風との邂逅
俺を中心にバラバラと崩れていく根を前に絶句の表情を浮かべる学園長。
それほど破壊されない自信があったのだろう。
(…え、これめっちゃ魔力消耗したんだけど)
『当たり前でしょう』
とっておきの大技を当てた俺は、その技の燃費の悪さに軽く引いていた。
「い、一体何を…」
「俺は【裂空斬】って呼んでます」
急に多量の魔力を消費したせいでどっと押し寄せてきた疲労感を堪えつつそう答えた俺。
この姿、【限破変化】を考え付いた際にディメアらと話し合って開発した、ルシアを用いた必殺技なのだが、これは魔法付加を付与するには適さない時空属性を【時空龍の誓い】で無理矢理付与させることによって発動を可能にした技なのである。
空間を操作してルシアの刃を見た目以上に伸ばすことにより本来刃が届かないような巨大な物体を切断し、切断した対象に俺の魔力を流し込む。
そして浸透した俺の魔力の届いた範囲を、先の斬撃を巻き戻して連続で再発動させることによって何度も斬りつけるのだ。
説明をすると凄く難しくなるが、つまりは斬った対象を一撃でみじん切りにしてしまうという結構えげつない攻撃なのである。
「これ以上の消費はちょっと勘弁してほしいんですが、どうでしょう? 俺の力の方は十分知ってもらったと思いますが」
消費を抑えるために右腕の【限破变化】を解除した俺は小さく肩で息をしている学園長にそう問いた。
あれだけの植物を操った上であんな奥の手のような太い木の根を切断されたのだ。消耗していない訳が無い。
「……」
息を整えているからなのか、彼女からの返答はない。
「まだやるのなr「ドサッ」えちょっ…」
言葉を続けようとした瞬間、学園長が膝から崩れ落ちてそのまま倒れてしまった。
慌てて駆け寄る俺。
『…死んでる「生きてるから! 適当言わない!」』
オロチの冗談に突っ込みながら、念の為に脈を診る。
「…えっ……心臓動いてない…本当に死んでる!?」
『なわけないじゃない』
脈拍が感じられず、胸に手を当てても心臓が動いている気配が無いことに、オロチの言葉が冗談ではなかったと一瞬本気で思ってしまった俺。
『御主人様、彼女は樹精族という半妖半樹の種族ですので、心臓は存在しません』
(…え? そうなの?)
確かに髪の色とかから人間ではないとは思っていたが…。
ルシア曰く、最後に俺がぶった斬った巨大な根は彼女の半身でもある樹木のものだったらしく、ズタズタにしてしまったそれの修復に体力と魔力のほぼ全てを消費したことで気を失ってしまったのだとか。
つまりは体力を使い果たして気絶しただけということだ。
『あっははは! 本当に信じるとは思わなかったよぉ!』
(う、うるさいな! 心臓動いてなかったら誰だって焦るだろ!)
堪えきれないとばかりに盛大に笑い出すオロチに内心で赤面しつつそう返した俺。
それにしてもどうしようか…出ようと思えば俺はこの空間から出られるけど彼女を置いていく訳にもいかないし…。
「とりあえず魔力でも分けておくか」
俺の魔力残量的にもそこまで多くはないが、多少は彼女の目覚めも早くなるだろう。
『それなら私がやっておくから大丈夫だよー』
「あ、それじゃあお願いしま…うん?」
隣からの声につい反応してしまい、ふと顔を右に向けた俺。
おかしいな、この部屋には俺と学園長しか居ない筈なんだが…。
『ばあ』
「うわあぁぁっ!?」
つい先程まで居なかった筈の存在が眼前におり、驚きのあまり情けない声と共に後ろに倒れてしまった。
尻餅を着いた俺を見てケラケラと笑っている少女。
見た目は俺の本来の姿より少し大きい…十二歳くらいだろうか? 健康的な褐色肌を惜しげもなく晒すような開放的な衣装を身に纏っており、少し心配になってくる。
…が、気になったのはそこだけではない。
耳の後ろを通るように伸びた角に鳥のような羽に包まれた翼、そして長く横に広がった尻尾……。
彼女は龍人の持つ特徴を有しているのだ。
「…龍人?」
『うんー? 私は違うよー?』
君は龍人なのかなー? とまだ少し笑いながらもそう答えた少女。
知りたいことだらけではあるが、彼女に敵意は無さそうだし取り敢えずは大丈夫か。
『…匂いがあったからもしかしたらと思ってたのだけれど……』
『本人が来たねぇ』
何やら神龍二柱が騒がしいが、どうしたのだろう。
『話は変わるんだけどさー』
「へ?」
『さっきの戦いでこの子が壊れちゃったらどうするつもりだったのかなー?』
瞬間、彼女からかつてベヒモスと対峙したときと同じような圧を感じた。
殺気ではないのだが、「俺がその気になればお前はすぐにでも殺せるんだぞ」といった恐喝に似た圧である。
「…互いに殺意は無かった『それはわかってるけどー、私が言いたいのはそこじゃないんだよー』」
ゴッ、と圧が更に強まった。
無風だった部屋に風が吹き始める。
『私は力を見せろとは言ったけどダメージを与えろとは言ってないじゃーん? なのに怪我させたのはどういうことなのかなー?』
えっ理不尽…。
俺が責められる筋合いは殆どないはずなのだが、つまりは学園長には怪我を負わせず彼女の満足のいく実力を見せつけろって事だったのか?
それは無理だろ…。
「…うん? というか力を見せろって君が言ったのか?」
『私がこの子にお願いしたんだー。私は下手に出られないし何より--』
背後から…というより彼女に向かって吹いていた風がぱっと止み、代わりに「ギャリギャリ!」と金属を何度もぶつけ合っているような音が響く。
『あれは…推測するに空気を限界まで圧縮することで不可視の質量を発生させているものと思われます。つまり--』
ズバンッ!
『--風です』
俺を掠めるように地面を切り裂いた…およそ風とは呼べない攻撃を見て、すぐに臨戦態勢へ移行した俺。
まだ不明なことだらけだが、学園長とは比較にならないレベルの脅威を感じる。
先程の金属音は凶器と化した風がぶつかりあった際の音なのだろう。
『あれは技能を用いたもののようですが、魔法とは違い大気を圧縮させて物理攻撃へと転化させたものですので、【万物吸収】と【神察眼】が発動しません。ご注意を』
(うっそだろ…!?)
回避の手段が勘頼りしか無いという、地味にオロチやライムとやりあった時以上に厄介な状況となってしまった。
(周りが凪のせいで風を読むこともできないし攻撃の兆候が分からない…厄介だな)
眼の前からギャリギャリと耳に残る音が何度も鳴り響く。
何度も俺の周囲を切り刻む不可視の斬撃を前にジリジリと後ずさる事しかできない俺。
『おぉー、これ防げるなんてすごーい!』
『「…は?」』
防御どころか回避すら取れていない俺に少女は驚きと称賛の声を上げ、同時に俺とルシアが困惑の声を上げてしまった。
(えっと…ルシア結界とか張った?)
『身に覚えがありません』
何らかの力? によって風を防御したらしい俺達。
頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、頭を再び彼女に切り替える。
(風の届かない地面から攻めるか…)
『無駄よ』
と、急にディメアが口を開く。
『あの子の風は遮蔽物を透過するの。地面なんか潜ったって簡単にやられるだけよ』
(何か方法はあるの?)
『別に戦う必要は無いわ。体を借りるわね』
何やらディメアに手があるらしい。
俺は意識を心層世界へと移してディメアと代わった。
今更なのだが、俺とディメアはオロチとは違って【憑依操作】などを用いずに自身らの意思で自由に意識を移し替える事が可能なのだ。
なんでもオーガから貰った宝石の魔力の影響でディメアの意識の部分だけが俺の魂から剥がれた事で、自由に意識を入れ替えられるようになったらしい。
原理はよくわからないが、まぁそういうことだ。
『次はもっとたくさんぶつけてみようかなー…あれ?』
「…やっぱり人の姿で立つのは慣れないわね」
るんるん気分といった様子で指揮者のように指を振る少女
だったが、俺とディメアが入れ替わった事を察したのか、動きをピタッと止め、こちらを覗き見た。
『見た目? …うーん、魔力の流れが変わったのかなー何か懐かしいような』
「さっきは随分と理不尽な挨拶をしてくれたわね」
ふらふらと若干ながら覚束ない足取りで立ち上がったディメアがそう言う。
やっぱり知り合いか何かなんだろうか?
『…あっ……!! お姉ちゃん!?』
(えっ…)
酷く驚いた様子の少女は、ディメアを前に徐々に目の色を変えていく。
(っていうかお姉ちゃん? えっ…?)
喜びを隠しきれないといった様子でディメアに飛び付く少女。
まるで先程までの争いが無かったかのような雰囲気に完全に毒気を抜かれてしまった。
(お、オロチはあの子の事なんか知ってる?)
『知ってるもなにも、身内だよぉ』
さらっととんでもない発言をかますオロチ。
『あの子は風翔龍ククルカン、ボクにとってはお姉さんだよぉ』
オロチの言葉に少女…もといククルカンのあどけない表情を二度見して、俺は開いた口が塞がらなくなった。
「三百年くらいぶりね。元気そうにしてるじゃない」
『うん! お姉ちゃんもね!』
ディメアに頭を撫でられて満足そうにしているククルカン。
傍から見ると姉妹そのものである。
というか、オロチやベヒモスへの対応を見るからに兄妹には結構素っ気ない態度で接するタイプだとばかり思っていたが、そんな気配を一切感じさせない、というかしっかり姉している所に驚きを隠せない。
『姉さんって凄いツンデレだからねぇ…あ、兄さんに関しては本気で嫌ってるから勘違いしないでねぇ』
コソコソと小さく声を潜めてオロチが疑問に答える。
わりと適当に接しているように見えるが、オロチはそう解釈しているのか。
「…さて、ひとしきり再会を喜んだところで本題ね」
『? どうしたのお姉ちゃん゛ぃだだだっ!?』
と、急に撫でていたククルカンの頭をそのまま鷲掴みにしたディメア。
逃げようと必死にもがくも逃げられない様子だ。
「あの娘の事と私に急に攻撃をしてきた理由を答えてもらおうかしら?」
『ああっ、この強引な感じ本当にお姉ちゃんだっ…! いっ、言うからっ頭潰さないで!』
ディメアのアイアンクローに早々にギブアップしたククルカン。
少し可哀そうになってきた。
「…つまりあの娘はあなたの友人で、ファルの力を知るために勝負を挑ませたって訳ね」
『うぅ…そういうこと』
圧迫された頭部を痛そうに抑えながら、涙目でそう答えたククルカン。
神龍にもアイアンクローって通用するんだな。
『…この子があれくらいで壊れないのは分かってたけど…』
「戦ってるの観てたら久々に暴れたくなった?」
うぅー…とうめきながらも頭を縦に振って肯定を示したククルカン。
単に戦いたかっただけとか…また随分とはた迷惑な話だな。
『そ、それはそうとお姉ちゃん! 急にきてくれるなんてどうしたの? それにその姿とさっきまでのあの子も…』
これ以上怒られるわけにはいかない、と露骨に話題を変えてきたククルカンは、ディメアにそう聞いてきた。
まぁ実姉に色々と変化が起きていたらそりゃ疑問に思うわな。
「色々とあったのよ」
『ボクが説明するねぇ』
と、このタイミングでオロチも参戦しだした。
普段はかさばるので【多次元収納】で仕舞っているのだが、俺の魂と半ば同化しているのを利用して直接オロチ人形に乗り移って自ら【多次元収納】を開いて出入りしているのだそう。
『その声…ええぇー! もしかしてヤマちゃんなのー!?』
『そうだよぉ、姉さん久し振りぃ』
こちらもひとしきり再開を喜びあった後、俺とディメア、オロチの状態についての説明をしてくれたオロチ。
こういう説明するの、意外だけどオロチって上手だよな。
『…なるほどー、だからお姉ちゃんもヤマちゃんもそんなに力が弱まってるし、人の姿なんだねー』
『姉さんこそ、どうして人間みたいな見た目になってるのぉ? 人の姿なんて姉さんの趣味じゃあないだろうにぃ』
『この子の研究の手伝いの為だよー。実験とかは人の姿の方がやりやすいからねー』
…なんとも間延びした会話である。
「…っぅ、ん…っ!? これは一体…!?」
『あ、おはよー。ねぇねぇ聞いてー! 例の子が実はお姉ちゃんで---』
三柱の会話が盛り上がってきた頃、気絶していた学園長が目を覚まし、そして目の前の状況をみて絶句するのだった。
……で、俺と同じく混乱してた学園長が「ここまでの経緯の説明はまた後程にさせてもらっても宜しいでしょうか…?」と酷く疲れた様子で言ってきたので、軽く口裏合わせをした上で今回は解散となったのだ。
口裏合わせの内容としては、大人の姿は解除すると俺が暫く動けなくなるので、『学園長が魔法で大人の姿にした』という事にして今後の学園生活は大人の姿で送るという事と、戦闘で約半刻程を消費した事に関しては『大人化の魔法を発動させるのに時間が掛かった』という事にした位だ。
「はぁーあ…疲れた」
『お疲れ様です。【代償強化】を解除しますか?』
(いや、もう少しやらなきゃいけないことあるからまだこのままで)
ライムに倣うような形でベッドにボフッと顔を埋めた俺。
あー…ヒノキの香り…。
「荷解きをします」
「ありがと」
【多次元収納】から人数分の服や雑貨を取り出してレフィスに渡す。
それらをパパパッと手際良く部屋の然るべき場所に配置していく。
「そういえばファル、学園にいる間はずっと大人の姿でいるんだよな?」
「うん? まぁ余程魔力が減らない限りはこの状態でいるつもりだけど」
「…一部屋だけなんだよな」
「この人数なら一部屋で十分だろ」
先に泊まっていた宿でもそうだったが、思春期真っ盛りであるテスはどうにもこの部屋割りに納得がいってないらしく、ことあるごとに文句を言っている。
俺も元男だから気持ちは凄い分かるが、それでも男一人で一部屋占拠は違うだろうしその辺は納得してもらう他ないのだ。
「せめて寝るときくらいは元の見た目の方が助かるなぁ…」
なにやら最後にテスがボヤいたが、気にしないことにしよう。
「ファルー」
「おっと、どうしたんだライム?」
ベッドにガバッと突っ伏していたライムが急に俺に抱きついてきた。
「おとなでねルのひさしぶり!」
どうやら大人の姿の俺と寝るのが嬉しいらしい。
ははは、かわいい奴め。
でもごめん、この姿でさっきえらく魔力消費したから寝るのは子供の姿なんだよ。
久々の戦闘疲れもあるので、今日はぐっすりと眠りにつけそうだ。
オマケ
【裂空斬】
時空属性を存分に使用したファルの必殺技。
格ゲーの詐欺判定のようなリーチ(約五メートル)と魔力の続く限りの斬撃を見舞う。
ひこう・ドラゴンのてんくうポケモンは関係ない。
樹精族
本来、水や炎といった七属性に宿る妖精が植物に宿る事で生まれた種族。
若い個体は植物から人が生えたような容姿で、年齢を重ねるうちに分離することが可能となる。
ちなみに片方が死ぬともう一方も死滅してしまう。
風
ククルカンの扱う風は物理攻撃なので【万物吸収】も【神察眼】も意味を為さないが、逆に物理攻撃なので強力な結界を展開すれば実は簡単に防げたりする。
誰が防いだのかは今後に期待。
「…やっぱり人の姿で立つのは慣れないわね」
ディメアは龍の状態でも常に宙に浮いていたので、実は歩行が不慣れです。
回想に二話も使ってしまった…。