レフィスの過去
投稿遅れてしまい、申し訳ございません。
「アイツ凄いな~。全部吸収するとか」
虚空を見つめ、そう感心するように呟いた人物は「パチンッ」と指を鳴らして思い出す様に言葉を発した。
「六十年前に起こったとある悲劇の話でもしようか」
そう言って再び指を鳴らすと、雲の隙間から射し込む光が映像へと変化し、ファルの横で両膝を着いて俯く女性が映し出された。
「天使と悪魔、両方の力を持った経緯、知りたいだろ?」
純粋な心というものは、買ったばかりのハンカチみたいに純白だ。けれどもそれ故に他の色が混ざりやすい。
六十年と少し前、とある天使族の番の間に一つの生命が宿った。
産まれた子供はレフィスと名付けられ、何一つ不自由の無い生活と共に年月を重ねた。
天使である彼女の一族は天空に浮かぶ陸に住み、代々光の神を崇拝していたが、それは彼女も例外ではない。
いや、寧ろ『解読者』という世界に一つだけの技能と類い稀なる才能から、彼女の一族の『次期祭司候補』と呼ばれ、本人すらもそれを誇りとしていた程であった。
「皆様方の奉っている神、降臨させたくはありませんか?」
白い法衣を纏った人物が、神を信仰する一族の元へそんな話を持ち掛けてきたのは、レフィスが齢にして十八の頃であった。
当時は、神を降臨させるなど可能な筈がない。と誰も見向きもしなかった。
しかしその年の雨季、レフィス達の住む空の土地が嵐に飲まれようとしていた所を、巨大な竜種を召喚し救った事で、彼に対する一族の態度は変化した。
災害を消し去る程の力を持つ彼ならば、我々の奉る神すらも喚ぶ事ができるのではないのか? 彼が我々に提案し、求めているのは神の降臨に必要な魔力だけ。それならば……。
純粋な信仰心を持ち、偶像ではない実の神を崇拝できるのならば、と一族は次々に協力を申し出ていった。
それが、レフィスら天使の一族を破滅に追いやるとは知らずに。
「魔力は、捧げただけそれが見返りとして返ってきます。魔力は信仰心と同じなのです」
その言葉を疑う者は誰もいなかった。
初詣で神社に御参りをした時、願いが叶いますように……とそこそこの金額を千両箱に投げ入れるのと同じようなものなんだろう。
そして、悲劇は起こるべくして起こった。
自身らの暮らす土地の近く、一つの王国が暗雲に包まれ、次の瞬間消滅したのだ。
そして同時に、天使の一族にもある変化が訪れた。
いや、『異変』と呼んだ方が正しいか。
翼を持つ者達が突然、次々と苦しみだしたかと思うと、肉が盛り上がって変形し、『それ』がかつて人の形をしていたのだろうか……というような異形の姿に変貌したのだ。
そして、かつての記憶が消えてしまったのか、目に入った生物を、たとえそれがかつての同族だとしても襲い掛かる獣のようになってしまった。
勿論、レフィスにも同様の変化は起こった。
しかし、天使の一族の中でたった一人、レフィスだけは何故か変化は翼だけで意識も保っていた。
自身だけが特殊な技能を持っていたからなのか、それが幸いし、レフィスだけが一族の中で生き長らえる事ができたのだ。
「こ……れは……?」
あまりの苦しみに意識を失っていたレフィスは、同じく吐き気にも似た気持ち悪さから目を覚まし、目の前の光景に言葉を失っていた。
目の前で、自身の母親が苦しみからか暴れ、そして軽く痙攣した直後に動かなくなったのだ。
「母さ……ん?」
気持ち悪さからくる強烈な倦怠感で倒れそうな体を無理矢理に起こし、母親の下まで近寄ったレフィスは次の瞬間、か細い悲鳴と共に腰を抜かしてしまった。
動く気配のない母親の体が、みるみるうちにドス黒く変色し、骨と皮だけの大柄な男性のような姿に変わっていく……。
純白の美しい翼は、羽が全て抜けて膜が張り、蝙蝠の様な翼へと変化を遂げた。
その姿は……『それ』は、かつては天使だった肉体。
「あ、ぁあ……」
レフィスは見てしまった。
実の母親が天使から『悪魔』へと変わってしまった所を……。
「自分の身内がそんな姿になったのを見ちまった。ショックなんてもんじゃないよな」
ふと語り口調を中断し、彼はそんな事を口にした。
「元凶は言わずもがな、その白い法衣の野郎だが、天使から集めた魔力を使って国を滅ぼして、殺した国の民と、提供された魔力の主達を贄に邪神を復活させたんだ」
姿かたちが変わったのは、邪神の倦属にする為だったんだろうな。
変貌した母親を前に恐怖で身動きが取れなかったレフィスは、獣の遠吠えのような音を聞いて跳ね上がった。
外にも……? まさか……。
カタカタと歯を鳴らしながら、意を決して家の外を覗いた。
「ひっ……」
そこは地獄のような光景であった。
母親と同じように姿の変わったかつての同族が徘徊し、目に入った生物を、たとえそれがかつての同族だとしても襲い、食らう。
「……う、うえぇ」
血溜まりで蠢く、そんな彼らを見てしまったレフィスはその場でうずくまり、胃の中にあるものを吐き出してしまった。
人間と何ら変わらない生活をしてきた彼女には、この惨状が耐えられなかったのだろう。
「純粋な、神を崇拝していたその心は、彼女の人生と共にぐちゃぐちゃに塗り潰された」
その後の事は深く語らず、そう言い終えて座り込んだ彼。
「邪神はあいつが滅ぼして、同時に還俗として悪魔になった天使達も、レフィスっていうのを除いて全員消え去った」
災難っていう言葉じゃ収まらんな、これは。と呟く。
「彼女は、元凶の男への復讐と同時に、ぽっかりと空いた穴を塞ぐ為に旅立った……が、信心自体は捨てきれなかったんだろうな。色んな大陸を渡った末に今に至ったのさ」
再び映像に映るレフィスに目を移してそう締め括った。
「結局は六十年の歳月使って築いたものも、その頂点に立ってた奴自身に壊された。絶望ものだろうな」
……。
「……さぁて、こっからが見物だ」
話は終わりと言わんばかりにそう言って口元に笑みを浮かべた。
……あの時、邪神が倒れた瞬間に母さん達は崩れた。
邪神を倒したのが彼だとしたら……母さんの死んだ原因は彼……?
ファルがオーガから宝石を受け取ってルシア達と話し合っていた頃、レフィスはそんな考えを抱きつつオーガの方を見ていた。
仇ではない。寧ろ母さん達を救ってくれた人物だ。なのに何故、私はこんな気持ちなのだろうか。
あの時の事を思い出してしまったから? 信心そのものが裏切られてしまったから?
そんな事を数度に渡って自問自答していたレフィスだったが、直後に目の前でとてつもない魔力を感じ、ようやく顔を上げた。
「なん……えっ……?」
なんと、透き通った色の宝石を砕いたファルが、その宝石から溢れ出てきた魔力を全て吸収しているではないか。
その量たるや、ベヒモスの加護を受けた際に感じた魔力を遥かに凌駕している。
何をしているのか、そのままでは死んでしまう。
そう口を開こうとしたレフィスだったが次の瞬間……。
大人の姿になったファルの肉体に『更に』変化が表れ始めたのを見て、言葉を失ってしまった。
オマケ。
初詣で神社に御参りをした時、願いが叶いますように(ry
私は基本的に五円玉しか入れません。
『ご縁』がありますように……とかそんな感じです。