船内探検
次の日の早朝。
「どうだ? 準備はできたか?」
「うん、大丈夫」
水棲竜を船から下ろす事に成功して無事に船が通常の便で出港できた事により、俺達の乗る船も予定通りの時間に出るようになったのだが、俺は今、そんな船の乗船口付近でジャックさんと言葉を交わしていた。
「数年は向こうにいるとなると色々面倒事が多いだろうが……まぁお前さんなら大丈夫だろうな。女王達に伝言はあるか?」
「時々転移で帰るつもりだし、大丈夫だよ」
確かにセルリッヒ学園に行ってしまったら数年はアシュトルスで暮らすのは無理だろうが、転移を使えば簡単に戻れるし、まぁそれほど重く考えてはいない。
……ほんの少し寂しいな、というのはあるが。
「じゃあ坊主、何かあったらファルを頼んだぞ」
「え? 俺?」
「そうだぞテス、多分絶対に俺は何かしらやらかすだろうから、その時はテスがなんとかするんだぞ」
「いや何でだよ!?」
テスの間髪入れない突っ込みにははは、と小さく笑った俺達。
こういう些細な冗談とかにもしっかりと反応してくれるんだよな、テスって。
「錨を上げろー!」
「っと、じゃあそろそろ行くね」
「ああ」
マストの上の見張り台から聞こえてきた声から、もうすぐ船が出る事を確認した俺は、ジャックさんとそんなやり取りを交わした後にライム達を連れて船に乗った。
暫くすると、船がゆっくりと陸を離れ、徐々にジャックさんの姿が小さくなっていく。
「……」
「不安?」
離れていくジャックさんの姿をじっと見ているテスを見て、ふとそう聞いてしまった俺。
騎士になりたいという事でグレイから巣立ちし、まだ一年と経っていないようなこの時期に、まだ自分の知らない場所へと行く事になったのだ。
これは流石に不安だというものだろう。
「今ならまだ泳いで戻れる距離だけど?」
「馬鹿いうなし」
へっ、と鼻を鳴らしながらそう答えたテス。
この様子なら大丈夫そうだな。
「船の中見てみようぜ」
「うん」
しんみりムードはあまり性に合わない、ということで興味を別の所に向ける事にした俺は、取り敢えず船内を探検しようかなと思い行動に移した。
「ここは貨物庫か」
「船の中なのに広いんだなぁ」
さっそく船内の探検を始めた俺達は、適当に歩きつつ自身らの現在地を確認していた。
実の所、船に乗るという事自体が前世でも経験していなかった事なので、初めての船内散策に内心わくわくしていたりする。
巨大な木造の棚に『食材』や『毛皮』と書かれた紙が貼られて区分分けされており、前世の某大型倉庫店を思い出した俺。
「次は甲板に行ってみようぜ」
「おいちょ……早いな」
同じく生まれて始めての船にテンションが上がり気味のテスは、脊髄反射の如き素早さでその場を後に走り去っていった。
やっぱり外が気になるんだろう。
「ライムも、行こうか」
「……」
「? どうした?」
「このシタにみず。ちょスイコ?」
「……あー、その水は飲んじゃ駄目だからね?」
「ん」
「……っと到着。船って階段じゃなくて梯子で登り降りするんだな」
テスを追いかけつつ船内を見て回り、船の大まかな構造を把握した俺達はようやく甲板に到着した。
船底付近から乗り込み、上へと上がるような順路を通っていたので甲板にはまだ上がっていなかったのだが、まさか階段ではなく梯子を使って登るとは思わなかった。
「おぉすげ……」
「ひろー」
ライム、レフィスと順に甲板へと上がり、改めて周囲の景色を確認した俺達は、そんな素直な感想を口にした。
船がメテラード大陸を出て数十分が経過し、既に陸地は見えなくなっていたのだが、それにより見渡す限りが全て海という、俺個人からしたら物凄く新鮮な光景が目の前には広がっていた。
「っとそうだった。テスは……「お、見つけたぞ」うん?」
我に返り、テスの姿を探そうと辺りを確認しようとした俺は、直後に背後から聞こえてきた声で振り返った。
「ようやく見つけましたよ」
「えっ……」
誰? と口を開こうとした俺だったが、振り向いた先にいた人物にぶつかってしまい、それを妨害されてしまった。
「おっと悪ぃ」
俺とぶつかった男性は、そう言って後ろに控える二名の場所まで戻っていった。
男性二人と女性一人の冒険者パーティー……。
「あ、昨日の」
どうやら、昨日水棲竜を何とかしようと四苦八苦していたあの冒険者達みたいだ。
俺を探してたっぽいが、仕事を横取りされたとかで因縁でもつけにきたのだろうか?
「えっと、俺に何か?」
「そう警戒しないでくれ」
顔に出てしまったのか、そう言って俺の警戒を解こうとする拳闘士の男性。
『敵意は感じられません。安心しても宜しいかと』
(まぁ、警戒したところで何の意味も無いしね)
今は取り敢えず話を進めるのが先だろうと判断した俺は、後退りしようとしている体を無理矢理止めて事情を聞いた。
「昨日の事で礼が言いたくてな」
「礼?」
「俺らじゃああのドラゴンをぶっ倒すことしかできなかったしな」
そう言った大剣使いの冒険者は、照れ隠しのつもりなのか「けっ」と言って後ろを向いてしまった。
どうやら礼を言いに来たのは本当みたいだ。
……ぶっちゃけ「昨日の礼をたっぷり返しちゃわねぇとなぁ……」的なことが起こる可能性も少しだけ考えていたが、そんなことは無かったので良かった。
かなり血の気のある人物が多い冒険者の中でこういう反応というのも、わりと珍しい方ではあるが……。
「改めて……俺はモーザ、見ての通り拳闘士だ。で、こっちの剣がカイル」
「剣以外にも言うことあんだろーが!」
「私はエレーナ」
「無視かよ……」
サッと軽くスルーされてしまった彼……カイルは、乱暴そうな見た目のわりにイジられキャラみたいだ。
「俺はファル、こっちは妹のライムで」
「我が主の忠実なる僕、レフィス……です」
「……なんか大げさに言ってるけど、気にしないで」
レフィスって、たまにルシア以上に大袈裟な時があるんだよな……。
「ファルって……やっぱりあの『子供冒険者』ですか!」
「へっ? あ、うん」
俺の名前を聞いた途端、興奮した様子で俺の手を握ってきたエレーナ。
突然の事だったので、少しビックリしてしまった。
「ほらね! 本物だったじゃないですか!」
「……こりゃ驚いた」
『人気者ね』
喜ぶようにぴょんぴょん跳ねているエレーナの反応を見て、ディメアが茶化すようにそう言った。
まぁ確かに、アシュトルスの冒険者ギルドでは彼女らは見たこと無かったし、そういう意味では知名度もかなり上がったんだな。
「どう? やっぱり行き先変えて良かったじゃないですか?」
「行き先?」
「こっちの話だから気にせんでくれ」
後で聞いた話――エレーナが勝手に喋っただけだが――だと、実はこの船は彼女らが本来乗る船ではないらしく、この船には俺に挨拶をしたかったから乗ったのだとか。
行き先を変えてまで会いたかった、という事には少し嬉しさはあるが、それでもわざわざ俺に会いに行くために船を変えるだろうか? 疑問である。
「まさか本人に会えるなんて、きゃ~どうしよう!」
「……なんか悪ぃな」
最近の女子高生ばりにはしゃぐエレーナを横目に申し訳なさそうにカイルがそう謝った。
荒くれな見た目のわりに凄い素直なんだな。
「前々から話は聞いていて、会いたいと思っていたんですよ! やっぱり本物は凄いですね!」
「ど、どうも?」
……どうしよう、ちょっと反応に困ってきた。
これまでエレーナのような……ファン? みたいな人物とは無縁だったので、どういった反応をすれば良いのか分からない俺は、取り敢えず愛想笑いを浮かべる事しかできない状態だ。
「ファルー! この船やっぱり凄いぞ! ファルもこっちに……誰?」
と、そんな困っていた中でナイスなタイミングでテスが戻ってきた。
「お、おぉテス、丁度良いところに来たな」
「ファル、この人たちって……」
「昨日のあの冒険者のパーティーだよ。……こいつの名前はテス。見習いの騎士なんだ」
テスの登場によって何とか話題を切り替える事に成功した俺。
内心でほっ、と胸を撫で下ろしたのは言わずもがなだろう。
オマケ
「このシタにみず。ちょスイコ?」
このときライムが言っていた水は、船体を安定させる為に積んでいる『重しとしての水』です。
当然ながら飲み水ではありません。