人族国家デイペッシュ
投稿遅れてすみません。
「……何これ」
馬車の中で目覚めた俺。行商人のベルクとその娘のリアに馬車で目的地まで運んで貰っているのだ。普段はルシアが起床時刻を伝えてくるのだが、今日はそのルシアが何も喋らなかった。というか圧力を感じる。
どうしたものかと体を起こそうとしたのだが、上半身が動かなかったので薄目を開けると…………。
「…………あ」
俺に馬乗りになっているのだろうリアの顔が、目と鼻の先にあったのだ。
……もう一度言わせてもらおう。
「何これ?」
「……ご飯、父さんが出来たって」
という事らしい。顔を赤くしながらリアが言った。
っていうか起きるの早いな。
「……次からは普通に起こした方が良いと思うよ。俺も早く起きるけども」
「…………うん」
気まずい雰囲気になりながらも上体を起こして馬車から出た。
外はまだ暗かったので、4時そこそこだろうと判断した。オーガとルーガは既に起きていて、ベルクが用意したのだろうパンをかじっている。
「……父さん、起こしてきたよ」
「おおリア、ありがとう……どうしたんだい?顔真っ赤にさせて……まさか熱!?」
かなりポジティブな勘違いをしてくれたベルク。
この人、娘loveだからな……。別の、変な勘違いをされなくて助かったよ。その時には俺、絶対死んでた。
「ううん、具合が悪い訳じゃない……」
「なら良いが、調子が優れないのなら言っておくれ」
やや俯き気味にうん、と返事をするリア。
一応性別同じだし、そこまで恥ずかしがる事も無いとは思うが。
「二人は普段からこんな時間に起きるんですか?」
ルーガの問いにいえ、と答えたベルクが続ける。
「今日は天気も優れておりますし、この時間から馬車を走らせれば今日中に王都に着くと思いますので早めに起きた次第でして、普段はここまで早くは起きないです」
成る程、早く起きたのはそういう理由だったのか。という納得した表情で頷いているルーガ。
そういえばルーガって普段は起きるの一番遅いのに、早く起こされても眠そうな雰囲気を一切出さないよな。
「とにかく頂くかな」
「1日の力を養うなら食べる事が一番ですぞ。食べ盛りの子供なら尚の事」
「……頂きます」
まだ少し恥ずかしそうにしていたリアだったが、朝食(パンと魚の酢漬け)を食べ終えた頃には昨日と変わらない状態に戻っていた。
「ところで、目的地の王国ってなんていう名前なの?」
馬車にガタゴトと揺られながらふと思った事を聞いた。そういえば教えて貰ってなかったからな。
今は辺りもすっかり明るくなっている。時間で例えるなら10時位だ。
え、何でルシアに教えてもらわないかって? ……どういう訳か機嫌が悪くて話し掛けても反応しないんだよ。
「デイペッシュって国、知らない?」
「いや、初耳……というかこの世界の土地の名前を一切知らない」
「自分の生まれた所も知らないんだよね……不思議」
リアには既に俺の出生を、転生した部分を暈して説明済みだ。
暈した理由は、流石にそれを話したとしてリアに分かるとは思えないし、その事を伝えた時のオーガ達の反応からしてあまり他人に言って良いものでは無いと判断したからだ。
「デイペッシュ? 確かアシュトルスという名前だった気がするが……」
リアの言葉に対して、馬車の中で本を読んでいたオーガが訝しげに聞いた。
問いに答えたのは馬車を牽引していたベルクだった。
「ああ、その名前でしたら十数年前に改名されましたよ。今は『人族国家デイペッシュ』です。丁度前王が亡くなった時に名前が変わりました」
「ほう……その辺りを詳しく教えてくれ」
興味を持ったように聞くオーガに、よくぞ聞いてくれた!といった雰囲気のベルク。
「えっと、まずアシュトルスって王国自体知らないんだけど……」
「分かりました。まずはそこから説明致しますかな」
曰く
十数年前、アシュトルス共和国という様々な種族が差別無く生活している王国があった。当時16代国王のセイル=アシュトルスは30代という若さながら戦や国務の才能があり、王として人々からの信頼も厚く、小国ながら大国にも引けを取らない程の力を自身の代で手にする程に至ったという。その圧倒的カリスマ性から人々には『神に最も近い賢王』と呼ばれ、平和な王国を築いた人物だった。
「話を聞くには凄い人なんだな。それで、死んじゃったって事はやっぱり……暗殺?」
「…………」
質問に応じず、そのまま話を続けるベルク。
王はある日、王都に住んでいた王の幼馴染みである黒猫の獣人に恋を抱いたのだ。
昔から王城内でも顔見知りだった獣人に対する周囲からの反対も少なく、二人が結ばれるのにそれほど時間は掛からなかったという。
黒猫の、獣人ねぇ……。
ついルーガの方を見てしまった。ちなみにルーガは馬車の外で飛び跳ねている……物理的に。
というか物語だと結構な頻度で、身分の差が原因で周囲から反対されるけどそれを押し切って……っていうシチュエーションが多いんだが、王様と平民って良いの?
「反対が少ないっていうのも変な話だな」
「鋭いね坊や。そう、普通は身分の関係で周りの人々……主に家臣かな?彼等に反対されるんだろうけど、さっきも言った通り王と幼馴染みで家臣とも顔見知り、更には王自身が優秀だった事もあったから周囲の反対も少なかったんだと思うよ。まぁ反対者もいたにはいたけどね」
反対した人物は亜人族反対派の家臣らしく、「王が亜人如きと結ばれるなんて言語道断」と本人の前で言い放った人物らしく、それ以前にも王に他種族を追放するように言ったり、亜人と会ったら必ず何かしらの精神的な嫌がらせをする程の亜人嫌いで有名だったらしく、更には違法物の密輸や横領の疑惑等、あまり良い噂は無かったらしい。
「うわぁ……聞くからに最低な奴だな……それでその家臣はどうなったの?」
「……王になったんだ」
「へぇ、王にね………………王っ!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
王様直々に追放されたんだろうなぁ位にしか思ってなかった人物が王になるって、どういうこっちゃ。予想外過ぎてちょっと引いたわ。
「前王はその獣人を娶り、子を産みました。そこまでは良かったんです。しかし……その直後に王は妻と共に死にました。生まれた子の行方は不明です」
「ちょっ……急展開過ぎ」
王死亡はすぐに王国中に知れ渡り、国は混乱したらしい。
まぁ当然だろうな。国王だし、幸せ絶頂だったろうし。
王の死亡直後、とある人物がクーデターを起こしたらしい。その人物こそが俺の中で印象最悪な家臣だったという。
「成る程、武力で国を内部から制圧……王位まで上り詰めたのか」
「それって問題無いの? 王位を継承すべき人物とかいなかったの?」
「王は末の弟で、他の兄達は既に病で亡くなっていたのです。それで残ったセイルが王に選ばれた、彼が王の血筋である最後の一人だったんだ」
その後クーデターは成功し、国を乗っ取った元家臣が王となったという。
そして新たな王は亜人種を全て国外追放や奴隷化、果てには逆らる者を死刑とかいう、独裁国家も真っ青な事をしでかしたらしい。
「ちょっと待って、その場合俺達ってマズイんじゃない?」
「ああ、その辺はオーガさんに考えがあるみたいだよ」
「姿を変化させる魔法があるからな」
見た目はそこまで問題では無いらしい。
「でも、そんな王じゃ国が駄目になるんじゃないの? 俺も詳しいことは分からないけども」
「そうなんだよ、坊やは賢いね。確かに周囲から見た新王の印象は最悪だったし、国自体も現在進行形で衰退している。当然国民がデモを起こしたりしたさ。でも、王の政治に口を挟むだけで反逆者として殺されたりしているし、王の後ろには『魔王』が着いてるっていう話があってね……最近は仕方無く従っているといった感じなんだ。良い所が一つも見つからないと言われる程の人物だからね、『邪神に最も近い愚王』なんて呼ばれてたりするんだ。あながち間違ってはいないけど」
「魔王って、魔物を使って世界を滅ぼす~、とかいうあの魔王?」
ほら、よくRPGで出てくるラスボス。
「お前の中ではそういう存在なのか? 魔王と言っても色々あるぞ。お前の言っている力こそ全てという考えで人族に宣戦布告する魔王もいるし、知恵で魔王までのしあがった魔族もいる。人族との共存を望む者もいる。魔『王』と呼ばれているが、国を持たない者もいるしな……簡単にいうと称号みたいな物だ」
「……まぁそんな王国だからあまり良い印象がなくて……今回はお得意様の依頼で来ている感じなのですよ」
かなり丁寧に話しているが、つまりは依頼があってこの王国に嫌々行っている。という事だろう
「そんな場所にも着いて来るって、リアはやっぱり凄いな…………寝てる」
隣のリアの方に向くと、俺に寄り掛かってむにゃむにゃ言っている。話が難しくて途中で寝てしまったのだろう。獣皮のシーツを掛けておいた。
「愚王と……魔王ねぇ」
この世界に転生して初めてだろう嫌な予感を胸に、遥か先にあるだろう王国まで進む俺だった。
辺りが少し暗くなり始めた頃、俺達の乗る馬車は人族国家デイペッシュの門に辿り着いていた
「何とか夜になる前に到着しましたな。宿を取るまで後少しの辛抱ですぞ」
「色々と済まないな」
「なんの、皆さんには命を救って頂いたご恩があります。これ位は当然でしょう」
早速オーガからルシアがコピーした魔法『変化』を使用する。すると角や尻尾が消え失せて前世と変わらない状態へと戻ったのだ。
と、近くで視線を感じたのでそっちを向くと、ベルクが驚愕の表情で俺達を見ていた。
「そ、その魔法は……」
「え、何? 凄い魔法だったりするの?」
「凄いなんて問題じゃないですよ! 大発見ですよ! 本来姿を変化させるのはスキル【擬態】を持っている魔物にしか不可能な事なんです。それを魔法で再現するなんて……」
「そこまで凄いって程ではないぞ?自身の種族どちらかに体の構造を近付けるだけだしな。俺達は亜人種だったから、人間の姿になれただけだ」
『この魔法は混血種にしか効果が無く、限界まで体を片方の種族に似せる魔法です。御主人様の場合、『変化』を使用すると人間か竜の姿に変わる事が可能です』
そうルシアが補足してくれた。
オーガは白狼、ルーガは黒猫、俺は竜の亜人種だったからこの魔法が使えたという事らしい。
……オーガの狼姿とか想像出来ない。
「この魔法の原理を教えて下さい!」
「……それじゃあ姿変えた意味が無いだろ」
そんな会話をしながら、俺達は王国の門をくぐるのであった。
結局オーガはこの魔法をベルクに教えなかった。
街の宿に到着して部屋を確保してくれたベルク。出会って1日2日の人物がこんな待遇を受けるのはどこか悪い気がして、ベルクに何か礼がしたいと言うと。
「坊やはまだ小さいのに偉いね、大丈夫。先程も言った通り坊や達には助けて貰った恩がありますし、仕事柄友達といえる人物が殆どいないリアがあんなに楽しそうにしているのを、久方ぶりに見ましたから、私はあれで十分なお礼だよ。」
ルーガに抱き締められてジタバタしているリアを見てから、優しい父親の顔でそう俺に言った。
小さいのは見た目だけだ、と言いたいのをグッと抑えて一言感謝の言葉をベルクに言って、リア、ルーガと共に部屋を出た。
ベルクの確保してくれた部屋は2つ、1つはオーガとベルクの寝る部屋。もう1つは俺とリア、ルーガが寝る部屋
「年齢的には向こうの部屋なんですがねぇ、男性しかいない部屋で私が寝るというのも……流石にマズイと思うんですよ」
聞いてもいない事を説明し始めたルーガ。
別に俺は何も言ってないが……というか俺と会う前オーガと旅をしてたときなんか二人で寝てた(変な意味では無い)らしいじゃん。何を今更。
「決してファルちゃんやリアちゃんに抱き付きながら寝る口実ができるとか、そういう事じゃあ断じてありませんからね!」
「そういう事だったのか!」
この人、何事も遠慮ってものが無いから嫌なんだよ!
「……ルーガさんの、父さんのと同じで苦しい」
ルーガに警戒しながら俺にそう呟くリア。
うん、分かる。ルーガは縫いぐるみ感覚で俺達を抱き抱えるからな。しかも逃げられない。
「さぁて、今夜は楽しませて頂きますよっ!」
「変な誤解が生まれるからその言葉は止めろ!うわぁ!」
「ファル、君……」
その後リアも巻き込まれ、俺達はルーガが満足するまで玩具にされた。




