上陸
電車の移動中に書く事を覚えた。
「おっ、見えてきたぞ」
「やっと……?」
嵐を抜けた船は、その後驚くほど順調な航路を進み、三日後にようやく目的地の土地へと辿り着いた。
【多次元収納】のお陰で補給の為に他の土地へ寄る必要が無く、目的地まで直線で進めたというのにこれほどの時間が掛かるという、この世界の大陸間の距離を改めて思い知らされた。
うっすらと見えはじめた大陸を指差してそう言った俺に、船酔いのせいで酷い顔色のテスが反応した。
どうやらテスは横の揺れに弱いらしく、更に気持ち悪さが慢性的に続く体質っぽいのだ。
この数日は本当に地獄だったろうな。
テスの苦労を察して同情した俺は、テスの肩に手をポンと置いた。
「……やるんだったら背中にしてほしい…」
「あー…確かにそうだな」
「錨を下ろせー!」
見張り台の船員の号令で海中に錨が落とされ、暫くした後上陸するための板が船との間に渡された。
長い船旅だったけど、まあかなり楽しかったな。釣りとか。
「よし、上陸」
「りくー」
「やっと着いたぁ……!」
この世界に転生して三つ目となる大陸、アイジス大陸への一歩を俺とライムはピョンとジャンプして、テスは息絶え絶えに、レフィスはごく普通に踏みしめた。
なんというか、県境とか新しい土地に降り立つ時とかってこういうのやりたくならない?
「小僧」
と、一人でテンション高くなっていた所、背後から俺を呼ぶ声(小僧=俺というので定着しているのはかなり複雑な気分だが)が聞こえてきた。
誰なのかと振り返ってみると、そこには船長さんが仏頂面で立っていた。
「嵐ん時ぁ世話になったな」
「こっちこそ。ここまで運んでくれた船長さん達には感謝しかないよ」
実際あのとき船長さんら船乗りの技術が無かったら、嵐で沈まなかったとしてもあの中を抜ける事なんか出来なかっただろうしね。
そう、嵐の中でファルらが使用した『風薙』の応用魔法『嵐薙』は、確かに船を嵐や波などの脅威から救った。
しかしそんな嵐の中心で、船が無風の海原に晒されたらどうなるだろうか?
嵐の中心で移動もままならず、嵐が消え去るかファルの魔力が尽きるかの我慢比べが始まる未来は目に見えていただろう。
そうなったら、操船技術の無いファル達は成す術が無かったのである。
その気になれば全員を船ごと転移させたりして解決が可能ではあったが、それは最後の手段とファルは割り切っていたのだ。
「俺は目的地まで運んだだけだ」
船長さんはフッ、と笑って手を差し出してきた。
「海の事で必要になったらいつでも頼れ。借りた分の恩はきっちり返す」
「ありがとう」
俺は倍以上はある、その大きな手を掴んでがっしりと握手を交わした。
「じゃあな」
船長さんはそう言い残し、船へと戻っていった。
なんか、格好いいな。
「おっ、いたいた」
「ファルさーん!」
…と、船長さんと入れ替わるようにエレーナ達が下船し、俺達を確認するなりこちらへと向かってきた。
彼女らにも色々と世話になったな。テスの訓練相手になってもらったり……二日目辺りからはテスが死んでたが。
「エレーナ達とはここでお別れかな?」
「はい、私達は暫くこの国に滞在するので」
曰く港国であるこの国は、物資だけではなく様々な情報も行き来するらしく、他国の情勢やこの国へ流れてきた大きな依頼等を収集するのだとか。
エレーナ達の様な色々な国を転々とするタイプの冒険者は、その辺をしっかりと調べておかなければならないのだそう。
カトラさんも前は色々な国を渡り歩いてたらしいし、同じように……いや、カトラさんは多分その場の思い付きで行動してただろうな。
色々ぶっ飛んでる人だし。
「三人には色々と世話になっちゃったね」
「とんでもない! こちらこそ嵐から救っていただきましたから」
そんな軽い会話を済ませた俺達は、通りがかりの馬車馬の嘶きを合図に別れる事にした。
宿とかも探さなきゃだしね。
「それじゃあ、俺達はこれで失礼するね」
「はい。また何処かでお逢いしましょう」
三人の背中を見送った俺達は、ようやく宿を探すべく歩みを進めた。
「っだぁー久し振りのベッド……」
そう言って倒れ込む様にベッドへとダイブしたテス。
船酔いやらで熟睡できなかったとのことで、床に固定されたベッドには相当満足の様子である。
ちなみに俺達は三人部屋を借りており、俺とライムが同じベッドを使う予定である。
何故か最初にテスは一人用の部屋を借りたいとか言っていたが、無駄に値が張るから却下した。
「我が主、同行予定の行商隊は明日の早朝出発とのことです」
「早朝ね。分かった」
アイジスへ行く行商隊の予定をレフィスに確認してもらい、俺は荷物入れから金銭の入った袋を取り出した。
昼飯は宿探しの道中で魚の串焼き等をつまんで済ませたが、昼を軽食で済ませると晩飯の方は少し豪勢にいきたいものである。
「って事で買い物してくる」
「どういう事だよ」
「御一緒します」
突っ込むテスをスルーして、俺とレフィスは部屋を出た。
「あ、そうだテス。船で溜まった服があるから洗って干しておいて。後で乾かしとくから」
「了か……うん…?」
「まだまだ賑わってるな」
現在は時間にして午後三時といったところだろうか。
昼の賑わいも収まるような時間帯ではあるが、それでも港町はかなり活気がある。
『我々の乗っていた船の影響かと』
俺達の乗った船、つまりは行商船なわけだが、アシュトルスや近隣の国、更にはデイペッシュなどの内陸の国などからも資源を仕入れて運んでおり、そんな大量の物資が入港してきた今日というタイミングは、商人達にとって見逃せないチャンスなのだそう。
そして、そんな商人達が集まるタイミングで町の人々もこぞって露店を出して……というようにどんどん連鎖していってこの様な大にぎわいとなったらしい。
…冷静に考えると、何でもポチれば数日で物資が届いた前世が凄い恵まれてたんだよな。
「魚市場は…と、あそこか」
一本道だから道に迷わずに済んで良いな、と考えつつ露店を歩いていると、両手で抱えられそうなサイズを筆頭に大小様々なサイズの魚が卸売りにされている所を発見した。
こういうのって朝イチにやるものだと思ってたけど、まだわりとこの時間でもやってるんだな。
「おっちゃん、白身で良いやつちょうだい」
「あいよ」
テスは文句言うだろうが、今日も魚尽くしでいくか。
一方、宿では。
「…こういうのってレフィスさんがやる仕事じゃないのか…?」
ブツブツと文句を言いつつ、全員分の洗濯物をジャブジャブと洗っているテス。
船旅中は水属性魔法を使って清潔を保っていたものの、しっかりとした洗濯はできなかったという事でファルに任されたのだ。
騎士見習いとして寮にも似た施設で生活していたテスが家事仕事をできない筈が無い。
テスの愚痴の真意はそこではなく……。
「…服はまだしも、なんで下着とか洗わせるんだろうなぁ……」
齢にして十四才、少年から青年へと成長真っ盛りのテスには、そんな些細な物品でも赤面を禁じ得ないのである。
「……これがライムちゃんのでファルのは…」
「ただいま、新鮮なのが入っ……洗濯桶に頭から突っ込んでどうした」
「ツッ……の、ノックぐらいしろよ!」
バッと桶から泡まみれの顔を上げ、テスがそう叫んだ。
「外にいるのにどうやってノックするんだ?」
「ごもっともだよ! ちくしょう!」
どうしたんだ突然キレて…別にやましい事なんて無いだろうに。
そう思いつつ食材の他に購入した日用品等を床に置いた。
『……』
ルシアが久々に謎のオーラを発していたものの、あまり気にしないようにしつつ、食材を持って宿の調理場を借りに向かう俺だった。
オマケ
ファル流白身魚のムニエルの作り方
1,最初に魚の身から骨を抜く
2,塩と、荒く挽いた黒胡椒をかけて下味をつける
3,バターを敷いたフライパンで中火で焼く
4,最後に塩で味を調えて、適当に盛り付けて完成。好みでレモン汁をかけるのもあり
醤油を使ったムニエルも好きですが、個人的にこっちの方が好みです。
なんで下着とか洗わせるんだろうなぁ(ry
ファル:トランクスのような男物
ライム:白無地のリボン
レフィス:…
「あれ? レフィスさんのが無い…えっ……?」