~序章~二つの死
とある世界
そこは深く広大な、複雑に入り組んだ樹海だった。
時々吹く風で木々は揺れ、月明かりが木々の生い茂る樹海を照らす。
そんな幻想的な空間にそれは舞い降りた。
巨大な翼、大木すら薙ぎ倒す事が可能だろう尻尾、全身を覆う青みがかった銀の美しい甲殻。
人々の畏怖と信仰の象徴である『龍』と呼ばれる生物の最上位種族である。
龍は瀕死だった。
銀の翼は所どころ無くなっていて、体は薄く透けている。経緯は知らないが、何者かに襲われたのだろう。
満身創痍の龍は最期の力を振り絞り、光輝く球体を作りだした。人の入れそうなサイズの球体だ。
完成した球体を、次は不思議な空間が覆った。
空間が完全に球体を覆うのを見届けた龍は、崩れる様に地に伏し、光の粒子となって消え失せた。
力尽きたのだ。
龍の始祖と呼ばれた七柱の龍である『七星龍』の八柱目『時空龍 ファルディメア』の最期であった。
現代日本
「ったく……、遅れるなら先に連絡しろって言ったのこれで何度目だよ」
スマホを持ちながら悪態をつく男性……つまり俺だ、名を佐倉 元といい、詳しい事は伏せるが中小企業に勤務する28歳である。
5人兄妹の年の離れた長男で、少し人数が多い事もあり今も食事を作ったり等の手伝いはしている。
……まぁ、自分で言うのもなんだけど無駄に家事が出来るせいで「何で男なの?」とか言われた事があったりするけどな。
『いやぁ、すまない。凄い旨いスイーツ店があってさ、つい長居しちまった』
そう良いながら電話越しに笑っている人物。
彼は佐藤 須雅という。
名前の通り製菓店の息子で、俺の幼馴染みでもある。ちなみに俺は愛称を込めて砂糖と呼んでいる。
今日、休日の俺はこいつと適当に町を回ろうとしていたのだが、砂糖が遅れて電話してきた。というのが今の状況だ。
『おっ、見えた見えた。おーいこっちだ!』
電話でそう言われた俺は辺りをキョロキョロと見渡した。すると交差点の向こうで砂糖が手を振っているのが見えた。
今行く!と電話を切った俺は、信号が替わるのを待っていたのだが、目の前で赤信号の道路を平然と渡っている人物を見つけた。
「おいっ! 赤信号だぞ!」
もしかしたら気付いてないのかもしれないと声を掛けたのだが、何故か周りにいた人達が何言ってんだコイツ?みたいな視線で俺を見ている。
いつの間にか信号を無視していた人物が目の前にいた。
フードを被っていて顔は見えないが、どこか懐かしい感じがした。
っていやいや!そうじゃなくて!
こいつは今どうやって俺の前に出てきたんだ?
「へぇ……お前、俺が見えるのか……ん?」
フードを被った人物はそう聞き、訝しげに俺を見ている。
「当たり前だろ……何見てんだ?俺の顔になんか付いてる?」
俺の顔をジロジロ見ていたフードの人物は、突如笑いだした。
変な顔で悪かったな!
「ははっ、そういう事か!ならば良いかな」
んん?顔で笑った訳じゃ無いのか?っていうかなにが良いんだよ……え?
そこで俺はとある事に気付いた。
(声が出ない!?体も……どうなってるんだ!?)
目を動かしたり呼吸をしたりは出来るのだが、自分の体じゃ無いみたいに全身が動かない、何が起きたか理解出来てない俺にフードの人物は言った。
「ああ、暫く動けないぜ。お前にゃ少し死んで貰うが、痛いのは一瞬だから我慢してくれ」
は?何言ってんだ!死んで貰うってどういう事だよ!
心の中でそう叫びながら周りを目だけを動かして辺りを見渡した俺は、時間が止まった様な感覚に陥った。
いつの間にか消えたフードの人物がいた方向から、トラックが突 っ込んできたのだ。
元は道のど真ん中に立っていた。
キキーッ!っとブレーキが鳴り響く中、砂糖や他の歩行者の叫び声がハッキリと耳に入ってきた。
やけにゆっくり時間が進んでいる様な気がする。
(あ、死んだなこりゃ……)
強い衝撃が襲い、意識が消え行く中で、先程のフードの人物の声が耳に入ってきた。
『あ、やば……ミスった』