面倒な船客
学園の招待状を受諾してからおよそ一ヶ月。
セルリッヒ学園の入学手続きの期日に間に合わせる為、俺達はアイジス大陸行きの行商船がある港町にやって来ていた。
アシュトルスは内陸国なので、海に面した小さな国――アシュトルスとの貿易国だ――から出発するのである。
「……おぉ、凄いな」
馬車の中から町を見た俺は、前世振りに見た海や潮風の吹く穏やかな町並みと、巨大な木造船といったかなり新鮮な景色を目にしてそう呟いた。
昔、旅行雑誌とかで見た事がある、南の島みたいな感じの洒落乙な景色……ちょっと、数日で良いから此処に住みたいんだけど。
「初めてか?」
「海とかは見たことあるけど、あそこまで立派な船は見たこと無い」
基本的な部分は木で作られており、柱等の要所に巨大な生物の骨が使われている。
前世でよく見る客船、というよりかは海賊船で例えた方が良いかもしれない。
今は帆が畳まれているが、いざこれが開いたらもっと巨大に見えるんだろうな。
「ルーガにも見せたかったなぁ」
「忙しいからな、仕方無いだろう」
ちなみに今、この場所には俺とライムとレフィス、ジャックさんとテスで訪れている。
ルーガは大量の事務仕事が急に舞い込んでしまったらしく、今回は来られなかったみたいだ。
……そのせいで出発前にルーガにもみくちゃにされたのは此処だけの話。
ジャックさんは仕事のついでという事でここまでの付き添いで来てもらったのだ。
ライムとレフィスは、まぁ言わずもがなだと思うが、テスは……。
「付き添い騎士は本当に坊主で良かったのか?」
「うん。同じ子供だからそこまで違和感は無いだろうし、テスの社会勉強の一環としてね」
ジャックさんの言葉にそう傾いた俺。
実は、セルリッヒ学園の紹介状に書かれていた『入学に関しての注意事項』的な項目の中に【側使三名、護衛兵二名、従魔一匹まで連れていく事が可能】と書いてあったのだ。
恐らく、というか確実に貴族達に向けて書かれている内容なのだが、それでも俺にも適用される筈なのでという理由から、ライムやテスを連れていこうと思ったのだ。
「出港までには間に合いそうだな」
「時間押してるの?」
「手続きに時間が掛かるんだ」
話によると、大陸を行き来する為には前世で言うところのパスポートやビザのようなものが必要らしく、それがないと船での渡航許可は下りないのだとか。
「お前さんの場合は冒険者証があるから問題ないが、坊主や嬢ちゃんらが大陸を渡るには手順を踏まなくちゃいけなくてな」
「どのくらい掛かるの?」
「そうだな、三人分だから……半日くらいか」
三人で半日か……。
聞いたところ、行商船は明日の早朝に出港するらしいので、確かに間に合いそうだ。
「俺の方はまだ時間があるから、手続きくらいなら手伝うぞ」
「ありがとう。助かるよ」
そんな会話をしている一行を乗せた馬車は、ゆっくりながら順調なペースで港町まで進んで行った。
「……なんだって? 今日中には作れない?」
十分足らずで目的地に到着した俺達は、早速ライム達の手続きをしに行こうと、商船ギルドと呼ばれる場所に行ったのだが、その際に言われたのが今のジャックさんの台詞である。
……え? それってマズくない?
紹介状に書かれていた俺の入学期日はだいたい半月後なのだが、明日出る船を逃すと、次に同じ行き先の船が来るのはあの行商船が戻ってきてからなので、絶対に期日には間に合わなくなってしまうのだ。
「何故作れないんだ?」
「それが……」
同じような事が何度もあったのだろう。少し疲れた様子で受付の人が説明してくれた。
なんでも、他の場所に向かう行商船の甲板を魔物が陣取ってしまい、連鎖的に船が出せない状況になってしまっている状態らしく、それに伴って渡航許可証が発行できないのだとか。
船が出せないんで作れないという事は、出港に間に合わない訳ではないみたいだな。
「その魔物が何処かに行ったら、船は出せるんですか?」
「少し時間は掛かりますが、アイジス大陸行きの船は明日中には出せますよ」
何処かに行ってくれたら、なんですけどね……。とため息混じりで教えてくれた受付。
「ちなみにその魔物というのは……」
「竜族です」
お、おぅ……ドラゴンか。
確かにそんなのが船を陣取ってたら出港なんてできないな……。
「取り敢えず行ってみるか」
「だね。ありがとうございました」
今後を考えるのならば先に行動してしまおうという性格の俺達は、ひとまずその竜族というのを見に行く事にした。
「あれか」
「ど、どれ……?」
商船ギルドを出て竜族が乗っている船というのを目指した俺達。
目的の船は、凄い数の野次馬らしき人々のお陰ですぐに見付かった。
「こんな場所に出現するなんて聞いたことがないんだが……珍しいな」
「ドラゴンなんてファル以外だと初めてだなぁ……でけぇ」
「ぐぐ……もう少し……!」
船を占領している竜族を見て感嘆している様子のテス達。
俺も頑張って背伸びをして船の様子を見ようとしているのだが、悲しいかな身長が足らずに船のマスト部分しか見えない。
……くっそぉ、俺より子供のテスですら見えるってのに俺が見えないとか……理不尽だ。
「ん? ファルどうしたの?」
「い、いや……なんでも……!」
「もしかして、身長が低いから見えない?」
俺が頑張っている姿を見ながら、テスがそうからかってきた。
……こんなんなら大人の姿で来るんだった。
「我が主、お任せ下さい」
「とわっ……!」
苦戦している俺を見たレフィスが、そう言って背後から俺を持ち上げた。
みてくれは完全に高い高いである。
「え、えーと……レフィス?」
「このようにすれば見やすいかと」
……どうしよう、すっごく恥ずかしいんだけど。
脇に手を入れての高い高い。本来はもう少し小さい子供が親にやってもらったりするものではある筈の事を、更に言えば精神年齢はオッサンに入りつつあるファルがそれをやられているこの状況に、瞬時に赤面してしまったファル。
……ルーガによる強制女服着用とかとはまた違う、身動きが制限される中でのこのプチ羞恥プレイは、行っている本人が良かれと思っての行動であるから尚更質が悪い。
せめてテスがいない所でやってほしかったな……。
『御主人様、見えました』
そんな俺の内情を軽くスルーしたルシアが、そんな事を言ってきた。
……っとそうだった、竜族は……。
恥ずかしさを抑えながらも気持ちを切り替え、竜族の姿を目にする為に船を確認した俺。
「……あれがその竜族か」
ファルの視線の先に捉えたものは、甲板上で休むように丸まっている蛇のような流線形の生物であった。
一見巨大な蛇にも見えないことはないが、どうやらしっかりと手足はあるみたいだし、魚のヒレのような翼や立派な角も付いている。
『水棲竜です。どうやら現在は日光浴をしている様子です』
……ネーミングまんまだな。
どうやらルシアが【森羅万象】で調べたところ、この竜族は他の竜より温厚な性格で、危害を加えられない限りは基本的になにもしてこないのだという。
それにしても日光浴……。
「船上にいるせいで冒険者も下手に手を出せないみたいだな」
ジャックさんの指差す先では、数名の冒険者達が寝ている水棲竜を何とかしようとジリジリ距離を詰めているのだが、ふと数メートル範囲に近付こうものならドラゴンが軽く威嚇してくるので、どうにもする事ができない状況なのだ。
水棲竜をどうにかしようとしている冒険者達は、装備からしてBランク辺りでそこそこ腕が立ちそうな人物達なので、正確な強さは知らないが、多分あのドラゴンくらいなら討伐できそうなものだが、やはり船への被害を最小限に抑えたいらしい。
「これじゃあジリ貧だな」
「ちょっと行ってくるよ」
ジャックさんの言う通り、このままだと水棲竜が満足するまで事は発展しないだろう。
という事で、ドラゴン繋がりで俺にも何かできないかなぁと思い、取り敢えず接触を図ろうと考えたのである。
「その状態で行くのか?」
「……レフィス、そろそろ降ろして」
「グルル……」
「っおっ……と。どうにも近付けねぇな」
冒険者の一人が、そう呟きつつ背負っている武器に手をかけた。
「それはいけませんよ」
そんな行動に、仲間の一人が即座に反応して制止させ、持っている杖を水棲竜に向けた。
そして何やら魔力を杖に集中させはじめた。
「今回は力ずくでの解決は逆効果なのを忘れてはいけませんよ」
「忘れた訳じゃねぇよ……ちょいと嚇かしたら逃げるかも、って試そうと……」
「それが逆効果なんですって……」
呆れた様子の杖使い。
「とは言ってもなぁ、どうやってあんなデカブツをどけるよ」
武器を持たぬ拳闘士の冒険者は、先の二名のやり取りに肩をすくめながらそう呟く。
彼ら三名の冒険者は、ファルらと同じく行商船に乗るべくこの地に訪れ、自身らの乗る予定であった行商船を水棲竜に占領された被害者である。
自分達の乗る船が出せないという状況をなんとか打破するべく、水棲竜の撃退を名乗り出たのは良かったが、彼らの専門は討伐、しかも周囲を破壊せぬよう注意を払いながら対象を撃退しなければいけないのは、彼らにとっては少し難易度が高かったのである。
「幸いな事にあの竜族には敵意はありません。なんとかしてこの船から遠ざけましょう」
「だからどうするんだよ」
「餌かなんかで釣ってみるか?」
撃退をする手段が無いので、同じ会話を何度もループするというジリ貧に陥っている冒険者達。
「……っはぁ、抜けたぁ」
「あ?」
「子供、ですか?」
「おいおい、ちょいと近付き過ぎだぞガキんちょ」
突然人混みから現れた子供に、それぞれがそんな言葉を発した。
「えーと……取り敢えずあの竜族を船から降ろせば良いんだよね?」
「「は?」」
「へ?」
彼らの声が聞こえなかったのか……否、聞いていなかったファルが、人の波で乱れた服を直してそう言った。
「すぐに終わるよ」
オマケ
水棲竜
日本の『竜』の容姿に翼を付けたような見た目の竜族。
水中を主な活動域としており、進化の過程で翼はヒレ状に変化し、飛行は不可能。
鱗や甲殻の硬度を維持する為に地上へ上がって日光浴をする事がある。
全体的に気性の荒い傾向の竜族の中ではかなり温厚な種類。
淡水に棲息している種は『ウォータードラゴン』と名称が変化する。