穏便なる解決
「近くで見ると意外に大きいんだな」
『目測ですが、全長はおよそ二十メートル強です。比較的若い個体と思われます』
これで若いのか……大人の個体とかどんなサイズなんだ?
ぽかぽかとした日射しに当たっている水棲竜を見つつそんな事を考えている俺は、突然の乱入で固まっている様子の冒険者の横を通り抜けた。
「……って待て待て」
「あうっ」
と、我に返った大柄の拳闘士らしき人物に後ろ襟を掴まれ、そのまま持ち上げられてしまった。
五年経っているというのに成長が全く見られない俺の体は、親に咥えられた子猫のような状態で拳闘士の手にぶら下がってしまっている。
「坊主、バカな事言ってねぇで下がってろ」
「今は大人しいですが、相手は竜族なんですよ」
ヒョイ、と俺を軽々と持ち上げてそんな事を言った拳闘士の男性と、それに便乗する魔法使いらしき女性。
多分、俺の事が興味本位で竜に近付こうとする子供に見えたのだろう。
……あながち間違いではないのだが。
「危ないから下がってましょうね」
「俺は平気なんだけど……」
「ヤンチャしてぇのは分かったけど、邪魔だ」
もう一人の剣を持った冒険者も混じってきた。
……うーん、なんて言えば分かってくれるかな。
「一応俺も冒険者だよ」
「ここは俺等冒険者の仕事……あん?」
「俺も冒険者だって」
俺の言葉に再び硬直した冒険者達。
後ろの野次馬達も、なんだなんだと俺達のやり取りにざわめき始めた。
「嘘はよくないですよ、ぼく?」
「嘘じゃないよ、ほら」
そう言いつつ俺は冒険者証を取り出し、彼等に見せた。
……未だにぶら下がっている状況なので威厳などは全然無いが。
「はっ、どうせ自分で作ったや「び、Bランク……本当に冒険者……」嘘だろおい」
「別の奴のものとかじゃあなくてか?」
「正真正銘俺のやつだよ」
俺の冒険者証をまじまじと見つめながら、少し疑心暗鬼ぎみのの冒険者達は、子猫状態の俺を余所にひそひそと話し始めた。
「おい、このライセンスって……」
「他の方の物ではないみたいですね。盗難防止の魔法は発動していないみたいですし……」
「じゃあ、このガキんちょは本当に冒険者だってか?」
盗難防止の魔法? そんなんあるの?
そういえば、過去にザキさんが冒険者証には色々な魔法が込められてるみたいな事を言っていたな、と思い出しつつ、なんとか抜け出そうと身を捩り、上着を脱いで脱出した。
「あっ」
「ちょっ、こら逃げるな!」
俺の重さを腕に感じなくなったのでいち早く気付いたらしい拳闘士の冒険者が、再び俺を捕獲しようと掴み掛かってきた。
流石にもう一枚は脱ぐ訳にはいかないので、スルッと腕を避けた俺は、少し早足気味で水棲竜の所へ駆けだした。
こんな所で変に時間を取るのもあれなので、強行手段に出る事にしたのだ。
「危ない!」
「んのガキゃ……」
ファルのやらんとしている事を察したのか、冒険者が焦った様子で後を追う。
「グルル……」
そんなファルらの行動に反応したのか、水棲竜がゆっくりと首を上げて騒がしい方向を見た。
――なんだ……またあのニンゲン達か。
先程から自身の眠りを邪魔してくる生物として冒険者達を認識している水棲竜は、そろそろいい加減にしてくれ、とウンザリしていた。
人並みの知能を有している水棲竜は、自身が寝ているこの場所が人間の作ったものである事は知っている。
しかし、ただの岩場で日を浴びるよりも、波でゆらゆらと揺れるこの船の上の方が、岩場よりも遥かに心地好い事を知ってしまった水棲竜は、別の場所に移動する気は毛頭無い。
云わば縄張りのようなものにしてしまっているのだ。
――ワタシはただ休みたいだけなのに、このニンゲン達は……。
幾度にも渡って睡眠を妨害され続けている水棲竜は、またも自身を退けようと向かってきている冒険者達に苛立ちを感じ始めていた。
――力ずくで追い払ってしまおうか。
温厚とはいえ竜族。
冒険者の一人が口にしたその言葉は、事実その通りでありこの竜族の特徴でもあるといえるだろう。
仮に他の竜族よりも大人しいとしても、絶対に怒らない訳ではないのだ。
そして、ひとたび竜族がその牙を人々に向けたとしたら、周囲の生物を葬るなど容易い事なのである。
「……はいストップ」
「グァッ!?」
冒険者達を屠ろうと口内で圧縮させた水を、高水圧のカッターとして放出させようと口を開いた直後、水棲竜は突然起こった異変に驚愕する事となった。
発射した筈の水圧のカッターが、標的に命中する事なく霧散してしまったのだ。
「船を壊されると、俺達も困るんだよね」
自身に一番近い位置に立っている人間の子供は、そう言いつつ一歩また一歩と距離を詰めてきた。
――間違いない、このニンゲンだ。
先程の攻撃を無効化させた人物を本能的に察知した水棲竜は、「ならばこれはどうだ」と言わんばかりにしならせた尾をファルに叩き付けようとした。
「暫くで良いから大人しくしててな。束縛」
しかし、その攻撃も子供には届く事はなく、逆に束縛によって身動きを封じられてしまった。
「……ふぅ」
危なかったぁ……。
ちょっとでもタイミング遅れてたら、俺以外全員死んでたぞ……。
身動きを封じられた水棲竜を前に、俺は安堵のため息を吐いた。
殆どノーモーションで繰り出された水棲竜のブレスは純粋な水による攻撃であったのだが、恐らく後ろの冒険者達では防ぎきれなかっただろう。
もう少し水棲竜がブレスを吐くのが遅かったら、俺を止めに入った冒険者の無意識の妨害で【万物吸収】を周囲に発動させる事は難しかった。
攻撃に転じてくれた水棲竜に感謝である。
(でもさ、このドラゴンに【束縛】で大丈夫なの? 突破されない?)
『問題ありません。脱出されないよう関節を固定しておりますし、御主人様の束縛の強度ならば水棲竜の筋力では脱出不可能です』
……この紐に、竜族を縛る程の強度があるとは思えないんだよなぁ。
束縛は、見てくれは業務とかで使いそうなただの細長いロープなのだ。
普通に鹿みたいな動物や人間とかならばこれで捕獲とかできそうだが、一戸建ての家と同じようなサイズのこの竜族を捕縛するだけの頑丈さを、このロープから見出だす事が俺にはできないのだ。
『御主人様の魔力量と束縛の強度は比例していますので、外見は貧弱ですがこの竜族を捕縛する程度の強度ならば十分に持ち合わせております』
まぁ、現に動けなくしてるし、問題はないんだろうな。
「……おいおい、こりゃあどういう事だ?」
「束縛……!? 低級魔法で竜族が……」
「というかその前に、なんか出そうとしてたよな? こいつ……」
動けなくなった水棲竜を見た冒険者達は、一瞬の硬直の後にそう口を開いた。
「グガガッ……!」
「っと、まだ終わってないんだったね」
俺は、束縛から抜け出そうと必死にもがいている水棲竜に視線を戻し、事を終わらせる為に行動に移した。
(前にディメア達から教わったあれで……)
「グルル……グァッ!?」
必死の形相で威嚇をしてくる水棲竜の顔部分を両腕で抱き付くように掴んだ俺は、そのまま額で水棲竜の眉間辺りに触れた。
何をやっているのか分からないと思うが、これは『別の竜族とのコミュニケーション』をする方法で、少し前にディメア達から教わった方法なのである。
この世界の竜族というのは、属性や特性などが種類ごとに全くといっていい程違いが出るのだが、コミュニケーションという手段すらも竜族の種類で全て違ってくるらしい。
しかし、俺がやっている方法だけは種類が違っていたとしても、どの種族に対しても通用するコミュニケーション手段なのだとか。
『前も言ったけれど、意志疎通ができるとは言っても会話はできないわよ』
(意思を伝えられるだけでも十分だよ)
竜族同士で意思の疎通が可能ならば、龍人の俺でも同じ事だろう。
そんな事を思いつつ、俺は水棲竜に敵意が無い事、この場を穏便に立ち去ってほしい事を願った。
「……グルル」
するとどうだろうか、先ほどまで拘束から抜け出そうと動いていた水棲竜が、スッ……と驚く程に大人しくなったのだ。
どうやら成功したらしい。
「よしよし、良い子だ」
俺は大人しくなった水棲竜を軽く撫でてやり、同時に束縛を解除させた。
直後、水棲竜は海に向かって跳躍し、船から降りた。
そして海面へ浮上する事なく、そのまま去っていった。
『対象の反応が遠ざかっていくのを確認しました』
ルシアが告げた通り、どうやら本当に行ってくれたみたいだ。
「「おおおーっ!!!」」
「ひゃっ!?」
竜族が去った直後、後ろの野次馬達からどっと歓声が鳴り響き、……思わずビクッと体を跳ねさせてしまった。
オマケ
盗難防止の魔法
所持者の冒険者証が別の人物の手に渡って一定時間が経過すると発動する。
装飾の一部の色が変化し、盗難物と識別できるようになる。