時空龍の再臨
投稿遅れてしまい、申し訳ございません。
「角が……」
異変に気付き顔を上げたレフィスは、そんな異変の主であるファルの肉体に少しずつ変化が表れるのを確認し、呟いた。
ファルが、これまで見た事のない程の魔力を全て吸収したファルの体が急激に大人の姿へと成長し、それに伴って龍人の象徴である角と尻尾も立派な物へと変わっていった。
これだけ聞くと【代償強化】の肉体成長のように思えるが、これまでの成長とはまた違うのだ。
それは最早『進化』といっても過言ではないかもしれない。
頭にちょこんと生えていた角はやがて背中に届く程までに伸び、尾は更に太く、長く……そして甲冑のように丸みを帯びていた甲殻はスラリ、と流線形の刃のように一つ一つが変化していった。
だが、変化はそれだけに留まらない。
「……君は一体……?」
大人の姿へと成長したファルは続いて髪が伸びてだし、腰あたりまで届く程の長さへと髪が到達した直後……なんと、それが形を変えたのだ。
美しい銀の髪は後ろで一つの纏まりとなり、形を変えて背面に接着する……。
まるで龍の甲殻のように。
しかしまだ終わらない。
「ぐがっ……ぎぎぎ……!?」
髪が完全にその形状を変化させるや否やファルが苦しみだして四つん這いに崩れた。
そして、メキメキと音をたてながら腕や脚が、段々と歪な形状へと……まるで筋肉が剥き出しになった龍の肉体のように変わっていったのだ。
「っ……!?」
直後に自らの母親とファルを重ねたレフィスは体を強張らせて後ずさったが、目線だけはファルから離せずにいる。
きっと彼女は察しているのだろう。
これが母親に起きていたような『変化』ではなく、成長によって生じている変化……つまり『進化』である、という事に。
「ぐあっ……ガアァァァ!」
苦しみを堪えるように蹲っていたファルは、突然上空に向かって人間のものとは思えないような声で吠えた。
すると周囲から砂煙が立ち込め、銀色の魔方陣が出現してファルを覆い隠した。
「魔力が……強まっていく」
ファルの四方を囲むように出現した、レフィスすら見たことのない模様の魔方陣は、未だかつてないほどの……ベヒモスの持っているそれすら軽く凌ぐ程の魔力を纏わせながらサイズを増していく。
「あ、あぁ……」
どんどん増幅していく魔力を前に、一部だがベヒモスの力を行使していたレフィスですらぺたん、とその場で尻餅を着いてしまった。
それほど、目の前の人物が強大なのだろう。
「……神、龍?」
無意識の内に、レフィスはそう呟いていた。
やがてファルを包む魔方陣は、砂煙と共に薄く引いていき、人の見た目から姿を大きく変えたファルが姿を現す。
西洋と東洋、両方の龍の特徴を宿した形状、羽化したての蝶のように薄く身体を覆う膜。翼のようにも、ヒレのようにも見える。
そんな膜が風でたなびく度に隙間から銀色の鱗が鋭く光り、その神々しさはレフィスを魅力していた。
そして。
『……この姿に戻るのは久し振りね』
「……えっ……?」
完全に姿を顕にしたファルの口から出てきたその台詞は、今までレフィスが接してきた人物ではない、ディメアその人のものであった。
『早速始めようかしら』
……うぅ、気分悪い。
ふわふわと浮くような感覚の中、俺は車酔いのような気持ち悪さで目を覚ました。
……気持ち悪くなって意識飛んで、起きてもまだ吐き気が治まってない。最悪だ。
と、あの時の宝石の魔力を全て吸収したことを後悔しつつ、怠い体を起き上がらせた俺は、そこでようやく此処が精神世界であることを認識した。
『あ、起きたねぇ』
隣でボーッと上を見上げていたオロチが、俺が目を覚ましたのに気が付いたのかそう声を掛けてきた。
心なしかオロチが小さいような……。
『新しい姿の感想はどぉ?』
『新しい姿?』
どういうことだろうか? 少しコワゴワしてるな~とか、そういう事?
ようやく気分も元に戻りつつある俺は、頭をポリポリと掻きつつ暢気にそう答えた。
『う~ん、まずは自分の手を見てみぃ?』
少し困った表情のオロチに促されるまま、ファルは自身の両手を確認し……そこでようやく気が付いた。
『……え、何? この手……えっ俺の!?』
目の前にある俺の手は、いや、手だけじゃない。視界に映る俺の体を隅々まで確認して、それが今までの俺の体ではないという事を今さらながら気付いた。
『天然なんだねぇ』
『ちょっ……これどういう事?』
呆れ顔で和んでいるオロチに、割と本気で焦っている俺は説明を求めた。
いや、誰だって目が覚めたら姿が変わっていた、なんて事が起きたらテンパるだろう。
『君があの宝石から魔力を吸収した時にさぁ、なんか魔力の容量が限界を越えたとかでぇ、進化したみたいだよぉ』
『進化?』
これって……進化してるの?
一旦落ち着くように深く深呼吸をした俺は、オロチ言った『進化』という単語を確かめるように、改めて自身の体をチェックした。
手は、しっかりと五本指で形こそ違うがしっかりと動くし、鱗越しだが触覚もちゃんとある。
顔の方は鏡がないので何とも言えないが、触ってみた感じあまり凹凸が無くてスリムな感じだ。ちなみに角は凄い伸びている感じがするが、それ意外には変化が見られなかった。
尻尾の方も、相応に成長しただけみたくあまり変化はない。
『……龍だね』
『龍だよぉ』
一通り確認してこれが進化だということに納得した俺は、状況を整理する為にその場で考える姿勢となった。
龍の姿で顎に手を当てている……中々にシュールな光景だろう。
『さっきまでの吐き気は、この姿になってる途中の副作用的なものなのかな?』
『ボク達は人の姿になってもそういう事はなかったけどなぁ』
『というか、ディメアは?』
ここにきてようやく、俺は同じ空間にディメアがいない事に気が付いた。
いつもは絶対にこの場所にいる、という定位置がディメアにはあるのだが、何故か今回は定位置どころか何処にもいないのだ。
『……君ってテンパるとぉ、周りが見えなくなるよねぇ』
とても呆れた様子のオロチがジト目で俺の方を見てきた。
『否定はしないけど……ってディメアが『外』に出てる!?』
『わぁ今更~』
ふと上を見上げて、外の体の視線が動いているのを発見した俺はよくよく目を凝らし、現在体を動かしているのがディメアである事を確信して思わず声を上げてしまった。
ちょっ、え? ディメアって外に出られないんじゃなかったっけ?
『なんかねぇ、限界を振り切ったら出られたらしいよぉ』
限界って……。いやまぁ出られた事は良かったとは思うけど。
やっぱり、見知らぬ物は警戒しないと痛い目見るな。
『適当に遊んだら交代するってさっき言ってたからぁ、今のうちにそっちの体に慣れると良いよぉ』
『遊んだらって……一応神龍だよ?』
『ボク達も神龍だよぉ?』
そうだけどさ。
『まぁ大丈夫だってぇ。兄さんにとって姉さんは天敵だからぁ』
『……そういう事なら、俺もこの体で練習させてもらうけど』
先の戦闘を思い出して少し心配にもなったが、まぁ本人が大丈夫と言っている(らしい)し、龍の姿はディメアの方が慣れてるだろうし、何よりディメアが外に出られたんだ。これ以上俺が口を挟むような事でもないだろう。
人間の頃とは比べ物にならない位に小さくなった脚で四苦八苦しながらも立ち上がった俺は、オロチに被害が及ばないようにふよふよ、と距離を取った。
『楽しんできてねぇ』
オロチが愉快そうに手を振りつつ、そう俺を見送った。
別にそこまで遠くに行くわけでもないんだけどな。
『……さて、色々試すかな』
【内包魔力が規定量を越えました】
そんな声に導かれるように、ファルが吸収した魔力が私達の場所、正確には『ファルの中』ね。そこになだれ込んできた。
驚いたわ。
勿論、本来の私達でもまぁまぁ満腹になる程の魔力を一気に吸収して無事なファルの事も驚きだけれど、なにより魔力が此処に来た瞬間に肉体が私の本来の姿に戻って、一部だけれど私の魂がファルから離れたのだもの。
『……あ~、姉さん?』
『何も聞かないで。私も今整理している最中だから』
龍の姿を取り戻した事、この空間の外に出られるようになった事……私の体は魔力の量で成長するから前者の問題は解決しているのだけれど、どうして魂の癒着が少し剥がれたのかしら?
久々の姿に懐かしさを覚えながらも、人間の姿でいることに馴れてしまい少し物寂しさを感じているディメアは、ファルがそうしていたように顎に手を当て、考える体制に入っていた。
『魔力の量は、多分魂の束縛とは関係していないと思うから……魔力が特別なものだった……?』
『でもだとしたらぁ、ボクの方も魂は離れてると思うんだよねぇ』
『そうなのよね……』
二人揃って、現在起こっている事に対してそんな議論を繰り広げていたが、 『外』の状況……オーガとベヒモスの戦闘が激化しはじめてきた事で、二柱は一旦推論の言い合いを中断した。
『……どちらにせよ、まずは外の問題を片付けないといけないわね』
『大丈夫ぅ?』
『あの馬鹿を殺す分には問題ないわ』
相変わらずベヒモスに対して辛辣な対応をしているディメアはふわっとその場から浮き上がり、自身が通れるだけの空間の穴を創り出した。
『頃合いになったら交代するから、それまで適当に身体動かしてなさいって、起きたら伝えておいてくれるかしら?』
『かしこまりぃ』
軽くそんなやり取りを終え、ディメアは自身の開けた穴へと飛び込んだ。
そして目を開けると、そこは懐かしの外。
『……この姿に戻るのは久し振りね』
「……えっ……?」
ポツリと呟くようなディメアの独り言に、蛇に睨まれた蛙のように動けない様子のレフィスは声を洩らした。
が、ディメアは特に興味無さげにレフィスを一瞥し、現在も戦っている二名に視線を向けた。
『早速始めようかしら』
七星龍の名を冠する神龍の八柱目、時空龍ファルディメアの半身は、気だるげな口調の直後に鋭く吠えた。