八方塞がり
「ふっ、ツッ……ほっ……と」
地面、壁、天井と、鉱物のある場所からならば場所は問わないと言わんばかりの土属性による波状攻撃を、俺は避けて合間に接近して斬り掛かったりといった攻防を繰り返す事数分。
……どうやって倒すの? これ。
俺は、どこを攻撃しても全くダメージを受けた様子の無いベヒモスに、攻撃のレパートリーを失ってしまっていた。
斬っても殴ってもローブだけにしか命中せず、土属性にとっては弱点である筈の風属性魔法もベヒモスを守るように生成される岩の壁によって打ち消される。
ぶっちゃけ、今の俺にはベヒモスを倒す手段が無いのだ。
それだけではない。
『魔力が残り半分きっちゃったよぉ~。まだぁ?』
そう、オロチ人形の魔力が減ってきているのである。
ベヒモスの発する魔力を中和させる為に先程から頑張ってもらっているのだが、神龍とはいえ今は人形。更に言えば俺の中から遠隔操作をしているので、俺達とは違って魔力の自然回復ができないのだ。
そしてオロチ人形の魔力が切れてしまうと、ベヒモスの超重力のせいで俺が動けなくなってしまうのだ。
最悪押し潰されてしまう可能性だってある。
……いや、あくまで重くなるのは服とシュッツァーだけなので、最後の手段として真っ裸になるという方法もあるが。
「とにかく、アイツに有効打を与える方法を探さなきゃな……」
『対象の魔力に接触、解析しました結果、魔力の集中している箇所を発見しました』
絶妙なタイミングでルシアがそう報告してきた。
魂は一種の魔力の塊なので、これを俺の技能で吸収してしまえば俺達の勝利は確実だ。
(ちなみに、その場所って?)
『地面よ』
え、地面……? と、思わず下を見てしまった俺。
『正確には岩石を介してその辺を動き回ってるわ』
『現在我々の前に存在するあれは罠です。本体はあのデコイの真下……地中に潜んでおります』
成る程、納得。
つまりはオロチ人形と殆ど同じで、魂は別の所であのローブを操作して攻撃しているのだろう。
土属性を司る神龍だからこその芸当と言うべきか。
(どうやって攻撃するの?)
『全力の『混沌』を発動させれば簡単に決着が(却下で)冗談よ』
(というか、それを実行したら俺達も巻き添えで死ぬ羽目になるからね?)
確かに、あの核爆発も真っ青な攻撃を使用すればほぼ確実にベヒモスは倒せるだろうが、その場合爆発の衝撃で俺達が岩石の下敷きとなってしまう未来が待っているのは明白なのである。
ノーリスクハイリターンは大事。
『汝に一つ問おう』
……と、ベヒモスを倒す方法を議論中だった俺達の間にまさかの本人が割って入ってきた。
まぁ割って入ってきたも糞も無いのだが。
「……何?」
『先方から我輩の威圧を跳ね除けるこの力、これは我輩の身内が発するものだ』
ふわふわと宙を舞うローブの周囲からガンガンとプレッシャーが発せられるのが分かる。
怒りとはまた違うが、そんな感じの攻撃的なものである。
『その傀儡には、何が籠められているのか、答えよ』
ベヒモスを中心に地面が陥没して飛び散った岩の破片が対照的に浮かび上がり、どこぞの戦闘民族が覚醒したときみたいな状態になっている。
陥没地帯の範囲内で倒れているレフィスは無事なので、魔力を一時的に圧縮させて放出したのだろう。
『威嚇ね』
『格好つけるの好きだからねぇ兄さんはぁ』
ベヒモスの凝った演出に対しての反応が薄い二名は、興味無さげにそう言った。
(どうする?)
『説明しても多分まともに取り合わないだろうしぃ、少しだけ体借りても良いぃ?』
(俺は構わないよ)
オロチ人形の魔力放出が止まってしまうのでそれだけが心配なのだが、ルシアも何も言わないので多分平気なのだろう。
俺は自身に【憑依操作】を発動させ、戻ってきたオロチ人形を抱いて意識を預けた。
『……っと、成功?』
一瞬だけ意識を失った俺はすぐに目を覚まし、心層世界であることを確認して技能が正常に発動したことを確信した。
『して、答えよ。汝の「うるさいよぉ」……ほぅ』
「相変わらず格好つけるのが好きなんだねぇ兄さん」
ベヒモスの言葉を遮りつつ【代償強化】を発動させて大人の姿に変わったオロチは、仮の肉体を【多次元収納】に仕舞い、どこか慣れた様子でベヒモスを煽った。
……おぉすげ。本当に髪の色が変わってる。
『やはり貴様だったか。ヤマタノオロチよ』
「二千年くらいぶりだねぇ」
久々の再会を喜んでいる様子のベヒモス。当然のことオロチはそれほどでもないが。
社交辞令ということだろう。
『何故に人の子を介している?』
「ボクの封印はまだ解かれてないからねぇ、この子と上手いことやってるって訳なんだぁ」
そう言ってくるりと一回転して自身をアピールするオロチ。
オロチ人形は機能停止してしまったが、重力は大丈夫なのだろうか?
『現在御主人様の肉体は、オロチ様の魔力で以て活動しております。ほんの僅かな魔力の放出でもベヒモスの魔力は中和されますので、活動には何ら支障がないものだと推測されます』
『少量でも大丈夫なのか』
『魔力の強い弱いっていうのは、量じゃなく質で決まるのよ。まぁ、広範囲まで魔力を放出するにはそれなりの量が必要なのだけれど』
成る程、つまりは同じ神龍であるオロチの魔力であれば、ほんの薄く身に纏う程度の魔力量でも十分に無効化が可能で、現在のようなオロチがこの体を使っている状態が魔力のコスト的にも最適なのだろう。
『我輩の力に屈しなかった原因はこれか』
『……ディメアの存在に気付いて無いみたいだね』
『仮に気付いてたとしても殺すから気にしなくて良いわよ』
相変わらず凄い物言いのディメア。
『我が妹よ。我輩の復活の邪魔をするというのなら、容赦はせぬぞ』
しかし過去を懐かしむのもそこまで、とベヒモスはオロチに対してそう言い、俺達に向かって攻撃を再会させた。
現在体を操作しているのがオロチだからなのか、俺に放っていたもの以上に攻撃が激化している。
『早いところ肉体を殺して魂を切り離してしまえ、って考えてるのね』
オロチやディメア達神龍は、肉体が死んでも魂が無事であればその存在を維持ができる。
魔力や魂を保管しておく器であるこの体を早々に殺し、オロチ自身を弱体化させてお帰り頂こう、という事なのだろう。
『オロチ大丈夫?』
(へーきへーきぃ)
至るところからオロチを貫かんと襲い掛かってくる岩石の槍を、オロチはルシアを使用せずに生身で粉砕し始めた。
魔力を纏わせたり技能を使用したりとかではなく、正真正銘生身の拳で岩を破壊しているのである。
『うわぁ……痛そう』
幾ら龍人が人間より頑丈だとはいっても、流石に岩石を素手で殴って無傷で済む訳がない。
案の定岩で拳が傷付き、肉だけでなく骨まで露出するというプチスプラッタな状態となっていた。
……いくら【心身癒着】があるとはいえ、あまり痛手は被って貰いたくないものである。
『とっとと片付けちゃいなさい』
(ちょっと待ってよぉ。ボクだって準備をしてるんだからぁ)
準備……ベヒモスを倒すものなのは間違いないだろうが、何をどう準備しているのだろうか?
ディメアの『ガンガン行こうぜ』コマンドを軽くスルーしたオロチは、ズタズタの拳が回復する前に拳を滴る血を周囲にばらまいた。
『無駄な足掻きはせぬ事だ。我が妹よ』
「ボクはねぇ、無駄な事っていうのが大嫌いなんだよぉ」
ベヒモスの煽りに、そう反応して返したオロチ。
どういう意図があるのか分からないが、先程からオロチは敢えて自らを傷付けているように感じる。
そして流れた血を辺りに撒いているような気がするのだが、何をするつもりなのだろうか。
(すぐにわかるよぉ)
オロチと肉体の主導権を交換して数分、流石に疲れの表情をオロチは見せ始めた。
『平気?』
(ちょっと疲れちゃったかなぁ……こんなんならもっと体を動かしておくんだったなぁ)
『我が妹、そろそろ観念してその身を預けるが良い』
肩で息をし始めたオロチを見て勝利を確信したのだろうか、ベヒモスがそう言って巨大な岩石の塊を生成してこちらに投擲してきた。
技能ではなく神龍としての力を用いて生成した岩石は、【万物吸収】を以てしても吸収が不可能。更にサイズ的に見てもこの体を殺すには十分過ぎる。
……避けなきゃヤバイぞ。
この世界に転生する前、死ぬ寸前のトラックが突っ込んでくるあの光景を一瞬フラッシュバックさせた俺は、眼前まで迫ってきた岩石に思わず目を閉じた。
……が、思っているような衝撃は訪れなかった。
何が起こったんだ?
恐る恐る目を開けると、眼前まで迫っていた筈の岩石がゆっくりと消え、霧のように霧散する光景が飛び込んできた。
「さあてぇ、そろそろボクの番だよぉ」