絶対絶命
「ふむふむ……つまり今ファルちゃんは、新しい技能の実験で大人の姿を保っているんですか」
「実験というか実践だね。ある程度魔力を使わなきゃ戻れないみたいだから、この状態のままでいるってだけ」
成る程、と納得したように頷いて俺の顔と体を交互に見比べているルーガを見て、俺は少し気恥ずかしさを覚えた。
だって、相手こそルーガだけどジロジロ見られてるんだぜ? 誰だって相手に凝視されて何とも思わない人なんていないでしょ。
「……それにしても、やっぱりファルちゃんはファルちゃんですね」
「うん? それってどういう……」
「大人になっても可愛いです!」
「ぶえっ! っ危ないから! 倒れる!」
ガバッ! と予備動作無しに飛び付いてきたルーガを危なげなバランスで受け止め、何とか体制を整える事に成功した俺。
普段は咄嗟の判断と体格の関係から、今のようにルーガの体重に耐えられたりはできないのだが、身体能力は上昇している今はそんな事関係無しとばかりに耐える事ができた。
しかし反応速度も上がっていたはずなのだが、やはりネコ科の俊敏さにはまだ劣ってしまうようだ。
「おぉー、見た目だけでなく筋力とかも大人になってるんですね!」
「大人とはいってもルーガより少し年上ってだけなんだけどね」
「十分大人じゃないですか」
今更なのだが、技能で成長した俺はルーガより年上で、ライアンと同い年位の見た目になるらしい。
その辺はディメア曰く『生物が最も輝く時』の姿が、この体の場合はこれなのだとか。
「というか、安心しましたよ。本当」
「何が?」
突然スッ、と真面目な表情になったルーガ。
「ファルちゃんが、私より無い事に対して、ですよ」
「無い……あぁ、納得」
突然何を言い出すか、と言いかけて察した俺。
……いやまぁ察するまでも無かったが、十中八九胸の事だろう。
全く気にしてなかったけど前世レベルに薄っぺらだもんな。俺。
というか本当に気にしてるんだな、その事。
「それともうひとつ、とっっっても気になる事があるんですが……」
と、急に話題を変えてきたルーガは、視線をある一角に集中させている。
「あぁうん、言わなくて良いよ。大体察してるから」
『おぉ~、元の肉体よりくねくね動くぅ♪』
部屋の隅の方を蛇……というか芋虫のような動きで動き回っているオロチを見て何か言いたげな表情になっているルーガに、オロチの正体を伏せた状態で色々と説明をした俺
「……っていう訳で、白ローブを倒せるだけの力を持った魂を技能でこの人形に移したんだ」
「魂をですか。この人形さんに……」
「あ、あまり触らない方が良いよ」
ぬいぐるみという不思議な力に惹かれてか、ゆっくりとオロチに手を伸ばしていたルーガに注意換気をした。
オロチが嫌がるとかそういう事ではなく、オロチのこの人形自体が物凄く危険な代物だからである。
正確にいうと、オロチの発する闇属性の魔力が、それに触れた周囲の人々に影響を与えてしまうのだ。主に悪い方で。
『ボクも頑張って抑えてはいるんだけどねぇ。もうちょっとこの傀儡になれなくちゃぁ上手に抑えてられないやぁ』
オロチの声は俺以外には誰にも聞こえない。
本体が俺の中にいるというのもあるが、まだ人形の体の制御が完全ではないから声を発する能力を生成できていないらしい。
ちなみに、オロチ自身の魔力が馴染めば姿も自由に変える事が出来るのだとか。
「闇属性ですか~。私の得意属性ではありますが、やっぱり危険でしょうか?」
『死にはしないけど、耐性があったところで何とかなるようなものではないよぉ、って伝えてぇ』
「(分かった)得意属性とか関係無しに、死なない程度に影響は出ちゃうかもだって」
「死なないなら……少しくらいなら平気ですね!」
「ちなみに、俺の知ってる人は魔力に触れる前から既に動けなくなってたよ」
危険を承知で人形に触れたいらしいルーガが挑戦しようと手を伸ばしていたので、ひとまずオロチのヤバさを端的に伝えた。
言わなくとも分かるとは思うが、知人とはホウガの事である。ほら、リーシエに強制転移をした時に会った狐の獣人。
「うっ……じゃあなんでファルちゃんは普通に触ってるんですか」
「俺は【万物吸収】があるから影響受けないんだよ」
呪いとか以外にも色々吸収できるから、便利だよね。と悪戯心の沸いた俺はそう言ってオロチ人形を抱き上げた。ちなみにオロチへの了承は既に得ている。
「ぐぬぬ……」
おぉ、ルーガが凄い悔しそうにしてる。ふはは愉快愉快。
普段の仕返しも兼ねてオロチをもふもふする俺は、悔しそうに人形を見つめるルーガを見て見ぬふりをしつつ状況を楽しんでいた。
……と、
「こ、こうなったらチャレンジです! 私は諦めたりなんかしませんよ!」
なにかが吹っ切れたらしいルーガが、いらぬチャレンジ精神を発動させてオロチ人形に手を伸ばした。
……こういう所、諦めが悪いんだよなぁルーガって。
(ねぇ、オロチの魔力に触れたら、どんな影響を受けるの?)
『さぁ? その人それぞれだからねぇ、分からないよぉ』
なんでも、闇属性を司るオロチの呪いは、影響を受ける対象の魂によって呪いの種類が変わるらしい。
『大昔にはボクに触れて肉体が内部から腐って死んだ人もいたしぃ、体が全く別の生物に変わっちゃった人もいたなぁ』
……闇属性のレパートリーの広さとエグさに、軽く戦慄してしまった。
内側から腐るとか、アメリカンホラーでもそんなシチュエーションはそうそう無いぞ。
『あ、でもぉ今は魔力抑えてるしぃ、多分精神に一定時間だけ影響を与えちゃう程度だと思うからぁ、大丈夫だと思うよぉ』
大丈夫らしい。
というか、ルーガが豹変する姿なんて俺見たくないぞ。
「いざっ!」
「待っ……」
俺の静止を耳に入れず、ルーガが俺の腕の中に収まっていたオロチ人形を取り上げた。
やはり猫故か、反応した時には既に手元にオロチ人形はいなくなっていた。
「あっ!」
「おぉ……やっぱりもふもふです! やっぱり危険は冒してなんぼですね!」
どこか勝ち誇ったような笑みでオロチ人形をもふっているルーガ。
……はぁ、少し意地悪になりすぎちゃったか。
「ほら、呪いの影響が出ちゃう前にそれを下ろして」
「大丈夫ですよ~こんな可愛い人形に呪いなんて……」
「ど、どうしたの? 突然黙っちゃって……」
恐らく「呪いなんてあるはずがない」的な事を言おうとしたのだろう。
それを言い終わる前に、ルーガが俺の顔を見て動かなくなった。
『……あぁ、これはあれだねぇ』
(えっ、何? 何なの?)
意味深に、されど楽しそうにそう呟いたオロチに余計心配になってきてしまった俺。
なんか凄い怖いんですけど!?
まったくと言っても良いほど反応を示さなくなったルーガに本格的に心配になってきた俺は、ひとまずオロチ人形を取り上げて肩を揺さぶった。
「る、ルーガさん? 大丈ぶ――」
……と、ルーガが突然意識を覚醒させたかと思ったその時、全体重を掛けてルーガが俺を押し倒してきた。
ベッドに座っていたので地面に落ちる事は無かったが、それでも色々な意味でマズイ。
「え、えーと……ルーガ?」
恐る恐る、、マウントポジションを取っているルーガに声を掛けた俺。
普段なら飛び付いてそれで終わりなのだが、今回は全く違い俺を下に動こうとはしない。……もしかして。
「……ふふふ、捕まえましたよ」
「えちょ、目が怖いんですけど……」
ゆっくりと顔を上げたルーガの、獲物を狙うようではあるがトロンとした目を見て「あ、これはマズイな」となにかを察してしまった。
『闇属性の影響でぇ、発情しちゃってるんだねぇ……』
(多分そうかなとは思ってたけどやっぱり!?)
よりにもよって物凄い厄介な呪いに掛かってしまったらしいルーガ。
ちなみに闇属性の魔法にはそういう類いのものもあるらしく、ルーガのそれは、生物の本能的欲求を大きくする類いのものなのだとか。
……とか呑気に説明してる場合じゃないぞ! ちょっと待って……本当にマズイから!
先日のトイドルの時とはまた違った……しかしそれ以上の危機が降り掛かっているこの状況に、俺は何とか逃げようと身を捩った。
しかし、体格は似たり寄ったりになっているにも関わらずルーガから離れる事ができない。
(関節を押さえられてるのかっ……!)
どうやら両肩に体重を掛けられており、力が思うように入らなくしているらしい。
……そういう事が咄嗟にできる程度には冷静なのな。
「ルーガ、ひとまず落ち着こう……一旦冷静になるんだ」
「何を言ってるんですか……私は冷静ですよ」
駄目だ、全然話が通じそうにない。
『あくまで欲求を強めるだけだからねぇ、本人はいたって平常のつもりなんだよぉ』
(って言ってる場合じゃないでしょ! 何とかならないの!?)
『ボクの呪いだからなぁ……無理ぃ♪』
俺達の競り合いを見て楽しそうに身をくねらせているオロチ人形。
ちっくしょう……後で覚えとけよ!
(ルシア!)
こうなったら最後の頼み、とルシアに助けを求めた俺。
『はわわ……こ、こここのままでは御主人様が泥棒猫に(ルシアヘルプ!)ひゃいっ!? ななんで御座いましょう!?』
俺のやり取りを見てぶつぶつと呟いていたルシアが、二度目にしてようやく反応をくれた。
しかし、俺以上に動揺している様子のルシアに、この状況を打破できるようなアイデアが浮かぶのだろうかと心配を隠せない。
というか、剣なのにそういう所の耐性がゼロってどういう事なんだ!?
(なんでも良いから、ルーガの暴走を止めてくれ!)
『りょ、了解しました!』
息使いが荒くなり始めているルーガに危機感が最高潮に達したファルが、ルシアに対してそう命令をする。彼女も、焦りから冷静を保てなくなったのだろう。
「ファルちゃん、大人しく観念して……くらひゃい……」
と、段々と近付きつつあったルーガの顔が、突然横に逸れていった。
そしてそのままベッドに倒れ伏し、ルーガは動かなくなった。体が上下している事から、寝たのだろう。
『……『麻痺周波』、これで宜しかったでしょうか……?』
(……ありがとう、本当に助かった)
咄嗟の判断で技を発動させてくれたルシアに感謝しつつ、俺はルーガから脱出した。
あ、危なかった……。もう少し遅かったら薄い本が完成してしまうような事態になる所だったぞ……。
『ちぇ~っ』
「……オロチには後で色々と施さなくちゃな」
もう少しで面白い事になったのになぁ~、とかぬかしているオロチに、軽い殺意と改造欲が湧いてきた俺。
まぁ良いや、それは後でで。
「今は危機が去った事に感謝しなきゃ……な」
「あっ……」
大きくため息をついて顔を上げた俺は、扉を少しだけ開けて覗いているテスを発見した。
「て、テス? いつからそこに……」
「何も見てない、俺は何も見てないっ!」
「あちょっ、まっ……誤解だから! 俺に弁明の余地をくれ!」
危機はまだ去っていないようだ。
……なんか、すいません。