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不穏の船旅

半年以上ぶりの投稿。

「……暇だな」




  船がメテラードを発って約一週間。

  景色の変わらない、ただ波に揺られるだけの船旅に俺達も、流石に飽きが来始めていた。


  やれる事といったら読書か筋トレか食材集めの手伝い(釣り)くらいだし、なんといっても夜中でも絶えず揺れる船内での睡眠のせいであまり寝れていないのである。


  ……陸地が恋しいな。




「ライムは……そうでもなさそうだな」


「ん?」


  釣糸を垂らしている俺の隣で一人読書に(いそ)しんでいるライムを見て、ふとそう呟いた俺。

  というのも最近、ライムは読書にハマっているらしく、暇さえあれば本を開いている。

  しかも殆ど同じ本を、である。


  読書家なスライム……中々ユニークだな。


「文字ばっか見て、飽きないの?」


「んー……タノしいヨ?」


  少し考えた後、ライムがそう答えた。

  本人曰く内容よりも『文字を読む』という行為が好きなのだとか。


「うーん……俺が持ってきたのは全部読んじゃったしなぁ……」


  ライムの、良い意味で質素な趣味嗜好を羨ましく思いながら、一向に手応えの感じない竿を眺めている俺は、そう呟き深いため息を吐いた。


  あと数日で終わるのかすら分からないこの船旅、本当に何もやることがないのだ。

  強いて言うならば、同じく暇を持て余している冒険者達からの冒険の経験談を聞いたり盤上遊戯で遊んだりといった事はしているが、それでも地上ほどの自由さは存在しないのだ。


「暇だなぁ……」


『貴方そればっかね……』


『本日で既に十八回は口にしております』


  同じ事ばっか言ってて悪かったな。




「これでもどうにかして暇を潰そうとは思ってるんだよ」


『……』


  と、俺がルシアをしょーもないやり取りに参加させようとしたのを察してか、ルシアが黙ってしまった。

  勘が鋭いな……。


『そうではありません』


(うん?)


『……前方より大規模な気圧の変動を確認しました。数十分後ほどしたら嵐が発生し、この船に直撃します』


  成る程、それを感知したから急に黙ったのか……へっ?


  何気ない会話の一文かなと軽く受け答えした俺だったが、ふと脳内でその言葉を反芻して硬直した。










「船長、船内異常ありません」


「……荒れるな」


「はい?」


  定時連絡にやって来た船員の一人が、船首で海を見詰める船長の言葉を思わず聞き返した。


「風と波の方向が真逆だ」


「えっ? それってどういう……」


「他の船員に伝えろ。『嵐が来る、備えろ』」


「あ、嵐……ですか?」


  状況を飲み込めていない船員は、晴天の空を見上げてもう一度「えっ?」ともう一度声を発した。


「新人、お前にゃまだ分からんと思うが、この海域だとごく稀に起こる現象でな……始まるぞ」


  そう言った船長は、静かに前方を指差した。


  すると遥か前方の空間が、陽炎(かげろう)の様にゆらゆらと立ち始め、周囲の大気を吸い込むように空間が密集しだした。

  そして中心に黒いもやか形成され、爆発したかの如きスピードで拡大した。


「チッ……こんな真正面で出現されたんじゃ避けようもねぇ……おい! 早くしろ!」


「はっ、はいっ!」


  晴天の空が瞬く間に黒雲で覆われる光景に口を開閉させる事しかできない様子の船員にそう怒鳴り、静かに笑みを浮かべた船長。

  その表情は、自身の経験してきたものへの自信からなのか、はたまた目の前の巨大な試練に対しての本人なりの負けず嫌いなのか……。


「おもしれぇ……乗りきってやろう」







「あ、嵐ってどういう……全然晴れてるんだけど」


『前方約三キロ地点の気圧が、原因は不明ですが急激に低下しており、間もなく雲が形成されるでしょう』


  雲ってそんな急にできるものなの!?

  というかそもそも、嵐が来るってわりには風も吹いてないし、全然穏やかな天候な気がするんだけど。


『恐らくは魔酸素が海上で突発的に増加し、その地点で大気が急激に縮小、その影響で簡易的なブラックホールのようなものが生成され、海水を巻き上げるのでしょう。……始まります』


(なにその現象……って、うわっ!)


  ルシアが言うが早いか、船の遥か前方から、先の船員が見た現象が起こり、どんどんと黒雲が広がっていく光景を目にしたファル。


『この船の構造上、回避は困難と思われます』


  勢いが強まり、海水を巻き上げ始めた嵐を前に、そう冷静に分析したルシア。

  というか、この状況を見たら誰でも察するか……。


「ライム、レフィス、行くよ」


「んっ」

「御意」








「船長さん! あれって……」


  船の先頭部に向かった俺達は、船員に指示を出している船長さんを発見し、二人の会話が終わったのを見計らって船長さんの方に近付いた。

  船上での事、嵐の海の事なんて全く分からないので、こういう場合は海のプロの人から指示を貰うのが最も良策だと判断したからである。


「船ん中に入ってろ」


「そうもいかないでしょ」


  恐らく、今回は冒険者である俺達は戦力外と思われているのだろう。

  戦いや探索が専門でもあるから、そう思われるのも仕方がないのは分かるが。


「あの嵐を見て、黙って船に(こも)ってるなんてできないでしょ」


「おめぇ位の軽い子供(ガキ)じゃあ風で飛ばされて終わりだから言ってんだよ」


  俺の言い分をそう言って切り返した船長さん。

  というか風で飛ばされるって……、そこまで軽くもないからね? 俺。


『いえ、確実に御主人様(マスター)の体重では風に巻き上げられてしまうでしょう』


  えぇ……。


『しかし、御主人様(マスター)の【万物吸収】ならば自身の周囲の風を【属性】として吸収可能ですので、あの嵐の中でも活動は可能と推測します』


  らしい。

  俺が飛んでいくレベルの風とか……この船大丈夫なのか? このサイズが転覆とかしたら、絶対に中の人達は助からないだろうし。


「取り敢えず、船に直撃する風を緩和させれば良い?」


「だから船に「大丈夫だから、気にしないで」どうなっても知らねぇぞ」


  俺の言葉から、何を言っても無駄だと判断されたのか、そう言って(かじ)(何故か船首にある)に手を掛けて自分の仕事に入った船長さん。


  勝手にしろ、という事なので早速行動を始めるとしようか。


「じゃあ、ライムはテスを見てきて。多分部屋に居るから」


「んっ」


「レフィスは俺の魔法の制御をお願い」


「御意」


  二人にそう仕事を任せた俺は、いつの間にか本当に真正面にまで近付いてきていた嵐の方に向き、とにかくありったけの魔力を込め始めた。

  そして俺の背後では、レフィスが俺の使う魔法の制御の為に俺の背中に手を当てて意識を集中させている。


  謎の白ローブとして俺と相対した時からそうだったのだが、レフィスは魔法の威力や動きを制御する事に関しては俺を遥かに凌ぐ程に上手なのだ。

  なので、多量の魔力を持っている俺が威力しか考えないような魔法を放ち、レフィスがその魔法を微調整する事によって、俺が一人で放つよりも高精度の魔法が発動するのだ。


(ルシア、あの暴風から船を守るにはどれくらいの威力が必要?)


『嵐の規模から推測するに……、少々物騒な(たと)えになりますが、風属性魔法単体でベクトリールの巨壁を破壊できる程度の魔力は必要と思われます』


「……ちょっと溜めるのに時間掛かるな」


  思っていた以上に大規模な魔法を使用しなければならないらしく、レフィスの補助を要しても発動には少々時間が必要みたいだ。


「おい、何するつもりだ?」


「さっき言った通りだよ」


  ルシアの見立てだと、このまま嵐に突っ込んだ場合、風と波によって転覆する確率は六割を越えるのだとか。

  ちなみにこの転覆する六割の原因は、荒波と暴風が同じ方向から吹いた場合……という事らしい。


「波か風、どっちか安定させればあれ()を抜けられるんでしょ?」


「……できんのか?」


「やらなきゃ助からないもんね」


  俺のその言葉に対して、にっと口角を上げた船長さん。





「突然船が揺れたんだが……ってなんだありゃあ!?」


  そう叫び声を上げながら船内から飛び出してきたカイル。

  そしてその後に続くようにモーザ、エレーナ……他の冒険者達も続々と出てきた。

  海が荒れ始めた影響で船内の揺れが大きくなり、違和感を感じたからだろう。


「嵐……さっきまで雲ひとつない快晴だった筈……」


「魔酸素の影響で急に発生したみたいだよ」


「局地的なものにしては些か大きすぎる気が……」


「というか、お()ぇさんは何をしてるんだ?」


  嵐に呆気に取られてるエレーナの横で、ふと俺の様子を見たらしいモーザが、そんな事を聞いてきた。


「魔力を溜めてる」


「魔力?」


「あの嵐の中を進むんで……ちょっと何ですかこの魔力量……」


  何かを言おうと俺の方を向いたエレーナが、俺を見て固まった。


「ちょっとあの嵐から船を守ろうとね」


「それにしたって……これは規格外すぎませんか……?」



「おい、冒険者共! 丁度良い、こん状況で武器振り回せる奴はいるか?! いたらここ残れ!」


  と、冒険者達の存在に気付いた船長さんがそう叫んだ。


『……ッ、前方から魔物が複数体、登ってきます』


  ルシアが言うが早いか、リアル半魚人な魔物や巨大なウナギみたいなニョロニョロとした魔物が次々と船に上がってくる。

  どうやら、嵐が発生する際の魔力溜まりに惹かれて集まってきたものが、この船に狙いをつけたのだろう。


「ランクB相当の魔物があんなに……」


「皆はあいつらから船を守って」


  嵐に魔物の群れと、かなり混乱している様子の三人にそう声をかけた俺。

  船が無事でも、それに乗る人間が無事ではないと意味がないのだ。


「なんか状況は全くわかんねぇけど……やるっきゃねぇか」


「どちらにせよ、やらんと助からないしな」


  流石はベテラン冒険者か、この数の魔物を前にすぐに冷静さを取り戻した。

  それに追随するように、他の冒険者達も武器を手に取りだした。




「よし、頼んだよ!」


  船上での攻防戦が__始まった。

オマケ





その頃テスは、



「……吐きそう。なんで他の皆は普通に本読んでられるんだよ……」


絶賛船酔い中であった。

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