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怒ってないよ

「学校かぁ……」


「どうしたんだ突然」


  カリカリと羊皮紙に書き込む手を止め、俺の呟きに反応を示したライアン。


  俺達は今、近衛兵の仕事の一つでアシュトルスの治安についての書類を書いている。

  盗賊ギルドを筆頭に様々な国の難民とかを迎え入れたりしたことによって、開拓などで人々の仕事の幅が広がったりとプラス面はかなり大きかったのだが、住民が増える事によって犯罪が増えた事も事実。

  という事で街の巡回兵の為にそれらの事件を纏めたリストを作っているのだ。


「今日の昼にアイジスにある学園から入学の紹介状が届いてさ」


「アイジス……そんな遠くからわざわざ届いたのか?」


「うん。それで、ルーガが俺にその学園に入学してもらいたいらしいんだ」


  ぶっちゃけ、どんな学園なのかとかは全くもって知らないんだけど、個人的には……ねぇ。


「ライアンは学園とか行ってたんでしょ?」


「これでも出は貴族だからな。剣の鍛練の合間に通ってたぞ」


  普通は逆なんだけどな……。


  なんでも貴族家の長女だったライアンは、騎士を志す前までは普通におしとやかなお嬢様だったんだとか。


「まぁ、今はもう見ての通り当時の面影は欠片も無いな」


「今は立派な近衛兵副隊長だもんね」


  そう、ライアンは五年の月日を経て、ジャックさんから副隊長に任命されたのだ。

  国王を護衛する近衛兵として二十代の若さでそこまでの地位を獲得したのは、ライアンが初めてらしい。


「ちなみにライアンの行ってた学園って、どんな感じだったの?」


「作法に(のっと)った踊りや国の歴史、それと馬術に簡単な剣術……それくらいだな」


「本当に貴族専用の学校だったんだね……」


  どうやらライアンの行っていた学園というのは、貴族として外に出ても恥ずかしくないような身の振り方などを教える、前世でいう専門学校みたいな感じの立ち位置みたいだ。

  ライアンがダンスとか……全然想像できないぞ。


「女王様が行かせたいというのにも何かしらの理由があるのだろうが、心当たりはないのか?」


  心当たりねぇ。


「その学園というのが、かなり名の知れた大きいものだったり」


「名前は確か……セルリッヒ魔技術学園とかいう名前だったよ」


  今思ったんだけど、魔技術って事は魔法関連の学校なのかな?


「セル……うん? もう一度言ってくれないか? よく聞き取れなかった」


「セルリッヒ魔技術学園」


「……」


  俺がもう一度学校の名前を口にした瞬間、ライアンはぽかん……とした表情になって羽ペンを落とした。


  あっ……インクが床に……。


「……ファル」


「ふぇ?」


  床に落ちて、ペン先に付着していたインクがべちょっ、と付いた事に集中がいっていた俺は、突然改まった口調になったライアンに対して気の抜けたような返事をしてしまった。


「ライアンどうしたの? そんな真剣な顔して……」


「お前は絶対にその学園に行くべきだ」


「えっ……」


  学校の名前を聞いた途端にそんな事を言い出したライアン。

  ライアンのとんでもなく真剣な表情から、なんか凄い学校から誘いが来たのかな? と何となく予想できた。


「セルリッヒと言ったら貴族は全員、一度は耳にする言葉だぞ?」


「そんなに聞くの? 初めて聞いたんだけど……」


  後で詳しく聞いた話だと、どうやらこのセルリッヒ魔技術学園という学校は、前世でいうハーバード大学レベルの知名度を誇る、超超エリート学校なんだとか。


「そこらの貴族どころか、下手な王族ですら容易には入れないと聞くぞ」


「なんでまた、そんな有名校がこの国に?」


「間違いなくお前だと思うぞ」


  俺? ……俺か。

  自画自賛とかする訳では無いのだが、確かにそう考えると辻褄が合うな。


「特に人物とかを指定はしてなかったのは……」


「ファルが入る事をある程度確信してたからじゃないか? 現にあの時から五年経っているし、お前が成長したのを見計らってこの手紙を出したのだと思うぞ」


「だから五年なのか」


  完全に納得した。

  五年前、肉体年齢的には十にも満たないような子供(ガキ)だった俺だが、五年も経てば俺もそういう学校に入れるような年齢になっているだろう。という計算で、このタイミングに手紙を出したのか。


  ……まぁ、五年経っても俺の見た目は全く変化が無いのだが。


「そうじゃないとしても女王様も、お前には色々と学んでほしいと思っているんじゃないか?」


「う~ん……」


「不満なのか?」


  不満というか……うぅ~ん……。


  正直な事を言うと、学校とか凄く行きたくないのである。

  だって学校だぜ? なんかよく分からない、将来絶対に使わないような数式やらなんやらを学ばないといけないんだぜ?


「勉強、なぁ……」


「勉強?」


「歴史とか数式とか、そういうのを学ばなきゃいけないんでしょ?」


  二度目の人生でまた学校行かなきゃとか、個人的には勘弁願いたい。


「何か勘違いしてないか?」


「勘違い?」


  内心で頭を抱えている俺は、そんなライアンの言葉に顔を上げた。


「セルリッヒは、魔技術学園と呼ばれている通り魔術や剣術、言うなれば戦闘に関する技術を学ぶ場所だぞ」


  えっ……そうだったの?


  話によると、この学校は前世でいう所の専門学校にあたるものらしく、冒険者を『公式』に育成する冒険者学校と立ち位置的にはかなり近いのだとか。


「技術を学ぶ学園、それも世界的に名の知れた由緒正しき学舎から誘いが来たとなると、かなり名誉なことだと思うぞ。……まぁこれ以上強くなられるのは複雑な気分だが」


  技術を学ぶ、か。

  勉強とかそういうものが無い分、そういう類いの技術を向上させるのも悪くはないかな。


「まぁ、それ以外を学びたいという場合だったとしても、セルリッヒのある国(ネインネール)は『学問』の国と呼ばれる程に学舎が多い事でも有名だから、心配はないと思うぞ」


「勉強は嫌なんだって……」


  でも、確かに話を聞く限りだとセルリッヒ学園、俺が思う学校像とは違うけどそれがプラスに働いて魅力的に感じてきたぞ。

  戦闘狂では無いが、戦闘に関してを学べるというのならばそれをアシュトルス兵の戦力増強に繋がるかもしれない。


「そう考えると、行くのも悪くはないかも……」


「では決定ですねっ!」

「うわぁっ!?」


  バァン! と勢い良く開け放たれた扉から現れ、言質は取ったぞ、とばかりに登場してきたルーガに、久々に物凄く驚いてしまった俺。

  と、突然は無理なんだって……!


「じょ、女王様……」


「ふっふっふ、念のために待機しておいて正解でした」


  自慢げにそう言いつつ手に持つ羊皮紙をヒラヒラとさせるルーガは、先程まで俺達が使用していた机に紙を置いて、それに何かを書き始めた。


「すらすらすら……と、書けました! ファルちゃんの入学手続き!」


「えちょっ……マジで書いたの!?」


  どうやら、セルリッヒ学園から届いた紹介状に俺の名義でサインをしたみたいだ。


  ……って、最初からそのつもりで隠れてたのか!?


「これでファルちゃんはセルリッヒに入学することが決定しました!」


  そう言うや否や、紹介状は上の方から緑色の炎に包まれ、やがて完全に燃え尽きてしまった。


『一種の転移魔法です』


  成る程、「書いたからにはもう変更はできませんよ」ってか。


「……ルーガ」


  即決即行動のルーガに、呆れを通り越して逆に感心してしまった俺。

  まぁルーガ自身に悪気があったりしてた訳では無いのは分かってるし、単純に俺を推薦してくれたって事なのは分かってるんだけど……どう反応すれば良いのだろうか。


「……あーあ、残念だなぁ」


「?」


「これで俺がネインネールに行ったら、アシュトルスでルーガ達にお菓子とか作ってあげる事が出来なくなっちゃうなぁ」


「あっ……」


  怒っている訳では無いが、取り敢えず猪突猛進が過ぎたルーガには少し後悔してもらおうかな、と思いそう口にした俺。

  少しは時間が欲しかったな……という俺の心の叫びを込めた、ささやかな仕返しである。


「せっかく砂糖を使った新しい甘菓子を考え付いたのに、残念まなぁ。ああ残念」


「て、転移で定期的に戻るのは……」


「大陸を隔ててるんだよ? 流石に俺の魔力量でも、足りないかな」


  あからさまに動揺しているルーガに、そうどんどんと畳み掛けていく俺。

  頑張れば転移で往復も可能だとは思うが、それは言わないでおく。


「あーあ、ルーガが速攻でサインとかしなければ、その辺りをもっと細かく話し合ったりできたかもしれないのになぁ」


「うぅ……」


  何度も言うようで悪いが、俺は決して怒っている訳では無いのだ。

  ただルーガに戒めとして覚えていてもらいたいから言っているだけであって、全然怒ってはいないのである。


『……キレてるわね』


『……なんかぁ、初めて見る怒り方だよねぇ……』


(どうかした?)


『気にしないで』

『なんでもないよぉ』


「ふ、ファル、それくらいにしておいた方が……」


  二柱と同じような感情を抱いたのだろうライアンが、恐る恐るといった様子でファルを静止させる。


「? ライアンどうしたの? 別に俺は怒ってないけど」


  本当に怒っていないのではないか? というような静かな雰囲気を纏っているファル。

  しかし、そんな雰囲気のせいもあってか部屋にいる人物(ディメア達含む)全員を萎縮させてしまっている。


「ファル~しゴトおわったタ?」


  そんな、誰が見ていても気まずいと理解できる空間に、ルーガの手伝いで物運びをしていたライムが乱入してきた。

  そして場の空気が普段とは少し違う事に違和感を感じてか、軽く首を傾げた。


「どうしタの?」


「ら、ライム! 丁度ファルも仕事が終わったところだぞ!」


「……? ん。ファルいこ」


  状況を理解できていないライムであったが、取り敢えずファルを連れていく事にしたらしい。


「えっ、まだ仕事終わってないけど……」


「私が代わりに終わらせておくから気にしなくて良いぞ」


  ライアンのそんな言葉に、ハテナマークを浮かべつつライムに手を引かれて退室していったファル。

  直後、ルーガがガターン! という音が出る程勢いよく机に突っ伏した。


「こ、怖かったです……」


「女王様……無礼を承知で申し上げますが、あの行為ははマズかったかと……」


  ふぅ、と深いため息を吐いたライアンはルーガに諭すようにそう言った。

  無礼を承知で、とは言っているが、あの空間を打開したライアンの功労を考えると無礼でもなんでもないような気もしてくる。


「うぅ……後で謝ります」

オマケ





「うぅ……後で謝ります」



この後物凄く謝ったのだとか。

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