冒険者ギルド
私はハンナ、人族国家デイペッシュという国の冒険者ギルドで働いている。冒険者に憧れて村を飛び出し、冒険者となった二年後に怪我が原因で引退した。
今はギルドの受付としてこの仕事をしている。
っと、私の紹介なんてどうでもいいですよね。
私はこの仕事を始めて結構経つ、その中で様々な冒険者を見てきた。一攫千金を志す新米冒険者、巨大な魔物を狩って祝いの酒盛りをするパーティー、欲をかくあまり帰らぬ人となった者もいる。
つまり私が言いたい事は、冒険者を目指す者はそれぞれが違う個性を持っている、という事だ。
そんな個性豊かな冒険者達を……元同僚をこの場所で見るのは、私の楽しみの一つとなっている。
今日も普段と変わらない、 ギルドの受付という私からすると誇りにすらなる仕事をこなす……筈だったのだが、
「……迷子、じゃないわね」
ギルドの中に、自分の子供と言われても不自然ではないくらい幼い子供が、私の先輩に当たる冒険者の一人と共に入ってきたのだ。
「よぉハンナ、息災かい?」
「先輩こそ、お変わり無い様子で何よりです。……そちらは息子さんですか?」
男勝りの口調で私に話し掛けた先輩――名をカトラという――は、いやいや、と首を振って珍しい髪色の子供を前に出した。
「この子はザキの野郎に用があって来たんだ。……それと、アタシはまだ独身だよ」
「ザキ……ザキ教官の事ですか? 彼は今新人冒険者の教習中の筈なので、あと一時間は戻れないと思いますが……」
ザキという方はカトラ先輩と同期の元冒険者で、昔挑んだ風竜との戦闘で片足を失って引退したらしく、今は新人冒険者の輩出に力を入れている。
「あのヤローも仕事熱心だねぇ……ハンナ、あいつにこの紙を渡してから「ベルクの知り合いが来た」って言ってやりな」
ベルク、という名が出た瞬間、酒をあおっていたベテラン層からざわめきが生じた。
「……? 分かりました。所でベルクって誰ですか?」
「あぁそうか、ハンナが来る前だったな。『滅槍』っていえば分かるか?」
「十数年前に消息を絶ったといわれる、大型魔物専門のBランク冒険者の事ですか?」
私も長くこのギルドにいるので、噂だけなら聞いたことがある。
下級竜や迷宮を守る守護人形を単独で討伐していたという、Bランクの冒険者。私が子供の頃に活躍していたといわれる凄腕冒険者……らしい。
槍と火属性魔法を使って様々な魔物を狩るその姿から『滅槍』と呼ばれる冒険者なんだそう。
「ではザキ教官をお呼びしてきます。少し席を外すけど、すぐ戻るから宜しくね」
隣にいる相棒にそう言った後、私はザキ教官教官を呼ぶ為に冒険者ギルドから移動する。
「ザキ教官、子ど……お客様がお越しになっております」
「おん? 今ちょっと忙しいんだが、急ぎの用か?」
そう言いながら向かってきた冒険者志望者と思われる3人を蹂躙している男性、彼がザキ教官だ。
……足、義足の筈なのに。
「ベルク、という方の知り合いらし「よっしゃ、すぐ行く今すぐ行く!」……」
教官の一撃に悶絶している3人に目もくれずに走り去っていく教官。
……義足ですよね?
「……何処だ此処?」
オーガ達との別れを終えた俺とルシアは、彼等に宣言した通り冒険者となるべく南へ向かっているのだが……。
「俺ってこんなに方向音痴だったっけなぁ……?」
……一時間近く経っているのに全く辿り着く気配がない。
これは俺が破壊的に方向音痴だからなのか、はたまたこの城下町の面積が結構あるということなのか……前者な気がしてならない。
『御主人様……』
呆れた様子でそう呟いたルシア。俺だって好きで迷ってる訳ではないのだ。
ルシアに方角を教えてもらいながら歩くこと更に5分、道を歩く人々に変化が見られた。
先程までは行商人や町の人々の活気に溢れた空気だったのだが、この辺りには武器を持った人々が歩き、少し荒々しい空気が辺りを漂っている。冒険者ギルドが近いのだろうか?
「おっ、こんな所にガキが。道に迷ったのか?」
背後から掛けられた声に振り向くと、170㎝はありそうな長身の女性が俺を見下ろしていた。
俺の身長と同じ位はありそうな大剣を背負っている女性、冒険者なのだろう。
「冒険者ギルドに行きたいんだけど……」
「ギルド? 此処は町の外れだぞ? というか、冒険者ギルドなんかこの町で一番デカイ建物だから……すぐに見つかると思うんだがな」
そう言ってとある方向を指差す女性。その方向を見ると、一際大きな建物の屋根がはっきりと見えたのだ。恐らくそこが冒険者ギルドなのだろうが……。
「お前、この町に来たばかりか? 」
「えーと、4日……かな」
「あー、じゃあ迷うのも無理ないわな。よっしゃ、どうせアタシもギルドに用があるし、案内してやるよ。付いてきな」
男性口調で喋る女性は、そう言って先を歩いていった。案内してくれるのだろう。
「へぇ、ファルっていうのか。あんまり聞かない名前だな。アタシはカトラっていう、この辺じゃあ多少は名の知れた……ってそんな紹介は別にいらないか」
カトラと名乗る女性は、冒険者の中ではわりと有名な部類に入るらしい。
「そういやお前、ギルドに何の用があるんだ? 冒険者の親が忘れ物でもしたか?」
「いや、俺もその冒険者になりたいな、と……」
俺の言葉に、一瞬ポカンとした表情になったカトラだったが、すぐに大笑いしだした。
まぁこんな見た目の奴が「冒険者になりたい」とか、大人に憧れた子供状態だからな。
「あっはっは! 面白い事言うねぇ! お前みたいなガキじゃあ、ザキの野郎の試験なんかクリア出来ないよ!」
ベルクの言ってた『試験官』はザキという名前なのだろうか?
というか笑い過ぎだろ、ちょっと凹むわ。
「ベルクっていう人から推薦をもら「アイツ帰って来たのか!?」……もう行っちゃったけどね」
「ぁんの野郎……連絡一つ寄越さないで何やってやがんだ! 今度会ったらぶっ潰してやる」
拳を固く握って振り回している。たまにかすったりするから止めてほしい。
怒りを発散すること数十秒。ひとまず落ち着いた様子のカトラは、俺とベルクの関係を聞いてきた。
とはいえベルクとはどう会ったか、ベルクは今何をしているか等、そこまで大した事ではなかったが。
「へぇー、あの野郎に娘がいたなんてな。っつーか相変わらずちっこい魔獣は苦手なんだな」
「昔からそうだったの?」
「ああ、あの野郎はデケェ魔物になら殆ど無敵なくせしてちいせぇ奴を狩るのはどうも苦手みたいなんだよ」
変なヤツだよな、と苦笑しながら歩くカトラ。彼女は昔、ベルクとパーティーを組んでいたらしい。
「っと、そんな話をしてる間に到着したぞ。此処が冒険者ギルドだ」
目の前にそびえる建造物を指差しながらカトラは言う。
……かなりサイズのある建物なのに、なんで見つけられなかったのだろうか……凄いショックだ。
「早速入ろうか」
「うわ、中もでかいな……」
カトラの後ろを付いていき、ギルドの中へと入った。中はかなり広く、ゲームやアニメで良く見る酒場みたいだ。
というか俺が物凄いこの場に不似合いな気がしてならない。剣やら杖やらを持った人達にめちゃくちゃ見られている。
「ようハンナ、息災かい?」
「先輩こそ、お変わり無い様子で何よりです。……そちらは息子さんですか?」
俺の方を向いてカトラにそう訊ねる女性、カトラは笑いながら「この子はザキの野郎に用があって来たんだ。……それと、アタシはまだ独身だよ」と否定した。
……カトラが男、というか最早オッサンに見えてきた。
その後、カトラがザキという人物を連れてくる様に俺を見ていた女性に言い、ドカッと空いてる席に座った。
「まっ、アイツの事だしどうせすぐ来るだろう。何か飲むか? つっても酒しか無いか!」
一人で盛り上がっているカトラ、この世界の文化的に子供の飲酒は問題ないらしいが、前世は酒に弱かったのもあって遠慮した。
「……あの子供と一緒にいるの、『斬滅のカトラ』だよな?」
「ああ、最近この国に戻ったと聞いたが、まさかガキを連れてくるとはな……」
「よぉーし来たぞベルク! 何処だ!?」
「うわぁ何だ!?」
「おっす! 相変わらず元気だな」
突然背後の扉から出てきた男性の声で飛び上がってしまった。そんな俺を見てカトラは大笑いし、この場には居ないベルクを探して叫んでいる男性に声をかけた。
「ん、おぉカトラか。ベルクは何処だ? 俺はあの野郎をぶん殴らなきゃいけねぇんだ」
「残念だがベルクはいないよ。それとお前に用があるのはこっちの方だ」
ケラケラと笑いながらオッサン男性にそう言うカトラ。
……濃いキャラ多いなぁ。
「何だと!? 奴はいないのか!?」
「さっき……私……言いましたよね……!?」
男性を追いかけたらしく、息も絶え絶えな女性。
「で、お前は? ベルクの子か?」
テンションの下がった男性、俺の存在にやっと気付いたみたいだ。
「こいつはファルっていう、ベルクの知り合いだ。なんでも冒険者になりたいらしい」
「ほぅ」
カトラの一言に驚きの表情になる女性と、目の奥をキラリと光らせる男性。
「……おいマジかよ、あのガキ冒険者志望だってよ。しかもザキ直々にそれを言うとは……」
「単純にガキの夢だろ。それより、ベルクって誰なんだ?」
「ほら、よく聞くだろ。『滅槍』だよ」
別の席で冒険者達がしている会話から察するに、この男性がザキという人物なのだろう。よく見ると片足が義足だ。
「あ、これ。ベルクが……っと」
言い終わらない内に俺が持っていた羊皮紙を奪ったザキ。そして獲物に食らい付くかの如き勢いで読んでいる。
字、俺も読める様にならなきゃな。
「……ははは! そうか、あの野郎がな!」
「どれどれ……へぇ」
突然豪快に笑いだしたザキ、その光景に興味を持ったらしくザキから羊皮紙を奪って読み始めたカトラも、面白そうな物を見る目になった。
「あの野郎がお前を推すなら、お前はかなりのものなんだろう。よし、今から試験を始めるか!」
ようやく息が整った女性が、不敵な笑みを浮かべているザキを慌てて止めようとする。
「えっ、ザキ教官!? 彼……? はまだ子供ですよ! そもそもの話、しっかりと手順を踏まなければ……」
「子供? ガキが冒険者になっちゃいけませんっていう決まりなんてどこにも無いぞ? それに俺は試験官、手順なんてくそ食らえだ!」
明らかに試験官が言ってはいけない事を言った気がするが、当の本人は気にした様子もない。
「無駄だよハンナ、こいつは一度言ったら意見を曲げねぇからよ。それに、お前が思ってる程酷い有り様にはならないと思うぞ?」
ハンナと呼ばれる女性の反応を見て楽しんでいるカトラは、そう言って丁度良い高さにあった俺の頭をバシバシと叩いた。……痛い。
というか羊皮紙には何が書かれていたのだろうか。凄い気になる。
「よっしゃ、じゃあ付いてこい! お前の実力がどんなものかを見てやる!」
「それはそうと、ベルクの奴はいいのか?」
「いい訳ねぇだろ! んだよあの野郎、少しは顔くらい見せろや!」
そう言って歩いていくザキの後を追いかけていった。
今回のルシアが殆ど空気だった件。