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レフィス

通勤中の電車で少しずつ書いてるので物凄い遅筆だなぁ。

 あのあと朝食を済ませ、宿の近所にあった広場で訓練用の木剣を使いテスの手ほどきを行っていた。


「ッらぁっ!」


「前のめりになりすぎ。それじゃあ簡単に体制崩れるよ」


 カンカンッと木剣を打つ音を響かせつつ、要所でテスに声を掛ける。

 普段から行っているこのトレーニングだが、意外にもこれが効果高いのだ。


 攻め側(テス)は言わずもがな、受け側()も瞬時にアドバイスを飛ばしてやる必要があるので、自然と洞察力や視野の広さが確保できるのだ。


「やあっ!」


「ほらまた、当てようとし過ぎで隙だらけだぞ」


 大きく踏み込んで横薙ぎに振られたテスの木刀を、下を潜るような形で回避し、テスの服の襟を引っ張りつつ足を引っ掛けた。


「うわっ!? ッぶへぇっ!」


 体制を大きく崩したテスは、そのまま顔面から派手にすっ転んだ。

 地面は芝の様な植物が茂っていたので怪我は無いだろうが痛そうだ。


「俺が小さいから自分の身長のリーチを活かそうとしてるんだろうけど、攻撃が大振りすぎてどう攻撃してくるかが丸わかりなんだよ」


「ってぇぇぇ…! でも踏み込みが甘いからもっと踏み込めってファルは言ったじゃないか…!」


「ただ踏み込むんじゃなくて地を蹴るんだよ。こう、地面を思いっきり踏み潰す感じで」


 …と、動きのレクチャーをしつつ訓練は順調に進行していった。



 あー……このまま夜まで帰りたくないなぁ。


『それじゃあ問題を先延ばしにするだけじゃないの』


 呆れ混じりでディメアがそう言う。


 思わず溜息が溢れそうになるのを堪えつつ、早朝の事を思い出す俺。










「…はぁっ!? それって…」


 レフィスやテスがいることを忘れてつい大きな声が出てしまった俺。

 全員が驚いた表情で俺を見ているのに気付いてすぐに正気に戻ったが、内心の動揺は隠せなかった。


「き、急にデッカい声出してどうしたんだよ」


「…悪い、ちょっと色々あって」


 首を傾けてあまり釈然としない様子のテスだったが、「ルシアさんかな?」と呟いて自己完結してくれた。


『あははぁ! 予想通りの反応してくれるとやっぱり楽しいなぁ♪』


(こっちは全っ然楽しくないんだけど!?)


 二度目の突っ込みはなんとか内に封じ込む事に成功した俺だったが、動揺はどうにも隠しきれなかった。



 オロチの説明によると、【五感覆蝕】の発動条件は至極簡単で相手に移したい部位に、自分の五感の対応する部位を押し付けて技能(スキル)を発動させれば良いだけらしい。


 つまり、だ。



(…レフィスに味覚を植え付けるには…し、舌をレフィスの舌に押し付ける…と?)


『そういうことぉ』


 突きつけられたのは、己の覚悟を試される凄まじい行為をしなければならないという現実であった。










「はい、じゃあ今日の修練は終わり」


「あぁー、疲れた…」


 今朝の事に考えを巡らせつつ行っていたテスの手ほどきはあっという間に訪れた中天の合図で終わりを迎えた。


 こういうときに限って時が流れるのが早いんだよなぁ…。


『無駄に迷ってないでとっとと済ませれば良いじゃない』


『そぉそぉ、ぶちゅーっとひと思いにねぇ』


 何やらせっついてくる二柱をスルーしつつ模擬刀の片付けをする俺。


 というか、仮にも自分の身体なのにそんな気軽に良いの? ディメアは。


『別に何ともないわよ。生殖の必要が無い七星竜(わたしたち)は無縁の事だったし。そもそもたかが接吻程度で狼狽えてるのは貴方くらいよ』


 たかが接吻って…しかもかなりディープな方なんだぞ。

 ほら、ルシアがさっきから熱々になってるし…。


「ファル、片付け終わったし早く戻ろうぜ」


「ん? ああ」


 はぁ…憂鬱だ。








我が主(マスター)、こちらを一度ご賞味願いたいのですが」


 どんよりとした気分のまま宿に帰宅すると、大量の皿に盛られた炒め物の数々とレフィスが待っていた。


 朝食の後、もっと修練を積みたいとのことで、ひとまずは切ると焼くをマスターしてもらおうと、調味料の分量だけ俺が用意して、それを元に昼食を作らせてみたのだ。

 俺の目が届かぬ所での作業なので一抹の不安は拭えないが、味の分量以外はまぁ人並みにはできるので心配はないだろう。


「それにしても…渡した分全部使ったんだ? この量」


 焦がしてしまった用に余分に準備した調味料も全て使用したらしく、普段の昼食の量の軽く倍はある気がする。


「テス、出番だぞ」


「ちょっ、俺だってこんなに沢山食えないよ」


 流石に食べ盛りのテスでも手に余ったらしく、それでも俺と二人で何とか平らげるのであった。




「ふぅ……」


「もう入らねぇ…」


 大人の姿とはいえ、普段の二倍の量は流石にキツかった。

 膨れた腹をさすりつつ、食器の片付け作業をしているレフィスをちらりと見やる。


 …うん、いつも通りだな。


「…なんか、レフィスさん凄い張り切ってるな」


「テスはそう見えるのか?」


 俺としては普段通り、なす事が極端なだけに見えたけど…。


「やり過ぎなのはまぁいつものことだけど、なんか今日のレフィスさんって昔の俺みたい」


「昔のテス?」


「うん、ファルとあった頃の俺。兄貴の役に立ちたかったからって焦ってて、逆に心配させるような事ばっかやってたのが今のレフィスさんみたいだなって」


「……なるほど」




 落雷に打たれたような衝撃が俺に走った。

 ずっとレフィスは興味や好奇心の延長で俺の料理の手伝い等を志願していたのだと思っていたが、そうではなかった。


 焦っていたのだ。


 これまで自分が縋る神に尽くす為に必要だった力を俺は必要とせず、現状レフィスに頼んでいる仕事は俺でも十分に果たせる家事仕事。

 それも俺とテス、レフィスの三人当番制にしているのでレフィスに頼んでいる、というのも少し違ってくる。

 ハッキリ言うと、現在レフィスのできる仕事は俺以外にもできることなので、彼女の事をあまり必要としていないのだ。


 自分は役に立てていないのではないか? という不安が彼女の中に渦巻いていたのだろう。


 数年前までの、半ばグレイに依存していたテスだったからこそ今のレフィスの境遇も察することができたのだろう。


「ありがとうな、テス」


「え、何だよ急に」


「いやちょっとね。目が覚めたよ」


 パチン、と両手で頬を叩いた俺は、疑問符を浮かべたままのテスに背を向けて部屋を後にした。







 調理場へ戻り、食べた食器の洗浄を始めるレフィス。


 自身の魔法で生み出した魔法を操り、圧縮…汚れをこそぎ落とすと濡れた皿を火と風を生成して乾燥、消毒をしていく。

 最後に僅かに残った水分を拭き取り、食器を【多次元収納】に納める。


 魔法の鍛錬を行いつつも黙々と作業をこなしていくレフィスは、その無表情とは裏腹にワクワクとした感情を募らせていた。


(料理は興味深い)


 味覚や嗅覚等の『味わう』機能を失ったレフィスにとっては生きるだけならば必要な栄養価を摂取すれば十分であるが、主を含めた自分以外は味も大切…というのもこの数年で学んだ。


 だが、主の横で眺めるそれ(調理)はまるで魔法の様に見る間に出来上がっていく。

 完成品はどれも美しく、味を理解しない自分には到底理解できない手段をわざわざ使うのも大変興味深かった。


 そして何より、これまで殆ど主が行っていた事を任された、許可を貰えたというのが嬉しかった。


 これまで研究や神具(ベヒモスの書)に頼っていたせいで、御側付き(メイド)の出来る仕事の殆どはファルに未だ劣っており、今でも家事仕事の多くはファルが率先して行っている。


 御側付き(メイド)として、主へ自分は何も尽くせていないのだ。

 



「あ、いた。レフィス」


 そう思考に浸っていたレフィスに、ファルが小走りで近寄ってきた。

 はっと我に返ったレフィスは皿洗いに意識を戻す。


「どうしましたか我が主(マスター)、お食事の時刻にはまだ時間がありますが」


「いや、まだ食った直後だから…」


 冷静に突っ込みながらもレフィスの事を真っ直ぐに見据えるファル。

 朝方の、自身の秘密を話したときのような真剣な眼差しにレフィスもつられて気を引き締めた。


「朝に聞き忘れちゃったんだけどさ」


「?」


「レフィスは…その、味覚を取り戻したい?」



 ……。

 咄嗟に答えることができなかったレフィス。


「それは…どういう事でしょうか?」


「朝の会話がどうしても気になっちゃってさ、もし仮に俺にレフィスの五感を治す(すべ)があったとしたら、レフィスはそれを望むのかなって」


「それは勿論、我が主(マスター)と共有できるものがあるのならそれは大変喜ばしい事ですが…」


 ファルの真剣な眼差しに若干気圧されたレフィスはそう答えた。

 当然それは嘘ではないし、自身にとってもプラスに働くのだろうとレフィスは思っている。


「…ただ」


「?」


 歯切れの悪いレフィスに疑問を覚えるファル。


「本当に取り戻したいか、と言われると私にはどう答えれば良いかわかりません」



 味覚が本当に必要か……自分が料理に興味を持ったのは、あくまで作るという行為そのものと、(ファル)の役に立つためという動機にあって、味自体にはあまり興味を抱いていなかったと思う。


 確かに他人へ料理を作るならば味への拘りも重要だし、その点では味覚は必要に思えるが、昼食に出した料理も味付けの分量そのものはファルのさじ加減によるもので、数ある完成品も味は全て同一であった。

 自身からすれば、主の言う『不味い』料理ではなければそれで良いという考えであり、そのことからも自身に味への拘りはあまり無いのだと思う。


(…いや、味を知らないから、それの重要性に気付けていないだけ……?)


「…レフィス?」


「私は既に五感を失って久しく、味というものがどのようなものだったのかを覚えておりません」


 心配そうなファルの声で我に返り、自身の頭の中で蠢いている違和感の正体を見つけるべく、一つ一つ言葉を紡いだ。


「覚えてない…」


「はい、視覚や聴覚は魔力頼みとなった今でも鮮明に覚えていますが、味覚に関しては記憶に無いのです」



 生き物は初めて見聞きしたものを本能的に記憶していると読んだことがある。

 私はこれは第一印象から来るある種の感動から訪れるものなのだろうと解釈している。


 澄んだ青空、時々やって来た小鳥達のさえずり…、色や音といった情報は今はなき思い出として自身の中にしっかりと刻み込まれているのだが、味だけはどうしても思い出せないのだ。


「元々私の故郷では、食事をするという習慣が重要ではありませんでした。天使族という種族からして、そもそもそれを必要としていなかったのだと思います」


 朧げだが、当時の自分の暮らしを思い出していくレフィス。

 元々空に浮かぶ大地という、作物を育てる事が難しい土地で生活していた自身の一族は、水と魔力と僅かな食事で生命を維持できた。

 総勢二百にも満たない天使族は、浮島の一つに唯一育てていた豆を日に数粒食べるだけであったのだ。


 生きるためだけに行う行為に思い出があるはずもなく、一般的に無味と言われる豆の味なんてものは既にレフィスの記憶からは消えていたのだ。


「つまり、味覚がどんなものだったか覚えてないから、取り戻すのが怖いって事?」


 数秒の沈黙の後、小さくこくりと頷いたレフィス。


「そんなんだ」


 そう一言だけ呟いて目を閉じ、小さく深呼吸をしたファル。

 目を開けた彼女からは先程までの緊張したような面持ちは消え、うっすらと優しい笑みを浮かべていた。


「なら、レフィスにガッカリされるような料理を作らないように頑張らなきゃいけないな」


「え? 何を……、っ!?」







 不思議そうに顔を向けるレフィスの顎先に手をやり、そのまま唇を奪ったファル。


 レフィスは一瞬何が起こったか理解出来ていない様子だったが、直後に大きく目を見開いた。


「んっ!?んんっ…!」


 絡められた舌から逃れようと口内で抵抗するレフィスだったが、結局は逃れられずされるがままになってしまったレフィス。

 対するファルは真剣そのもの。優しそうな表情は変わらず、しかし逃すまいと残った腕でレフィスの胴を抱き寄せる。


 およそ十数秒の時が経っただろうか、ゆっくりとファルがレフィスから唇を離した。


「…ふぅ、発動完了」


「はぁ、はぁ…一体何を……っ!?」


 かつてないほど顔を真っ赤に染めるレフィスは、次の瞬間驚きで目を見開き、そして眩しそうに顔を手で覆った。


「ッ!? これは…」


 恐る恐る目を開けたレフィス。

 キョロキョロと辺りを見渡し、動揺をあらわにしていた。


「ちょっと強引になっちゃってごめん」


 若干目を逸らしつつファルが謝る。

 しかしレフィスはショックから立ち直らないのか、未だキョロキョロとしていた。







「落ち着いた?」


「まだ…少し」


 それから約数分後、ようやく普段通りの表情を取り戻し始めたレフィス。


(…一回発動すると他の五感も移せるようになるんだな)


 最初は味覚だけ移そうと発動したつもりだったけど、なんか一気に全部移せちゃったんだよな…。

 いきなり全感覚が鮮明になった影響でレフィスもこれまでにない驚き方してたし。


『元々【五感覆蝕】は相手の魂に一方通行で接続して、相手の五感を自由に弄れるっていうものだからねぇ。一回発動させちゃえば、あとはもう自由に発動させられるんだぁ』


 オロチがそう補足を入れた。

 今初めて知ったが、確かに視力を移す為に眼球同士を触れさせるとか、冷静に考えたら頭おかしいもんな。


「一体…何が起こったのですか?」


 俺は技能(スキル)の詳細をレフィスに説明した。


「--ようはレフィスの五感を俺のレベルに合わせたって感じかな。だから今レフィスには、俺が普段見聞きしてる情報がそのまま感じ取れてる状態なんだ」


「……」


 ぼーっとした様子で自身の掌を眺めるレフィス。


『上の空ね』


『さっきまで五感全部魔力で補ってたんでしょぉ? なら仕方ないんじゃないのかなぁ』


「…まだ混乱してるみたいだし、慣れる為にちょっと外歩いてきなよ」


「え…?」


 ぼーっとした表情でそう聞き返すレフィス。

 俺は今できる精一杯の笑顔をレフィスに向け、


「味覚を取り戻した記念に、美味いってものがどんなものか味合わせてやるよ!」


 柄にもないテンションでレフィスにそう宣言した。








「…と、啖呵(たんか)切ってレフィスを追いやったものの、まだまだ中天(昼過ぎ)なんだよなぁ…」


 ふらふらと頼りない足取りで宿所を出るレフィスを見送った俺は、再び調理場に足を踏み入れた。


(…技能(スキル)発動させる為とはいえ、やっちゃったなぁ……)


 先程の行為を思い出し、柔らかな頬を赤らめたファル。

 前世の記憶はあれど、その手の経験は数える程度にしか無かったファルにとっては、接吻だけでも赤面を禁じ得ない行為だったのである。


(しかし一度発動させればあとは自在に発動できるのは助かったな。)


 あれがなければ他の五感を戻すために色々と触らなきゃいけなかった訳…だ……し。


 ここでとある重要な自体を見落としていた事に気付いたファル。




(…あれ? っていうことは、最初に接続する箇所って別に味覚じゃなくて触覚にして、手とか触るだけでも良かったんじゃないのか……?)


『うん? そうだよぉ』


 は…?



 ……。



 ……はあぁぁぁ!? 


 オロチからの思いがけない一言に、思わずクラっと立ち眩みがした。

 …リアルで声出さなかった自分を褒めたい。


(そ、それってどういうことだよ! 発動させるなら舌を……あっ)


 そこまで言ってから、俺は自分の行いを思い出してハッとした。


『ボクは味覚(・・)を発動させるなら、舌と舌を触れさせるって言っただけだよぉ』


 絶対に晴れ晴れとした、闇を司る神とは思えないような透き通った笑顔をしているであろうオロチの表情がありありと想像できる。


『いやぁ、ギリギリまでキミがそのことに勘付くんじゃないかってヒヤヒヤしたよぉ』


 …っんのクソトカゲが。


 オロチへの殺意を滲ませながらも、自身の確認不足もあって強く出れないファル。

 このままだと怒りと羞恥心でどうにかなりそうだったので、無理矢理心を落ち着かせて夕食について思考を巡らせることにした。




 ……夕食にはまだまだ時間がある。


 煮込むタイプの料理なら今から作っても問題ないだろうが、さてどうしようか。

 時間をたっぷり使うなら王道のカレーとかでも良いが、最初に味わうものが辛味のある料理というのはあまり好ましくないだろう。


「…うん、あれにしよう」


 大まかな献立を決めた俺は、早速肉を取り出して調理に掛かった。








「…空が青い」


 混乱覚めぬままファルによって外へ追い出されたレフィス。

 この国|《不死樹》の特性か、壁を透かして見ることのできる空を見上げ、レフィスは深く息をついた。


(綺麗)


 五感の殆どが衰え、色の失われた灰色の世界で過ごしていたレフィスにとって、急に甦った鮮やかな色彩は眩しく懐かしく、そして美しいものであった。


 視覚だけではない。

 草地から漂う青草や花の香り、土の匂い…自身の服から香る、初めて嗅ぐ甘い匂い。


 常に砂嵐が巻き上がっているように雑音の走っていた音は止み、これまで魔力の振動から聴き取っていた音がこれまでより鮮明に聴こえる。


 常に皮膚の上に分厚い膜が張っていたような肌からは風を感じ取ることができる。



(この懐かしい感じ…、…?)


 その時、胸の奥からじわりと溢れてくるものを感じたレフィス。

 その感覚に懐かしいものを感じつつ、彼女は周囲が無人である事を確認して両翼をバサッと広げ、そよぐ風を全身に受けた。


 彼女が落ち着きを取り戻し、戻った五感を堪能し終えた頃には既に夕刻を迎えていた。






「これは…」


 数時間後、流石に平常心を取り戻したらしいレフィスを迎え、テーブルに出来立ての自信作を並べていくファル。

 レフィスはテーブルに置かれている料理に視線を固定されていた。


「レフィスの好みが分からないからね、色々と作ってみたんだ」


 普段は手間などを考えてあまり作る機会のない料理に挑戦したのだが、物珍しさからかテスも料理を注視していた。


「…今日ってなんかおめでたい日なの?」


「ある意味ではそうかも」


 とにかく食べようぜ、と手で示して椅子に腰掛ける俺。

 いただきます、と口にしつつバケットの代わりに焼いたミートパイを口に運ぶ。


 うん、美味い。


「レフィス達も、冷めないうちに食べちゃいな」


「言われなくても!」


 待ってましたとばかりに匙を取り、汁物から食べ始めたテス。

 流石は食べ盛りというべきか、昼食の満腹具合を微塵も見せない食べっぷりだ。


 そして肝心のレフィスはというと。




「どう? 全体的に癖の少ない料理にしたつもりだけど、食べれそう?」


 匙を手にしたものの、レフィスは料理と向き合ったまま固まってしまっている。


 やっぱ味覚を取り戻すっていうのは怖いんだな。


「無理はしなくても良いからね」


「…いえ、食べます」


 俺の言葉を足がかりに、意を決したように匙で肉を掬って口へと運んだ。

 直後にレフィスの目が驚愕に見開かれる。


「…!?」


 驚愕の目で料理を凝視しつつも言葉は発さずに咀嚼を続けるレフィス。

 熱心に味わっている様子から、料理に不安はなさそうである。


 一先ず第一印象は大丈夫そうだな。


「わっ、なんだこれ…」


 レフィスの食べていた肉料理に興味を持ったのか、口へと運んだテスから、そんな驚きの声が聞こえた。


「角煮っていう煮込み料理。いつもは手間かかるから作らないし、かなり久し振りに作ったんだけど、味の方は大丈夫?」


「めちゃくちゃ美味い」


 お気に召してくれたようである。

 長時間煮込む上に脂を洗い落としたりと色々面倒な作業を(おこな)った甲斐があるというものだ。


「レフィス、他の料理は…大丈夫みたいだね」


 昼食までの、ロボットのように粛々と料理を口に運んでいた彼女からは想像もできない程熱心に様々な料理を食べている。


『キスした甲斐があったねぇ』


(う、うるさい!)


 そうして不安は杞憂に終わり、また大量に用意した料理も二人の胃袋に綺麗に収まるのだった。








 その夜。


 レフィスに食器洗いを任せ、更にテスとライムも早々に寝てしまった為に手持ち無沙汰になった俺は、ルシアの手入れをしていた。


 埃を取って油を塗って、拭いて馴染ませる…単純作業だが無心で作業ができるので、個人的にこの作業が好きだ。


(…うん、こんなもんかな)


 次はシュッツァーでも拭こうかなと乾いた布に手を伸ばした直後、カチャ…と扉を開けて洗い物を終えたレフィスが戻ってきた。


「只今戻りました、我が主(マスター)


「うん、ありがとうね」


 短くそう返しつつ、チラリとレフィスの様子を見やる。

 食器を収納する鞄を【多次元収納】へと移して、空いた自身の掌を興味深そうに動かしている。


(もう数日は慣れが必要かな)


 この世界に転生してから数日は子供の肉体に順応するまで苦労したものだとしみじみ思い出しつつ、スッと目線を下げてシュッツァーの手入れを再開させた。


「…」


「……」




 いやぁ…すっごい気まずい。


 レフィス自身は普段からあんまり喋らない性格ではあるけども、流石に二人きりの空間になると気軽に目を合わせられない。

 友人の情事を見ちゃった次の日くらい気まずいぞ、これ。


「あの、我が主(マスター)


「…んふぇっ!? ど、どうしたの?」


 なんか凄い声が出てしまった。


我が主(マスター)は何故私のような者にこれほどの慈悲をくださるのでしょうか?」


「…うん?」


 レフィスの問いにクエスチョンマークを浮かべる俺。


「私の今の役割(メイド)は、死罪であったはずの私の罪を償う為のものであった筈です。それなのに……」


「貰ってばっかで償いになってない、みたいなこと?」


 静かに目を閉じるレフィス。

 本来なら五年前のベヒモスの騒動の際に、同じく首謀者であるベクトリールの貴族と共に死罪となる筈だったレフィスは、天使族の血を引いているという理由で生きて……生かされている身である。


 彼女からしたら今日の俺の行いは、自身の贖罪になっていないと思っているのだろう。


 まぁそれを否定はしないが。


「シンプルに俺がやりたかっただけ、っていう理由じゃ駄目?」


 動機自体は彼女を不憫に思い、また役に立ちたいという彼女の意思を汲み取っての事ではあるが、要は俺自身の自己満足なのである。

 やりたいからやった、ただそれだけだ。


『接吻も?』


(あれは不可抗力!)




「…まぁ、味覚が無い相手に料理を作ってもらうのに不安があったりもしたしね」


 取り敢えず思い付く限りの言い訳を心の内外で言いまくって心を落ち着かせた。


「それで、レフィスはどう? 五感が戻って、色々と思い出してみて…不要だった?」


「私は……、…いえ、不要なことはまったくありません」


 若干取り乱しつつ必死に言葉を探しているレフィスを新鮮な気持ちで眺める俺。

 やがて小さく息を吐いたレフィスは、微笑を浮かべつつ口を開いた。


「…これ以上私がこのことに疑問を持つのは、我が主(マスター)の善意を疑うという事なのでしょう」


 そう言うと少し吹っ切れたように「ですので」と続けるレフィス。


「ですので、ありがとうございました我が主(マスター)


 短く感謝を伝えて話を切り上げたレフィスは、そのままゆっくりと俺の背後へと回り込んできた。

 レフィスのベッドは俺の真正面なのだが…。





「ちょっ…うぇっ!?」


 突然、俺の背後に立ったレフィスが俺をそっと抱きしめてきた。

 急な事に理解が追いついていない俺をよそに、レフィスは更に自身の翼をふわっと広げて俺を包んだ。


「れ、レフィス…?」


「…」


 何も言わずに数秒ほどそのまま動かず、部屋に静寂が訪れた。

 普段の彼女なら絶対にしないような行いを前に、ファルもただただ混乱しているばかりである。


「…あたたかい」


「う、うん。それはよかった」


 キュッと俺を抱く力が強くなった気がする。



「…失礼しました」


 最後に名残惜しそうに俺から身体を離したレフィス。

 即座にぷい、と後ろを向いてしまったので表情は読み取れなかったが、その声音はどこか柔らかかった。


「それでは、私は明日に備えて休みます」


「あ…う、うん。おやすみ」


 自身のベッドに入り、俺に背を向けて寝転がったレフィス。

 今朝方に翼が邪魔とかで座って寝てるとか言っていたのは何だったのだろうか…。



 ……。


 取り敢えず心を落ち着かせるためにシュッツァーのメンテナンスに意識を移した俺。

 その背中はしっとりと湿っていた。

オマケ





生殖の必要が無い七星竜わたしたちは無縁の事だったし(ry


 彼女らにとってはウサギの餌付けを観察してる気分なのでしょう。




かつてないほど顔を真っ赤に染めるレフィス(ry


彼女にも接吻の文化はあるしちゃんと恥ずかしいみたいです。




背後に立ったレフィスが俺をそっと抱きしめてきた。


(……誰かに、よくこうやって抱きしめてもらったな。誰だったか………あぁ、そうか)




「…あたたかい」


(母さん…)

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