよ――』
死にゃしねぇよ。何せ一回死んでるんだからな。
……ってあれ? 今の声って……ぅおっ!?
どこからか聞こえた、今まで何度も聞いた事がある気がする声に返事をした瞬間、
自分を含めた視界に映るもの全てが止まった。
(この感覚……確か)
前に一度、俺が男に刺されて死にそうになった時、今と同じ『時間が停止』したかの様な感覚を味わったのだ。
そして、
『――、【―――】』
(お、おぉ……気持ち悪……)
体の痛みと共に傷が消え、腕が……根本から修復されていく。
……蜥蜴の尻尾みたい。
『――! ―――――!』
先程、ほんの少し言葉が通じた謎の声。今はもう聞こえなくなったが、色々感謝だ。
『……ッ!? 御主人様!? その腕は……』
「あー、うん。後で説明するから」
パッと辺りの風景が動き出したと同時に驚きの感情を隠せない様子のルシアが呟いた。
「取り敢えず、戦って生き残って帰るぞ」
『……御意!』
【五感高速化】と【電光石火】を同時に発動、祠の範囲内に足を踏み込んだ。
するとノーモーションからの跳躍で、闇呪龍の抜け殻が俺に飛び付いてきた。
【電光石火】を発動させて身体能力を底上げしている今の俺とほぼ同じスピードで攻撃してきた闇呪龍に、改めて恐怖し生唾を飲んだ。
(あんなスピードで来られちゃ、気付かない訳だ)
それでも直線の攻撃だったので、素早く側面に回り込む様に回避した。出来るだけ距離をゼロに近くさせたかったのもあって、ほぼ密着状態である。
目と鼻の先まで近付いて改めて、この龍の凄まじさが分かった。
森を相手にしている様な圧倒感、体から溢れ出る障気はまるで風が吹き荒れるかの如き質量で俺を襲っている。
……数十メートル離れてたホウガさんが気分を害する程の障気だ。【万物吸収】を持っているお陰で俺は大丈夫だが、この距離で常人が障気を受けたらどうなるんだろうか?
『体が負の魔力を侵食され、良くて発狂死……最悪の場合肉体そのものが歪に変質するでしょう』
「……おっそろしいな『御主人様避けてください!』え? っとぉ!?」
ルシアの声に反応し、体を捻って横に移動すると、さっきまで俺が立っていた場所がザクッ! っと抉れた。
何が起こった!?
『成る程……『ヤマタノオロチ』という事ですか』
「えっと……説明頼める?」
【神察眼】を使用して下さい。と言うルシアに従って【神察眼】を発動させた俺は、驚愕に目をしばたかせた。
今まで一つだけだと思っていた闇呪龍の首が、ヤマタノオロチの名の如く八つ現れたのだ。
『我々が先程まで認識していた首は『可視光に反射する』、所謂普通の首です。しかし、他の首は『赤外線』や『熱源探知』等……様々な『見る』手段が無ければ、認識する事が出来ません。確実に先程の二の舞となっていたでしょう』
……見る事に特化した【神察眼】が無かったら死んでたな。というか、前世の法則完全無視……。
『そしてもう一つ……、【神察眼】を使用した際にとある一点から多量の魔力が溢れている部分を発見しました』
「どこ?」
『闇呪龍の右側面、僅かにひび割れた甲殻の隙間です。私を直接刺して【万物吸収】を発動させれば、およそ10秒程で必要量を越えます』
甲殻のひび割れ……ベタな弱点だな。
『それと御主人様は今現在、四つの技能と一つの技を使用している状態です。技は魔力を消費するだけなので問題ありませんが、技能は精神……集中力を消費して使用するものです。更に言うなれば先程の攻撃で御主人様の精神は既にダメージを受けています。……速攻で仕掛けて下さい』
「分かってる!」
技能というものの構造が、俺には良くわからないが、意識し続けないと発動しない……ものらしい。
【万物吸収】だとしても、「○○から吸収する」と意識しながら使用しない限りはただの自己防衛としてしか機能しないのだ。
簡単にいうと今の俺は、片手両足を使って電子オルガンを弾きながら残った手でテレビゲームをクリアさせる……。かなり想像しにくいと思うが、つまりは体の全ての部位を別々に、同時に動かしている状態なのだ。
頭がガンガンと警笛を上げている。
……耐えてくれよ、俺!
「ぉぉぉぁあああッ!」
闇呪龍の体当たりを避けて右側面の胴体、剣一本がギリギリ入りそうな隙間に向かってルシアを思いっきり刺した。
が、甲殻の間を狙ったにも関わらず僅かにしか刺さらなかった。
「刺っ……されぇ!」
ルシアには悪いが、奥に刺さる様に思いっきり足で蹴ってルシアを奥にねじこんだ。
「…………」
龍は痛みを感じてないのか、別段動じる風もなく八本の首を使って噛みついてきた。
「っと……」
魔力を得る為にルシアを離してはいけないので、とてつもなく回避できる範囲が狭まっている。
『……0、2秒経過』
「おいちょっ……マジか」
そういえば【五感高速化】を使用している時の俺の体感時間は、約100分の1とかこの間ルシアが言ってた気が……、100秒もあいつの猛攻を、この場所から動かないで対象しろと!?
スキルを使用してやっと闇呪龍と同等に動けているので、今【五感高速化】と【電光石火】を解くと、ほぼ確実に死ぬのだ。そんな状況で移動不可の縛りは、今の俺では些かキツ過ぎる。
と、痺れを切らしたのか闇呪龍は全ての首で、俺を中心に全方位から噛みついてきた。
「しまっ……」
ルシアから手を離せば済む話なのだが、回避の方に集中してしまって、僅かに反応が遅れてしまった。
退路を絶たれ、『封印結界』を張るも間に合わない……次こそ死ぬ。そう覚悟し、目を閉じようとしたその時、
ガキィィィン……!
一斉に向かってきた首が全て、目に見えない何かに阻まれて止まった。
「……あれ?」
『結界……ではありませんね。高エネルギーを秘めた生命体、も違う様です……』
ルシアにも分からないらしい。
ホウガさんは今も気絶してるし……一体なんなんだ?
『どうやら、闇呪龍の力を持ってしても破れない様です。もしもの時があれば私が何とかしますので、【五感高速化】を解除して時間短縮を図って下さい』
強固な何かによって守られる今なら大丈夫だと判断したのだろうルシアが、俺にそう言った。
流石に頭痛だけでなく吐き気までしてきたので、ルシアの言葉に甘えて【五感高速化】を解かせてもらった。
ドガガガッ! と目で追えない速さで攻撃を繰り出している闇呪龍を見て「こんな化け物に挑んでたんだな……」と呟き、ブルッと体を震わせた。
『御主人様そろそろ準備を』
「早いな!?」
まだ解いて数秒しか経ってないのに、と思ってすぐに納得した。
【五感高速化】を解いたから、体感時間も元に戻ってたな。
慌てて【五感高速化】を再発動した時は、既に残り1、3秒を切っていた。
『……あと僅かです。あの何かは外部からの干渉を受けないらしく、内側からなら出る事が可能の様です。一定量まで溜まった瞬間、全速力で獣人を回収してこの場から去って下さい』
どこか疲れた雰囲気のルシアが俺にそう言って暫く……ルシアがカウントを始めた瞬間、俺達を守っていた何かが消えた。
闇呪龍の一撃ごとに次々と結界が破壊されていく。俺も負けずに何度も結界を張って張って張りまくり、必死で抵抗しているが、全て破られるのは時間の問題だろう。
『8、7、6……』
「もう少し……耐えろっ!」
それでも段々と押されていき……、
『3、2、1……』
バリィン!
全ての結界が破壊されるのと、剣を引き抜いて全力で逃げたのはほぼ同時だった。
「う……ぉおおお、ッ!?」
背中に闇呪龍の噛み付きが掠り、ザリッ! と嫌な音を立てたが、今は気にしていられない。
倒れているホウガさんを背負って、全速力で逃げた。
幸い、闇呪龍は深追いせずに平然と祠の元に戻っていった。
……どれくらい、走り続けたのだろう。
行きで道を記憶したというルシアの案内で、何とか竹林を抜けた俺達。
安心してしまったからか、再び闇呪龍に対する恐怖が襲ってきたのか……もしくはその両方なのかは知らないが、腰が抜けた様にその場で倒れ込んでしまった。
「……もう、二度と相手したくねぇな」
『ですね……。私も、この世に創られて初めて、『体力の限界』というのを知ったかも、しれません……。剣、に……体力なんてありませんが、ね……』
そう言ったきりルシアからの反応が消えた。剣の中心にある宝石が光を失っている。
……え? まさか、
頭に一瞬よぎった最悪の事態を想像し、震える手でルシアを握ったその時……、
――安心しな、ちょっと無理をして寝てるだけだ――
直接脳に響く様な声が聞こえた。……どこかで聞いた、とても懐かしい声だ。
しかし精神を限界まで磨り減らした今の俺には、それを考えるだけの体力も底を尽いていて、意識も朦朧としてきている。
遠くからライムと子狐が駆け寄ってくる……。それだけ見届けた後、俺の意識も暗転した。




