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闇呪龍

狐は、警戒心というのが薄いのか自ら近寄ってきた。

  子供とも言える程小さな狐は、白銀の体毛と紅に輝く目、自身の体と殆ど同じサイズの尻尾が2本生えている。

  外見の特徴からして魔獣なのだろう。なのだろうが……。


  何故か触りたい、触らなければいけないという使命感が俺の中を駆け抜け、


「うわ……柔らかい」


  尻尾をパタパタと振りながら寄ってきた狐を抱き上げた。

  前世での俺の記憶では狐=術、というイメージがあったので、念のために【万物吸収】を発動させている。

  ……強制的に転移させられた直後じゃあ疑心暗鬼になってしまうのも当然か。

  しかしカトラさんに敵意を向けまくっていたライムが大人しくしている辺り、この狐も危険性は無いという事だろう。


『解析が完了しました。どうやら先程の罠は魔力を一定量保持している生物を強制的に別の遺跡(ダンジョン)へ転移させる(トラップ)だった様です』


「ダンジョン? 此処は竹林だけど……」


『この空間内に存在する魔酸素の濃度と流れは、先程の小部屋とほぼ同じです。間違いなく遺跡(ダンジョン)でしょう』


  確かに先が見えないレベルに竹が深く生い茂っているが……。まぁ取り敢えず話の続きを聞こう。


『この場所に転移させられた際の魔力の流れを逆探知し、『空間転移』を習得しましたが、我々がいた場所に戻るには御主人様(マスター)の魔力と私の魔力を足しても圧倒的に足りません』


「……ちなみに今俺達がいる場所って、転移させられる前の遺跡(ダンジョン)からどれ位離れてんの?」


遺跡(ダンジョン)の位置を傍線で結んだとして……約6800キロメートルです。転移魔法は距離と転移させる質量によって消費魔力が変化しますので、この距離だと途方もない量の魔力が必要になります』


  ろく……、大陸(また)いでるよね? それ。

  それでもって距離で魔力の消費量が変わるとか……そりゃあ魔力が足りない訳だ。


御主人様(マスター)は【万物吸収】で自身に取り入れたものを【状態変化】で別のものに変換する事が出来ます。なので、周囲の魔酸素を魔力に変換できますが、非常に効率が悪く一定量まで溜まるのに数ヶ月は掛かりますので、あまり推奨はしません』


  凄い時間が掛かるんだな。


「……此処で話してるのもなんだし、まずはこの竹林(ダンジョン?)を出た方が良「コンッ!」あっ」


  突然俺の腕をするりと抜けた子狐は、そのまま真っ直ぐ走っていった。

  ……と、見えなくなるかどうかという距離で振り返った子狐。ジッと俺の方を見ているので、「付いてこい」という事なのだろうか?

  どうせ俺の方向感覚ではこの竹林を永遠とさ迷うのだろうし、ダメ元で子狐の後を追う事にした。







「結構距離あるんだな」


『正確な面積は分かりませんが、私が御主人様(マスター)と出会った森の約4分の1程度の面積はあるでしょう』


  ルシアが言うには、この竹林全体に特殊な魔力が充満していて、迷宮(ダンジョン)にかなり近い状態になっているらしい。

  ちなみにダンジョンは、人工物の場合は遺跡、天然物(洞窟等)は迷宮といった具合で名称が変化するみたいだ。



  先の見えない竹林を走る事数分、前方が明るくなり始めた。


「……本当に出れた」


  案内してくれた子狐に感謝しつつ辺りを見回す俺。

  先程までの深い竹林から一変、異世界に転生して樹海(ジャングル)やら平原やらと、別の世界の景色を見てきた俺が、久し振りに日本に戻ってきたのか? と一瞬錯覚してしまった程に見慣れた景色がそこに広がっていた。


  ……いや、別に都会みたいな街があるとか、そういう事ではない。深い緑に覆われた山々がある、所謂田舎の風景というやつだ。


「コンッ!」


  こっちだよ! みたいな意味が込められてそうな声で鳴いた子狐は、再び一つの方向へ走り出した。


『転移罠の解析で手が回っていませんでしたが、今現在我々の道案内と思われる行動をしている魔獣は、『妖狐』という魔力を大量に保持している狐の幼体です』


  話によると尻尾に魔力を溜めており、ある一定量に達すると尻尾が増え、魔力の最大値が更に上がるらしい。

  前世で九尾の狐とかいうのが物語で存在していたが、それも同じ原理なのだろうか?





「村?」


『村ですね』


  あの後ほんの数キロ走った所に、人々が住んでいそうな家が建ち並ぶ村を発見した。子狐が再び俺の腕に飛び付いてきたのでキャッチしたのだが、ライムを持っていたので、何か腕の中が凄いことになっている。

  ……まさか『ぷにゅっ』と『もふっ』を同時に堪能できるとはな。


「でも、人が住んでるって事は……大丈夫なのかな?」


『と言いますと?』


  ほら、子狐はまだしもライムは魔物だしさ、何で俺が平気なのかは知らないけど、カトラさんに攻撃してたし人と遭遇しちゃマズイんじゃないの?

  とてもじゃないが人間に友好的ではないだろうライムに、そんな危機感を抱いていた俺だったが、それは杞憂に終わった。




「これはまた、懐かしい魔物を連れているではないか」


  突然現れた男性に対して、腕の中にいた子狐が嬉しそうに鳴いた。飼い主か何かだろうか?

  等と思っていたのだが、それは外れみたいだ。


『狐の獣人族です。御主人様(マスター)の使用している『変化(チェンジ)』を発動させて存在を偽装しています』


「獣人?」


「分かるのか、面白い子供だな」


  本当に獣人族だった様で、目を丸くして驚いた直後に耳と尻尾が懇現した。


「魔物に懐かれている辺り、魔族かそれに準ずる存在……いや、少なくともその様な気は感じない、ぅうむ……」


「え、えとー」


「あぁすまんな。……身なりからして別の土地から来たと見える。何かしらの事情があるようだし、中で話すか」






「……と、言うわけで強制的に転移させられたみたいなんだ」


「成る程な、意図せずこの土地に……か。それにしても、その年で独り立ちとは感心だな」


  人々の気配を感じない村の外れに建っている家、男性の家らしいが、そこで俺のこれまでの経緯を男性に説明すると、同情と懐かしさが入り交じった表情で男性は虚空を見つめていた。


「そういえば此処ってどこなの?」


「洋大陸……そちらではリーシエという名前だったかな? ふむ、相当な距離だ」


挿絵(By みてみん)


  やはり大陸を跨いだ転移だった。……無事に帰れるのだろうか?


「そういえば言い遅れたが、我はホウガ。見ての通り狐の獣人だ。先程我の『変化』を見抜いた時から既に疑ってはおらぬが、十中八九亜人だな?」


「うん。俺は龍人(ドラゴニュート)で、ファルっていう名前」


  ホウガ、という名前に何処か引っ掛かりを覚えて悶々としていたが、今は情報を纏めたりする方が先決だろう。


「度重なる災難、ご苦労な事だな。ひとまず茶でも飲みながら落ち着こうか」


「じゃあ戴こうかな」


  急いで帰らなければいけない、という訳でもないし、久々のお茶だ。ゆっくり楽しむとしよう。





  いつの間にか仲良くなって(?)外で遊んでいるライムと子狐を見守りながらお茶を啜る……美味しい。


「あのスライムは色々と不思議だな」


「警戒心が無いみたいで、流れで付いてきちゃった感じなんだ。というか、形が不規則な上に生物かどうか疑わしい生物を前に動じない子狐も凄いと思う」


  主にもふもふの度合いが。


「あの妖狐は、我がある人物を探していた時に拾ったのだ。赤子の頃に親を人間に殺されたみたいでな」


  かくいう我も昔拾われた身なのだがな、と笑いながら教えてくれた。

  うーん……やっぱり何処か引っ掛かる。

  俺が頭を捻っていると、ホウガさんが……、


「帰還するための転移魔法が必要だが、それを発動させるだけの魔力が足りていない……か。我もそこまで多い訳ではないし、大陸を横断する程の魔力となると……あれ(・・)を利用する他ないか」


「あれって?」


「ファル、お前は竹林から来たと言ったな」


  コクリと頷く。何か解決法があるのだろうか?


「あの場所にはとある『神龍』が祀ってある祠があるのだが、その祠を守護する魔物が相当量の魔力を所持しているのだ」


  その魔物から漏れ出る魔力があの竹林を迷宮(ダンジョン)にしているのだという。


御主人様(マスター)の【万物吸収】は、吸収したエネルギーをほぼ無尽蔵に体内で保管出来ます。その魔物から直接……というのはまだ実物を見ていない我々には現時点では不可能ですが、魔法か何かを放ってくる種だとしたら問題なく吸収可能です』


「その魔物ってのは?」


「失礼、魔物というのは違うな」




  お茶を啜って一息入れたホウガさんが口にする。


「祠を護っているのは龍……『七星龍』と呼ばれる神龍の1柱『闇呪(あんじゅ)龍ヤマタノオロチ』の抜け殻だ」


  神龍やらヤマタノオロチやらと凄い名前が飛んできたが、気になったのは、


「七星龍……ていうか抜け殻?」


「まずは七星龍の説明からするとしようか」


  空になった湯飲みにお茶を注ぎながらホウガさんが説明を始めた。


「この世界には七つの属性が存在するのは知っているな? 火水雷土風、それに光と闇だ。七星龍はその属性の祖と呼ばれている、所謂(いわゆる)神だ」



  言い伝えでは数百年前、この大陸で国と国の戦争があったらしいのだが、その時に闇呪龍の住処(すみか)を片方の国が襲撃したらしい。


「神の力を利用しようと考えていたのだろう。愚かなものだ」


  案の定、闇呪龍の逆鱗に触れた当時の国は、その力によってもう1つの国ごと滅ぼされたらしい。

  怒りで我を忘れた闇呪龍はその後、自身の能力を使って辺り一変を、文字通り呪われた大地へと変えた。


「その後の事は伝えられていないが、龍の魂は祠に納められ、その祠を魂の無い……半ば守護人形(ゴーレム)と化した闇呪龍の肉体が護っているのだ」


  ヤマタノオロチって言えば、確実に『日本書紀』に出て来たあれだろうけど、人に封印とかされたのかな?


「魂が存在しないとはいえ、肉体は神龍のそれだ。魔力はほぼ無限と言っても過言ではない程あるだろう。試しに行ってみるか?」


「そうする」





「此処は迷いの竹林と呼ばれていて、一度入った人間種は『案内者(ナビゲーター)』がいなければ出ることが出来ないのだ」


「……子狐に感謝だなぁ」


「コンッ♪」


  ホウガさんの案内の元走る事数分。突然バッ! と開けた土地に出た。

  グラウンド位はありそうな広さのその場所の中心には、小さな祠がポツンと建っていた。

  そしてその後ろに……、



「……あれが」


「そう、闇呪龍の抜け殻だ」


  濁った白の甲殻からは形容し難い……紫茶? なモヤが上がっている。最初に俺が戦ったモールスパイダー以上の不気味さだ。

  その見た目だけで他者を圧倒する風格があり、冷や汗が首元を伝う。

  しかし1つだけ、この龍の見た目の中で解せない部分があった。


「首……一つだよね?」


「我も最初に出会った時は同じ感想を抱いていたな」


  ヤマタノオロチは首が八つって話だけど、何で首一つだけなんだろうか? まぁリアルで八つ首を見るのもどうかと思うから良かったけど……。


「しかしファル……お前は大丈夫なのか……?」


「何が? って凄い汗……そっちこそ大丈夫なの?」


  ホウガさんの息が荒い、気付けばライムと子狐は何処かへ行ってしまっている。

  何ともないの、俺だけ?


『闇呪龍の発する障気をまともに受けてしまったからでしょう。あの龍が発する障気には、生物の身体に悪影響を及ぼすレベルの魔力が籠められております。まあ御主人様(マスター)は【万物吸収】と【状態変化】でエネルギーに変換しておりますので体調に変化はありませんし、魔力も補充できますので……』


  一石二鳥ですね、とか言い出しそうなルシア。俺が平気なのはそれが理由か。


「……やはり我はまともに相手出来そうにないな……。悪いが我は此処でサポートさせてもらう」


「案内してもらっただけでも充分だよ」


  多分……というか絶対に勝てないだろうが、少しエネルギー(魔力)を貰うだけだし、死なない程度に頑張るかな。

オマケ



「コンッ!」


狐はコンとは鳴かないらしいです。





ぷにゅっ、もふっ。


一度でも良いから堪能したいですね。






「ひとまず茶でも飲みながら(ry」



「……ふぅ、美味しい」


「この味が分かるとは、趣味が合いそうだ」


「少し梅の香りがする」


「おぉ分かるのか! これは我の好きな組み合わせで……」


この後10分程お茶について語ったホウガであった。








途中出て来た挿し絵は自分の書いた世界地図です。今後もちょくちょく変わると思いますが、大体はこんな感じです。

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