制裁
『……むっ、何だ?』
「ようやくか」
甲高い竜族の鳴き声に反応し、二名共に戦闘を中断してそちらを振り返った。
その直後の反応は……事情を把握している一名も含めて意外なものであった。
『まさっ、ぐほぁっ!?』
過去に聞き覚えのある声だったのだろう。その鳴き声から何かを思い出し、さあっ……と顔色の悪くなったベヒモス。
次の瞬間には、パッと眼前に転移してきたディメアの尻尾による強烈な一撃が鼻先に炸裂して、ベヒモスは大きく吹き飛んだ。
「っ! ……ほう」
とある神の魔力によりファルの肉体が変化する……この事はオーガ自身は承知の上だったのだが、魔力をフルに活用しての一撃、しかも魔力を一切使用しないという純粋な筋力だけでベヒモスを吹き飛ばした事に、オーガは驚きと納得を禁じ得なかったのだ。
「……嘘混じりのない『神』、これ程なのか」
捕捉するが、先程まで対峙していた相手も、ファルと同等の虚偽ではない実の神龍ではある。
封印から解かれた直後か、そうではないかという事なのであろう。
「俺はお役後免か」
『そうね。後始末は私が付けさせてもらうわ』
ずぅん、と地面に降り立ったディメアは、オーガの呟きにそう返した。
「あいつに宜しく言っておいてくれ」
『……あら、驚かないのね』
ファルではなく、別の魂が神龍として肉体を操作している事に気付いているらしいオーガに、ファルの中で彼を見てきたディメアは肩透かしを食らったような表情になった。
口調が変わったから別人だと判断したのかしら? と内心で思いつつも、まずは前の面倒事を片付けなければと頭から一旦除外させた。
『一声掛けてあげれば良いのに』
「俺の予感だと、もう少ししたら厄介事が舞い込んでくるから、そうもいかない」
そう言ってオーガは体に電気を纏い、地面に謎のビンを投げ落とした。
直後、粉々に砕けたビンの中から雲のようなものが吹き上がり、オーガを包んで消えた。
雷属性と時空属性の複合技能【疾風迅雷】である。
『あ、姉上……!? 何故ここに……』
『あら、忘れてたわ。まだ生きてたのね』
ディメアの攻撃から復活したベヒモスは、先程までとはうってかわって驚きと焦りを全面に押し出したような狼狽っぷりを見せている。
『どうしたのかしら? 685年振りの姉との再会よ? 喜びなさい』
そう言いつつにじり寄ってくるディメアに対して、ベヒモスは少しずつ後退りをして距離を一定に保とうとしている。
十倍以上のサイズの差があるというのに、それに似合わぬ絵面であるこの光景は、中々にシュールだろう。
『さっきはよくも生き埋めにしてくれたわね?』
『……まさか、あの時の人の子は姉上!?』
『気付くのが遅いわよっ!』
『ヘぶッ!?』
バッ、と転移して距離を詰めたディメアは、頭突きを先程と同じ鼻先に炸裂させた。
……これだけ見ると、とてもではないが神龍同士の戦いには見えない。
『し、しかし……何故故にあれほど貧弱な……それよりも『器』自体が姉上とは異なっていた筈!』
『色々あったのよ』
ベヒモスの疑問を適当に一蹴して、再び魔力を集中しだしたディメア。
すると背後に時計のような魔方陣が展開し、ディメアを包む魔力が爆発的に増加した。
『まっ、待つのだ姉上! 我輩はまだ何も行動を起こしてはいないぞ!』
『貴方が復活した直後にあの山が噴火しそうだったのだけれど、それはどう説明するつもりなのかしら?』
『そういえば今回は大地が大人しい……あっ』
自ら墓穴を掘ったベヒモス。
『私が動かなければ大陸が一つ沈んでたわ。それでも、何もしていない?』
『ぐっ……』
完全に逃げ場を失ったベヒモスに対して、魔力を用いて力を蓄えているディメアは、ゴゴゴ……とプレッシャーを高めている。
今や魔方陣はベヒモスを凌ぐサイズとなっている。
『こうなれば……姉上を殺し道を開くのみである!』
逃げは不可能だと察したベヒモスが、吹っ切れたのかディメアに対して攻撃を始めた。
正面からは自身の生成した大岩、地面からは大木程の岩針、大地を操作する事で左右の壁を、全てディメアを殺す為の攻撃手段として発動させた。
遠目からみると、それはまさしく天変地異。
『姉上とて、この攻撃は避ける手段は無い筈!』
文字通り大地を揺るがすその攻撃は、尚も力を溜め続けているディメアに吸い込まれるように向かっていく。
現在のベヒモスの全力の波状攻撃、どれも直撃すれば、幾ら同じ神龍だとしても無事では済まないだろう。
そう、直撃すれば。
『止まりなさい』
ベヒモスが放った攻撃は全て、ディメアの発したその一言に従うかのようにその場で停止した。
ディメアは自身の周囲の空間のみを指定し、その空間の時間のみを停止させたのだ。
『なっ……』
『いい加減学習しなさい……何万年私の身内やってるのよ』
絶句しているベヒモスに呆れの表情を返すディメア。
『そこの貴女も、巻き込まれて死ぬわよ』
「……えっ? 生きてる……」
すぐ脇で迫りくる岩から身を守ろうと縮こまっていたレフィスを見下ろし、そう声を掛けたディメア。
無防備のレフィスを、被弾しないよう自身の下まで転移させたのだ。
『それじゃ、死ぬ前に避難しちゃいなさい』
「ぇあ……貴方様は……」
『通りすがりの神龍……とでも言っておくわ。覚えておきなさい』
そう言ってレフィスを適当な場所へと転移させたディメア。
勿論ディメアは、レフィスがファルの肉体が変わっていく様子を見ていたのは承知である。ただ、ファルの記憶から漁った物語の台詞を言いたかっただけなのだろう。
『さて、と。……貴方はまだ私を殺せていないの?』
『ぐ、ぐぬぬ……』
何をしているのだろうか、といったような視線を向けられたベヒモスは、悔しげに呻いた。
気付くと周囲には、最初にベヒモスが放ったもの以外の岩が飛び交い、ディメアに向かっては全て悉く止められている。
今のディメアからしたら、飛び道具など視界を塞ぐだけの障害物程度の存在なのである。
『そろそろ終わらせるわね』
『ま、待つんだ姉上。話をしようではないか』
『前にそう言って逃げようとしたから嫌よ』
ばっさりとそう切り捨てたディメアは、先程まで展開していた魔方陣を前方に移動させ、そこに手を手をかざした。
するとディメアを包んでいた岩が全て、ゆっくりとディメアから離れていった。
いや、正確にはベヒモスの方に戻っていった、というのが正しいだろうか。
『戻ってくる岩が、全部高速で帰ってきたら貴方はどうする?』
『なっ、まさか』
一つ一つが神龍を攻撃する為に生成されたもの、それが仮にも、全て一度に返したらどうなるのだろうか。
そして、それらが早戻しだとしたら。
『あるべきものは在るべき所へ……帰りなさい』
直後、それまでゆっくりと動いていた岩石群は、生命が宿ったかの如き速度でベヒモスに向かっていき、それを貫いた。
一時停止、そして早戻し。
単純ながら凶悪な能力を持つディメアだからこその芸当なのである。
『ぐおぉぉぁぁぁ!』
ズタズタに引き裂かれながらも叫び声を上げるベヒモスだったが、身体中に間無数の穴により、やがて崩れ落ちた。
『もう少し反省してなさい』
塵となって消えようとしているベヒモスの肉体から魂を取り出したディメアは、それを地面に放り投げてその場で封印を施した。
肉体が死んでも、魂が滅びなければその存在を維持することが可能である七星龍。
しかし、魂だけの存在となってしまえば、幾ら七星龍だとしてもその力を発揮することは不可能である。
『さて、封印完了』
『お疲れさまぁ。随分派手な攻撃だったねぇ』
『私は跳ね返しただけよ』
あの馬鹿の攻撃が強かっただけ、と返したディメア。
『ちょっと待っててねぇ』
オロチはそう言い、龍の肉体に四苦八苦しているファルを呼び出した。
すぐに終わったとはいえ、神龍同士の戦闘で消耗しているディメアは今すぐにでも休みたいと思っているようだ。
(久々に体を動かしたけれど、疲れたわね)
心の中でそう呟いた後、ディメアはやって来たファルに体の支配権を渡して精神世界へと戻っていった。
オマケ
魔方陣
ディメアが展開していた魔方陣は、触れた物全てに時空属性を付与させる能力を持っています。
ベヒモスの放った攻撃は全て、この魔方陣に触れて動きを止め、その物体だけを巻き戻してベヒモスに反射していました。
チート過ぎですね。
通りすがりの神龍……とでも言っておくわ
文字通り世界を渡り歩く居候が元ネタ。
少し前に久々に登場していましたね。