壮絶なるおつかい
人族国家デイペッシュに到着した次の日、前世の都会程では無いにしろかなりの人々が歩くこの城下町で俺とリアは――。
………拉致監禁されていた。
さて、どうしてこうなったかを少し時を遡ろう。
ベルクの確保してくれた宿で朝を迎えた俺は、朝食を取ってオーガから予定を確認した。
「今はまだ予定は無い」とオーガが言ったので、次はベルクに仕事の有無を尋ねた。馬車や宿のお礼とはまた違うが、取り敢えずベルクの仕事の手伝いをしようと思ったのだ。
どうやらこの国から自国へ帰るまでの食料が無かったらしく、城下町まで食料調達を頼まれた。
この世界の貨幣がどういうものかは分からなかったが、リアも同行するのでその時に聞けば良いと判断し、異世界で初の買い物……題して『異世界初めてのおつかい』を実行したのだ。
「……久しぶりの都会って感じだな」
前世の都会程ではないが、それでもソウガがいた集落に比べれば段違いに多いだろう。
「父さんが、昔はもっと人がいたって言ってた」
「国が変わる前の話かな」
町を歩く人々を見ながらリアとそんな会話をしていた。
「こっちが近道」
そう言って路地裏へ入っていくリアに続いて狭い路地裏に入る。この建物の裏側に目的の店があるらしい。
路地の先に光が見えた。もう少しで路地裏を抜けるのだろう、と思いながら気持ちスピードを上げて走ろうとした瞬間。
『御主人様、背後から気配――』
「えっ……?っ……リア!」
ルシアが警告を発したのとほぼ同時に、俺とリアの体を二人の男が拘束したのだ。
「……あんまりデケェ声出すんじゃねぇよ」
「勝手に狭い路地に入ってくれて助かったぜ。お陰で仕事が楽に済んだ」
素早く男達に手足を縄で縛られ、口に猿轡を噛まされた俺とリア。
「ムググ……ングッ!」
「取り敢えずこいつ等を運ばねぇとな。おい」
「分かってる」
そう言いながら大袋を取り出した男。その中に俺達を放り込んで移動を始める。
…………それで男達が行き着いた場所が今この場所なのである。
まぁ逃げようと思えばルシアを使って何とか出来たが、男達の目的が知りたかったので大人しく捕まった訳だ。
……しかしこの国、治安悪くね?
この世界の平和の度合いがどの程度なのかは知らないが、この町に来て半日ちょっとで拉致監禁は無いっしょ。
手足拘束に猿轡、目隠しという好きな人は好きそうなシチュエーションの俺達だが、ルシアの視覚を【共有】して今何処に居るかを確認した。
俺達は今、石の壁と床で出来た部屋の中心に転がされている。そして男達は扉の前で話ている。
リアは少し震えているが、怪我は無さそうだ。
「今回は楽に成功したな。依頼人は?」
「もうすぐ到着するそうだ。ったく、貴族ってのは変態しかいないのかねぇ……。お前らに同情するぜ」
俺達の方を向いてそう言った男。しかしその顔は下品に歪んでいる。
「確か……依頼の内容に『処女のみ』とは書かれてなかったなぁ?」
「お前も良い趣味してるぜ。俺も便乗するがな」
「ッ!? ンーッ! ングッ!」
身の危険を感じて必死に体を捩らせるリアを見て更に嫌な笑みを浮かべる男。
(……ルシア頼む)
『御意』
首飾りとしてぶら下がっていたルシアが元のサイズに戻り、俺の手首の自由を奪っていた縄を切断した。
そして体が自由になった俺は、目隠しを外して男達の前に立つ。
「お前、どうやって縄を解いた?」
舌打ち交じりでそう質問してきた男。
……ふんっ。
「言う義理なんて無ぇよ。それよりお前等、今リアに何しようとした? 答えによっては顔の形が変わる事になるからな」
「はっ、ガキの分際で言ってくれるぜ。なぁ、多少なら痛め付けても問題無ぇよな?」
「男は必要無いからな。どうせ奴隷市に出す予定だったし、少しお仕置きをしなくちゃいけないな」
「男じゃ…………ねぇっ!」
思いっきり殴りかかったが、大人と子供の『身長差』という圧倒的ハンデのせいで攻撃が当たらない。俺の拳が届く前にリーチの差で逆に殴られる始末だ。
「痛ってぇ……」
「ガキの割には動けるみたいだが、 大人に勝とうなんて思わない事だな。まぁ命請いするにはもう手遅れだが」
そう言って殴る男、もう一人はニヤニヤしながら見ている。
素早く『回復魔法』を自身に掛けて【電光石火】を使おうとしたのだが、それをルシアが制した。
『御主人様、狭いこの部屋で御主人様が【電光石火】を使用すると、辺りに被害が生じますので、私を使用しての戦闘を推奨します』
俺の【電光石火】は通常とは違い、一時的だがマッハのスピードが出せるレベルに身体能力が上がる為、屋外で使用しないと他の人が危険なんだそう。
『ですが、御主人様は普段からあれを越える強さの相手と模擬戦闘をしています。なのであの程度の相手に遅れを取る事は無いでしょう』
ルシアの言葉にハッとする。さっきまでは頭に血が昇っていて周りが見えずに攻撃を食らってしまったが、ルシアの今の言葉で冷静になった。
……そういやこんな奴等よりも圧倒的に格上の化け物と闘ってきたじゃんか。それに比べれば……。
「おっ、ガキのくせに回復魔法を使えるのか? 丁度良い、後で自分の怪我でも治してろっ……あ?」
「……避けるのは簡単だ!」
確かに当たれば結構なダメージになるだろう。しかし避けてしまえばこっちのものだ。ましてやこいつ等の攻撃は、オーガやルーガの拳に比べれば遥かに遅いし大振りなので簡単に避ける事ができる。
(ルシアはリアを守れ!)
『承知しました』
「すばしっこいチビだなぁ! ぐっ!」
俺の放った拳が男の鳩尾にめり込んだ。苦悶の表情で顔を歪める男に、更に追撃を加えていく。
「てめぇ! ぶっ殺す!」
後ろからもう一人の男が短剣を握って突っ込んできたが、最小限の動きで振り下ろされた短剣を避ける。
そして短剣を避けた事で体制を崩した男の腕を掴み、そのまま地面へ叩き付けた。背負い投げだ。
前世で柔道部やってて良かった。
「カハッ……!?」
投げられた男は蹲って動けないでいる。投げ技は、受け身をせずに投げられると恐ろしくダメージが残るのだ。
「手前ぇ……調子に乗るんじゃねぇぞ!」
先程まで俺の連続攻撃を受けていた男が体制を立て直してリアの元へと走っていった。人質にするつもりなのだろう。しかし、
バチッ!
「痛っ!? 糞が、結界だと!?」
ルシア(分身体)がリアの周りに結界を張ってくれているので男は触れる事が出来ない。
「少しの間寝てろ」
「なっ、止めっ……ガッ!?」
後ろから男を思いっきりルシアの腹の部分で殴った。
鈍い音を立てながら男の一人が崩れ落ちた。
男の意識が無いのを確認し、リアの方を向いた。
「よし、今助ける『御主人様!』へっ……?」
リアの目隠しを外して縄を切ろうとした瞬間、ルシアが声を発したと同時に背中からザクッ、という音と強い衝撃が俺を襲った。
「……ンーッ!?」
「……へへっ、やっと当たったぜ。殺すには惜しいガキだったが、俺等をここまで痛め付けたんだ、当然死んで償うよな……?」
俺が先程背負い投げをした男に刺されたと自覚するのに、然程時間は掛からなかった。
ぐぉぉ、痛ぇ……。転生したばかりなのにもう死ぬのか。
『御主人様!? くっ、回復魔法が追い付かない……! 意識を保って下さい御主人様!』
肺を突き破ったらしく、呼吸がしにくい。ルシアが回復魔法を掛けてくれているみたいだが、傷が大き過ぎて回復が間に合わないらしい。
……うわやっべ、意識が。
意識が朦朧としはじめて、ほんの少し先の未来を悟った俺だったが――。
(時間が……止まった……?)
せめて最後にリアの顔でも見ておこうと思い目を開いた俺、しかし目に入ったのは俺の貫かれた胸元を見て絶望の表情になったリアが……。
時が止まった様に固まっている光景だった。
リアだけでは無い。ルシアも俺の傷を治癒させようとしている状態のまま動かないし、俺に短剣を突き立てた男も、更には俺の体の動きすらも止まっていた。
『――……―――、【―――】!』
脳に直接響く様な声が聞こえた。俺が転生してからずっと聞こえている声だ。
謎の声が響いた瞬間、それは起こった。
止まっていた時間が、次は巻き戻しを行っているかの様に戻り始めたのだ。
朦朧としていた意識は徐々に元に戻り、男の短剣が抜ける。そして刺された時に出た血が、直接俺の中に入っていき……傷口が消えた。
「っ!? 何だ、何が起こった!?」
俺を刺した記憶があるのだろう男が、驚愕の表情で俺を見て言った。
知るか! 俺だって今の現象を理解してねぇんだよ!
「まぁ取り敢えず……お前も眠ってろ!」
ルシアで頭を強打し、次こそ本当に倒れた男。
『御主人様! 無事……なのですか? 今のは一体……?』
(スマン、俺に聞かないで。俺も何が起こったのか把握しきれてないから)
『とにかく、御無事で何よりです……!』
ルシアとそんなやり取りをした後、リアの拘束を解いた。
と、ほぼ同時にリアが抱き付いた。背中が小刻みに震えている。
「ぐすっ、良かった……ファル君が死んじゃわなくて……恐かったよぅ、うぇぇぇん!」
突然堰が切れたように泣き出してしまったリア。
仕方ないか。突然拉致されて拘束された挙げ句に、襲われそうになって……仕舞いには目の前で人が刺されるんだもんな。
軽く背中を叩きながら泣き止むのを待った。
『私は忠実な御主人様の剣御主人様は今泣き止ませる為にこの様な事をしているだから私は成り行きを見守るだけで十分……』ブツブツ
……ルシアが早口で何か言っているが、無視で良いだろう。
「落ち着いた?」
「……うん」
ようやく泣き止んだリア。と、気付いたように俺から離れ顔を赤くさせている。
……俺も一応は女なんだが。
「よし、じゃあやること済ませて早く戻ろうぜ?」
「……やること?」
ポカンとした表情で俺の顔を覗き込むリア。
忘れてるな、これ。
「ベルクに頼まれた『おつかい』をさ」
俺の言葉を聞いて、最初は理解しきれて無かった様子のリアだったが、意味を理解して笑顔になった。
「うん……!」
男二人を倒してからは早くに事が済んだ。
あのやり取りの直後、男達の依頼人だと思われる豪華な服を着ている腹の出た貴族(?)が、従者と思われる男二人を連れて入ってきたので、奇襲を掛けて全員を拘束し、建物を出た。
外は既に夕暮れに染まっており、かなりの時間監禁されてたんだなと物思いに更けながらも、現在の場所を覚えているらしいリアの案内で店までたどり着き、ベルクに頼まれた食料を調達して宿に戻ったのだ。
「ただいm「リア(ファルちゃん)!無事だったか(んですね)!」びっくりした……」
宿に戻った瞬間俺達を待っていたのは、物凄い形相で突っ込んできたベルクとルーガ、そして呆れ顔のオーガだった。
三人に何があったかを説明すると、「ちょっと行ってきますね」と言ってルーガとベルクが外へ出ようとした。
「えっと……槍やら剣やら持って何処に行くのでしょうか?」
「大した事ではありませんよ。ちょっとリア(ファルちゃん)を酷い目に合わせた男共とやらに生きている事を後悔させてくるだけだから(ですから)」
とても清々しい笑顔で俺達にそう言って宿を後にした二人。
台詞の殆どが一致してたぞ……。
「それだけ心配だったって事だ。しかしよく無事だったな。」
「ファル……君が守ってくれた」
リアには俺が刺された事は秘密にして貰っている。それこそ言ったら一大事になるし、仮にそれをルーガが知ったら、あの男達が翌日川岸で発見される事になると思ったからだ。
……とまぁそんな事があって色々不明な事も起こったが、俺の『異世界初めてのおつかい』は成功(?)に終わったのだった。