シュッツァー
ガッシャァァァン!
「ぬぉっ!?」
ドアを破壊して飛び込んできた二つの影に驚きつつ、老体ながら素晴らしい反射神経で飛んでくる破片をかわしたエグルフ。
そして工房に転がり込んできたのがファルだと認識し、すぐに警戒を緩めた。
「ぎっ、ギリギリセーフ……」
あとほんの少しでも遅かったら全身固められてたな……と冷や汗を拭ったファルは、驚いた様子でこちらを見ているエグルフを発見して目的地の到着を確認し、安堵のため息を吐いた。
『……ぎりぎりあうと』
「ってうお!? ライム大丈夫か!?」
ライムの声を聞いてそちらを向いた俺は、もはや色鮮やかな一つの岩みたいな状態になっているライムを発見した。
どうやら、飛び込む寸前に全身が結晶で覆われてしまったみたいだ。
……面積が小さいと、全身が結晶化するのも早いんだな。
「出れそう?」
『ん、大丈夫』
そう応えたライムが、岩結晶の中から出ようと体をあちこちにぶつけ始めた。
体当たりで破壊しようとしているのは分かるが、威力と速度がかなりあるらしく「ドン!ガン!」と音が物凄い。
「よう来てくれたのぅ」
と、一旦工房の奥へ引っ込んだエグルフさんがお茶を持って戻ってきた。
絵面としては孫とおじいちゃんのやり取りである。
っとそうじゃなくて。
「エグルフさん、外のあれは何なの?」
脚、腕、体と順番に結晶を破壊していく俺は、恐らくというか絶対に分かっているだろう外で起こっている事態の説明を求めた。
「やはり制御が利かぬか……」
「制御?」
そういえばルシアが余波がどうのこうと……とか言っていたが、それが関係しているのだろうか。
「お主に渡そうと思っているものなんじゃがな、ちと強力過ぎてのぅ……」
「一体俺達は何を貰えるの?」
俺はこれまでエグルフさんと会話をしてきて、エグルフさんとは端的に物事を進めていかなければ進まない、という事を学習していた。
「訳あって儂は触れないんじゃがな、これじゃ」
「これは……剣の鞘?」
ぴっ、とエグルフさんが指を指した先、そこには作業台に置かれた鞘のような物体があった。
普通の鞘のような革素材を用いたものではなく、藍色の鉱石を使用したらしい重厚な形状をしている。
「お主、普段からルシアを首に下げておるじゃろ? 危険じゃし刃先の劣化を防ぐ為にも必要だと思ったんじゃ。というか剣には必須なんじゃよ」
「良いの?」
「素晴らしい剣を調べさせて貰った礼じゃて、気にするな」
そういうんなら遠慮無く……と言って手を伸ばしかけ、寸前でピタリと動きを止めた俺。
一つだけ、物凄く気になる事があったからである。
「なんでエグルフさんはこの鞘に触れないの?」
先の会話でそんな事をエグルフさんが言っていたのを思い出した俺は、罠こそ疑っていないが「危険な代物なのでは?」という心配を拭いきれていないのである。
理由は……主に外の騒動だ。
「実はの、お主の相棒に見合うような性能に限りなく近付けようと思ってその鞘を作ったんじゃが、ちと性能に癖が強く出てしまってのぅ……」
そう言って指先で軽く鞘に触れたエグルフさん。
するとどうであろう。エグルフさんの指が、鞘に侵食されるかのように結晶化し始めたのだ。
それは外で起こっていた、体を覆うように出来上がった結晶とは違い完全に指と一体化していた。
「魔力を馴染ませた鉱石から抽出した結晶を集めて打ったのがその鞘なんじゃが、純度があまりにも高かったのと、ルシアに負けぬようにと性能の底上げをした結果、周囲の物質を様々な鉱物に変化させるといういらん能力が付いてしまったんじゃ」
『成る程、では屋外で発生していた鎌鼬の原因はその鞘という事ですか』
要約すると、「限界まで強化しようとしたら、強くなりすぎて手に終えない代物になっちゃった」という事らしい。
ちなみにあの鎌鼬は、本来は収まる筈の片割れ(ルシア)が長時間いなかった事で暴走し、保有する魔力を刃状に放出していたのがあれの正体なんだとか。
……ん? 待てよ?
「魔力を持ってるって事はもしかして……」
「そう、擬似的にじゃが魂を造り出す事に成功したんじゃ」
やっぱり。
前にも説明したと思うが、魔力や技能を使用するには器……魂が必要になってくるのだ。
「ルシアの構造を模して造ったんじゃが、流石に完璧には再現できんかったな」
「本当に良いの? そんな凄いもの貰っちゃって」
武器の相場やら価値やらは全くと言っても良いほど知らないが、魂の器を持っている道具とか、絶対に貴重な品だろう。
「魂を宿しておる武器に触れて、儂の視野を更に広げてくれた礼じゃ」
お主らと関わらんければこんな発見はできんかったしな。と言って髭を擦っているエグルフさんは「それに」と言葉を続けた。
「それに、例の神龍の件もあるからの」
「あっと……そうだった。その神龍の事で話があったんだ」
この工房に来たもうひとつの目的を完全に忘れていた俺は、危なかったと胸を撫で下ろした。
ぶっちゃけ、少し前まではこっちの目的の方が重要だったのである。今もだが。
「まぁ待て。話は事が住んでからで良かろうよ」
そう言って鞘の置いてある作業台の前に座り、俺が装備する所を見守るスタンスを崩そうとしないエグルフさん。
早く自分の作品の出来を見たいのだろう。
「それじゃあ、頂きます……」
……どうしよう、嫌な予感しかない。
決してエグルフさんが仕組んでいるとかそういう訳では全くもってないのだが、なんというか触った瞬間結晶化している所を見てからだと、触れるのに躊躇してしまうのだ。
『予め【万物吸収】を発動済みですので、直に触れても心配ございません』
分かってる、分かってるんだけどね? それに至るまでが凄い勇気いるんだよ。
「心配するな、万が一結晶化したとしても儂が治してやれるからの」
……あぁもう、なるようになれだ!
どうやら時間を稼ぐ事は無理そうなので、半ばヤケになりながら鞘の腹の部分を思いきり握った。
「っと……あれ? 何も起こらない?」
爆発の一つでも起こるんじゃないか? とビクビクしながらも勇気を出して鞘に触れたが、予想に反して何も起こらなかった事に安心しつつ、俺は鞘を持ち上げた。
おぉ軽い軽い。
「……何か違和感とかは無いかの?」
「俺もビックリしてるけど、全然平気」
「重くはないのか?」
うん? 重い?
俺は現在進行形で持っている鞘を上げ下げし、寧ろルシアより軽いけど……と呟いた。
持った感覚だと六、七キロ程度かそれくらい、今回初めて鞘を触るので普通がどういうものなのかは知らないが、かなり軽い方だとは思う。
まぁ確かに、鉱石を元に造られた武具にしては些か軽すぎる気はするが、それだけである。
「ふぅむ……」
「全く重いとは感じないけど、それが何かあるの?」
「実はの、完成の一歩手前で一度試しに持ってみたんじゃが、あまりの重さに儂じゃあ持ち上がらんかったんじゃ」
歳だからじゃあ無いと思うんじゃがな……と呟いたエグルフさん。
『御主人様、念のため【神察眼】で鞘を調べてみた所、重藍鉱石を主体に紫霊水晶を素材として造られている事が判明しました』
(えーと……つまり?)
素材を言われただけでは何が何なのか全く分からないのだが……。
『両者の素材、特に重藍鉱石は凄まじい硬度を持つ反面、重量は鉄鉱石の十数倍にも及びます』
……うわぁ。
なんでも、この鞘を造る際にルシアに負けないような性能を……と素材から拘った結果、気付いた時には殆どをその鉱石で造ってしまった為に数人がかりで持ち上げるのがやっとなレベルの重量となってしまったのだとか。
うっかりなんてレベルじゃないぞ、それ。
「本当は合金させる為にほんの少ししか使わん予定じゃったんじゃが……すまんの」
「いや、別に普通に持ててる訳だし、大丈夫だよ。……ほんと何で普通に持ててるのか分からないけど」
原因はルシアが絶賛究明中だし、取り敢えず今はルシアを仕舞っちゃうかな。
そう思った俺はとてつもなく重い(らしい)鞘とルシアを胸辺りまで上げ、侍がよくやっていそうな感じにルシアを鞘に納めた。
――パチンッ……。
……なんか癖になりそうだな。
思っていた以上に良い音が鳴って一瞬うっとりとしてしまった俺。
「……どうしたの?」
はっと我に返ってエグルフさんの方を見た俺は、驚いた様子でルシア(と鞘)を見詰めるエグルフさんという不思議な絵面を発見した。
「ルシアを納めた瞬間、鞘の名称が変化したんじゃ」
「名称が?」
『本当ですね』
ルシアもそう言うので試しに鞘を調べてみた俺。
ちなみに最初の頃の名前は『謀反者の剛鞘』というなんともひねくれていそうな名称だった。
「……『守護者の剛鞘』?」
どうやら、謀反者が守護者に変わっているだけみたいで、見た目の変化は一切無い。
まぁ確かに装備しただけで名前が変わるというのはそうそう無いだろうな。
「もしかしたら性能も変化しとるやも知れんぞ……こんな現象に直面するのは初めてじゃ」
「やっぱりルシアの影響なのかな?」
『分かりません……しかしどうやら、この鞘は御主人様を主人と認めた様です。まぁ当然でしょうが』
俺を主人に? 魂は器だけで自我は無いんじゃないの? とルシアの言葉に首を傾げた俺だったが、その事を考えるより先にやるべき事があったな、とひとまずの思考を停止させた。
「まぁ取り敢えず……宜しくな、シュッツァー」
自我は無くともこれから世話になるのだ(主にルシアが)。そう一言告げて、俺はルシア入りシュッツァーを腰に差した。
『……今一瞬光ったような』
オマケ
色鮮やかな一つの岩みたいな状態になっているライム
経験値が大量に貰えるメタルな奴らの仲間の、プラチナの王様みたいな感じですかね。
重藍鉱石
火山地帯の際奥で発見される最も重たい鉱石。
しかし硬度はかなりのもので、どんな高熱でも決して変形しない。主に合金する素材の一つとして少量使用される事が多い。
紫霊水晶
魔力が石灰水に溶け、鍾乳石のように長時間掛けて造られた希少な水晶。
魔力によって常に紫色の光を発しており、主に属性を纏わせた魔力を用いて武器の属性付加に使用される。