対人戦闘
「しっかしあの野郎が行商人とはなぁ……世の中何が起こるか分からんな!」
ガッハッハッ! って笑う人、初めて見た。
それにしても、この建物って地下もあるんだな。前世にあった大型スーパーの地下駐車場みたいだ。
今俺達がいる場所は、冒険者ギルドの地下に位置する『訓練所』らしい。此処には、これから冒険者になろうと志す者や対人戦闘の訓練をする国の兵まで……様々な人が思い思いに体を動かしている。
……時々「やぁぁ!」という声に混じって「ぎゃぁぁ!」とか聞こえてくるが、きっと何かの幻聴だろう。
「此処は冒険者ギルドの訓練所と試験を担ってる場所だが、この場所は広いし外部からの邪魔が入りにくいってのもあって兵士共が訓練で使ったりしてるんだよ」
『兵士』という部分だけを機嫌悪そうに吐き捨てたザキ。後で聞いた話だとここ十数年、ギルドとデイペッシュ兵は軽い敵対関係なんだそう。
十数年前というと丁度この国が『人族国家デイペッシュ』に変わった時期、この国の王がどれだけ不人気なのかが解る。
「相変わらず阿鼻叫喚としてるな、此処は。その内誰か死ぬんじゃねぇか?」
「俺が補佐として育ててる奴等が野郎共と遊んでるからな。それと、死なれたら処理に困るし出来るだけ殺さない様にしてるから問題ないぞ」
「処理って……」
『力尽きた兵士もしくは彼の補佐官をどの様に処(分かってるよそんな事!)申し訳ございません』
真面目に答えたルシアにそう突っ込んでいると、前方から18歳前後の男が三人、ザキに向かって走ってきた。
「おいオッサン! 俺らをほっといて何してたんだよ!」
「おお忘れてた、スマンスマン」
「一体俺らは何時になったら冒険者になれるんだよってんだ!」
唾を飛ばしながら男達がザキに詰め寄った。口振りから察するに彼等は冒険者を目指しているのだろう。
「お前らが俺に一撃でも加えられたらっつってんだろうが。ったく……三人がかりで攻撃してるのに、怪我で引退した俺に完敗ったぁな」
ザキは男の態度に動じた風も無く逆にそう言って男を煽った。
「そ、それは……ってか何だよガキなんか連れて」
口ごもった男は、俺の存在を確認して話題を変えた。
「説明忘れてたな、このちっちゃいのはファルっつう……お前らと同じ『俺の試験対象』だ」
「「はぁ!?」」
「ちっちゃくて悪かったな……えっと、宜しく……?」
俺が男達に軽く会釈するのとほぼ同時、男達は一斉にザキへと向き直って「まだガキじゃねぇか! 馬鹿にしてんのかオッサン!」やら「こんなガキが冒険者になんかなれる訳ねぇだろ!」等……
確かにガキだけどさ、本人の前で言っちゃうかそれ?
そんな俺の心境や、男達の文句を意に介さずザキは話を進めていく。
「よし、じゃあこうしようか。今からお前ら全員で勝ち残りの試合を始める、その中で勝ち残った奴は俺と勝負だ。俺に一撃でも加えられたら、そいつには冒険者としてやってける様にしてやろう……俺の言いたい事は解るよな?」
「っけんじゃねぇ! 何で俺達がこんなガキを混ぜて戦わなきゃいけねぇんだよ!」
「俺達はガキの子守りをする為にこの場所に来てるんじゃねぇ!」
「……なんか散々に言われてるんだが……」
「血の気があって良いじゃねぇか? アタシはこういうヤツ好きだぞ?」
カトラは男達を見ながらそう言う。
俺もこの人と出会って一時間も経ってないが、とても好戦的な性格だというのは分かった。
「俺はこの場に不釣り合いな奴なんて入れやしない。いいからとっとと始めろ」
不敵な笑みを浮かべながらその場で戦うように言ってきたザキ。
え、此処? とか思ったが、周りの人物(兵士や冒険者)は普通に戦っていたので大丈夫なのだろう。
……と、男の一人が俺の元に寄ってきた。
「ちっ、おいガキ。怪我したくねぇなら降りときな。お前は冒険者目指すにゃ早すぎる」
舌打ち混じりで俺にそう言って辞退を促す男。口は悪いが、根はそこまで悪いヤツでは無いのだろう。
「気遣ってくれてるのは嬉しいけど、俺は降りないし、負けるつもりもないよ」
「ふん、文句はオッサンに言えよ」
それだけ言うと他の男達と共に開けた場所で構えた。戦闘準備は出来ているという事だろう。
「じゃあ詳しく説明するが、お前らは全員で戦闘を行って貰う。一体多数でもなんでもいいが、勝敗条件は……そうだな、相手を悶絶させる一撃を体のどの部位でもいいから与えろ。直撃したヤツは脱落、冒険者は暫くお預けだ。そして最後まで残ってたヤツは俺と戦う。勝敗の条件は同じだ」
「お前、相変わらずこういうの好きだな……」
ザキの説明に、少し苦笑気味で反応したカトラ。
「よし……始め!」
ザキの声と同時に男の一人が俺に襲い掛かった。
「てめぇがなんで俺らと同じ土俵に立ってんのかは知らねぇが、雑魚は最初に潰すに限る!」
ブンッ! と空を切る音を出しながら男の拳が俺に迫る……が、相手が俺という事で手加減しているのか知らないが、真っ直ぐなただの右ストレートは簡単に避ける事ができる。
自分が体制を崩さない、必要最低限の動きで回避した俺は、男の空いた懐に潜り込んで鳩尾を力一杯殴った。
「ごはっ!?」
「おぉ、結構やるじゃん」
「…………」
崩れ落ちる男を見て驚きと関心の表情で頷くカトラと、逆に無言で事の成り行きを見守っているザキ。
他の二人はまだ戦っていて、俺に警告をくれた方の男が若干圧している。
「これは驚いた。あの子、まさか一撃で黙らせるとはねぇ。ベルクの野郎が推すだけの事はある」
「……あいつは頑丈な事だけが取り柄の筈だったんだがな」
カトラの驚きを苦笑で返すザキ。その視線は他の殴り合っている男を見ているファルに向いている。
「しっかし、お前さんが初っぱなからあのファルっつうガキを闘わせるなんてな、お前は基礎から叩き込むタイプじゃ無かったのか?」
そういえば、といった感覚でそう聞いたカトラに、ザキは至極真面目に、
「当然だ。体術のイロハを知らないような奴は小鬼族にだって勝てやしねぇ。だがあの小僧はな、弱く見積もっても素手で蜥蜴人族を圧倒できる位の力はあるだろうよ」
と言って自信満々な表情でカトラに向き直った。
ちなみに蜥蜴人族は、ギルドが定めるランクでいうBに属す危険度の魔物である(小鬼族はE)。
そんな、ファルは蜥蜴人族を倒せる実力が『ある』と言い切ったザキに、カトラが苦言を洩らした。
「……お前の観察眼は昔っから優秀だけども、流石にそれはサバ読みが過ぎるんじゃないのかい? ベルクが推した人物ってだけあって評価がデカイのは私も認めるよ、でもあの子らを黙らせた位でそこまで評価するってのも……ねぇ」
実際、カトラはファルに対して一度【解析鑑定】という、ルシアが最初ファルに使用した【解析】の上位互角に相当するスキルを使っている。
結果は『測定不能』。男達も同じ結果が出ていて、これはスキルを持っていない人物に対して使用すると出てくる反応なのだ。
「言っただろ? 残った奴は俺と戦うって……まあ見てろ。俺の言った事が分かるだろうからよ」
「あ、終わった」
『打撲が重軽症合わせておよそ12ヶ所、一方の男も同等のダメージを負っていると思われます』
戦っていた男は、顔面に拳が直撃して蹲る。勝ったのは俺に警告をくれた男だ。
「……お前、クロムを倒したのか」
「あの大男がクロムって人ならばそうなるね」
「あいつは俺でも勝てなかった筈なんだがな……」
ちょっとショックを受けた様子の男。
こんな子供に、自分が倒せなかった相手が倒されたんだしね。
「それで、残ったのは俺達だ「俺は降りる」え、いいの?」
「……てめぇ嫌みで言ってるだろ。俺が勝てない奴を倒した奴に、勝てる訳ねぇだろうが」
という事らしい。というか、出会ったときの勢いは何処行ったんだって位テンションが下がってるなこの人。
「よっしゃ! 終わったみたいだし、始めるか! お前らも其処で見てねぇでしっかりと学んどけよ!」
「え、早速!? うわっと!」
男が降りたのとほぼ同時にザキが俺に向かって走ってきた。
……義足だよね?
「さぁて、ベルクだけじゃなくザキまで認めさせた実力、しっかりと見させて貰うかな。ほら、アンタ達もそんな所にいたら死ぬよ」
「あ、ああ。立てるか?」
「……起こさせてくれ。ゴホッ……一体何なんだあのガキ」
クロムという男が、戦いに降りて一番ダメージの無い男の肩を借りて起き上がった。
受けたのは一撃だったが、一番ダメージが大きそうだ。
「まさかお前が倒されるなんてな」
「……ちっ、まあいい。どうせあのガキもオッサンに遊ばれて終わりだ」
「はっはぁ! 楽しいな坊主!」
「俺、は……楽しくないっ! っと!」
「おお、今のを避けるか! だが、避けるだけじゃあ拉致が空かないってもんだぞ?」
このオッサン、嫌がらせで言ってるだろ絶対!
本当は【電光石火】を使用する事で結構簡単に終わりそうな気がするのだが、切り札はあまり多用する物ではないというルシアの意見で封印している。
「お、おい。あの子供、教官とまともにやりあってるぞ」
「……何が起こってるか見えるか?」
「いや全く……けど、あんな勢いで攻撃してる教官初めて見た……」
【共有】を使用してルシア目線で辺りを見渡した。
いつの間にかかなりの人数が俺とザキの戦いに注目していた。
「おうおう! 賑やかになってきたじゃねぇか? そうら!」
「―――ッ! 今の絶対当たったらヤバかったぞ……」
音にならない音を出しながらザキの拳が俺の胴体を掠めた。服の表面が少し焦げる……。
『速度と風切り音具合からして、現在の御主人様の肉体でしたら軽くて陥没骨折、最悪の場(大体想像つくから言わなくて宜しい!)承知致しました』
あいつの猛攻を潜り抜けて一撃……難しいな。
いや待てよ、思いきって足元に飛び込んで一撃食らわせるか? 片足は義足だし、足元への攻撃は弱点なんじゃないか?
そんな俺の作戦を、ルシアはバッサリと却下した。
『彼の足元に出来た空間は、先程までは存在していませんでしたので『罠』だと推測します』
(じゃあどうすれば?)
『御主人様の身長では不可能ですが、彼の上半身……胸から首筋にかけての部位周辺は完全な空きとなっております。狙うならそこでしょう』
どうやってそんな……いやいける。一撃で終わらせるのは無理でも、降参をさせればいいんだからな。
そうと決まれば早速実行、一撃でも受けたら終わりのザキの拳をギリギリで避け、上体が僅かに下がったのを見計らって……、
「うおっ!?」
ザキの空いた首元に向かって飛び込んだ。そしてそのまま、左手をザキの左肩に、逆に右手を右肩に置いて思いっきり俺の元に引き寄せた。
名前は忘れたが……絞め技である。
これにはザキも予想していなかった様子で、予想以上に綺麗に入った。
足でガッチリとザキの胴体を腕ごとしがみついているので、ザキは力が入らない状態で締めを耐えなければならない。
「ぐがっ……ぎぎぎ……」
「うおっ、すげぇ力……」
締まった影響で顔を真っ赤にしながら、ザキは俺から逃れようと必死でもがくが、物凄い力で引き剥がされそうだ。
龍人の身体能力が無かったら簡単に外れていただろう。
さて……俺が耐えきるか、ザキが俺の技から逃げるか、ここからは我慢比べだ。
ファルがザキを締める光景を目にして、見ていた者は野次馬も含めた全員が驚愕していた。
「なっ……!?」
「……物理戦闘じゃ敵わないと踏んでギブアップを狙ったのか……。それにしても、あのザキを締めるなんてね」
「おいおいおい……あのオッサンが苦戦してるの、初めて見たぞ!? どうなってんだ!?」
「これは……もしかしたら行けるんじゃないのか……?」
締めに入って十秒程が経ったが、ザキは動きに鈍りを見せない。
この人は絞め技が効かないのか? なんて思い始めたが、
『いえ、脛動脈は完全に締まっています。しかし、彼は自信に回復魔法を掛け続けて時間稼ぎをしている様です……が、彼の所持している魔力は後数秒で底を着くでしょう』
そんなルシアの言葉に、更に締める力を強めた。
絞め技は、相手の脛動脈を締めて脳に送られる血液を止めて失神を狙う技なのだが、回復魔法で何とかなるものとは思わなかったので驚いた。
「うぐぐ……」
遂にザキが膝を着いた待てよ。魔力が切れたのだろう。
「限界ならタップした方が良いと思うよ」
このまま失神されても困るし、ギブアップを提案した。
その後、弱々しくだが二度、俺の足を叩いた。
瞬間、辺りからワァァ! と凄い歓声が、気が付くとこの訓練所にいたであろう人達がほぼ全員、俺とザキの戦いを見ていた。
「何なんだあの子供! 教官を負かしたぞ!?」
「凄いなんてもんじゃねぇよ!」
「一体何者なんだ、あの子供……」
「ッ、ゲホッ、ゲホッ……やっぱり俺の眼は間違ってなかったみたいだな……」
「えっと……無事?」
暫く首を擦っていたが、やがて息が整うと立ち上がった。
「まあともあれ、約束は約束だ。本当はちょっとしたテストとかがあるが、俺の権限ですっ飛ばしてやる」
「ということは?」
「お前さんは冒険者だ」
辺りが沈黙に包まれた。
「……え? 冒険者? あの子供が?」
「だから教官と戦ってたのか……」
「ってことは、あの子供は冒険者に……?」
「お、おい。あの子供、うちの仲間に引き入れないか?」
「何を言っている。あの子供は我々王国兵士が……」
「ほら黙りなお前達!」
ざわざわと俺を引き入れるとかの話題に騒がしくなり始めた訓練所を、カトラが一喝で黙らせた。
そして俺の所へ向かうカトラを見て「あの剣……まさか『斬滅』か……?」と、再び騒がしくなる。
「全く、あの野郎共は大人しくする事が出来ないのかねぇ……」
そう愚痴りながら俺の前に立ったカトラ。身長差が凄いので完全に見下ろされている形だったが、俺の目線までしゃがんで、
「さっきまではお前がこんなに強かったとは露程も思わなかったよ。ちょっと前の自分が恥ずかしいさね。まぁ、おめでとうだね」
謝罪と称賛の言葉を口にして俺の頭を撫でた。
……悪い気はしないが、完全に子供として見られてるな。間違っては無いけど。
絞め技……名前をド忘れしてしまいました……。