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初仕事

「何これ……」


「見てのとおり朝食だけど……食料庫にあった食べ物、使っちゃいけなかった?」


  いつも通りの時間帯に起きた俺は、今日から二週間程お世話になる家の主(ハンナ)がまだ寝ていたのを確認して簡単なスープを作ったのだ。

  まあ色々世話になるし、このくらいはやらないと俺が納得しないってのもあるんだけどね。

  丁度完成した頃にタイミング良くハンナさんが起きて今のリアクションをするに至ったのだ。


「別に使うのは構わないけれど……本当に私の家にあった食材で作ったの?」


「……? そうだけど」


  俺がそう答えた直後、足早で俺の前に来たと思ったら、モニュッと両手で俺の頬を触りだした。


「……ふぉすへんほうひはほ?(突然どうしたの?)」


「……何故か無性に触りたくなって」


  ムニーッと俺の頬を引っ張って伸ばしたり、逆にムニュッと潰したりと結構されるがままな俺……。

  寝る前も思ったけど、俺ってぬいぐるみに転生したんだったっけ?


『間違いなく御主人様(マスター)の種族は龍人(ドラゴニュート)です』


  そんなこと分かってるよ! 全く、冗談の通じない剣だこと。


「せっかく作ってくれた朝食が冷めちゃうわね。(いただ)くとしまょう」


『……ぁ』


  ハンナさんが手を離した時、ルシアが残念そうに小さく呟いた。

  ……あれ? 何で君が残念がってるのかな?


  ルシアの不思議な反応に首を傾げながらもハンナさんの向かいに腰を下ろした俺は、手を合わせて食事を始める。

  向かいを見ると、口に手を当てながら驚いた様子でスープを眺めていた。


「……負けた」


「?」


  ただのスープなんだけど、そんなに驚くような材料とか入れたかな? と少し心配になってきた俺にハンナさんが、


「このスープ……何を入れたらこんなに美味しくなるの? 葉物野菜は分かるけど、それだけじゃこんなに美味しくはならないわ」


「入れた野菜は葉物(レタスみたいな食感)と玉葱……マネギだけだよ」


  マネギというのはこの世界の玉葱に似た食材で、味もほぼ玉葱だったのでコンソメ味のスープを作るのに使ったのだ。


「マネギ……? 入ってなかったのだけど」


「中で溶けるまで煮込んだからね」


「……よくこういう料理思いついたわね」


  感心した様子で俺にそう言った。その反応を見た俺は胸を張って、


「伊達に生きてないもん」


「その歳でよく言うわ……」


  ごもっともで。




「ふぅ……美味しかったわ」


「そう言ってくれると嬉しいな」


  かなり無言に近い状態だった食事を終えた俺達。食事中ハンナさんが凄く悩んだ様子でスープを啜ってたので、ちょっと話掛けづらい雰囲気だったのだ。


「朝食を作ってくれた後で言うのもどうかと思うけど、この家に住むに当たってのルールを説明するわね」


  そう言って指を三本立てて説明を始めた。


「一つ……この後行くギルドの仕事を手伝う。これで家賃を稼いでもらうわ。丁度空席があったし、場の雰囲気に馴れるのにも最適だからね。二つ目は掃除に関してよ」


「掃除?」


「そう。この家は2日に一回軽く掃除をするのだけど、これを一回ずつ交代でやる。詳しいやり方はその時に説明をするわ」


「三つ目は?」


「あなたを食事係に任命します」


「何故に!?」


  ハンナ家三大条約……締結。





  受付酒場

  ハンナさんが言っていた仕事の手伝いの為に行ったのだが……、


「……こ、これを着るの?」


  仕事をするにあたって渡された制服を見て固まってしまった俺。


「制服だし、男物が無かったからこれで我慢して」


  さて問題、俺は今から何を着ようとしている?



「……下はズボンじゃ駄目?」


「駄目よ。中は暑いから蒸れるし、給事の服はこれなの」


  何を隠そうスカートの女服である。

  元男である俺は、やはりどうしても着るのを躊躇(ためら)ってしまう。転生して女になったから着る事自体は間違ってはいないのだが……。

  そしてもう一つ問題が。


「それと……し、下着はどうしよう……?」


  そう、下着だ。

  ソウガから予備も含めて貰った服を今まで着ていたので今まではそこまで気にしなかったのだが、俺は穿いていないのである。


  ……もう一度言おう。穿いていない(ノーパン)のである。


「下着……ねぇ。スカートを長いのにすれば問題ないでしょう」


  ハンナさんがとんでもない事を言い出した。

  つまりあれか? 生き地獄?


「さ、早くしてね。そろそろ人も来るから」


  ……どうやら逃げれそうにない。





「どう? 着替え終わっ……あら」


「うぅ……下が寒い」


(やだ、可愛い……)


  数分後、メイドみたいな格好のファルがおずおずと現れた。サイズが大きかったので、某高校生探偵が小学生に戻った時に近い状態になっている。辛うじて着れている感じだ。


「どうしましょうか、これより小さいサイズは無いし……」


「元の服にすれば良いと思う「却下」……じゃあマントだけでも」


「マント?」


「これを着たら……ほら、服のサイズが変わる」


  エトッフラワーマントを羽織って丁度良いサイズになった服を見て、ハンナさんが凄い驚いてる……。

  そういえばソウガがエトッフラワーは凄い発見とか言ってたよな……。


「……そのマントに関してはまた今度聞きましょう。しかしマント……お店の風紀とかの問題もあるし……こうしましょう」


「え、ちょっ……帽子?」


「頭飾りは特に決まりは無いから……うん、似合う」


  織って帽子みたいな形になったマントを、ハンナさんが俺に被せる。余った布が後ろに垂れているが、動くのに不自由は無い。


「……これであと下着があればなぁ」


「早速教えるわよ」



  その後、ハンナさんから給仕についてを色々と教わったのだが……なんの事は無い、注文を取って運ぶという、前世では何度もアルバイトで経験したいわゆるウェイトレスだ。

  問題があるとすれば俺が身長の関係でしっかりと運べるかどうか位である。


「それじゃああなたの仕事仲間を紹介するわ。この「なぁにハンナ。私の臨時パートナーって」この人と二週間、慣れないと思うけど頑張ってね」


  ハンナさんの声で現れたのは、ハンナさんと年齢が近そうな女性だった。


「え、うそ……カワイイー! ハンナの隠し子!?」


  女性がファルを、凄い勢いで抱き締めた。ファルは女性の母性(物理)に顔を圧迫されていて、息が出来ていないみたいだ。


「違うわよ、とょっと訳あって私が預かる事になっただけ。仕事の程は私が保証するわ……それと、放してあげないと死ぬわよ」


「あぁ、つい可愛かったから」


「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」


  危うく窒息及び圧死するところだった……。


『…………』


「全く……、この子はファル。かくかくしかじかで今は私が面倒を見てるわ。それでこっちはリーリャ。彼女のパートナーが少し前に倒れちゃって、人手が足りていなかったの。お互い仲良くしてね」


「リーリャよ。さっきは御免なさいね♪ それにしても、その歳で冒険者なんて凄いわね! お姉さん褒めてあげる!」


「ぐえぇ!」


「だから抱き『締める』の止めなさい! 本当に死んじゃうから!」





「来たぞー、って……昨日と比べて随分な変化だねぇ。似合うけど」


「それは言わないで……うぅ、好きで着てる訳じゃないんだから」


  昨日と変わらない見た目で現れたカトラさん。入った時の第一声がこれだったので、既に俺は瀕死(ひんし)の状態だ。


「まあそれはどうでもいいが、その服装からしてお前の仕事は給仕か?」


「そうだけど、注文?」


「おう、燻製肉とパン。朝飯食ってないからな」


  ドカッと適当な席に座るカトラさん。ギルドが開いたばかりの今現在、客は彼女のみである。



  リーリャ……先輩? の立っているカウンターまで歩いていって注文を伝えた。

  人が多くなったらルシアの手も借りようかな、なんて思っているとリーリャ先輩が、


「はいよく出来ました! 初めてなのに偉いわねぇ!」


「ちょっ……息が……」


  再び母性(物理)で窒息させてきた。




  時刻は11時、昼の時間帯というのもあって凄い量の人だ。


「坊主! こっちにエール二つ!」


「おおい! 頼んだものはまだか!」


「あ、はい! 今すぐ!」


  忙しさのレベルは前世の比じゃないが、バイトをしていた頃の懐かしさも相まって結構楽しかったりする。

  リーリャ先輩は俺の伝えた注文通りの料理を作り、時々自分で運んだりしている。

  ……俺の倍近く働いてるんじゃないか?


  ハンナさんも同僚と思われる女性と共に冒険者の相手をしていて、カトラさんは他の冒険者と腕相撲をしている……あ、勝った。


「はいファルちゃん♪ エールとお肉、持てるかしら?」


「これくらいなら(ルシア、どの客だっけ?)」


『それぞれ右三、上五の席と右隣の席です』


  昼が近く人が多いのでそろそろ一人では把握しきれないと判断した俺は、ルシアに位置を覚えてもらっているのだ。


  ……と、そういえばさっき着替えてた時に一つ気になることがあった。

  俺って、種族は龍人(ドラゴニュート)なんだよな? 角と尻尾は分かるけど、翼が無いってのはどういう事なんだろうか?


  オーガから教えてもらった『変化(チェンジ)』は、肉体を限りなく片種族にするというだけで、完全には変わらないのだ。

  簡単にいうと、『変化(チェンジ)』を使って人間に程近い体にはなっているが、身体能力は龍人(ドラゴニュート)のそれだし、ほんの若干だが角も尻尾も残っている。

  しかし、異世界(西洋風)で龍の見た目と言ってまずイメージされるのは、俺の場合は尻尾と翼なのだ。ほら、空を飛んで火を吐いて暴れるあれ。


『――! ―――――――!!』


  謎の声が猛烈に否定している気がするが、言葉も感情も判らないので反応のしようも無い、つまり無視である。


『考えてみればそうですね……私は御主人様マスターの種族を『解析アナライズ』で把握しました。その時は確実に龍人(ドラゴニュート)でしたし今もそうです。御主人様(マスター)の種族で考えられるとすると……御主人様(マスター)記憶(イメージ)に存在する東洋の龍であるという推測が濃厚でしょう』


『―――、―――――「ファルちゃーん! こっち出来たわよー!」……――』


  そうだった、仕事仕事。この話は今度に持ちきりだな。


  リーリャの声で我に返り、仕事を再開するファル。当初の目的である『冒険者になる』という事を完全に忘れているのであった。





  夕方の6時頃(ルシア時計にて)、給事も含めて夜の部に引き継ぐということで仕事を終えた俺達。

  まぁなんというか、疲れたな……主に精神面で。

  受付酒場には、言わずもがな昨日俺達のやり取りを見ていた者も来たし、そうでなくとも俺は子供、不思議な物を見る目で俺に関しての話題をしていたり、人によっては俺本人に聞いた者もいた。

  俺自身人見知りはあまりしないと自負しているが、流石に辛かった。


「私は片付けをしてちょっと遅れるから、先に着替えてなさい」


「ファルちゃんお疲れ様~♪」


  一刻も早くこの服を脱ぐ為、足早にこの場から去った俺。

  これがあと13日……。





  ファルが着替えの為に部屋へ向かったのを見送った二人は、感嘆の溜息(ためいき)を溢していた。


「あの子、凄かったわね……。多少休みがあったとしてもまだ元気だし、若いって体力なのかしら?」


「ハンナってまだ28なのに、時々婆臭(ばばくさ)い事言うわよねぇ。確かにファルちゃん、私も少しは運んだとしても給仕の殆どを受け持ってたし、注文を間違える事すら無かったもの、私だってたまに間違えるのにねぇ……」


「……それは治しなさいよ」


  そんな会話をしながら自分達のお茶を啜る二人、行動からして随分と年季が入っているが、彼女達はまだ20代である。


「まだ交代が来るまで少しあるわね」


「私、ファルちゃんを可愛がってくるわ」


  そう言って席を立ってファルの元へ向かったリーリャ。


「あ、ちょっと待ちな……はぁ、本当に可愛いの好きなんだから……」



  ギルドで働く人物の大半は、何かしらの事情で引退した冒険者達で、ザキやハンナも怪我が原因で教官や受付を始めたのだが、リーリャ・フランガもその一人である。彼女は今この仕事をする前は冒険者として希少生物の保護を主に行っていたが、とある生物を保護していた時、偶然その生物を狙っていた冒険者が放った魔法に直撃して怪我を負い引退。現在は冒険者ギルドの受付酒場で調理の仕事を受け持っている。

  そして彼女はハンナと同期で、当時からの親友同士なのだ。


  そんなリーリャはとにかく可愛いものが大好きで、生物の保護をしていたのは自分が()でたいから、というのもあるらしい。




  それから数分、一人お茶を楽しんでいると満面の笑みを浮かべているリーリャと、着替えを終えたファルが赤面で戻ってきた。


「……リーリャ、また貴女この子に変なことをしたの?」


「うふふ、私は何もしてないわ♪ さぁ帰りましょう♪」


  不自然な位ハイテンションで先を進んでいくリーリャを見てハンナは、


「何かされたの?」


「……聞かないで」


  それだけ言って足早にギルドを出ていったファルに首を傾げるハンナであった。

補足という名のおまけ



「それと……し、下着はどうしよう……?」


(下着? あぁ、男の子だから、スカートを穿いた時が気になるのね)


下着……ねぇ。スカートを長いのにすれば問題ないでしょう」


この時、ハンナはまだ知らない。ファルが女だという現実に、実はなにも穿いていないという事実に。






「私、ファルちゃんを可愛がってくるわね」




「ファ~ルちゃん。お着替えは済んだ……あら」


「……え?」←何も着ていない


気まずい沈黙。


「……ファルちゃんって女の子だったのね♪ 「うわぁぁぁ!」あら、同じ女なんだから隠す必要は無いじゃない♪」


「と、取り敢えず服を着るから後ろ向いてて!」


「恥ずかしがるファルちゃんもカワイイわねぇ♪ そんなファルちゃんを、お姉さん手伝いたくなっちゃう!」


「っひゃあっ!? いいから! 穿ける、自分で穿けるからぁ!」


「もぉ、恥ずかしがらないの♪ それにしても、随分とまぁ可愛いおし「わぁぁぁ!」うふっ♪」


後の事は皆様のご想像にお任せします。







今回はギャグ回でした。

……シリアスに入りたいのに、入り所を見失った自分がいる。

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