獄炎山の地底街道
「くぁ……んっ……よく寝た」
約四秒ほどの欠伸を終え、寝ぼけ眼で上体だけベッドから起こした俺。
窓からの景色は未だ真っ暗で、日が登っていない事が分かる。
「……久々に元の体に戻った気がするな」
ペタペタと全身に触れ、見た目が元の子供の姿に戻っている事を確認した俺はそう呟いた。
昨日、寝る前にルーガに「相手と遭遇した時の為に見た目を元に戻した方が良いですよ。切り札は最後まで取っておくものですからね!」と言われ、確かにその通りだと思い寝る前に一旦魔力を全て消費したのだ。
ちなみに、魔力はオロチ人形に提供して消費させた。
『おはようございます御主人様』
(うん。今は何時?)
『四時の二十分です』
丁度良さそうな時間帯に起きれたな。
俺はベッドから降り、寝間着から通常の服に着替えてシュッツァーを背に装備した。
えっと、確かこんな縛り方で合ってたよな。
「よし、じゃあ出発するか」
そう言って俺は睡眠中のライム(スライム形態)を抱えて宿を出た。
本来スライムは睡眠など不要な生物らしいが、ライムは過去に様々な生物を吸収した事が原因なのか、物凄くよく寝る。
現に今も寝ており、普段からある一定の時刻にならない限りは絶対に目を覚まさないのだ。
『ボクを置いてっちゃ駄目だよぉ』
おっとそうだった。
俺に完全に存在を忘れられていたオロチ人形が、ライムによって両腕を塞がれている俺をよじ登り、わざわざ頭に乗っかってきた。
ぬいぐるみだから重くはないんだが……凄い気になる。
「ふぅ、到着……早かったかな?」
ライムを持っている、オロチ人形が頭に乗っているという事で屋根伝いの移動は止めておいた俺は徒歩でエグルフさんの工房に到着した。
暗くてハッキリとは見えなかったが、昨日の鎌鼬騒動で結晶化した壁などはまだ片付けられていないみたいだ。
「……む? もう来たのか」
と、俺が工房に入るより先にエグルフさんが扉を開けて出てきた。
リュックのように大きな袋を抱えているので、多分外で俺を待とうとしたのだろう。
「ちょっと張り切っちゃってね。迷惑だった?」
「いや、儂も丁度終わった所じゃったしの、丁度良いタイミングじゃよ」
そう言ってもらえると助かるな。
「しかし……随分と個性的な格好をしとるの。何じゃその人形は」
エグルフさんが俺の頭に乗っている物を指差してそう聞いてきた。
……うん、まぁ気になるわな。
「おろ……ちょっとした動く呪いの人形だよ」
「傀儡……東の大陸の文献で話だけは聞いていたが、本当に存在するとはのぅ……」
「あっ、触らないで。マジな方で大変な事が起きるから」
そっとオロチ人形へ手を伸ばそうとしたエグルフさんに、俺は慌ててそう牽制して止めさせた。
「む、そうなのか?」
「この人形自体が呪いそのものみたいな存在だから、軽く触るだけでも精神系の呪いを受けちゃうんだ。一昨日だってルーガに……」
俺は半分トラウマになりつつあるあの出来事を、オブラートを三枚ほど重ねるように包んで説明した。
もうあのような犠牲者は出したくないし見たくない……というか、はた迷惑なのでなんとしても阻止するつもりである。
「むぅ、なら仕方無い、諦めるかのぅ……」
露骨に残念そうな表情を浮かべたエグルフさん。
扱うものは違えど、特殊な道具に職人として興味を持ったのだろう。
「それより早く行こうよ。道中でこれの話もするからさ」
「それもそうじゃな」
ここで話してても仕方がないな、と場所を移す為に露骨な話題変えを行った俺。
どうやら成功したみたいだ。
「っと」
「到着じゃ」
改めて荷物を持って転移した俺達。
俺自身は転移場所が分からなかったのでエグルフさんの剣を使って転移したのだが、あの剣はどうやら空間を限定して転移する事が可能だったらしく、技能すら吸収してしまう俺の【万物吸収】を無視して転移ができた。
しかし、この山がベヒモスが眠ってるっていう場所か。
「ベクトリールの中じゃ建物のせいで見えてなかったけど……山というよりこれは崖だね……」
「ベクトリールでは『ガルネ山』と呼ばれておるが、古い文献には『バベル』とあったのぅ」
パッと上を見上げた俺は、なんというかスケールが前世とは桁違いな山のサイズに、無意識にそんな感想を洩らしていた。
日本のハンバーガーしか知らない人、が生まれて初めてアメリカのハンバーガーを見た時の反応とか、映像でしか知らなかった牛や馬を間近に見たときに想像以上にデカかったとか、そういうレベルではない。
『火山性のガスや、この山自体に充満している魔酸素によって遠目ではこの山は視認できませんが……成る程、まさかこれほどの自然物が存在していたとは』
「元々山脈だったこの場所が、更なる地殻変動によって一つに纏まったのかこの山だと言われておる。まぁベヒモスが創りだしたのは確かじゃろうがな」
土属性を操作してこの山を形成か……。流石は土を司る神龍と言わざるを得ないな。
「……頂上が見えないんだけど、どれくらいの高さなの?」
「儂も知らん。が、雲より上なのは確かじゃな」
『となりますと……一万四、五千メートル前後ですか』
いちま……人間死んでるよね? それ。
およそ想像ができないような規格外さに空いた口が塞がらない俺。
入山(物理)する前から驚かされてばかりだな……。
「こんな場所で喋っておってもあれじゃしな、入るとしようか」
エグルフさんがそう言って、大きく口を開けたような洞窟を指差した。
「うわぁ……凄い広いな」
「入り口があんなんじゃからのぉ」
少し観光地へ来たような感じのテンションになりながら、俺は巨大ライムでも入れそうな広さの洞窟を歩いていた。
前世で洞窟なんて、昔修学旅行で行った防空壕くらいだったからな。
「この洞窟はの、無数の岩石が植物のトンネルの様に繋がってできた物だと言われておるんじゃ」
「へぇ」
エグルフ曰く、この洞窟の天井は全て『岩石薔薇』と呼ばれる成長する岩で構成されているらしく、様々な偶然からこのような形になったんだとか。
「それが地熱やガスによって溶け、今のこの洞窟になったんじゃな」
「でもさ、これだけ広かったら迷ったりしなさそうじゃない?」
出発前に蟻の巣やら生きて帰れないとか言っていたが、これだけ広い洞窟ならばたとえ迷っても何とか帰れそうだ。
「この道だけならのぅ……ほれ、そっち見てみぃ」
「えっ? ……あの窪みみたいなのって」
「通路じゃ。まだまだあるぞぃ」
エグルフさんが指差した先を見た俺は、その先にあったTHE洞窟な通路を発見し、更によく見渡すとそれが数えきれない量あったのを確認してしまった。
……どうやら、ばかでかい穴が幾つもあるという訳ではなく、この洞窟を主に小さな洞窟が無数に繋がっているらしい。
例えると、植物の茎から幾つも葉っぱが生えている、といった感じだ。
「儂が必要だったじゃろ?」
「……案内、感謝します」
ついさっきの宣言を撤回させてもらうよ……こりゃ俺じゃあ一生掛かっても発見できないわ。
「ほれ、あの穴じゃ。着いてこい」
それから数時間、俺とエグルフさんは迷宮内をひたすらに歩いていた。
道中では、マグマの流れる場所が見える通路や深紅に発光する鉱石、そして火山や洞窟といったワードが似合いそうなゴツいモンスターなどに遭遇した。
途中でライムが水分不足で蒸発しかけたりしたが、まぁそれ以外は目立ったアクシデントには遭っていない。
というかとても楽しい。
「ふぅ、ここいらで休憩といこうかのぅ」
先陣を切って歩いていたエグルフさんが、そう言って近場にあった丁度良いサイズの岩に腰掛けた。
そして俺も、熱気のせいで少し元気のないライムと共に適当な岩に座り、水属性魔法で周囲を水浸しにした。
こうすることで水分が蒸発し、気化熱で周囲の温度を下げるのだ。
打ち水と同じ原理といえば分かるだろう。
「で、ライムには直接……」
「んっ……ふぁぁ」
じょぼぼ……と手のひらから水属性魔法を発動させ、植物に水をくれるような感じでライムに掛けた。
体の殆どが水分といっても過言ではないようなスライム種にとって単純な温度と乾燥は絶対なる天敵なのだ。
さっきだってその蒸発したせいで背丈が保育園児並に縮んじゃってたしね。
「結構進んだけど、今はどの辺りなの?」
「最短の道を進んでおるから……ざっと半分くらいかの」
まだまだ道は長いみたいだな。
「とはいえ、この先は下り坂になっとるから少しは楽だぞぃ」
エグルフが言うには、この辺りは山の中心付近らしく、ベヒモスが眠っているところは地下にあるので少しずつ下っていくのだとか。
「でも、中心にしてはマグマとか少ないような気がするけど」
「希望ならマグマの河が近くにあるが?」
「……生きて帰れる自信が無いんで、遠慮します」
どうやら、エグルフさんはマグマ溜まりを避けつつ進んでくれていたらしい。
いやまぁ確かに、こんな場所でマグマに直面とかしても何もできないもんね。
「しかしお主、連れは既にへばっとるというのに、まだまだ元気じゃのぅ……。暑くないのか?」
「そういえばそこまで気にならなかったな」
エグルフさんに言われて、初めてあまり暑さを感じていない自分がいることに気付いた俺。
昔から気温の変化は強かったりはしたが、そこまで暑かっただろうか?
『【万物吸収】はエネルギーを吸収する技能です。恐らく、無意識の内に熱をエネルギーとして一定量吸収、自身に丁度良い温度に調節していたのでしょう』
「羨ましいのぅ……」
こればかりは生まれつきの能力だからな。
「よし、そろそろ進むとするかの」
そんな会話をしていた俺達だったが、あまり長時間居ても帰りが大変になってしまうとエグルフさんが重そうに腰を上げた。
確か目的地までまだ道のりはあるとか言ってたしな。
完全に当初の目的を忘れているファルであった。
オマケ
昔修学旅行で行った防空壕
場所は……皆さんお察しだと思いますが、私が行った所は地面水浸しの上から水が滴り落ちるような場所でした。
……色々な意味から、あまり良い思い出ではありませんでしたね。