嵐中の闘い
学校課題からの逃避で久し振りに書いた。
いや本当に待っていた方ごめんなさい。
「こんな魔物が出る海域だったなんて聞いてないぞ!」
四足歩行をする魚型の魔物を避けつつ、冒険者の一人がそう叫ぶ。
突然の大嵐、そして魔物の大群という次々と降りかかる災難に対して吐かれた悪態に、他の冒険者達も無言で頷いた。
「…ま、そうも言ってはらんねぇか」
だが彼等も冒険者。不測の事態というものは幾度となく経験済みなのであろう。
甲板上に集まっている者たちのほぼ全員が既に得物に手を掛け、自身らを狙わんとしている魔物へ刃を向けていた。
「うわあぁぁぁ!」
しかし冒険者といえど、同乗している全員が歴戦の猛者だというとそういう訳でもない。
新米なのか混乱し、腰が引けていた冒険者の青年が海鼠の様な軟体生物に捕らえられ、そのまま丸飲みにされた。
「しゃらぁっ!」
間髪入れず、カイルがその海鼠型の魔物を大剣で両断し、輪切りとなった魔物の中から先の冒険者を引っ張り出した。
運良く消化液に侵される直前に救出されたのか、彼に怪我は無い様子だ。
「…た、助かった…」
「立てるか?」
自身の無事を確認して安堵の表情をしている青年にそう言い手を差し伸べたモーザは、彼がその手を取るより先に革鎧のベルトを掴んで立たせた。
拳闘士の彼からしたら、青年の体重くらいなら持ち上げるのは容易だ。
「今はボーッとしてる時間じゃねぇだろ。てめぇの身くらいてめぇで守れ」
カイルはそう言うと魔物の血で濡れた剣をその場で振り下ろし、刀身に付着した血を払い落とした。
そしてそのまま前方に意識を向け、剣を構えた。
「シャァァァァァッ…ツッ!?」
そんなカイルの死角から海蛇の様な魔物が襲い掛かってきた。
しかしその牙がカイルを貫く事は無く、すんでの所でモーザに尾を掴まれて甲板に叩き付けられた。
脳震盪を起こしたのか、魔物はそれきりピクリとも動かない。
「お前も周りを見ろ」
「お前がいんだから問題ねぇよ」
「……十秒前に自分で言った事を棚に上げないで下さいよ」
互いに軽口を叩き合いつつも向かってくる魔物の群れを狩っていく三人。
水棲竜にこそ手間取っていた三人だが、個々の単純な技量だけならファルに引けを取らない程の実力を彼等は有している。
それは先のカイルとファルの戦いを見ても明らかだろう。
「エレーナ、魔物の数は?」
「…私達の周りには大体三十くらい……むぅ」
杖に魔力を籠め、意識を集中させるエレーナ。
彼女の得意魔法は風と水の属性。その二属性を用いた探知魔法を彼女は今使用している。
しかし、
「……風が乱れてるせいでこれ以上範囲が広げられないです」
彼女が現在使用している魔法は、空気中の水分に自身の魔力を籠め、それを風属性魔法で周囲に広げて探知範囲を広げるというものである。
つまり、突風の吹き荒れている今この時においてこの魔法はすこぶる相性が悪いのだ。
「最低でも三十はいるんだな? それが分かりゃ十分だ」
尚も索敵範囲を広げようと意識を集中させているエレーナの肩に手をポン、と置いてそう言ったカイルは、そのままエレーナの前に立ち二つに割った剣の片方を魔物に向けた。
「背中は任せたぜ、モーザ」
「勘弁してくれ…巻き添えは御免だぞ」
冗談なのか本気なのか分からない両者のやり取りを聞いてクスリと笑ったエレーナは、その背後で尚も魔力を練っている子供冒険者を見る。
風の噂で耳にはしていた子供冒険者。
噂というものは必ずと言って良いほど尾ひれが着いてくるものだが、彼のそれは嘘偽りの無い真実であるという事を心から実感させられていた。
水棲竜を触れただけで退けさせた未知数の能力、仲間に容易く勝ってみせた力量。
そして今なお増幅し続けている強大な魔力。
魔物がおらずとも、あとほんの僅かな高さの波が来るだけで水の底へと沈みそうなこの天候、ハッキリ言って生還は絶望的である。
しかし、あの小さな身体から発せられる力は、その絶望感を払い去って尚余りある希望、安心感が漂っている。
ならば私達は、私達のやれることをするだけです。
エレーナはそう心で呟くと、二人に身体強化の魔法を付与して彼等に並んだ。
「二人だけに良い所は渡しませんよ!」
「右からデケェの、踏ん張れお前ら!」
暴風、津波。
ベテランの船乗り達からすれば日常である筈のこれら天災が、明確な意思を持っているかのように襲いかかってくる。
この海域ではごく稀に自然発生する魔力が一点に集中し、それが原因で局地的な天候異常が起こる事がある。
基本的にこの天候異常は海洋に漂う魔力を観測することによって回避することが可能なのだが、そのなかでも更に稀に、観測する間もなく急激に増幅した魔力によって天候異常が起こり、それに船が巻き込まれる事があるのだ。
そう、今のこの状況である。
…ツイてねぇな。
舌打ちと共に船長から吐き出された一言は、そんな奇跡のような事象に対して、自身らが置かれている現在を端的に言い表していた。
正直、普通ではないこの嵐の中で生還するのは絶望的である。
波にのまれまいと必死にバランスを取っているこの船も、左右から襲う波風でギシギシと悲鳴を上げている。
「船長! 帆がこれ以上っ…巻き取れません!」
「ちっ、風に絡まれてるか…。風に捲られるんだったら帆ぉ切れ!」
「魔物が…!」
「んなもん冒険者に押し付けろ! 動力炉に魔石ありったけぶちこめ! 振り切るぞ!」
怒号のように飛び交う指示。
それは、彼等が自身らの役割を全うしようとし、未だ生還を諦めていないという船乗り達の意地とプライドが伝わってくる。
「…んで、あの子供は何してんだ」
つい先ほど、自身に対して「何とかしてみせる」と高らかに宣言していた少年を視界の端で捉えた船長は、何やら力を溜めているらしいその仕草を見つつ、一体何をやるつもりなのか、と眉を潜めた。
恐らくは魔法を使用しようとしているのだろうが、魔法を使う事ができない船長には魔力を感知する術は無く、どのような魔法を放とうとしているのかを把握できていない。
魔法で嵐を切り抜けられたとしても、その魔法によって命綱ともいえる船に損害が出ては元も子もない。
得体の知れないものに命を預けざるを得ないこの状況、これに賭けなければいけないのは頭では理解していても、やはり不安は大きい。
「船長っ!」
子供冒険者について軽く思考していた船長は、船員の悲鳴にも似た叫び声に顔を上げた。
目の前には、最早『壁』と称しても納得できる程の巨大な高波が自身らを飲み込もうという意思を持っているかの様に迫ってきていた。
「ちっ…デカい……全員船に掴まれ! 振り落とされるなよ!」
これは耐えられるのだろうか…。
これまで何十何百と大海原を駆り、海の機嫌を見てきた彼がそう呟いてしまった程の高波。
直撃すれば転覆は免れないだろう。
ツイて、ねぇな……。
「うん、よし。これだけあれば十分かな」
無念そうに目を閉じて衝撃に備えていた船長だったが、少年の声が聞こえた直後から、船体に打ち付けられる波の音が、荒く吹いては耳へと飛び込んできていた風の音が、まるで先程からそうだったかのように静かな物へと変わっていたのだ。
いったい何事か。
無事を喜ぶより先に船長は目を開けて状況を確認していた。
「…どういう事だ、これは?」
そこには、相も変わらず暴風吹き荒れる大海原と、そんな天候では決してあり得る事の無い、風すら吹かない凪の船という光景が広がっていた。
見ると、先程まで幾度となく襲い掛かってきた、甲板に達する程の高さの波も観測できなくなっている。
ふと帆を畳もうと必死になっていた船員達を見た船長。
自身と同じく沈没を覚悟していたのか、それぞれが船にしがみつき、そしてこの事態を理解できずに茫然としていた。
「な、何が起こって…」
「生きてるよな? 俺達…」
「…何ボサッとしてんだ! とっとと動け!」
静かに互いの無事を確かめ合っている船員達を見てハッと我に返った船長は、そう彼等を叱咤した。
船長の言葉にビクッと肩を跳ね上げた彼らは、いそいそと帆を畳み始める。
気付くと、先程まで跋扈していた魔物の姿も全て消えており、他の冒険者達も狐につままれた様な表情で周囲を見渡していた。
そんな彼らを見届け、現状この船の危機は去った事を確認した船長は、甲板の中央で立っている少年の元へと向かった。
『……風の相殺を確認、波の無力化も成功しました』
「何気に危なかったな…」
あと秒コンマ遅かったら普通に沈んでたぞ……。
ルシアの言葉に作戦の成功を察した俺はふぅ…と息を吐きつつそう呟いた。
…いやぁ久々にしんどかった。
ベヒモスの一件以来、必要以上魔力を使ったりする機会が無かったので、精神面での疲労が思ったよりも大きかったのだ。
やっぱり魔法とかも体力と同じで日常的に使っていかなきゃ鈍るものなのかな。
「ツッ……!?」
「っと大丈夫かレフィス?」
先程まで俺の魔法の制御をしてくれていたレフィスが、糸が切れたかのように膝から崩れた。
どうやら魔法の制御に思いの外精神を削ったらしく、少し息も荒い。
「…我が主の御前で、とんだご無礼を…」
「何いってんだ。レフィスが制御してくたからあの魔法が成功したんだぜ?」
肩で息をしながら申し訳なさそうにしているレフィスにそう声をかけた俺。
実際、あんな大規模な魔法の精密操作なんて俺にはできない。それを打ち合わせもなくほぼ完璧にこなしてくれたレフィスには感謝している。
というか、正直凄い驚いた。
「ありがとうな、レフィス。助かったよ」
「…身に余る御言葉……」
そう言った俺の顔を見るなり驚いたような表情をした後、疲労によって気を失った。
よっぽど体力使ったんだな。
『先の魔法を制御するには、高度な空間認知能力だけでなく、魔力の流れを把握する魔力認知能力、そして御主人様の発する魔力を抑え込む集中力。それら全てを一度に操るだけの精神力が必要となります』
へぇ凄いな、それ全部一人でやってた…ん?
「という事はルシアの今回の役割って…」
『彼女が役割を申し出ましたので、私は彼女の補佐を行っておりました』
えちょっ、つまりこれまでルシアがやってた情報処理をレフィスが殆どやってたって事かよ…。
そりゃあ気絶する訳だわ…。
『彼女が魔法の操作に秀でていたのは把握しておりましたが、流石の私も少々驚きました』
レフィスの能力の高さにそう驚きつつ、そんな彼女をそっと甲板に寝かせた俺。
本当はベッドとかに寝かせてやりたいが、まずは船長さんに事後報告が先だ。
「さて、船長さんはどこにい「ファルさーん」おぉ三人とも、無事だった?」
立ち上がった直後、エレーナ達が俺の所へと走ってきた。
どうやら怪我は無いみたいだ。
先程まで魑魅魍魎が跋扈していたような状態の船上で、船員や魔法の準備をしている俺達に魔物が行かないよう注意を向けていてくれた彼女らの力量はやはりかなりのものだろう。
「これって一体どういう事なんですか!? 嵐がこの船を避けてるように見えるんですが…」
「風属性の魔法で船に当たる風と波をいなしてるだけだよ」
「だけって…この向かってきている嵐を全てですか!?」
飛び上がるように驚きの声を上げるエレーナ。
まぁ、確かにそうだよな。
四方から来る風やらを全部受け流してるとか、魔法の技術がえげつないもん。絶対俺だけじゃできないわ。
やっぱり、今回のMVPはレフィスだな。
「これは『風薙』の応用…いやでも、こんな大規模魔法をどうやって……」
「あ、そうだ。三人とも疲れてるかもで申し訳ないんだけど、レフィスを俺の部屋まで運んでいってもらっても良い?」
なにやら俺の魔法についてブツブツ言っているエレーナはさておいて、カイル達にそう頼んだ俺。
俺はこれから報告に行かなきゃだし、魔物を全部吹っ飛ばしたとはいえまた船に上がってこない保証も無い。ならば三人にレフィスを任せてしまおうと思ったのだ。
「こいつは?」
「今さっきの俺達の魔法で体力使いきっちゃったんだ」
「さっきの…あの嵐を吹き飛ばしちまったあれか?」
「うん」
吹き飛ばしたっていうか受け流してるだけだけどね。
そんな話をしていると、モーザが寝ているレフィスをヒョイと持ち上げて船内へと歩き始めた。
毎度思うのだが、彼等みたいな力にステータスを振った人達って筋力凄まじいよな…レフィスを片手とか。
前世じゃあまずあり得ない筋力だぞ。
「あちょっ…待って下さいモーザ! 後で色々聞かせてもらいますからね、ファルさん!」
そう言ってモーザの後を追っていくエレーナと、そんなやり取りを見て「ったく…」と溢しつつも付いていくカイル。
普通に良いパーティーだな。
「俺も早く報告終わらせて戻るか」
そう呟きつつ、船長さんがいるであろう船首の方へと向かっていく俺。
その後報告を終えて部屋へと戻っていった俺は、激しい揺れのせいで無惨にも散乱した部屋とその中央でぐったりと動かないテス、それを心配そうに見ているライム達の姿を見て、嵐が襲来した時以上に暗鬱な気分になったのだった。
オマケ
個々の単純な技量だけならファルに引けを取らない程の実力を(ry
ファルは技能や魔力量の暴力があってこその強さなので、剣術などの個々の技量は彼等の方がまだ少し上だったりします。
『風薙』
風属性魔法を応用した技。
自信の回りに風を纏い、物理的な飛び道具を誘導して回避する。
ちなみにファルはこの魔法を船に纏わせ、外からの風と波、魔物を吹き飛ばしていました。
ぐったりと動かないテス
吐いてはいないみたいです。