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夢見る者と夢見た者

「よぉ、相変わらず早いな」


「そう言ってるザキさんこそ、今日凄い早くない? 酒場が開くのまだだよ?」


「……お前、このギルドに来た理由忘れてないか?」


「え? 受付酒場で働いてハンナさん()に住まわせてもらう為の家賃を『冒険者になる為……では?』冒険者になる為に必要な冒険証(ライセンス)を入手する事っ! わ、忘れちゃいなかったサ……ははは」


「完全に忘れてたんだな、そうか分かった。じゃあこの冒険証(ライセンス)はいらな「冒険証(ライセンス)来たの!?」調子の良い奴め……」


  呆れた表情でほら、と手渡された……板? がその待ちに待っていた冒険証(ライセンス)なのだろう。


「本当はもう少し早く来る筈だったんだが、お前さんみたいなケースはちと特殊だったからな。本部でも色々あったみたいだ」


  確かに、子供()が冒険者なんて前代未聞だろうし、そうじゃなくても色々と手順を飛ばして冒険証(ライセンス)を取得するに至った訳だから、さぞかし本部は混乱したと思う。


「おはようございます教官。今日は早いのですね」


「おう、朝っぱらにこれが届いたからコイツに伝えようとな」


冒険証(ライセンス)……という事は」


「想像してる通りだ」


「二週間と3日……長かったなぁ」


  ようやくこの地獄(女服、先輩)から解放される……そんな事を想像していると目尻から何か熱いものが溢れ落ちた……気がした。


  二週間と数日というこの期間、常連の人には服装をからかわれ、そうでない冒険者にも奇怪の目で見られたりしたし、時々だが背筋がゾクリとする笑みで俺を見てくる冒険者もいた。

  それでもって……先輩からはセクハラじみた事をやられたり。

  ……俺の言いたい事は分かってくれるだろうか?


「あら教官さん、今日は変に早いわね。何をやって……あら」


  噂をすればリーリャ……先輩。ザキさんが冒険証(ライセンス)について話している。




「それは寂しくなっちゃうわねぇ」


  本当に寂しそうにしている……先輩だが、


「最初からそれが目的だったし、色々なものから解放されるから、俺的には喜びの感情の方が大きいんだけどね」


「そんな事言っちゃってぇ、ホントは寂しいんでしょ? ほーらお姉さんの「どちらにせよ今日までは給事をやるけど」」


  少し嫌な予感がしたので、全力で……先輩の言葉を途切れさせた。

  もうすっかり苦手意識を持ってしまった俺は悪くないと思う。


冒険証(ライセンス)の説明は、お前の仕事が終わってからするからな」






「ふーぅ、終わったぁ」


「お疲れさん。んじゃ、軽く説明するか」


  仕事を終えて一息付こうと思っていたら、機を図ったかの如きタイミングでザキさんがやってきた。


  渡された冒険証(ライセンス)を指してザキさんが説明を始めた。

  この板みたいなもの……つまり冒険証(ライセンス)は、冒険者の免許証で、これが無ければ冒険者として依頼を受ける事ができないのだ。


「この冒険証(ライセンス)は、その外見でランクが判るんだが、ランクが上がるごとにこれ(冒険証)の見た目も変化してく」


  俺は今、入りたてなりたてのEランク冒険者なのだが、冒険証(ライセンス)もそれに比例して薄い鉄板に厚い羊皮紙を巻いたものに名前が書かれている――字は勉強中――。

  ランクが上がる度にこの板の素材のランクもアップしていくらしい。


「ランクは、依頼の中で一定の成果を上げたりして、ギルドから評価されると上がっていく。少し前のBランク共も、お前にとっては『あの程度』で済んだと思うが、一応竜族(ドラゴン)を討伐してあのランクに上がったのは事実だ」


「竜……なぁ。やっぱり強いの?」


「少なくとも下級悪魔(レッサーデーモン)よりかは手強いだろうよ」


  デーモン……見たこと無いから分からないんだが……、まあ強いんだろう。


「次に依頼の受注から達成、報酬受け取りの流れについてだ。結構複雑だったりするから、ちゃんと聞いとけよ」


  依頼は国や集落、個人的なものまで多種多様で、強力な魔物が出現した時に国から依頼が来たりするし、採集等の無期限で依頼できるものまである。

  それらの依頼の管理を行っているのが『冒険者ギルド』でありハンナさんが担当している受付で依頼の受注・報酬受け取りができるのだという。


「依頼の受け方は明日にでもハンナが教えてくれるだろうから、その後の事を今から教えるぞ。依頼は大きく『討伐』『採集』『探索』に分かれてる」


  討伐はその名の通り依頼対象を狩猟して報酬を得るのだが、成功した場合、その証拠となる物……対象の素材の一部をギルドに提出しなければならない。


「虚偽の報告をした場合のペナルティとかってあるの?」


「報酬金額の倍、所持金から没収される。まぁ、そうじゃなくてもランク昇格の道が遠ざかるな」


  採集は、決められた物を決められた個数だけ集める、これも名前の通りの依頼だ。

  しかしこの依頼は受注に制限がなく、依頼を達成した直後に同じ依頼を受ける……という事も可能なのだ。


  最後に探索なのだが、


「ギルドに依頼する奴ら、どういう訳か探索を『捜索』と間違えてる節があってな……」


  通常、探索の依頼というのは遺跡(ダンジョン)の攻略や未開の土地での地図作りがメインとなっているのだが、希に人探しや指名手配の依頼が来たりもするらしいのだ。


  成る程、それは迷惑な話だな。


「まぁ……そんな感じで受注だけでも結構面倒なんだが、今の所で分からない所はあったか?」


「いや、問題ない」


  前世の社会に比べたら遥かに分かりやすいし簡単だ。つまり討伐の場合は素材の一部を、採集は対象を一定数ギルド(受付)に提出すればいいんでしょ?


「理解が早くて助かるぜ。殆どの奴はこの辺で混乱するもんだけどな。んじゃ再開するが……」


  依頼を達成した後、受付にて報告と報酬の受け取りを行うのだが、この報酬というものは貨幣ではなくポイントとして支払われるのだという。支払われたポイントは冒険証(ライセンス)に貯められて、ギルド内の別の所で貨幣として引き落とされるらしい。

  つまり簡単にいうと「報酬、口座に振り込んでおいたよ」という事だ。


  ……異世界にそんな便利なものがあったなんてな。


「何ポイントいくらなの?」


「今説明しようと思ってた所だ。正確じゃあ無いが、1ポイントが銅貨1枚、10ポイントだと銀貨で100は金貨1枚……つった所か」


冒険証(ライセンス)の発行が遅かったのはそういう魔法……? とかを込めたりしてたからなんだ」


「他にも偽装防止やら劣化防止の魔法も掛かってるみたいだぞ?」


  俺にも作れそうなこの板が、前世のクレジットカードより高性能な件……。




「……とまぁこの辺が冒険者についての大まかな所だ。そういえば、明日から行くのか?」


「? そのつもりだけど、なんかあるの?」


  手伝いとかだったらやるけど……と口に出そうとした時、


「いや、別に無いが、これからのお前さんの寝る場所をな」


「適当に寝る場所探すし、金銭の方は特に問だ「私は平気ですが」「そうか? じゃあ頼む」……どうしてこういう所で俺の意見を聞いてくれないのかなぁ……」


  こういう時だけ素晴らしいコンビネーションを見せるザキさんとハンナさん。

 ……話だけでも聞いてほしいんだよな。


「家賃は、そうね……時々で良いから受付酒場を手伝う。これで良いわ」


「やっとあの服の拷問から(だっ)せられると思ったのに……」


「あれはあれで可愛いんだけどねぇ」


  いつの間にか現れたカトラさんが何やらぼやいているが、冗談になってないので軽く無視をした。

  見る人の評価は知らないが、着てる側からすると羞恥で死にそうなんだよ。


  けど、住まわせてもらうし不自由も特に無いから、多少なら良いか。


「たまにで良いなら「やったぁ! それでこそファルちゃん!」ムググー!」


  リーリャ……先輩の存在を忘れていた俺は、何度目になるのか分からない圧迫攻撃を受けた。

  その後、ハンナさんからストップが掛かって事なきを得たが……。





  その日の夜

  ようやく冒険者として明日やっていける、という事で一日中テンションが高めだった俺は、柄にもなく寝れない夜を過ごしていた。


「……まだ寝てないの?」


「どういう訳か目が冴えちゃってさ、これまでも魔物を狩ったりはしてたけど……これからは違う意味での狩りをするんでしょ? 俺の中では不安より楽しみが(まさ)ってるんだよね」


「そんなに良いものではないわよ?」


  そうポツリと呟いたハンナさんは、数年前の自身の話をし出した。


  彼女も俺と同じで憧れて冒険者になったらしく、当時からカトラさんに世話になってきたという。

  カトラさんを先輩って言ってたのはそういう事だったんだな。


「その頃は物凄く楽しかったわ。当然今の仕事も楽しいけど、やりがいで比べれば冒険者の方が上だった」


  リーリャ……先輩との出会い、下位竜(ワイバーン)との死闘等……自身の思い出を懐かしそうに語る。


「私自身、戦闘能力はそこまで高くなかったから補助に回る事が多かったし、そんな私の能力を生かせるパーティーに入れた事もあって私はBランクまで上がった」


  馬鹿だったのよね、私……と自嘲気味に呟くハンナさんは、表情に陰りがあった。




「……全滅したの、Bランクになりたてだった私達が最初に挑んだ悪魔族(デーモン)によってね」


  唯一後方援護だったハンナだけは大怪我で済んだのだという。


「私達の受けた依頼を知った先輩が飛んできて、私だけが助かった」


  その後、大怪我が原因で引退し、今の仕事(受付)を始めて、ギルド職員として冒険者のサポートを行っているらしい。


「そう見れば、私達はこの間のBランク冒険者と同じ、気が大きくなっていたのよね……。今もギルドで働いてるのは、死んだかつての仲間達が……冒険者をやってた頃が忘れられないからなの。ごめんなさいね、辛気臭(しんきくさ)い話しちゃって。子供に話す事じゃ無かったわね」


「……最後のは余計だけど、それが『正しい事』だってのは分かる」


  え? と聞き返すハンナさんに、俺は俺の考えを言った。




「確かにハンナさん達のパーティーは、強くなったっていう慢心と、その悪魔族(デーモン)に対して抱いた油断で全滅して、今のハンナさんがいるんだと思う。子供(ガキ)の俺が言って腹立つだろうけど、失敗は自分が経験して初めて『失敗』になるんだと俺は思ってるし、初めて失敗をしたその経験から『教訓』が生まれるんだ」


  驚きに目を見開いているハンナさんに、更に追撃を加えていく。


「死んじゃった人達は戻って来ないし、何も伝える事も出来ない。けど、生き残ったハンナさんは? 今も自分の『失敗』を『教訓』に変えて生きてきてるんじゃないの? この間の馬鹿(Bランク)冒険者に面と向かって喧嘩売ってたのは昔の自分達と重なったから、同じ馬鹿な事をやらせない……そんな意味も込めての挑発だったんじゃないの?」


「それは……」


  口ごもるハンナさんにトドメ、


「自分の失敗を……教訓を今も忘れてないから、冒険者に関係する仕事を今もやってるんでしょ? 人間が……一番の愚か者がやる事は、『成功しない』んじゃなくて『失敗から何も学ばない』事であって『同じ失敗を繰り返す』事だと俺は思うな。『失敗から教訓』を得て『他に繋げる』事を今もやってるハンナさんは、『正しい事』をやってる……違う?」


  失敗なんて誰でもやることなんだよ。俺だって前世じゃミスやらなんやらと結構やってきた人間だったし、同じ様に色々やらかした同僚や後輩、先輩を見てきた。失敗を俺等に押し付けてきた先輩もいた。

  程度は違えど失敗は失敗、そこから学ぶ事なんていくらでもあるのだ。


「自分を責めるんじゃなくて、自分から学べば良いんだと、少なくとも俺はそう思うよ?」


  もっともらしい事を言ってみたが、事情を聞いただけの俺がでしゃばっちゃマズかったかな?


「……もう、君が子供に見えなくなっちゃったわよ」


  呆れた、それでいて陰りの消えた表情でハンナさんが俺にツッコんだ。


「一応子供だけどね」


  なんて話していたら、突然物凄い疲労と眠気に襲われた……。体が子供だからか、あるいは……


『対象に低周波を浴びせて筋肉を一時的に麻痺、体に疲労を蓄積させる、『麻痺周波』とでも名付けましょう』


  コイツ(ルシア)だった。

  この()、たまに新(アーツ)の研究とか言って許可無しに俺を実験台にしてくるのだ。

  この間なんか、微弱の電流を体に流し続けたらどうなるか? みたいな実験を俺で始めて、色々とシャレにならない状態になったし、ルシアには禁止させているのだが、何故か聞いてくれないのだ。


  体の痺れを疲労と感じ取ったのだろう俺の体……まぁ眠くなった訳だ。

  ちょっと良いこと言った直後にこれだから、やるせない気分である。




「いつの間にか私が慰められてるのだけれど……つまり私が言いたいのは、図に乗らないで、死なない程度にって……寝ちゃったわね」


「……くぅ……、ん」


  話を聞き終える前に力尽きたファルに布を掛けて、そのあどけない寝顔を見ているハンナは、さながら母親の様に慈愛に満ちた表情をしていた。


「……あんなに大人みたいな事を言っていても、中身は子供なのよね」


  ファルの中身が自分と同じ28歳だとは知らないハンナ。

  先のファルの言葉を胸に、ハンナも夢の世界に落ちるのだった。

オマケ



この間なんか、微弱の電流を体に(ry


――この(あいだ)――



『……という訳なのですが、許可を貰えないでしょうか?』


「うーん……まぁどうせダメージは無いだろうし、止めろって言ったらストップしろよ」


「了解しました。では」


「え、ちょっ……突然!? 足に力が……、あっ……!」


『……あ』




「おはよ……今日は制服に着替えるの早いわね」


「さ、最近服を洗ってなかったからさ、今干してるんだ」


「そう、なら良いわ」



『ふむ、このレベルの電流だと全身の筋肉が麻痺、果てには失き(へし折るぞこの野郎!)』


初めてルシアに対して殺意が沸いた瞬間であった。



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