俄かに、買い物途中でゾンビが涌きました
俄かに、買い物途中でゾンビが涌きました。
どうやら風邪をひいてしまったらしい友達に薬を買って来てくれと頼まれて、その時わたしは、閉店間際のドラッグストアにいたのです。わたしは昔っから病気の類には強いものでまったく平気ですが、どうやら今、風邪が流行っているらしいのです。
閉店間際というだけあって、その時の店内に人はほとんどいませんでした。わたしの他には20代くらいの男の買い物客が一人と、「さっさと帰れ、この客ども」な雰囲気をプンプンさせて、今にも店を閉めるぞって感じでスタンバっている店員さんが一人だけ。嫌な感じです。
それでわたしは、“ええ、ええ、さっさと風薬を買って、とっと早急に速やかに帰りますよ。この、すっとこどっこい”なんて思いながら、薬売場のコーナーを目指したのですが、まだわたしが薬を買ってもいないのに、その店員さんはいきなり店を閉め始めてしまったのでした。自動ドアびの鍵を閉め、シャッターまで下ろそうとしています。
「ちょっと! ちょっと! まだ客が店内にいるのに、店を閉めるなんて、どういう了見よ?」
当然、わたしはそう抗議をします。ところがそれを聞くと、店員さんは外を指しながらこう返すのでした。
「違う! あれを見ろ!」
すると、下りかけているシャッターの隙間から、信じられないものがいるのが見えたのでした。
“え? 嘘? ゾンビ?”
そうです。わたしの見間違えじゃなければ、それは確かにゾンビでした。よく映画で見るのと似たような姿をしていて、顔が蒼くて、まるで、今さっき墓場から出てきたばかりです!ってな主張をしているかのような感じ。しかも、何体もいるようで、ウヨウヨとこの店を目指していましす。
「え? あれ、本物?」
店員さんは、シャッターを下ろしながら、必死の形相でこう返します。
「映画の撮影か、大がかりなイタズラじゃけりゃ本物だ」
シャッターを下ろした後で、覗き窓のような所から外を見つめてみると、やはりさっきと同じような光景が広がっていました。映画の撮影スタッフもいなければ、“ドッキリ!”の看板を持った誰かが現れる気配もありません。ゾンビ達は閉め終ったシャッターをバンバンと叩いていました。時折何かを吐いています。店員さんが店の電灯を消すと、バラバラと散開していきました。
と言っても、まだ目に見える範囲に数体がいましたが。
「いやいやいや、いくらなんでも嘘でしょう、これ? 何かの冗談よ、きっと」
わたしはその現実を受け入れきれず、そう言いました。それを受けると、店員さんはにひるな笑みを浮かべ、「信じられないなら、そこに非常口があるから、出て行って確かめてみたまえよ、ポニテちゃん」なんて言って来ます。
どうやら、この店員さんは冷徹なようです。因みに、どうも“ポニテちゃん”というのはわたしの事のようです。多分、髪をポニーテールにしているからでしょう。安易です。
「しかし、ゾンビ共は何かを吐いていたようだったな。最近、風邪が流行っていたようだが、もしかしたら、それがゾンビに変化する何らかのウィルスによるものだったのかもしれない」
それから店員さんはそう言いました。わたしはそれを聞いて友達が心配になります。彼女も風邪をひいていました。大丈夫でしょうか?
そのうちに、店内にもう一人いた男の客が近くにやって来ました。話を聞いていたらしく、シャッターの覗き窓から外を見つめて事態を確認すると、頭を抱えてこう言いました。
「なんてこった! こんな夢のようなシチュエーションなのに!!」
分かります。まるで悪夢を見ているようでしょう。わたしはそう思ったのですが、ちょっと気になる点もあります。“なのに”って何でしょう? そして、彼はそれからこう続けたのです。
「女の子がたった一人で、男が二人だなんて! 男女がちょうどだったら、ピンチを脱出する過程でラブラブになって、あんな事やそんな事ができるはずなのに!」
何言ってるのだろう、この人は?
なんてわたしが思っていたら、店員さんが言いました。
「なるほど。自己知覚による誤認識…… 俗に言う吊り橋効果を期待した訳か」
淡々と。妙に冷静です。
男の人はそれにこう返しました。
「その通りですよ! そうだ!あなた! ジャンケンをしましょう! 勝った方がこの娘とラブラブになるって寸法ですよ!」
「断る。不毛な事はしたくないからな」
わたしはそれを聞いて頭を抱えます。なんて事でしょう? こんな危機的な状況下なのに、仲間(?)が冷徹と馬鹿な変態です! これは、一体、何? 神様がわたしに与えた何らかの試練でしょうか?! 百歩ゆずって試練は享受するにしても、こんな訳の分からない試練は勘弁して欲しいです! 神様、趣味悪過ぎ!
そのうちに冷徹がこんな事を言いました。
「しかし、腑に落ちない点があるな」
むしろ腑に落ちない点しかない状況だとは思いましたが、それは言わずに「なによ?」とわたしは彼に尋ねました。
「ゾンビ達は、どうやって人間と自分達とを識別しているのだろう? もし、人間だけを襲うというのなら、判断を可能にする為の何かがないといけないはずなんだ。ゾンビ同士で共食いをしてしまうからな」
「そんなの見た目じゃないの?」と、それにわたしは応えます。
「見た目」と、彼。
少しの間の後に彼はこう言いました。
「よし。試してみよう」
それから冷徹な店員さんは、店内から化粧品の類を持って来ると、器用にもわたしにゾンビメイクを施し始めたのでした。完成するとこう言います。
「まぁまぁ、良い出来だな」
馬鹿で変態な男客も頷きます。
「うん。確かに。ちゃんとゾンビに見える。今にも齧って来そうだ。ほら、齧ってごらん」とそう言って、腕を差し出して来ました。さすが、変態です。無視しましたが。冷徹が言います。
「では、早速実験してみよう。科学は仮説を実証してこそだからな。幸い非常口の近辺にゾンビ達はいないみたいだから外には出られる。早速、行ってみてくれポニテちゃん」
それから冷徹はその言葉通り非常口のドアを開けました。わたしは言われるままに外に出ます。確かに冷徹の言う通り、ゾンビはいないみたいです。ところがです。それから、ちょっと歩くとワラワラとゾンビ達が集まって来たのでした。
「見た目で判断しているんじゃないみたいよぉぉ!」
わたしはそう叫びながら逃げました。足には自信があるんです。一応は、スレンダーな体型ですし。ドアを開けてもらっている時間がないので、その時間を稼ぐ為に距離を空けようと店を一周して戻って来ると、一応は冷徹な店員さんにも人間の感情が残っていたようで、ドアを開けてくれました。
店内に逃げ込むと、息を切らせながらわたしは言います。
「ハァハァハァ…… 今気付いたんだけど、どうしてわたしがこれを試してみなくちゃならなかったの?」
「え? 今気付いたの?」と、それを受けて馬鹿な変態。馬鹿に馬鹿にされました。その後で冷静な口調で冷徹は
「まぁ、“見た目”は違うのじゃないかと思っていたよ」
なんて言います。このヤロウ。
「で、次の仮説だ。今度は、臭いを疑ってみたいと思う」
冷徹はそう言うと、レインコートを指差しました。“なんだ、これ?”わたしが疑問に思っていると、冷徹は言いました。
「君がゾンビ達を引きつけてくれている間でこれを準備したんだ。このレインコートには、ゾンビの嘔吐物が塗ってある。もし仮に、ゾンビ達が臭いで人間かそうでないかを判断しているのなら、これを着ればゾンビだと誤認識されて襲われないはずだ」
「ちょっと待って。また、わたしがやるの?」とわたし。
すると、馬鹿な変態が手を挙げて「オレ、ゾンビの嘔吐物を集めた」と言い、それに続けて冷徹が「僕はそれを使ってこのレインコートを作った」なんて言います。そして、二人同時に「あと、何もやっていないのはポニテちゃんだけだ」と。何故か、綺麗にハモっています。練習でもしたのでしょうか?
わたしは思わずたじろぎます。後で思い返してみれば、これを作る為の時間稼ぎをしたのはわたしなのだから、充分に貢献しているような気もしましたが、その時は気が付きませんでした。
……馬鹿じゃないです。
それからも「これが成功すれば、三人とも助かる」とかなんとか色々と言われ、二人の圧に押された結果、わたしは仕方なくそれを着込んでしまったのでした。大変に臭かったですが。
そして、やっぱり外に出ました。
無自覚だったのですが、実は流され易い性格をしているのかも知れません、わたし。
正直に言えば、さっきみたいに逃げれば良いやってな思いもあるにはあったのですが、ところが、外に出てしばらく歩いてもゾンビ達はわたしを襲っては来なかったのです。少しは反応があるのですが、迷ったような様子の末、何もしないで行ってしまう。それを受け、「成功したみたいよぉ」と、わたしは喜び勇んで店内に戻ります。これで三人とも助かるかもしれません。
それを聞いて馬鹿な変態が言います。
「本当? じゃ、オレも試してみちゃおっかなぁ」
いそいそとわたしが脱いだレインコートを着込みました。わたしの脱ぎタテを着たかったってんじゃないでしょうね?とわたしは嫌な感じになりましたが敢えてスルーしました。被験者は多い方が良いでしょうから。馬鹿な変態は言いました。
「今のこのチャンスに、エロDVD屋に行こうと思う!」
今のこの状況下で選択する行先が、そこですか。流石です。
ところがです。そう言いながらドアを開け、外に出ようとした当にその時、馬鹿な変態は何故か俄かに震え始めたのです。
なんでしょう?
冷徹が言います。
「まさか、ゾンビ化か?」
「え? 嘘?」
しかし、馬鹿な変態が振り返ると、本当にゾンビになりつつあったのでした。冷徹は淡々と言います。
「あ、そうか。ゾンビの感染が、血液感染とは限らないからな。迂闊だった。きっと、接触感染か空気感染だったんだ」
「そんな! なら、どうしてわたしは平気なのよ? あのレインコートを確り着ていたのよ?」
そう言っている間にも、ゾンビと化した馬鹿な変態は迫って来ています。しかも、ドアが開きっぱなしだった所為で、外から他のゾンビ達まで入って来ていました。これは、もしかしたら、いえ、もしかしなくても、大ピンチってやつでしょう!
「どーするのよ?!」
わたしは叫びます。そう叫んでいる間で、馬鹿な変態ゾンビがわたしに襲いかかって来ました。腕に噛みつかれた。
「いったーい! どうして、真っ先にわたしを目がけて来るのよ!?」
冷徹は頷きながら「ゾンビになっても、彼は彼なんだなぁ」とそう言います。
「冷静に言ってる場合かー!」
と、わたしはツッコミを。
しかし、です。わたしに噛みついてから直ぐに馬鹿な変態なゾンビに異変があったのです。なんだか顔色が元に戻っていくような。しかも、わたしの腕から口を離すと彼はこう言います。
「あれ? オレは何を? ああ、ごめん。こんな可愛い腕を噛んじゃって。今から、ちゃんと甘噛みするから」
わたしは「やめい!」とそれを振りほどくと、「これ、どういう事?」と冷徹を見ながらそう言います。すると、冷徹は「そうか、分かったぞ!」とそう言うと、何でかわたしの腕に噛みついて来たのでした。
わたしは叫びます。
「なにしとんじゃー!」
なんて事でしょう? 冷徹な店員さんだと思っていたら、変態で冷徹な店員さんだったみたいです。
「ひみにはほうたいがあうのだほ」
わたしの腕を噛みながら、変態な冷徹はそんなことを言いました。何言ってるんだか分かりませんが。
「うわ!」と、そこで馬鹿な変態の悲鳴が聞こえました。見ると、外のゾンビ達がすぐそこにまで迫って来ています。
それを見て「どうするのよ?」とわたし。すると、その瞬間、冷徹はわたしをゾンビ達に向けて突き飛ばしたのでした。
「何してんのよぉぉ!」
流石、冷徹です。酷い。酷過ぎる。しかし、そんなわたしに向けて冷徹はこう言うのです。口を拭きながら、淡々と。
「安心しろ。大丈夫だ。君はもしかしたら病気に強かったりするのじゃないか?」
たくさんのゾンビ達に噛まれながらわたしは返します。
「イデデデー! 確かに一度も風邪をひいた事がないけどもぉ!」
「それだ。きっと君はその特異体質のお蔭で、ゾンビ・ウィルスに対して抗体を既につくってしまったのだ。だから、君はゾンビ化しないし君を噛んだ彼は人間に戻った」
「イッターイ! そういうもんなのぉ? かなり疑わしいのだけどぉぉ!」
「ええい! 科学は論より証拠! 君を噛んだゾンビ達を見るが良い!」
わたしは大いに疑問だったのですが、冷徹の言う通り、それからわたしを噛んだゾンビ達は、みるみる人間に戻っていたのでした。
「よし! 大成功!」
なんて、冷徹は言います。
「このまま、他のゾンビ達も人間に戻していこう」
わたしはそれを聞いて焦ります。
「ちょっと待って! わたし、皆から噛まれるってこと?」
「ああ、そうだ! 多分、君が直接噛まれるのが一番効果がある!」
「勘弁してぇぇぇぇ!」
何にせよ、そうしてわたしがやたらめったらに噛まれまくった結果、街はゾンビ・ウイルスの蔓延から救われたのでした。
クソ、イテェけど……
映画 アイアムアヒーロー を観ながら、このゾンビ達はどうやって人間を識別しているのだろう?
なんて疑問からこんな話を考えてみました。
我ながら、どうかと思う。