旅立ち
投稿遅れて申し訳ございません。
あの日の夜、商人の仕事を終えたベルクから『この世界について』の情報を色々聞いた。
とはいえこの世界にいる人は基本的に知っている事だったので、ベルクから「え、そんなんで良いの?」みたいな顔をされたが、まぁお陰で聞きたい事はルシアも含めて無くなった。
ベルクから聞いた事は大まかには二つ。
一つ目は、世界的に見たこの王国の位置……というかこの世界の土地に関してだ。
この人族国家デイペッシュは、『メテラード』という大陸の南東部に存在しているらしい。
この世界には7つの大陸が存在していて、俺が今立っている『メテラード』、西と東にそれぞれ存在する『アイジス』と『レイテクス』、北の果て……前世でいう所の南極に位置する『カルバムス』、魔族の住むというこの世界最大の『魔大陸』、縦に縦断するように浮かぶ『リーシエ』断崖絶壁と乱気流という上陸する事が不可能な謎の大陸『ホーエンス』。
俺がいる『メテラード』は、二番目に小さい大陸で少し北よりに位置している。日本と同じで比較的温帯らしい。
『アイジス』と『レイテクス』はこの世界でも屈指の面積を誇る大陸で、それぞれ『メルン帝国』と『アクラ連邦』という国が支配しているらしい。この二つの国は様々な問題で争っていて、現在は停戦状態にあるという、どうにも昔のアメリカとロシア|《ソ連》を連想させる大陸だ。
北の果てにある『カルバムス』は、生物の気配を感じさせない程の寒さを誇る大陸で、前世でいう南極だ。
『魔大陸』は名前の通り魔族の大陸で、現在確認されている大陸の中では一番広大な面積を誇るという。
この大陸を治める国の王は、人族とは友好的な関係らしい。
縦に伸びる『リーシエ』は、寒帯から熱帯……更には乾燥帯までもが存在するこの大陸には、多種多様な種族や生物が暮らしている。
謎の大陸『ホーエンス』は、存在こそ確認はされているのだが、近海は常に荒れていて、仮に島まで辿り着いたとしても、島は登る事が叶わない断崖絶壁で囲まれている。更に上空には予測不能の乱気流が吹き荒れていて、飛行能力に長けた有翼族ですら通過不可能という……早いところ上陸不可能の大陸なのだ。
二つ目に聞いた事は俺……というか龍人の存在についてだ。
この世界には亜人種という『THE異世界』な種族が存在しているのは前にも説明したし、俺自身転生して亜人になっている事から分かると思うが、昨日寝る前にリアと話していた時、不意にリアが「龍人って、本当にいたんだね。龍人族を見るのはファル……君が初めてだよ」と言っていたのに疑問を持ったのだ。
確かにリアはベルクと共に様々な土地を転々としながら商売をしている。当然その道中で色々な種族を見てきた筈なのだ……が、龍人というものを見たのが初めてという事は、俺の種族はそう多くないのか? もしくは単純にリアが見てなかっただけなのか? という疑問が沸いたのだ。
その問いにベルクは、
「希少なんて話じゃないですよ。純粋な人間と竜族が番になって初めて誕生するといわれる、世界にそう多く存在しない種族です。長寿で生殖能力も高いとは言えない種族と言われてますし……現存している龍人族なんて上位のエルフ種より遥かに少ないでしょう」
何を言ってるんだこの人!? といった表情でそう言った。今のベルクの言葉に出てきた『長耳族』は、前世のラノベ等で必ずといっても良い程出るあの『長耳族』の事だ。
こちらも純粋な長耳族の場合、長寿で生殖能力が低いので種族的には下から数えた方が早いくらい数が少ないという。
俺は、そんな長耳族よりも個体数が少ない種族らしい。
「じゃあやっぱり正体は隠した方が良いんだな」
「龍人という希少種族でありまだ子供の坊や……ファルさんの場合は尚更ですね。あの埃共を一人で対処できる程強いとしても、大人という生き物は狡猾ですから、あらゆる手を使ってきますのでやはり正体は隠す事を奨めます」
埃共……俺とリアを拉致った人物を指しているのだと思うが、彼等を何とかする程度に腕が立つだけでは油断できないという事だろう。
「他に聞きたい事はありますかな? 出来ればソースの対価として釣り合う情報を」
「本当に対価とかじゃなくていいんだけどな……。それと、聞きたいのはそこまで大したものじゃないから」
予め言っておくが、俺が知りたい情報はこの世界の人ならばほぼ確実に知っているようなものなのだ。まぁ、前世で言ってしまえば「自由の女神ってどこの国にありますか?」という質問くらいには知られている筈の情報だ。
ここまでがルシアの聞きたい情報だったのだが、俺が個人的に聞きたいのは……。
「冒険が本業の仕事ってあったりする? あったとして、それは俺みたいな年齢でも入れたりする?」
異世界といったらやっぱ冒険っしょ。的なノリで聞いてみたのだが。
「冒険を生業……冒険者の事ですね。ええ、ありますよ。坊……ファルさんくらいの年齢で冒険者になった人物は多分いませんが……技量さえあれば入れると思います。冒険者になりたいのですか?」
俺の質問に答えたベルクは、少し考えた後に目の奥を光らせた。何を考えているのだろうか。
「俺、この世界の事を全然知らないしさ、ただオーガやルーガに付いていくだけじゃあ何も学べないと思うんだ。まぁ単純に興味があるっていう方が大きいけど」
これは本心からの言葉だ。オーガもルーガも化け物みたいな強さだから、物凄く心強いのは確かなんだけど、それでは俺が駄目だと思うのだ。
確かに二人から手解を受けたお陰で、俺は結構強いと思う。しかし俺はあくまでも二人に同行してるだけだ。いずれ別れないといけないと思っていたのだが、多分今がその時だと思うのだ。
そんな主旨を伝えると、ベルクが穏やかな表情(目だけは光っている)で俺を一瞬見た後、話を続けた。
「冒険者は過酷な環境でも生活できる程度の強さが必要となるのですが、それを試すために幾つかの試験を受ける事になります。それさえ良い方向で終わらせれば、ファルさんも冒険者になれるでしょう。丁度私の友人が試験官をしていますので、紹介状を私の推薦と一緒にお渡ししますね」
少し生き生きとした表情で羊皮紙に何か書き始めたベルク。彼は昔冒険者だったらしく、その頃の知り合いに俺の推薦を紹介状と共に書いてくれているみたいだ。
「では、これが紹介状です。この城下町の南側にある一番大きな建物が冒険者ギルドですので、間違いの無いように」
猛烈な勢いで書き終えたベルクは満面の笑顔で俺に羊皮紙を渡した。ソースの対価としてまともなものだったのだろう。
渡された羊皮紙を受け取って書いてある内容を確認する。……読めなかった。
そういえば俺、ルシアのスキルでこの世界の『言語』を学んだが、この世界の文字なんて今まで見たこと無かったからな……。完全に暗号状態だよ。……今度覚えれば良いか。
「ありがとう。俺が知りたかったのはさっきので最後だったし、そろそろ戻るよ」
「おや、良いので? なにやら字を読むのに苦労していた様ですが」
「うっ……いずれ覚えるから大丈夫……多分」
そう言って足早に退室しようとした俺だったが、扉を開けた瞬間、部屋の外から聞き耳を立てていたのだろうリアとルーガが体勢を崩して倒れてきた。
まさか居たとは思わずに逃げ遅れた俺は、二人に巻き込まれて下敷きになってしまった。
「だ、大丈夫ですかな?」
折り重なる様に倒れた三人に対して恐る恐るそう聞くベルク。
痛そうにおでこを擦りながらルーガとリアがそれぞれ、
「痛てて……聞きましたよ! 冒険者になるんですかファルちゃん!?」
「……もう行っちゃうの?」
口々にそう言う二人を見て、呆れのため息と共にルーガ達の下敷きになっているものを指差した。
「あ、ファルちゃんこんな所で何してるんですか! 全く、私に何も言わないで……冒険者なんて危険なんですよ?それに……」
俺を押し潰した事を忘れたかの様に説教みたいな事を始めたルーガ。流石にそんな態度を取られると怒るぞ、俺。
「ゴホッ……詳しい事はオーガも混ぜて話すから、取り敢えず殴らせろ」
「痛っ! どうして私殴られたんですか!?」
「ファル……君…………」
賑やかに部屋を出た三人、置いていかれたベルクは苦笑を漏らしながら、
「この賑やかな空気も今日で最後ですかな……」
そう呟いて三人が去った後の扉を閉めるのだった。
「別に良いんじゃないか? 本人が決めた事に俺達が口を挟む権利は無いからな」
「えー、良いじゃないですかぁ。もう少し一緒にいましょうよー」
俺の意見を尊重してくれるオーガと、あくまで反対するルーガ。ルーガの場合は駄々を捏ねているだけなので問題ないだろう。
……ルーガがリアより子供に見える。
「どうせ俺は明日発つつもりだったし、ルーガも『目的』とやらは既に達成してるんだろ?」
「むぅ、確かにそうですけれども……あ、そうだ! もう一回ソウガさんの所に行きたいです!」
突然普段のテンションに戻ってそんな事を口にしたルーガ。……この人はマイナスの思考を瞬時に忘却する能力でも持っているのか?
「ルーガは分かったけど、二人はこれから何処に行く予定なの?」
この部屋にはベルクを除くメンバーが集まっている。まぁ俺達の寝る部屋にオーガが来ているだけなのだが。
「父さんは北の国に行くって言ってた」
「俺はまた旅を再開するだけだ。そうだな……連邦に行くとするか」
西、北、東と、それぞれが別々の方角を明日から目指す。オーガ、ルーガとは二週間ちょっと、リア、ベルクとは四日という短い期間だったが、とても楽しい時間だったと思う。
「さて、明日は早い。子供は寝ろ」
話を切り上げたオーガは、それだけ言って部屋を出ていった。
「では! 最後という訳ではありませんが、暫く会えなくなる分を堪能させて頂きます! 今夜は寝かせませんよ!」
「だからその台詞は誤解が生まれるって言ってるだろうが! 痛いし苦しいから止めろ!」
「……今日までの我慢」
上から覆い被さるように俺とリアを抱きしめるルーガ。痛い、というか苦しいので寝れない。
それから数十分後
二分程で夢の世界に旅立ったルーガの腕から脱出した俺とリアは、丁度出会った時と同じ様に話をしていた。
「ファル……君はさ、どうして冒険者になりたいと思ったの?」
「特に理由は無いけど、何となく面白そうだなー、なんて思ってたらやってみたくなったんだ」
先程ベルクに言った通り、『この世界』でオーガ達の力を借りずにやっていきたいという理由だったりもするが、やってみたいからやる。これも事実だ。
「私なんて、やりたい事なんて一つも無いし、一人でなんて絶対にやれないよ」
自嘲気味にそう言うリア。まだ小学生に近い年齢の筈なのにそこまで考えようとする……誰かさんにリアの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「やりたい事っていうのは自分のタイミングで見つければいいんだよ。やりたい事はとことんやって、普段は流れに身を任せる。俺はそれで良いと思うけどな」
前世で、特に考えずに就職して暮らしてきた俺だから言える事だと思うが、リアにはちょっと難しいかな?
「……私達と一緒に来ても良いんだよ?」
ボツリと呟く様にそう俺に提案をするリア。
「そう言ってくれると嬉しいけど、俺は冒険者になる。これに変更は無いさ。それに、二度と会えないって訳じゃない。一時的に別れるけど、それだけだよ」
「……うん」
少し納得した様子で頷くリア。ルーガにもリアを見て学んでほしいよ。
「ファル……君。あのさ…………えと、その……」
「……ん?」
「ううん、やっぱりなんでもない」
顔を赤くしながらそう言うリアに小首を傾げる俺だったが、眠気が襲ってきたので寝ることにした。
「じゃあお休み」
「……うん」
翌朝
王国の中央広場に俺達は集まっている。この場所は全方位に道が別れる、この国の中心部らしく、朝っぱらというのもあって人はそこまで多くない。
「短い期間だったが、世話になった」
「いえいえ、私が勝手にやった事ですし、これで少しでも恩返しになれば幸いです」
オーガとそんなやり取りを終えたベルクは俺に振り返り、「今後共良い関係を」とだけ言って馬車に乗った。
「リアも、また何処かで会ったら宜しくな」
「うん……」
どこか優れない表情のリア。少ししんみりとした空気が漂い始めたのだが、リアがそんな空気を振り払う様に……。
「……っと、どうしたの?」
「…………」
突然抱き付いてきたのだ。
一応女に生まれ変わった事もあって両性に対する耐性があるし、しつこい様だが前世からそんな趣味を持っていない俺だったが、少し戸惑ってしまった。
「……今度会う時は、私もファル……君みたいに強くて優しい人になる」
そう言ってすぐに馬車へと入ってしまった。ベルクが見ていなかったのは幸いだったと思う。
「ファルちゃん愛されてますねぇ」
「性別同じだけどな」
ゆっくりと馬車が、北へ向かって走っていく。
馬車が見えなくなるまで見届けた後、オーガ達にも別れの挨拶をする。
「元気でいて下さいね! もし何かあったら、ルーガ姉ちゃんはいつでも駆けつけますよ!」
「俺はルーガの妹になったつもりは無い……って、絞まってる絞まってる!」
恐ろしい怪力で抱き付くルーガ。位置の関係で首が圧迫されていて、若干肩固めに入っている。
「……楽しそうで何よりだが、俺もそろそろ行かなくちゃいけない。という訳で選別だ」
「ゴホッ……ありがとう。これは……なんでお金?」
「お前な……衣はともかく食と住はどうするつもりだったんだ? どうせ俺は使わないものだし、取っておけ」
うっ……全然考えてなかった。
少し恥ずかしかったが、オーガの温情に甘えて金貨や銀貨の入った袋(後で数えたら、日本円で60万円近くもあった)を受け取った。
「そこまで長くない期間だったが、退屈しない時間を過ごせたと思う。お前なら独りでもやっていけるだろう。じゃあな」
それだけ言って東に続く道へ去っていくオーガ。いつの間にか増えた人混みの中に消えていった。
そしてルーガは、最後に「え、誰?」と言わざるを得ないくらいフワリとした優しいハグを俺にして、
「では、暫く会えなくなりますが、元気でやってくださいね?」
殆ど別人なんじゃないか? なんて思ってしまう程の雰囲気を漂わせながら西の通りへ消えていった。
……さて。
「行くか」
『私はどんな時も御主人様へと付いていきます』
これから始まる第二の人生が始まる、その一歩を踏み締めながら人込みに消える。
異世界に転生した男……佐倉 元は、新たな生を得た。ファルディメアの冒険は今始まる。
『……御主人様? こっちは東なのですが……』
「…………」
これまでの物語はこれから投稿していく話の土台作りでしたが、次話から物語の本編となります。