限破変化
「おぉーすげぇ。城にある寝室みたいに広いな」
「貴族どころか王族も宿泊するって言ってたし、警備も設備も一級品なんだろうな」
学園長との面会を終え、案内された宿に到着した俺達。
アドラス達とは二部屋ほど離れており、その二部屋も人で埋まっているのだとか。
「ふかふか…」
ばふーん、と数日ぶりのベッドに頭から飛び込んだライムは、満足そうにそのふわふわな毛布を堪能していた。
「そういえば、あの後学園長と何話してたんだ?」
「色々とな」
荷物を置いて椅子に腰掛けたテスが、ふとそんな事を聞いてきたので、適当にはぐらかすとジトっとした目で見てきた。
「その見た目になってるって事はなんかやったんだろ」
「説明したろ、見た目が子供過ぎるからって事で成長した見た目に学園長がした……って事になってるって」
現在、俺の身体は【代償強化】にて大人の姿にまで成長している。
テス達と共に待っていたらしいアドラスやセレスに大層驚かれたので、学園長の魔法で大人の姿になっている、という風に誤魔化しているのだ。
まぁ、大人になった理由は半分建前だが。
「それなら別に俺達を外に出してまでやる必要ねぇじゃん」
「あ、アドラス達には未知の魔法だろうし、教えるつもりもないから、って事にしたかったんだろ」
多少苦しいが、何とか誤魔化そうと頑張る俺。
「ぜってぇ嘘。そんな顔してるもん」
…まぁバレバレだったみたいだが。そんなに分かりやすい顔だったのだろうか…。
『君って普段嘘付かないから、ここぞというときに誤魔化すの下手くそなんだよぉ』
むぅ。
「まぁなんか事情あるみたいだし、深くは聞かないけどさ」
「…助かる」
別に俺自身はこの面子に対して隠す必要のあるようなことではないのだが、これは学園長側から口封じされているので、やはり言う訳にはいかないのだ。
半刻ほど前。
「まずは我が学園への入学を決心なさった事に感謝いたします」
いつの間にか設置されていた七人分の椅子に全員が座ったのを確認した学園長は、そう切り出した。
「はじめに入学者を再確認しますが、そちらからは『アドラス·メイサリス』…貴方が入学希望者で宜しいでしょうか?」
「ええ、我がメイサリス家に届いた紹介状、長男である僕が入学すべきとの父上からの言葉でしたからね」
「……」
大仰そうな身振りと言葉遣いでそう口にしたアドラス。
一応目上の人物には最低限のマナーは使えるのか。
というかセレスさんがすんごいジト目で彼を見てる…まぁ気持ちは分からなくもないが。
「ふむ、まぁ良いでしょう。ではアドラスさん、ファルさん、改めて我が『セルリッヒ魔技術学園』へようこそ。入学にあたって色々と必要事項を説明させていただきます」
俺の事は特に確認取らずに、そう着々と説明を始めていく学園長。
昨日の梟を通じて俺のことは確認済みだったからなのか、アドラスの入学自体が実は想定されていなかったかのような口ぶりである。
数分にわたる説明だったが、入学手続きと適性試験の細かい日時の説明、その間に住む宿の手配と事細かに説明された。
「学生は基本例外無く学園の寮で暮らしていただきますが、部屋の割り振りは試験の後、学部の割り振りと同時に行いますので、それまでは我が校と提携関係にある宿所にて滞在していてください」
なんとまぁ、色々と設備の充実した学園なんだな。
聞いたところによると、俺達のように早めに学園を訪れる学生は結構いるようで、中には貴族だけではなく王族なんかも待たせてしまうらしく、そういった人物達にもしもの事が無い様に学園が信頼のおける宿と契約をしたのだそう。
「宿所までは学園のものが案内します」
淡々と説明を終えた学園長。
「最後にファルさん、少し話をしたいので残ってもらえますか」
と、学園長が何やら俺に対して用があるらしい。
レフィス達に視線を投げ掛けてから俺を見て、首を振ってきたので、テス達にも聞かれたくない話なんだろう。
「分かりました」
何故か少し不服そうなアドラス、少し興味を持ったのか俺を見やるセレス、そして「あぁまたなんかやらかしたのかな」というテスの視線を感じながら、彼等を背中で見送った俺。
バタン。
「行きましたね」
俺と学園長を除く全員が退室したのを確認し、扉に向かって手を振りかざした学園長。
直後にこの部屋が空間ごと切り取られたような、かつて転移罠を踏んでしまった時のような感覚がやってきた。
『学園からここまでの通路だけでなく、一時的に別次元へと転送された模様です』
『巨大な【多次元収納】を作って、その中にこの部屋の空間を切り取って収納しているのね』
へぇ、と感心した様子のディメア。
オロチだけじゃなくディメアも感心させるって本当に凄いな。
『あら? でもこの魔力…』
「最初に幾つか、謝罪します」
ディメアが何やら疑問を溢した時、そう言葉を始めた学園長。
「この学園へ貴方を勧誘した理由…勿論貴方が優秀な人材だという話を耳にしたからですが、それは半分建前です」
「???…えっと…」
「実を言うと貴方の実力をとあることに借りたいと思っていた、というのが一つ」
話の概要が全く見えないが、なんだか嫌な予感がしてきた。
「もう一つは、見聞でしか知らない貴方の実力が、私達の必要とする力であるという確証が欲しい、確かめたいと思っていることに対して、です」
瞬間、石柱に絡まっていた植物の蔦が生物のように動き出し、襲いかかってきた。
「えっ、ええっ!?」
巻き付く、ではなく明らかに『突き刺す』勢いで突っ込んでくる無数の蔦を避け、ルシアで切断しつつひとまず距離を開けた俺。
えっ何!? 実力を試すって急過ぎ……というかどういうことだよ!?
『彼女からは殺意は感じません。蔦による攻撃も恐らく致命傷を避けつつ我々を狙っているものだと思われます』
「ちっ力を試すってどういう事ですか!?」
「今は詳細は言えません、ですが我々にはとにかく力が必要でして、貴方が信用できるだけの強さを持ち合わせているのかを確かめたいのです」
そのことに対する謝罪とやらがさっきのあれだったのなら、随分とお粗末なものだぞ!?
色々と突っ込みきれない現状の中、仕方無しとルシアを抜き、迫りくる蔦を切断する。
しかし、蔦はその切り口から忽ち再生し、あろうことか切り落とした蔦までもが伸びて俺を襲いだした。
『水分を多量に含んでいますので、焼き切って再生を阻害することは不可能な模様』
(みたいだな…ならっ!)
切断した蔦の幾つかが手足に絡みつき、動きが阻害されかけたので作戦を変更し、風と水の魔法を組み合わせた『吹雪』を俺自身にぶつけて絡みつく蔦を凍らせた。
『創樹』で創った偽物だから多少は焼けるものだと思ったが、水分量まで植物のままとは思わなかったな…。
ゲームやファンタジーでは植物に炎は相性抜群だが、現実だとたっぷり水分を含んだ植物が燃える事はまずあり得ないのだ。
内側の水分すら凍ったのか、大した力を入れなくてもかんたんにパラバラと蔦が砕けた。
「ふむ」
なにやら一瞬考える素振りを見せた学園長は、再び俺に向けて魔法を放った。
先程と同じく蔦の様な細い植物が、石柱を貫通しながら向かってくる。
『む……御主人様、回避してください』
「ほわっ!? …っと(さっきみたいに凍らせちゃマズいのか?)」
咄嗟に破壊された石柱を駆け上がって攻撃を回避した俺は、石柱につかまったまま状況を確認する。
どうやら次に俺を襲った攻撃は、蔦ではなく竹と花の蕾を合体させたような植物による刺突攻撃らしい。
石を貫く威力って植物で出せるんだな…。
『氷竹草という植物を使用したのでしょう。葉が何層にも重なることによって、冷寒耐性に非常に優れております』
成程、だから『吹雪』は駄目だったのか。
実戦経験の程は知れないが、『創樹』が得意かつ無数に対策を講じているので、下手に小競り合ってもキリが無いだろう。
(ならっ!)
ジリ貧になる前にと【電光石火】を発動させて素早く肉薄した俺。
しかし、驚くべき事に彼女は常人ではおよそ反応しきれない程のスピードを出している俺をしっかりと認識しているらしく、的確に俺の移動位置を予測して植物を飛ばしてくる。
「…これは驚いた。これ程の速度を出せるとは予想外です」
「見切られてた上でっ…言われるとあまり嬉しくないっですね!」
氷竹草の刺突を躱しつつそんなやり取りをする俺。
床は最早俺を絡め取る蔦で踏み場が無くなり、石柱を蹴る事でなんとか攻撃を避けていられる状況に陥っている。
これは早いこと決着つけなきゃ駄目だな…。
いずれ逃げ場が無くなって捕まると判断した俺は、…まぁいつも通りダメージ覚悟の一点突破を試みることにした。
策もないわけではないが…身バレ防止というか、命がヤバイときの最後の手段に取っておきたい方法だったりするので、まだ手段が多少なりとも遺っているならそちらを優先させるべきだろう。
(互いに死ぬことは無いだろうし大丈夫だろ)
ババッと回避の為石柱を飛び交っている俺は、学園長が俺に向けて攻撃を放ったタイミングを狙って全力の【電光石火】で学園長に肉薄した。
踏ん張りに使った石柱がそんな俺の衝撃に耐えられずに粉々に砕ける。
「……っ」
学園長が僅かに目を見開き、右腕をぐっと握りしめた。
この速度なら次の攻撃を放つ余裕なんてないだろ!
ゴキッ!
「い゛っ!?」
何かが潰れる音と痛みに思わず顔を歪めた俺。
目を開けると、学園長を守るように生えた、子供の胴体程はありそうな樹木の根と、手首より先が無惨にもグシャグシャに潰れた俺の右手があった。
ある程度防がれる事も考慮して無属性魔法で拳を強化していたのだが、まさか防がれた上でこっちが怪我負うとは…。
「痛っ…たぁ……」
「…今のは驚きました」
言葉とは裏腹にあまり表情に変化のない学園長。
『どうやらあの木の根は防御に特化しているようです。恐らく私で切断しても直後に再生して元に戻るでしょう』
(っ、てて…あれに効きそうな魔法も無さそうだしな…どうしようか)
【痛覚鈍化】を発動させて痛みを和らげた俺は、一度距離を取って再び作戦を練る。
手の方はあと十秒もすれば動かせる程度には戻るだろうが、ルシアとも相性悪そうだし、まさか最後にあんな強固な壁があったとは思わなかったな。
『あれ試してみたら良いんじゃないの?』
(……でもあれって、最悪ディメアの正体とかバレるやつじゃん)
『ベクトリールで既に何百人と見られているんだし、今更よ』
ううむ…。
『ボクが出てこの部屋ごとまっさらにすれば(それはもっといけない)』
確かにオロチが魔力を開放すれば、光属性で成長した創樹は跡形もなく消滅するだろうけど、リスクが全然噛み合わない。却下だ。
『あれは力を見せろって言ってるのだし、ならば力づくに屈服でもさせれば良いじゃない。それで終わるなら安いものよ』
『ボク露店にあった果物の串焼き食べてみたいなぁ』
……正体が云々とか関係無く、既に食欲の方にに興味が行っちゃってるよこの二柱。
ようはとっとと終わらせろ、という事なのだろう。
(……じゃあ使うか)
なんとも釈然としない表情のままファルは奥の手ともいえる手段に行動を移す。
「…急成長? あるいは魔力の開放による一時的な肉体の…」
手始めに発動させた【代償強化】によって瞬時に大人の姿へと変貌した俺の姿に、驚きと共に何やら考察を始めた学園長。
学者故の性なのだろうか。
「まだまだ…【限破变化】!」
「っ!? 腕が…竜?」
技能を発動させた直後、ファルの右腕に変化が起こる。
その細くて白い肌をした腕は、筋肉が膨張して男性のそれのようなゴツゴツとした腕へと変化し、直後に肌がおよそ人間ではあり得ないような形状に隆起、銀色の甲殻となった。
そう、かつてベクトリールでベヒモスと対峙した際に変化した、ファルディメアの、龍の腕へと変化したのだ。
(これって体力凄い使うんだよな…)
保有している魔力の量で成長する俺の身体は、どうやら大人の姿になってからも魔力を得続けるとディメアの本来の姿…つまり龍の姿に変わるのだが、龍の姿になるには俺の素の魔力量の何十倍もの魔力が必要らしく、色々と試した結果今の俺では龍の姿になることは不可能だったのだが、身体の造りを片方の種族に近付ける【変化】を身体の一部位に集中させることによって、一部だけ限定的に龍の力を得ることに成功したのだ。
つまりは現在、俺の右腕は神龍のそれにほど近い力を持っているという事なのである。
問題は、この姿になるためには【代償強化】で大人の姿に成長した上で魔力の半分を消費しなければいけない燃費の悪さと、先も言った通りディメアの存在を知る人物がいた場合に正体がバレる可能性があるという事だ。
「貴方が龍人だという情報は入ってましたが…」
そりゃまぁ、俺と同じような体質の奴なんてそうそういないだろうしな。
「あんま消耗もしていられないんで、とっとと終わらせます、よっ!」
手っ取り早く終わらせるために、先程までとは違う何も考えずの直進でもって距離を詰める俺。
この状態ならさっきみたいに作戦とか練らずとも何とかなるしな。
「っ」
俺の直進に、罠のように張り巡らされていた蔦が一斉に反応、向かってきた。
「フッ…!」
そんな手足を絡め取るように襲いかかってくる蔦を、右腕を薙ぎ払う事によってほぼ全て切断したファル。
するとルシアで切断した時には直後に再生していた蔦は、それきり生えることなく、力を失ったようにペタリと地に伏した。
「っ…動かない?」
今の俺の腕は神龍のそれ、発する魔力だけで凄まじい重力が働いていたベヒモスのものと同じように、ディメアの発する魔力にも周囲に影響を与える効果が働いているのだ。
その効果はズバリ『時空操作』。
魔力に触れた存在の時間を止めたり早めたり、魔力の範囲内の物体を瞬時に転移させたり、これまで多量の魔力が必要であった事が魔力消費なしで再現可能なのだ。
勿論、時間は止めるか少し早めるだけだったり、数メートル範囲しか転移させられなかったりと多少弱体化はしているが。
つまるところ、今俺が斬り裂いたこの蔦は俺の魔力に触れる事によって時を停止させたのだ。
…どうして時間止まったのに地面に落下したのかとかはわからないが。
「操作権限を奪われたわけでは無いのに…これは一体」
「俺がその気にならなきゃ、もうこいつらは動きませんよ」
「っ!? 根よ!」
思考する暇を与えさせないファルの肉薄に、若干の焦りを見せつつ学園長は盾となる木の根を顕現させた。
しかし今回は盾としてではなく鞭の様に俺を打ち、弾き飛ばした。
「ッ! やはり動かない…!」
防いだ際に腕に触れた為、こちらも動きが停止して地面へとへたり込む。
が、しかし数秒後に何事もなかったかのように再び動き出した。
『魔力に触れただけなら、まぁこのくらいよ』
『御主人様、左右から同時に来ます』
ルシアがそう言った刹那、学園長が腕をこちらに向け、力一杯に握り締めた。
すると、俺の横に立っていた石柱が崩れて中から巨大な木の根が姿を現した。
先程まで防御に使用していたものより太く巨大だ。
恐らく彼女の全力なのだろう。
巨木の幹が如き木の根は、大きくしなって両脇から俺を押し潰さんと迫ってくる。
最初の小手調べのときとは違う、確実に殺しに来ている勢いだ。
(あの太さだとこの爪もちょっと厳しいな……ルシア)
『御意』
俺の呼び掛けに呼応してルシアのサイズが三割ほど巨大化、右腕でしっかり握れるサイズとなった。
「よし、これで…」
子供の姿のときの俺とほぼ同等位の大きさのルシアを縦に構えた俺。
「ぃよッ……」
頭上に振り上げたルシアを、全体重を乗せて---
「…いしょおっ!!」
---自身を中心に一周薙ぎ払った。
ファルの魔力に触れたからなのか、根は動かず一瞬の間を置いて、ズバババンという大きな音と共に木の根がズタズタの細切れとなった。
オマケ
氷竹草
永久凍土の土地に生息する植物。
幾重にも重なった硬く薄い葉によって覆われ、氷雪地帯の環境に耐える事ができる。
竹(筍)の様に先は鋭くなっており、氷の地を掘り進むように成長する。
実は竹ではなく、ネギに近い植物。
木の根
実は樹精族である学園長の本体である樹木の根。
つまりは学園長の身体の一部。
詳しくは次回。
【限破変化】
『変化』を一つの部位に集中させることで、その生物の特徴を可能な限り再現する技能。
変化した部位は、その種族の能力を最大限に発揮させることが可能で、ファルの場合は限定的にしか使用できなかった【時空龍の誓い】が右腕で常時発動状態になっている。