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五年の月日

  アシュトルス、冒険者ギルドの訓練所。





「おりゃあ!」


「踏み込みが甘い! そんなんじゃあ実戦で力負けするよ!」


  カンカンッ、と模擬剣を打ち付け合う音が響き渡るなか、そう声を発した俺は攻撃を少し激しいものへと変えた。


「うわっ!」




  ベヒモスの事件から、早いものでもう五年もの月日が流れた。

  とはいえ、それによって何が変わったとかは特にないのだが、そうだな……強いて言うなら――。


「……っそぉ、全然勝てねぇ……!」


  ファルに尻餅を着かされた青年は、悔しげにそう言いつつ立ち上がった。


「振れば当たるって訳じゃないんだから、もっと一撃一撃を心掛けなきゃ勝負にならないぞ」


  俺は、ルーガ直属の近衛兵(表向きは)という立場から、アシュトルスの見習い騎士たちに稽古をつけている。

  あの頃と比べて大きく変わった所といえば、まぁこれくらいだろう。


  ベヒモスの件から五年、少しずつでも戦力を増強させようというルーガの意見から、俺たち近衛兵が指導をする立場となって志願兵の育成に力を入れているのだ。


  遂に俺も教える立場に……とかドキドキしつつ、まだ幼さの残る青小年達を日々鍛えている。




「それで、残りはテスだけか」


  先ほど倒したばかりの新人を起き上がらせたファルは、模擬戦闘の最後に残っていた少年の名を出した。


  例の事件の後、ベクトリールの盗賊ギルドをアシュトルスでも活動するという話が改めて纏まり、それに伴ってグレイやテスがアシュトルスに移住したのだ。

  そして現在、十四才となったテスはアシュトルスの見習い騎士として毎日俺にしごかれているのだ。


  同年代の仲間と共に兵士としての基礎を学び、まぁ仲良くやっているみたいだ。


「やっと俺の番か」


「お前いっつも最後だよな」

「ジャンケン弱いもんな」


「う、うるせぇ!」


  仲間達にそう茶化されているテスは、「ったく……」とぶつくさ言いながらも俺の前に立ち、模擬剣を構えた。


「よしこい」


「うおぉっ!」








「……痛ってぇ」


「よし、じゃあ今日の訓練は終わり」


「「ありがとうございました!」」


  頭を押さえて(うずくま)るテスを尻目に訓練を終了させた俺。

  訓練を始めて少一時間しか経っていないのだが、中学生程度の彼らの体力的にはこれくらいが丁度良いらしい。


「ファル……やっぱ強すぎだよ……」


「伊達に近衛兵やってないからな」


  たった今さっき俺に模擬剣を叩き込まれて痛そうにしているテスもそうだが、やはりまだまだ若い彼らは剣の腕も素人に毛が生えた程度、近衛兵としてのプライドもあるので、流石に負ける訳にはいかないのだ。

  教え子に負けるコーチなんて、あまり想像できないっしょ?


「それじゃあ、今日の鍛練で学んだ事を忘れないで、しっかり休めよ」


「「はい!」」


  元気の良い声で返事をした新人達は、「今日も疲れたな」と喋りながら訓練所を後にした。

  ……なんか、部活終わりの学生みたいで良いな。凄い懐かしい。


「お疲れさん」


「あ、カトラさん」


  帰っていく少年達を見送っていた俺の肩をポン、とカトラさんが叩いた。

  数日前まで遠くの方に狩猟に出掛けていたのだが、どうやら大事は無いみたいだ。

  五年の月日をものともしないような、相変わらずの鍛え抜かれた体は、とてもではないが五九のそれとは思えない。


「よっ、坊主。相変わらず元気そうだな」


「カトラさんおはよう。依頼は終わったの?」


「おうとも。今回は大物だったわさ」


  わしゃわしゃとテスの髪を弄ったカトラは、背負っている大きな袋を地面にドカッと置き、袋の口を開けて中を見せた。

  俺の肘までありそうなサイズの牙や、それだけでヘルメットになりそうな甲殻、どれもが別の生物から剥ぎ取ったものだというのは分かるが、全てに共通してビッグサイズであり、カトラさんの強さの一端が伺い知れる。


「先輩っ……! まずは素材を鑑定所に出してくれませんと……!」


「ん、おお悪い悪い。こっちが賑やかだったもんでな」


  デスクワークのせいで体を動かす機会が無いせいか、息を切らせながらもカトラさんに追い付いたハンナさん。

  彼女も五年という歳月を経て、受付嬢のリーダーとして新人の指導をする立場となっていた。


「全く、ファル君たちもさっきまで動いて疲れているんですからね」


「ファルは全然元気そうだぞ?」


「ともかく、です。まずは精算を終わらせますよ」


  グイグイと勢い良く攻めるハンナさんは、そのままカトラさんを素材の鑑定所まで引き摺っていった。


  ……(たくま)しくなったよなぁ。



「……俺らも飯にするか」


「え、良いの?」


「良いの? じゃないだろ……あいつらに付いていかないで残ってるって、飯たかる気満々だったろ」


「あ、ばれた?」


  軽く舌を出してそう誤魔化したテス。

  こいつも、ベクトリールにいた頃は「ちゃん」呼びですら恥ずかしがってた程のシャイボーイだったのにな。


  子供の成長っていうのは凄まじい。

  今では小生意気なガキンチョだ。








「ふぅ、ごっそさん」


「よく食ったな」


「訓練の後だから腹減ってたんだ」


  腹を押さえて満足そうにしているテスに、そんな感心に似た感情を抱いた俺は、ふと前世を懐かしんだ。


  俺もこれくらいの頃は結構食ってたなぁ。

  中学生の胃袋は恐ろしい。


「食器を下げさせて頂きます」


  食卓から料理が消えたのを見計らってか、後ろに控えていたレフィスがそう言って食器を片付け始めた。


  この中で一番付き合いとしては浅いレフィス。

  俺が出会った人物の中でも、特別あれな出会いではあるのだが、御側付き(メイド)となった直後から既に「昔からやっていたんじゃないか?」と突っ込みたくなるほど仕事ができるスーパーウーマンだったので、彼女に関してはあまり言う事が無いな。


  強いて言うなら、聞かれた事以外には絶対に口を開かない、超の付く程に寡黙な人物だったのが、時々城の使用人とかに仕事を教わる位には人とのコミュニケーションが取れるようになってきた事だろうか。


「失礼します」


「あ、どうも……」


  と、目の前の食器を下げようと一声掛けたレフィスに、テスがかなり遠慮した様子で椅子ごと身を引いた。

  どんな人にも基本的には殆ど動じない位に成長したテスだが、どうしてかレフィスには一歩距離を置いて接している節が見られる。


  ちなみに言っておくが、あの時(五年前)に俺達を襲撃した白ローブの正体がレフィスだという事はテスには言っていない。


「相変わらずレフィスが苦手なんだな」


「苦手っていうか、あの人のペースがちょっと……」


「まぁ、即行動な人物だからな」


  どうやらテスは『ガンガン行こうぜ』な人物が苦手みたいだ。



「食事、終わりました?」


  そんな会話をしていると、少し開かれた扉の隙間からルーガがヒョコッと顔を出してきた。


「とわっ……! 女王様」


「こんにちは、ですね。テスちゃん」


  兵士と女王という立ち位置を気にしてか、畏まった様子で起立したテスにルーガがいつものモードで挨拶をした。


  彼女も、五年の月日からか『ほんの少し』落ち着いた様子が見受けられるようになった。

  ……身長や見た目は五年前と全く変わらないが。


  テスって、上下関係に対しては凄い敏感だよな。


「たった今終わったばっかだけど、どうしたの?」


「実は、アシュトルス宛にこんな書類が届いので、ファルちゃんどうかな? って思ったんです」


「うん、何が?」


  アシュトルスに届いた書類に、俺と何か関係があるのだろうか? というかそもそも、俺が何か決める事でもあるんだろうか?


「まぁ取り敢えず見て下さい」


  主語が足りないので内容が理解できず、首を傾げていた俺は取り敢えず羊皮紙を広げ、中身を拝見した。

  その間もテスは直立不動で、会話にだけは耳を傾けているみたいだ。


「っと、どれどれ……」


  そこに書かれている内容に軽く目を通した俺。

  ちなみに、字の読み書きはほぼ完璧にマスターしたので、もう日本語感覚でこちらの世界の文字も読むことができる。


  ふむふむ……。


「……これって、なんで俺に?」


「私が、アシュトルスを代表としても恥ずかしくない程の人材はファルちゃんしかいないと判断したからです!」


「代表ねぇ……」


  何を話しているのか、キョトンとしている人が殆どだと思うが申し訳ない。


  この羊皮紙に書かれていた内容を簡単に纏めるとこうだ。




『私はアイジス大陸、ネインリール(恐らく国名)の『セルリッヒ魔技術学園』学長の『ミスティカ・マリュー』と言う者です。早速ですが私の学園へアシュトルスの人間を一名を入学させてみてはいかがでしょうか?』


  ……辞書を思わせる位ビッシリと書かれていたので、ものっ……すごく簡単に表したのだが、つまりこういう事らしい。

  話だけでしか聞いた事のないアイジス大陸から届いた手紙、それはアシュトルス宛に届いた学園への招待状だったのだ。


  それで、ルーガは何故か俺をこの学校に入学させようとしているのだ。


「……しかしまた、なんでこんな時期にアシュトルスにこんな手紙を送ってきたんだ?」


「大陸を跨いですっごい距離ありますからね、たぶん五日間戦争の話が最近になってアイジスにも届いたんだと思いますよ」


  確かに、言われてみればそうか。


  魔法の存在で忘れがちなのだが、この世界には情報を共有する手段は直接の会話か手紙しか存在しない。

  大陸を跨いで噂として情報が届くのは、それこそかなりの時間を(よう)しそうなものだし、実際に今回のケースはそうだったんだろう。


  まぁそう言われれば、遥か格上の国との戦争に勝利したり、そうでなくともベヒモス復活の事件などでアシュトルスの知名度はぐんと上がっているだろうし、大陸挟んだ向こうの国からそんな手紙が来るのも納得だろう。


「わざわざこの国まで手紙を送るって事は、多分その学園? の知名度とパイプを広げたいって考えなんだろうけどさ」


「紙の質とかもかなり上質ですし、かなり規模の大きい学園みたいですね」


  そう言いつつチラチラと俺の方を見るルーガ。

  ……理由(わけ)は不明だが、どうやら俺を本気でこの学園に行かせたいみたいだ。

 

「……ちょっと考える時間が欲しいな」

オマケ




とてもではないが五九のそれとは思えない。


鬼族(オーガ)であるカトラは、そもそもの寿命が人間より遥かに長いので、人間の年齢に換算するとまだ二十~三十代くらいです。

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