カイル
船がメテラード大陸を離れて数時間……。
晴天の大海原を進む船(タロス号という名前らしい)に乗っている俺達は、変わらない景色に飽きが始まり、退屈しのぎと称してテスと模擬戦闘を開始していた。
ちなみにしっかりと船員の人から許可はもらっている。
「やあっ!」
「力を入れすぎ! そんな大振りじゃあ避けられた時に対応できないぞ!」
あくまで模擬戦、しかし練習用の剣なんてものは持ってきていないので、お互い剣を鞘に納めてそのままの状態で戦っている。
鞘がある分重さも増えてしまっているが、まぁ筋トレにもなるだろうし平気だろう。
「うらぁ!」
「振り上げる時は腋を締める! 腹がガラ空きだよ!」
「ぐえっ……ってぇ!」
テスの動きの癖を指摘しつつその部分にシュッツァーを当てた俺。
流石に俺以外には持ち上げられないような重さの代物を腹にぶち込んだら内臓にダメージが入りかねないので、本当に軽く当てただけではあるが、テスの悶絶具合から分かるように威力は凄まじいのだ。
「一旦休憩でもするか」
「は、腹があぁ……」
「それくらいなら大丈夫だろ」
腹を押さえているテスにそう言いつつ、魔法で生成した水の入った水筒を手渡した俺。
真水の入手手段に乏しい船上で、少しでも水の節約ができたらなと思って水を作っているのだが、ライム以外でも問題なく飲水可能で、ルシア曰く軟水なのだとか。
「っ……っぷはぁ、美味い」
「お疲れ様です我が主、テス殿」
「ありがと」
俺達が水を飲み始めたのを確認したレフィスが、汗拭き用の布を俺達に手渡した。
水と風の属性魔法によって冷却されているのか、ひんやりとしていて気持ちいい。
「終わったな」
と、日陰の方で俺達の模擬戦を見ていたらしいカイルとモーザが、俺達の方に近付いてきた。
なんでも『騎士の普段の訓練がどんなものかが気になった』のだとか。
流石に船の上でそこまで手の込んだ訓練をしたりとかはする気は無いし、仮に訓練を行う場合メンバーはテスだけなので、多分彼の体力が持たないだろう。
マンツーマンで走り込みからの模擬戦闘とか、ただの地獄だろう。
「中々楽しそうだったな」
「訓練というかはテスの鍛練みたいなものだからね」
楽しそうだったかは分からないが、普段の訓練よりもテンポよく終わらせた感はあるかな。
「しかし、やっぱ結構強ぇな」
「うん?」
「竜族を撃退した時はまぁ確かに凄ぇとは思ったけどよ、実際に戦ってんのを見ても、隙が見当たんねぇ」
隙が無いとは言っても、……言い方は悪いが相手はテスである。流石に負けはしないし、そもそも苦戦なんてしないのだ。
『御主人様の戦闘における細かな動きから、御主人様自身の潜在能力を計り知ったのでしょう』
(どこのサイ◯人だよ……)
「どうだ? ちょっくら戦ってみねぇか?」
「へっ?」
突然、カイルが俺にそんな事を行ってきた。
「お前と戦って、さっき以上の強さを見てみてぇ」
疲れ取れてからで良いからよ、と言って担いでいる剣を鞘と一緒に縛って固定しはじめたカイル。
完全に戦る気満々である。
「俺は全然構わないけど……」
「なんかスマンな」
「全然平気だよ」
モーザが申し訳なさそうに謝ってきた。
……うーむ、やっぱり彼等は冒険者の中ではかなりの常識人なんだな。
「準備は?」
「いいよ。勝敗条件は?」
「剣が直撃したら、でどうだ?」
「分かった」
軽く休憩を済ませた俺は、カイルにそう確認を取った後にルシアをシュッツァーごと背から引き抜いた。
気付くと、周囲には同じ乗客である他の冒険者達が「なんだなんだ」と俺達を囲んでいた。
見世物ではないんだけどな……。
「この銅貨が下に落ちたら開始だ」
懐から銅貨を取り出してそう言ったカイルは、キィンとそれを弾いて剣を俺の方へと向け、臨戦態勢へと入る。
真上へと弾かれた銅貨は、やがて重力に従ってゆっくりと下へと落ちていき――。
……チャリン。
銅貨の落ちる子気味の良い音が響いたと同時に、カイルが俺に向かって【電光石火】で肉薄してきた。
(お手並み拝見だ)
カイルの【電光石火】を見切った俺は、そのままの勢いで真っ直ぐ突っ込んでくる彼の攻撃を受けるべく、ルシアの構え方を少し変えた。
「っりゃあ!」
「ぐっ(思ったより重いな)……っらぁ!」
カイルの一撃を受け止めた俺は、その攻撃の強さを予想外に感じつつも思い切り振り払った。
どうやら、カイルの剣は普通の剣よりもサイズが大きいらしく、それに比例して重さがかなりのものとなっているようだ。
彼自身の体格はかなり小柄なのに、よくまぁ軽々と振り回せるな。
『筋力増強系の技能を複数所持しているものと推測されます』
「ふんっ」
ルシアがそう分析している間にも、カイルは大剣を振り上げ向かってくる。
一旦動きを止めなきゃな。
「ふっ……」
二度三度と続くカイルの攻撃を捌いていた俺は、四度目の攻撃を身を反らして避け、ルシアを使って上から押さえつけた。
流石に何度もあの攻撃を防いでいたら、どこかしらで必ずバランスを崩してそのまま追撃を貰うだろうという判断から、まずは攻撃手段の一つを削いでしまおうと行動に移したのである。
「……やるじゃねぇか」
「伊達に子供冒険者やってないんでね」
梃子の原理で剣を押さえ付けられ、一瞬の隙が産まれたカイルは、しかし焦る事なく、逆に不敵な笑みを浮かべている。
「けど……よっ!」
「うわっ!?」
魔法でも放ってくるのか? と身構えていた俺は、次の瞬間に起こった出来事に酷く驚く事になった。
なんと、カイルの剣が中心を境に縦に割れたのだ。
えちょっ……えぇっ!?
「とわっ! ……何事!?」
押さえ付けるものが突然無くなった事によって逆に体制を崩してしまった俺に、カイルの割れた剣が迫ってきた。
その攻撃自体は何とか回避できたが、未だに驚きは続いている。
『成る程……あの武器は元より二本で一振りの剣のようです。刀身が巨大だったのも、それが理由だったのでしょう』
(という事は、あれはあれでちゃんとした武器なのか……壊れたとかじゃなくて)
そう思いつつ距離を取ってカイルの剣を観察する俺。
鞘も剣と一緒に割れるんだな。どんな造りになってるんだろうか。
「ははっ、驚いたみてぇだな」
「初見で剣が割れるのを見たら誰だって驚くよ」
「まだまだいくぜっ……らぁ!」
再び距離を詰め、二本の剣による怒濤のラッシュを繰り出してきたカイル。
……勝敗の条件は剣の直撃なので、これは少し俺が不利かもしれない。
『貴方も技能を使えば良いじゃないの』
(それじゃあ勝負にならないでしょ)
確かに俺の【電光石火】のようなマッハを越えるような技能を使えば勝利自体は至極簡単だが、それでは互いに面白くないだろう。
やはり、どちらにも十分に勝機のあるような戦いをしたいのだ。
「守ってるだけじゃ勝てねぇぜ?」
未だ余裕の表情で剣を振るうカイルは、そう言って攻撃を更に激化させていき、上下左右から幾度となく振られる剣の猛攻に徐々に掠り被弾が目立つようになってきた。
両手剣使いを相手にしたのなんかルーガ以外にはまだいなかったし、そもそもルーガとの模擬戦なんてただただ遊ばれてたし……両手剣使いとの戦闘は全然経験不足なのだ。
(……早めにカタを付けなきゃヤバイな)
カイルの剣を避けつつ、注意深く彼の動きを観察する俺。
なんとか懐に潜り込めれば良いんだけど……。
『あるじゃない、簡単に潜り込む方法』
(へっ?)
防戦一方の中で勝機を見出だそうとしている俺に、ディメアがふとそんな事を口にした。
『ど真ん中を突っ切れば良いんじゃないかしら?』
真ん中……あっ。
(成る程、そうかっ)
俺はディメアの一言で、カイルの攻撃の弱点を発見した。
カイルの両手剣での攻撃スタイルは真正面からのラッシュだ。
手数でもって相手に反撃の隙を与えずに消耗させるのが狙いなのだろう。
(つまりは防御の事を考えていない!)
『しかし御主人様、相手はその考えに至る事を想定している可能性がございます。対策を組まれている可能性が……』
(それは大丈夫)
……気付かなかった俺もあれだが、かなり分かりやすい短所を全面に押し出して戦っているカイルは、当然ながら正面ががら空きとなっているのは百も承知だろう。
という事は勿論対策を練っている筈なので、俺はそんなカイルの上をいかなければならない。
(ならっ!)
「う、おお!」
「正面からっ……! 分かってんじゃねぇか。けどよっ!」
カイルの上からの攻撃をいなした俺は、そのまま大きく踏み込んで彼にタックルした。
すると、一瞬だけ驚いた表情をした直後に、体制が崩れているのにも関わらずニヤリと笑みを浮かべ、両手に持つ剣を纏めるように持った。
すると、二本だった剣が再び一つとなったのだ。
「そう来るのは分かってたぜ」
一振りの大剣へと姿を戻した剣を持ったカイルは、その剣を突き出す様に構えつつバランスを整えると同時に一気に回転した。
剣の重さを利用した、全方位の凪ぎ払いである。
「分かってたよ」
体制が崩れたと相手に錯覚させた直後の奇襲作戦だったのだろう。
これが罠だと知らなかったとしたら、そのまま回避できずに食らっていたかもしれない。
「なっ……」
予めこう来るだろうと予想していた俺は、背面跳びをするようにジャンプし、カイルの奇襲を紙一重で避けた。
すると、先ほどまで不敵な笑みを浮かべていたカイルの表情が驚愕によって強張った。
こればかりは、流石のカイルでも避けられるとは考えていなかったみたいだ。
「ふっ……!」
トドメのつもりで振った一撃を回避され、大きくバランスを崩したカイルの剣を、素早く着地した俺が打ち払った。
バランスが崩れていたせいか剣の握りが甘かったらしく、そのままカイルの剣は空中へと跳ね上げられ……。
……カランッ。
俺の背後でそんな音を立てながら甲板に落下した。
そして起こる一瞬の静寂。
「剣は当ててないけど……まだ続ける?」
「……降参だ。こりゃ勝てねぇ」
直後、「おおおっ!!!」と周囲の野次馬から歓声が飛んできた。
気付くと、冒険者だけではなくいつの間にか船の乗組員の人達まで集まっていた。
「……やっぱ強すぎだわ、お前」
「カイルこそ、一瞬負けるかと思ったよ」
俺がそう言うと、カイルは「けっ……」と悔しそうにしながらその場に座り込んだ。
『お疲れ様でした御主人様』
(ルシアも、お疲れ様)
そうルシアに労いの言葉をかけた俺は、カイルに続いてその場に座り込んだ。
ふぅ、疲れた。
「なぁおい、次は俺とやんねぇか?」
「……えっ?」
「俺も、今の見てたら戦ってみたくなっちまったよ」
「おい、次は俺とだろ」
どういう訳か俺達の戦いを見て何かが滾ってしまったらしい野次馬冒険者達が、俺にそう戦いを挑んできた。
……暫くは終わらなそうだな。
オマケ
どちらにも十分に勝機のあるような戦いをしたいのだ。
尚、この後の野次馬達との戦闘では技能をガンガン使用したのだとか。