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試験会場へ

「全員忘れ物とかは無い?」


 ネインネールを訪れて数日、今日は学園へ本格的な手続きを行う日である。

 同時に本日から寮に割り振られるので、先日まで宿泊していた宿は引き払う事になる。


「俺は平気」


「んっ!」


 二名からそんな返事が返ってきた。レフィスはまぁ大丈夫だろう。


「じゃあ、行くか」


 




「なんか前来たときより人多いな」


 学園へ到着し、開口一番にテスがそう口にする。

 時刻はまだ正午前、相変わらずの広さを誇るセルリッヒ学園には多くの生徒達が出入りしており、以前より多くの人だかりができていた。


「俺と同じで入学予定者も集まってるみたいだな」


 よく見ると、制服を着ていない一般人もそこそこ見られ、他の生徒に案内をしてもらっている様子だ。


 聞いた話だと、この学園では年にニ回生徒の募集を行っているのだとか。

 一度目は試験を行う普通入学、そして今回のように学園側から優秀な人材にアプローチをかける推薦入学。

 ちなみに今回は後者らしい。


 授業進度とかの遅れは生じそうだけど、その辺は大丈夫なのだろうか?



「あのーすいません」


「あ、君も入学予定者かな?」


 取り敢えず、他の入学予定者達を引率している生徒に声を掛けた。


「はい、今日は適正試験を行うという事だったんですが…」


「そうだね、会場はここだからもうちょっとここで待ってもらえるかな」


「…はい? ここで?」


 此処って学園の門潜ってすぐなんですけど……もうちょっと格式張った場所で行うものなんじゃないの?

 困惑している俺の表情を見た男子生徒は、苦笑混じりに説明をしてくれた。


「この学園の伝統みたいなものでね、新入生のクラブ勧誘の為に皆集まってるんだ」


「はぁ、クラブ勧誘…」


 部活の勧誘的なあれなのだろうか。


 その後聞いた話だと、適性試験というものは本人の魔法、戦闘技能、座学の三つの検査を行うらしいのだが、その検査にて才能のある人物などを、その手の人材が欲しいクラブが勧誘するために、敢えて適性試験を公開にしているのだとか。

 ちなみに座学は入学試験の際に適正を見るので、学校側の推薦で入学する俺達は免除されているらしい。


 …え? って事はこの人数が見てる中で試験を受けるの?

 プレッシャーが物凄そうなんだけど。


「という訳で僕達も勧誘目的でここにいるんだけれど、君は『召喚術研究会』には興味ないかな?」


「あはは…考えときます」




 それから待つこと数分、広場には更に人が集まってきた。

 その半数が学生であることから、適正試験というものがそれほどの一大イベントだということを思い知らされる。


 …と校門の方からなんだか見覚えのある馬車が見えてきた。

 以前とは違い従順な態度で馬車を引く双角獣(バイコーン)……アドラスの乗っている馬車である。


 先日の件に遭遇したであろう生徒が一部ざわめき出した。

 また双角獣(バイコーン)が暴れるんじゃなかろうか、と身構える生徒達も数人確認できる。


(今回は大丈夫っぽいな)


 しかし双角獣(バイコーン)の方を見ると、瞳こそあまり焦点が合っていないが、以前とは違い大人しく従者に従っている事から、魔法の方はしっかりと掛かっているみたいだ。


 馬車は広場手前で止まり、中からアドラスとゴラムが現れた。

 相変わらずゴラムの方は顔色が優れていない様子だ。


「…なんでわざわざ馬車で来るんだ? あの貴族」


 テスが小声で俺にそう聞いてきた。

 やはりと言うべきか、テスも前回の件で彼をあまり良くは思っていないみたいだ。


「貴族だし、見栄えとか周囲へのインパクトとか狙ってるんだろ」


 顔を売ることも貴族には必要なことみたいだしな。と答えつつ彼らの方をチラッと見やる。

 Uターンして帰っていく馬車を背に歩く二名は、俺の姿を確認するや迷わず俺の方へと近付いてきた。


 うげ。


「ふん、またお前の顔を見ることになるとはな」


「はぁ」


 そっちから絡んできたんだよなぁ。


 一応は互いにまだ学生ではないので、無礼のないよう心掛ける事にした。

 正式な同クラスになったらめちゃくちゃタメ口使ってやる。


「前回は貴様に遅れを取ったが、今回はそうはいかないぞ」


「遅れ?」


 特に彼と競い合った記憶は無いのだが…と首を傾げる俺に、アドレスが不機嫌そうな眼差しを向けつつ言う。


「学園長に大層気に入られていたではないか。それにそのような姿を変える魔法まで…」


 つまり彼は俺に嫉妬的な対抗心を燃やしているという事だろう。

 別に俺は競っているわけでも、学園長にアプローチ掛けてた訳でもないのだが…と心の中で呟きつつ、「そうですか」と応えた。


「とにかく、今日の試験で貴様に僕との違いを見せてやる!」


「まぁまぁ…多分今回の試験は授業適正を見る為の試験なので、特に実力を競うものではないと思いますよ?」


 従者のゴラムが主をそう宥めつつ俺に軽く頭を下げる。

 アドラスはあまり納得いかない様子だったが、ふん、と鼻息を鳴らして引き下がった。


「…まぁいい、それで会場はどこだ」


 隣りにいる、俺と先程まで会話をしていた生徒にそう質問をしたアドラス。

 俺とのやり取りを見ていた生徒は若干狼狽えつつも先程俺にしたのと同じ返答をした。


 こらテス。気に入らないからってそんな顔で睨まない。





「…ふん、では時間まではここで待機という訳か。説明ごくろう」


「え、あ、うん」


 説明を終えた生徒は、そのまま足早に去ってしまった。


 ふと気付いて周囲を見渡すと、俺達の周囲だけ生徒達が集まっていない、というか敬遠されている。

 恐らく先日の件を知っていた生徒達から話が伝播した結果、今のこの状況が出来上がったのだろう。

 先程の生徒も周囲の異変を察して俺達から離れたのだろう。


「…あー、そういえばアドラスさんは伯爵家の長男なのですよね? 私は他所から来たのでまだこの辺りの国には詳しくなくて…」


 物凄く気まずい空気が流れているので、なんとか払拭しようと会話を試みた。

 ルーガの護衛や妹役で培った貴族相手の社交術、まずは相手の手の内を知ること。


 前日の件の際にゴラムからは伯爵家の長男、ということは聞いていたが、まぁそれ以外の事も聞いておいて損はないだろう。


「他所の大陸だと? どおりで我がメイサリス家を知らない訳だ」


 若干の呆れ声でそう言った後、鼻高々に自身の家の話を始めたアドラス。

 曰く、彼の家はこの国とは友好関係にある隣国《リトシュマ王国》の貴族で、曽祖父の代から続く伯爵家の家系なのだそう。


「前の戦では我が父ドリスが智将となり敵国の弱点を突き、そして交渉術をもって戦を終結させたのだ」


「それは凄いですね。でしたらその武勲がこの国にも轟いているであろう事も頷けますね」


 それっぽく傾いておく俺。

 調べれば真偽は分かるだろうが、まぁ今は話題作りが主目的なのでその辺りは気にしない事にする。


 なんだかテスが「信じられない」って顔でこっちを見てるが、近衛兵目指してるならこういう事もできなくちゃならないんだからな?


「ふふん、平民ではあるが話は通じるみたいだな。では如何にしてこの学園前への入学が決まったのかという話でも「ヴオォォン!!!」な、なんだ?」


 にょきにょきと鼻が伸びそうな程に天狗と化していたアドラスは、学園の屋上から鳴り響く重低音の雄叫びを聞いて、怪訝そうな表情で音源へ視線を向けた。


「おぉ、どうやら始まるようです、アドラス様」


 先程まで俺達のやり取りを静聴していたゴラムがそう言った。




 ヒュンッ…。


「へっ?」


 転移魔法による浮遊感が全身を襲い、次の瞬間俺達は空の開けた闘技場のような場所へと移動していた。

 どうやら学園の入口広場全体をこの場所へ転移させたらしい。


 …いや凄いな。


「な、なんだこれは!?」


「おお落ち着いてくださいアドラス様…! わ、私の後ろから離れないで下さい!」


 状況が理解できず混乱している様子のアドラス達。

 よく見ると在学生以外の生徒…入学予定者は殆どが混乱しているみたいだ。


『座標を確認…どうやら先程まで我々の位置していた地点から約五キロメートル、上空約二百メートルの位置へと転移した模様です』


 即座に転移位置を特定するルシア。

 俺達はどうやら、このネインネールという大樹(くに)の、所謂(いわゆる)枝の部分に転移したらしい。



『入学予定者の皆さんはじめまして、私はこの学園の学園長、ミスティカ•マリューと申します』


 メガホンで拡声させたような音質の女性の声が響く。

 声の方向を向くと、実況席のような場所に佇む学園長の姿があった。


『此処はネインネールの上層、我が学園が保有する修練場で、今回の試験会場です』


 見回すと、試験会場はアシュトルスで俺達が普段から使っている修練場なんて比じゃないほどの広さを誇っており、改めてこの学園の規模を思い知らされる。


 それでもって、あの広場にいた人を全員ここまで転移させられるのか…。

 転移魔法すら【万物吸収】で無力化できる俺も転移できるという事は、土地ごと転移させたということなのだろうが、この規模を転移となるとそれだけでとてつもない量の魔力を使うのだろう。

 つくづく学園長って規格外なんだな…。


『早速ですが試験内容の説明を…『召喚(サモン)』』


 学園長の詠唱の直後、植物に覆われた石造りの物体が複数体召喚された。

 大理石のような材質のその物体は、絡みついた(つた)状の植物が鼓動すると同時にズズズ…と動き出す。


「あれは…『守護人形(ゴーレム)』ね。こんなに沢山…」


 俺達より少し前方に位置していた貴族らしき少女がそう呟く。

 身なりからして彼女も入学予定者なのだろう。


『今から皆さんが受けていただく試験は、率直に言えば戦闘です。私が今召喚した守護人形(ゴーレム)を、皆さん其々(それぞれ)の方法で最低一体破壊してください』


 ざわざわ…と入学予定者達からざわめき出した。

 てっきり魔力を測る魔道具かなんかで魔力適正見たり、案山子(かかし)を斬って剣術を見たり、みたいな事をするとばかり思っていたが、つまりは一度に全て行ってしまおう、って事なのだろう。


『破壊する方法は自由です。魔法、武器、同伴の護衛を使うも可能、直接戦闘をせずとも--』


 再び魔法の詠唱を始めた学園長。

 すると、最初に召喚したものよりかなり小さいが数の多い守護人形(ゴーレム)の群れが召喚された。


『指揮に自信のあるという者はこの軍隊を指揮して戦ってもらっても構いません。とにかく最低でも一体は破壊すること、それがこの適性試験の内容です』


 思っていた以上に脳筋な試験なんだな…。


 ちらりと守護人形(ゴーレム)を見やる。

 パッと見はゴリラのような様相をしており、脚の倍以上はありそうな太さの腕で自重を支えている。

 ナックルウォークというのだろうか?


 そして背には4本の腕が、それぞれ剣や斧を携えており、こちらを殺さんとする意思がありありと伝わってくる。


 …学園の試験なんだよね?これ。


「が、学園長! 貴女は我々を殺めるつもりなのですか!?」


 たまらずといった様子で入学希望者の一人が声を上げた。


『そこはご安心を、守護人形ゴーレムの得物は殺傷性を弱めていますので、万が一が起こることは無いでしょう。それに会場にはとある特別な魔法が掛けられています。なので--』


 そう言った直後、学園長は短刀を取り出し自身の胸を刺し貫き、そのまま横に一閃した。

 その場にいたほぼ全員が驚愕に息を呑み、飛び散る鮮血で悲鳴が上がる。

 誰から見ても即死のダメージなのだが、直後に不思議なことが起こった。


「傷が…」


 横一閃した傷から飛び散った鮮血が、まるで巻き戻るかのように学園長の元へと戻っていき、傷がじわじわと塞がっていくのだ。

 そして衣服までもが修復されていき、遂には短刀を突き刺す前の状態へと戻ったのだ。


『即死の怪我もこの通り完治させることが可能です。正確には治した訳ではありませんが』


 おおっ…! と、混乱のざわめきはたちまち動揺のどよめきへと変わった。


「痛っ…くない!? 本当に怪我が治ってる…!」


 どこからか、自身の掌を切って実践する生徒の声が聞こえる。

 傷を負うと、ダメージの大小関係なくその傷は再生されるようだ。


 この魔法、似たようなのをどこかで…。


(ねぇディメア、これって…)


『ええ、私の属性の魔法ね』


 感じた違和感は専門家(神龍)のお陰ですぐに払拭された。


 曰く、相手の肉体の状態をある一定の時間まで巻き戻す魔法なのだそう。

 戻るのは肉体のダメージだけなので、本人も認知できるし自身が認知した瞬間発動する魔法なので痛みなども無いのだとか。



「…内容は理解しました。学園長、試験開始の宣言をお願いいたします」


 と、前の方からテスと同い年くらいの少女が声を上げた。

 俺達の位置だと表情が見えず声しか聞こえないのだが、若干ながら敵意の入り混じった声音をしている。


『…承知しました、では最後に一つ。この試験は順番では行わず、一度に全員行いますので、他の受験者と協力して試験を行ってもらって構いません』


 そう言って学園長は指を鳴らした。

 すると先程まで彫像の様に微動だにしなかった守護人形(ゴーレム)がゆっくりと動き出し、俺達と向き合う様に等間隔に広がった。

 同時に俺達が使役できるという小さな守護人形(ゴーレム)の軍隊もこちらの方に歩を進め、くるりと俺達と同じ方向へと向き直った。


『それでは……試験開始!』



守護人形(ゴーレム)の目が妖しく光り、俺達を殲滅せんと鋭く見据えた。

オマケ




『私の属性の魔法ね』


学園長の使用した魔法は『疵戻(ダメージ•リワインド)』という時空属性魔法。

使用すると対象の肉体の状態を保存し、その状態でダメージを負うと魔法が発動、直後に保存した肉体の状態に巻き戻すという二段階で発動する魔法となっている。

つまりは肉体の状態をセーブし、ロードする魔法。

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