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交渉シチュー

「戻りました!」


「遅かったな。一日中何やって……何でベルクは仮面を被ってんの?」


  俺とリアが誘拐された次の日の朝、二人が帰って来なかったので先に朝食を作って三人で食べている。

  宿、と言っても前世の宿泊施設とは違って泊まるだけで「料理は自分達で何とかしろ」という施設なので許可を貰って調理場を借りた。

  朝からシチューという、少し昨日の残りみたいな感じの朝食が完成し、いざ食べようとした時にルーガ達が帰って来て今に至るのだ。


「私は商人ですから、信用を失う事は大損害に繋がるんですよ。それと、奴らの元を断つのに少し手間取りましてな」


「いやぁ大変でしたよ。ファルちゃんが捕まえた人達から話を聞いて(・・・・・)二人を拐った人達の商会を潰しましたからね」


「本当に何やってたの!?」


  ……この二人、絶対に怒らせちゃいけないな。話し合いという拷問をしたに違いない。

  刺された事言わなくて良かった。


「あ、朝ごはんですね! 昨日から何も食べて無かったんですよ!」


「……この料理、坊やが作ったのかい?」


「料理ってほど手が込んだものじゃないけどね」


  早速席に座って食べる準備万端なルーガと、俺が作った朝食を見て目を丸くするベルク。




「それにしても、ベルクさんって凄いですよね。貴族の人の弱みを握ってあんな状態にできるなんて」


「いえいえ、あの時はルーガさんの戦闘能力があってこそ可能な事でしたからね。あの時は頭に血が昇っていたので自分が弱い事を忘れていまして……ルーガさんには助けられました」


  ……なんか二人で意気投合しているが、それよりも凄い気になる事が一つ。



「……その剣と槍に付いている赤い液体はなんでしょうか?」


「「見た通り血ですよ?」」


  そんな事知ってるわ! 何の血かって事だよ!


『解析の結果、血液中の血漿(けっしょう)と赤血球内に存在するヘモグロビンの量、質からして……魔獣種のそれと推測します』


  【神察眼】を使用したルシアがルーガの剣を見てそう言った。

  と、リアが血のべっとりと付着した槍を指差してベルクに問う。


「父さん……ひ、人を……?」


  声が震えている。まぁ血だし、実の父が人を刺したなんて事があったらショックだもんな。実際俺が刺されたばかりだし。


「それは誤解だよリア! これは貴族がけしかけた魔獣と戦ったときの返り血なんだ!」


  必死の形相で弁解するベルク。この血が実際に人のものだったら商人としての、親としての信用を失う事になりかねないしな。

  ちなみにオーガとルーガの二人は黙々と食事に(いそ)しんでいる。


「リア、その血は本当に魔獣と戦った時のやつだよ。取り敢えず朝食だけ済ませちゃおうよ」


「……ファル、君が言うなら大丈夫なんだね。父さん、早く食べよ?」


「……? あぁ」


  イマイチぱっとしない表情で頷くベルク。昨日の一件からリアの口数が増え、今みたいに信用してくれてるのは嬉しいのだが、俺の名前を使う時に口ごもるのは何故だろう?


『おそらく、彼女は御主人様(マスター)の事を「おぉ! これは美味しいですな!」…………』


「見たところシチューみたいだけれど、一体どんな方法で調理するとこんな美味しくなるんだい?」


  ルシアの言葉を遮ってベルクが質問してきた。

  まぁ見えてないから仕方無いっちゃ仕方無いんだけどさ、色んな意味でタイミング良いよな。


「ホワイトソースを作って牛の乳と一緒に野菜を入れて煮込んだだけだよ。朝食にはどうかと思ったけどね」


「ファルちゃんは私達の料理番なんですよ!」


  得意気に胸を張るルーガ。リアが羨ましそうな目で俺とルーガを交互に見ているが、何か羨ましい事でもあったのかな?


『推測ですが、彼女は御主人様(マスター)の料理の腕とその御主人様(マスター)と共に行動す「坊や! 私にこの料理の調理法を教えてくれないか!?」…………』


  再びベルクに最後まで喋らせて貰えないルシア。


(……ルシア、ドンマイ)


「シチューは基本、牛の乳の酸味があまり好まれない料理の筈なのですが、このシチューに使われるものは酸味が一切ありません。(むし)ろ甘さまで兼ね備えている……私、商人ですので稼げそうなものには敏感なんですよ」


  あ、この人……前世でセールスマンが物を売る時の目になってる。商人の目ってやつなのかな?


「別に良いけど、本当に調理法なんてほど手の込んだものじゃないよ?」


「交渉成立ですね?」


  右手を差し出してくるベルク。握手なのだろうが、交渉?


『彼は御主人様マスターの料理の技術を『買う』という事でしょう「勿論交渉ですから……そうですね」……ふぅ』


  ルシアが安堵の溜息をつく。ベルクを警戒して早口で説明したのが功を奏したみたいだ。


「では、そのソースの作り方を売って得た売上の10(パーセント)がファルさんの取り分、というのはどうでしょう?」


  俺の呼び名が『坊や』から名前に変化している件……。一応子供の俺にそんな商売に関する交渉をするのはどうよ? まぁ、俺の取り分を相場より安く誤魔化したりはしてると思うけど。


「子供とする様な話じゃ無いだろ。というより、相場の値段とほぼ同じじゃないか? それ」


「言ったでしょう? 商人は信用が第一と。そこに年齢なんて存在しませんし、この数日でも理解したつもりですが坊や……ファルさんはそこらの大人と何ら変わらないくらい賢い。私は今、『坊や』としてではなく『ファルさん』として接しているつもりです。さて、ご返事は如何に?」


  オーガが素早く俺を『子供』としてフォローしてくれるが、ベルクは真面目に『交渉人』として俺を見ている。



「いや、見返りとか大丈夫なんだけども……」


「そうはいきません。お互いがこれからも対等な関係を保つ為にも必要な事ですし、無料(タダ)で稼ぐというのは私のプライドが許しません」


  別に商売として考えなくても良いのに……

  しかし、情報ねぇ。


『対価として様々な情報を提供して貰うのは如何(いかが)でしょうか? 私にも言える事ですが、御主人様(マスター)はこの世界に対する知識が決定的に欠いております。少しでも情報収集ができれば今後の役「この条件はお互いに利があると思いますが」……今後の役に立つと思います』


  ……ベルクさん、最早ルシアの言葉を意図的に遮ってますよね?


「金銭じゃなくて、情報での交換はどう?」


「……良いでしょう。これでも各地を転々としている商人ですから知りたい情報も提供できると思います。では今度こそ交渉成立ですね」


  差し出してきた右手を握った。レシピだけで俺の知りたい情報を提供して貰えるんだ、充分だろう。


「まぁ取り敢えず食べたら?」


「おぉそうでした。坊やの作ってくれた料理が冷めてしまう」


  そう言ってシチューを再び食べ始めたベルク。普段の言動に戻っている。

  切り替え早いんだな。


「難しそうな話をしてましたね」


「そんなに大層な話じゃ無いぞ?」


「フッ、私は話を聞いたり考えたりする事が大嫌いなんです!」


「知ってたけど、自信満々に言う事じゃ無くない?」


「えと……美味しかった」


「しかし本当に美味しいですな。このレシピは是非とも戴かなければ……」


  オーガが完全に空気だが……俺達しか居ない宿の食堂には、騒がしく楽しい空気が広がっていた。








「なんと、牛の乳に入れるソースを牛の乳で作ったクリームで作るのですか。そして、小麦粉ですか……成る程、まろやかさの正体はこれだったのですね」


「本当は片栗粉を使うんだけど無かったから代用してみたんだ」


  俺は今、シチューに使うホワイトソースの作り方を、実際に作りながらベルクに教えている。

  この世界の食材や料理は、前世のものとは名前が異なるものがあり、それらを覚えて書くよりも見せた方が楽だし早いと思ったのだ。


  シチューには偶然牛乳が余ってたという理由で選んだのだが、酸っぱい牛乳っていうのを初めて飲んだ時は「これヤバいんじゃね?」とか思ったりした。しかしルシア曰くチーズになる前の状態なだけで特に害は無いらしいのでシチューとして使ったのだ。


「手伝う事、ある?」


「じゃあ鍋に牛の乳をこの目盛りと同じ量だけいれて。あぁそれと、水をコップ一杯入れておいて」


「うん」


  足場を使って鍋に牛乳と水を入れる作業に入るリア。先程から俺とベルクのやり取りをしきりに見ていたので、興味があるのだろう。簡単な作業を頼んでいる。

  ちなみにオーガは外出中で、ルーガは部屋でゴロゴロしている。


「本当は味付けに塩を使うんだけど、貴重品みたいだから味付けは無しで……このまま暫く煮込んでソースの完成だ」


「では待ちましょうか。それで待ち時間は何を?」


「うーん……具材を切るかな。なにか肉ってある?」


「あぁそれならば……」






  そんなこんなで数十分。


  テーブルには『風縞馬ストームゼブラ(馬なのに牛肉味)』を使用したシチュー――ゼブラシチュー?――が置かれていた。

  他にも作れない事は無かったが、全員がシチューを気に入ったらしく、具材のレパートリーを増やしてみた。

  ……しかし、ルーガが「いいにおいがしますね!」とか言いながら現れたときは驚いた。


「お肉が柔らかいですね!」


「……坊やの前世は料理人だったりするのかい?」


  残念、俺の前世はただのリーマンでした。料理は趣味です。


「楽しかった」


  満足げにリアが言った。あのあとリアには刃物の使い方を教えて、野菜を切ってもらったのだ。


「このソースは私から見ても画期的ですので、必ずや売れるでしょう。そして、今後共良い関係を保てる事を願いますぞ」


「そんな大層な事なんかこれっぽっちもしてないけどな」


  後で宿の主人にもお裾分けしようかな。

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